簾 満月「バスの助手席」

歩き旅や鉄道旅行のこと
そして遊び、生活のこと
見たまま、聞いたまま、
食べたまま、書いてます。

日田彦山線 (JR乗り潰しの旅)

2013-01-07 | Weblog
 日田彦山線は、日豊本線の城野から久大本線の夜明を結ぶ、68.7キロの路線であるが、
列車の多くは小倉から始発・着していて、ここから途中の田川後藤寺までは、区間運転の
列車も多い。



 久大本線と交わる夜明では、列車はそのまま本線の日田まで乗り入れ、そこが始発・
着駅と成っている。





 日田彦山線の2両のワンマンジーゼルカーは、小倉駅のホームの中心から少し外れた
1番線から発車する。

 日豊本線の西小倉を出て、進路を南に取り南小倉を過ぎると城野である。
ここら辺りまでは周辺に住宅地が多く、乗客の乗り降りも多い。
 日豊本線の特急の通過待ちの後出発した列車は、次第に住宅地を離れ、のどかな
山間の風景の中を行くように成る。



 呼野を過ぎる辺りから、車窓には白っぽい山が目に付くように成る。
次の採銅所は、かつて銅を採取していた頃の名残が駅名で残っている。
ここら辺りは、平尾台と呼ばれるカルスト台地で、石灰岩を産出する山が多いようだ。
その代表的な光景を香春駅付近の車窓からも見る事が出来る。



 駅前には巨大なセメント工場の跡地が残り、背後の石灰岩でできた香春岳は、山頂
部分が採掘で見事に切り取られている。



 一本松辺りから学生の乗り降りが多く成ると、沿線では比較的大きな田川市に有る、
田川伊田を経て田川後藤寺に到着する。小倉からは、1時間程の行程だ。(続)


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九州の玄関駅(JR乗り潰しの旅)

2013-01-04 | Weblog
 かつて九州の玄関駅は、門司港を控えて立つ門司駅(現門司港駅)であった。
九州の入り口でもある門司は、本州とは関門連絡船で結ばれ、関門海峡を行き来する
人々で大いに賑わっていた。



 しかし、鉄道トンネルで本州と九州が繋がった事により「九州の玄関駅・門司駅」は、
関門トンネル出口に近い駅(旧大里駅)にその名を譲り主役の座を明け渡す。
本線から外れ盲腸線の終着駅となった門司駅は「門司港駅」と改称し、やがては玄関
駅としての役割は薄らいでいく。





 当時の姿をとどめる駅舎は、大正時代に建てられたネオ・ルネッサンス様式と呼ばれる
外観で、正面から見ると中央に大時計を配し、左右が対象形で、端正な中にも風格を感じ
る堂々とした建物である。



 国の重要文化財に登録された駅には、当時の連絡船の通路跡など、歴史的な資産も多
く残されている。

 そして現在、九州の実質的な玄関駅は、小倉と言っても良いだろう。
小倉は山陽新幹線、鹿児島本線、日豊本線等の結節点で、九州各駅の中でも乗車人員
が三本指に入ると言う、毎日大勢の乗降客で賑わう巨大ターミナルである。



 山陽本線が下関から、日田彦山線も城野から、それぞれ乗りいれると同時に、北九州
モノレールも駅ビルに直接乗り入れるなど、鉄道交通の重要な要衝と成っている。



 多くの人々で賑わうそんな駅前には、駅の勢いを示すように力強く太鼓を叩く“祇園
太鼓”の像が立てられている。(続)


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門司港レトロ(JR乗り潰しの旅)

2013-01-02 | Weblog


 “門司港レトロ”、何とも心地良い響きである。
かつては、大陸貿易の基地として大いに栄えた港町・門司は、多くの出船入船で賑わい、
町には洋風のモダンな商社が立ち並び、繁華街には人が溢れていた。



 しかし昭和17年関門海峡に鉄道トンネルが開通し、更に追い打ちを掛けるようにその2年
後に国道トンネルが開通するとかつて繁栄を誇った門司駅・門司港も、次第に衰退の道を
歩み、ついに昭和39年には連絡船は廃止されることになる。



 そう言った歴史を秘めた港町には、古き良き時代の建物が今も多く残されている。
港とその周りに残るそれらの建物の風情を、粋でモダンを売り物にして懐かしむ、「門司港
レトロ」を謳う観光地として今日に甦らせた。



 海峡を望む周辺には、お土産屋さんや飲食店が立ち並び、そんな中、旧九州鉄道本社
を使用した“九州鉄道記念館”を初め、国の重要文化財の“旧門司三井倶楽部”“旧大阪
商船ビル”や“旧門司税関”など異国風の建物が立ち、大正浪漫を彷彿させるモダンな街
並が見るものを楽しませてくれる。





 ただ残念に思うのは、どこからでも目に付く巨大なタワーマンションの存在だ。
有名な建築家の設計作品らしいが、景観論争が起きたという事が肯ける。
 最上階が展望室として観光用に供されてはいるが、31階建ての建物は、どう見てもこの
浪漫の地には馴染まないし、溶け込んではいないとしか思えない。(続)






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