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某年金生活者のぼやき

まだまだお迎えが来そうに無い

日本海か東海か。

2012-07-03 15:57:22 | ぼやき
 韓国が「日本海」に「東海」と併記するよう求めている。前からだが、今回は、アメリカが従来通り「日本海」とすると発表したらしい。「らしい」と書いたのは、テレビのニューズだけではいつ訂正or補足されるかわからないからだ。「武士に二言はない」とか「私はうそを申しません」(池田勇人首相)などというのはもう昔の話。野田首相などいくら公約違反と責められてもまさに「蛙の面に小便」。もっとも、どじょうはこやしのきいた田圃に多くいたから、馴れきっているのだろう。
 昔から日本海だったのだから良いじゃないか、自分の国で作る地図に好きな名前を書いておけばいいじゃないか、と私など気楽に思ってしまう。韓国からは東だが、日本からは西だから、それじゃ日本では西海と併記するか、とか。だが、韓国ではそう行かぬらしい。自尊心?多分、選挙対策なのだろう。メドベージェフの北方の島々訪問が人気回復策(2度目の)だと言われるのと同じか。
 しかし、地名等には植民地時代に改名されて、植民地のにがい思い出の残るものがある。私もそれで申し訳ないことをしたことがある。
 アイルランド島の北部に「ロンドンデリ―」という州と町がある。昔(17世紀)ロンドンの商人達が王様に献金して拝領し、開発した土地で、もともとはデリーだったのをロンドンデリーと改めた。独立派の人々はこんな名前は口にもしたくない。既に独立した南部の人々もロンドンとは付けないで、だた、デリーという。
 ある日アイルランドで車に乗せてもらってドライブを楽しんでいた。運転するのは若い女性。サービスのつもりか「ダニー・ボーイ」のCDをかけてくれた。わたしも良い気になって「この曲は日本では、ロンドンデリーの歌として昔から学校でも教えられている。日本人はみなよく知っている」と言った。とたんに「そんなこと言う人は降りてください」とすごい剣幕でしかられた。すぐ気がついたから、Sorry,Sorryとひたすら謝って、どうやら車から放り出されずに済んだ。相手の気持ちを考えず、自分だけいい気になってしゃべり、相手の人を傷つける、とんでもないことをしたと今でも申し訳なく思っている。テレビのニューズを聴いて思い出した話。
 そういえば、「ダニー・ボーイ」の歌詞と曲については面白い話がある。次回に書こう。
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女王様との握手

2012-07-02 03:16:04 | ぼやき
 先日朝日新聞に、北アイルランド地方政府の副首相マクギネスとイギリスの女王エリザベス2世が握手している写真が大きく出た。女王の北アイルランド訪問と、その際二人が握手することは大分前から決まっていたが、その写真を公表するかどうかが、直前まで話題になっていた。シン・フェィン(マクギネスの属している政党)は直前になって公表すると言明し、それがまた大ニューズになるほどだった。
 何故あの二人の握手がそれほど話題になったか。それは敵対する二つの「軍隊」の元司令官と現最高司令官が握手するという意味を持っているからだ。マクギネスは元IRA幹部でイギリス軍と戦い、捕えられてイギリスの刑務所で刑に服していた。今は北アイルランドで「イギリスからの分離独立」を求めて政治活動をする政党の一員として、北アイルランド地方政府の副首相を務めている。女王様は勿論イギリス陸海空軍の最高司令官だ。此の二人が握手したというのだから「歴史的大事件」だ。しかもマクギネスのご挨拶は、アイルランド語だった。女王様にはわからなかったろう。その後の会話は英語だったのだろうが。
 「歴史的大事件」という意味は、百年近い昔アイルランド独立戦争の際、イギリスの首相ロイド・ジョージは「人殺しとは握手しない」と言って長く交渉を拒んだからであり、また、近いところでは、1980年に、20代そこそこの青年達(IRA)がイギリス側の刑務所で「俺たちは強盗や窃盗犯ではない」「政治犯の待遇をしろ」と要求してハンガーストライキを行った際、時の首相サッチャーは「犯罪者とは交渉しない」と言う姿勢を貫いて、若者10名を餓死させたからである。IRAもシンフェィンも、イギリス政府は唯の人殺し集団としか見ていなかったのである。それとはま逆の「事件」だ。この握手は北アイルランド和平の一層の進展の象徴として、北アイルランドはもちろん、イギリス側アイルランド(共和国)側双方に大歓迎された。しかし、勿論過激な分離独立分派(非合法武装集団)からは激烈な非難が投げつけられている。
 此のニューズで一つ分からないことがある。それは、マクギネスが昨年南の「共和国」の大統領に立候補していたのに、落選後また北アイルランド地方政府の副首相になっていることだ。大統領選に立候補しても、落選すればまた元の「職場」に戻れるらしい。日本では落選した場合元の職場に戻れるのだろうか。
 
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好きな歌

2012-06-26 01:19:23 | ぼやき
 またまた長い休眠で、どこか具合でも悪いか、と心配される方もおられた。どうも申し訳ありません。体はいたって元気ですが、何やかやととりまぎれているうちにすぐ一カ月近く経ってしまいました。
 書きたいことは山ほどあっても、すぐ古くなる。例えば5月末のアイルランド国民投票(EUの財政支援制度改革)。今担当しているアイルランド・セミナーでも話したのですが、一応常識的な結果つまり賛成(金融支援を受ける)にはなったけれど、議論は激しかった。国が破産しかけていてEUから金を借りてなんとか立て直すしかない、という土壇場にいるのに、議論だけは賛成反対拮抗しているように見えた。「これ以上の緊縮財政や増税をEUとIMFから押しつけられては、国の主権はないも同然ではないか、百年前にあれほど苦労してかち取った主権をここで放棄してよいのか」という反対派、「EUから離れて孤立したら俺たちはどうなる。また昔の極貧国、若者が職を求めて海外に逃避する暗い農業国に転落してよいのか」という賛成派。原理派と現実派の平行線。でも結局は現実派が勝つ。議論に負けて票で勝つ。主義に殉じては飯が食えない。古いロマン派は常に負ける。日本も同じですね。もっとも、フランスはちょっと方向が変わってきた。あまり期待はできませんが。
 ギリシャにばかり目がいきがちですが、EU諸国は大体どこも同じような苦境にある。ドイツの独り勝ちでしたが(ユ-ロが安くてドイツは輸出で大喜び。円高で日本がヒーヒー言っている間に、中国にごっそり売り込んだ)、それでもドイツ国民は、何故俺たちの金で、勝手なことをしてきたあげく困っているギリシャやスペインなどを救わにゃならんのだ、と文句を言っている。ユーロを作った時から、あれはドイツが他のEU諸国を経済的に制覇する手段になる、といわれていたのが今実現しかけている。大体、景気が良くても悪くても自国で金利操作の出来ない金融制度をあれだけ格差のある国々に一律に適用して上手くゆくわけがない。そんなこと始めからわかっているのに、敢えてやった。おまけにギリシャにいたってはユーロ加盟の最初から嘘の申告をしていた。国家予算の赤字をずんと少なく見せていた。ユーロは、単純な通貨統合以上の理念があって実施したものだから、今になって駄目だ駄目だという「したり顔の経済評論家達」に私は組しないけれど、それにしてもお粗末だ。大体、ギリシャを何故入れたのか、それからして分からない。あの国は観光以外何の収入源も無い国で、経済を改善しようにも近代産業の振興など出来ない国。多分、ヨーロッパ文明発祥の地、ということで無理を承知で入れたのでしょう。オリンピックの入場行進で一番前を歩かせるのと同じ。情が仇、か。
 こんなことを書くつもりではありませんでした。久しぶりに歌番組を見ていたら、好きな歌を男性コーラスが次々に歌ってくれたのです。「琵琶湖周航の歌」「遥かな友に(静かな夜更けにいつもいつも、思い出すのはお前のこと)」「惜別の唄」「見上げてごらん夜の星を」「明日がある」。好きな歌をこれだけ次々とテレビで聴いたのは初めてです。何かともやもやうじうじしていたのがスカッとしました。カラオケで歌った事のあるのは「琵琶湖・・・」と「惜別・・」だけですが、他の歌も歌詞を覚えて、そのうちカラオケに挑戦してみようかな、とちょっと思いました。音痴だから無理だよ、と友達にからかわれるだけでしょうが。
 
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爆音・轟音

2012-05-30 01:10:40 | ぼやき
 只今23時48分、先程からジェット機の騒音がひどい。米軍の戦闘機。厚木基地から飛び立っている。また何か始まったのだろうか。
 また、というのは5月22日から24日までの3日間朝から夜10時まで凄まじい爆音に悩まされたからだ。タッチ&ゴーという発着訓練。基地を航空母艦の甲板に見立てて、着艦の訓練をする。甲板で飛行機のお尻のフックがワイヤーにうまく引っ掛からなければ、すぐ上昇して再度着艦体勢をとらねばならぬから、タッチしたらすぐ離陸できなければならない。(また来た。数分おきだ。近所の人も眠りを妨げられてびっくりして窓から覗いている)これはかなり高度な技術らしく、訓練しないとすぐ出来なくなるそうだ。
 5月22日朝、いきなり米軍から防衛省に、「今から24日まで、夜間10時まで、厚木基地で全機種の着艦訓練をする」と通告があったそうだ。理由は、横須賀を母港にしている原子力空母ジョージ・ワシントンの修理が延びて出港出来なくなったので、艦載機パイロットに着艦訓練をするのだ、という。10日間の規則というのがあるそうだ。着艦訓練を終えてから10日すぎると、また訓練をやり直さなければいけない、という規則。修理が長引いて空母の出航が延びたため、訓練が終わってから10日以上たってしまったという。そうした決まりがなかった頃は、1万回の着艦で300回は失敗があったという。冗談じゃない、事故率3%!それが、此の規則が出来てからは、1万回で3回に減ったという。基地のPR・Officerは「安全のためだ」と繰り返していた。それはそうだろう。高い金をかけて訓練したパイロットに着艦失敗で死なれては困るだろう。しかし、そうだからと言って100万人以上もの日本人にいきなり轟音を浴びせかけて良い、ということにはなるまい。いずれ書くが、目下横浜地裁で争われている爆音訴訟では大勢の証人が大変な被害の実態を語っている。
 2007年以降こうした訓練は硫黄島で主に行っている。今回はそれが出来ないとかで前通り厚木基地でやった。いやひどいの何の。神奈川県知事も爆音を聞きに来てびっくりしたらしい。国が何とかしろ、と申し入れたという。今まで放っておいたくせに。酷いのは今回ばかりじゃないのに。
 硫黄島で訓練しているが、そこまでの燃料代などは、日本の「思いやり予算」から出ている。アメリカは自分の国の軍隊の訓練の費用まで日本におんぶしているわけだ。恩師の都留重人先生も最後の著書に書いておられるが、こんなみっともないことをしている国はほかにない。アメリカも落ちぶれたものだ。自分の国の軍隊位自分の金で訓練しろよ。
 
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ナチ・スパイの自殺。1947年、アイルランド。

2012-05-26 00:47:09 | ぼやき
 1947年5月23日、今から65年前のこの日にナチ・ドイツの’空飛ぶスパイ flying spy'として知られていた男(57歳)がダブリン城で自殺した。以下は本日のアイリッシュ・タイムズが伝えている「65年前の今日の記事」から。
 ヘルマン・ゲルツ(Hermann Goertz)。リューベック生まれ。ナチ最高司令部の命を受けて、彼は1940年5月5日にパラシュートでアイルランドのミーズ県に降下した。以来彼はブリテンを孤立させ大西洋の補給生命線を断ち切る計画にアイルランドを巻き込むという国際的スパイ活動、政治的陰謀を画策した。しかし、同調者の仲間割れから国防委員会に内報があって18カ月後の1941年11月12日に逮捕、監禁された。
 戦後の1946年8月に彼は釈放され、「ドイツ児童救済基金」に秘書として週給2ポンド10シリングで雇われた。これはドイツの児童をアイルランドの家庭で養育するため招致する基金であった。しかし、1947年4月12日彼は6名の他のドイツ人とともに再度逮捕され、5月14日にドイツに追放処分ときまり、マウントジョイ刑務所に投獄された。追放は1週間以上延期されたので、65年前の5月23日にダブリン城の外国人課に彼が連れ出されたときは再度延期されるものと期待していたらしい。案に相違して其の日のうちにドイツの飛行機で帰すと通告されると、彼はやにわにポケットからガラスの小壜を取り出し、歯で割って飲み込んだ。青酸カリ。彼はマーサー病院で絶命した。
 第二次大戦中アイルランドは中立政策を堅持した。したがって、戦時中ドイツ大使館はアイルランドで活動していた。何もわざわざパラシュートで密入国して陰謀工作をしなくともよさそうなものだが、そうはゆかなかったらしい。もっとも、かなりのドイツの軍用機がアイルランドに不時着しており、乗組員はドイツ兵収容所に監禁されていた。イギリス兵アメリカ兵も別の収容所に監禁されていた。いずれもアイルランド軍が管理していた。勿論気分は一般に連合国贔屓だったから、イギリス兵はかなり自由に出入り出来たらしい。ドイツは北アイルランドを空襲したし、南の中立アイルランドも「誤爆?」していたから、スパイ工作などは上手くゆかなかったのだろう。
 私が毎年宿泊していた大学寮はもとマーサー病院だった。知人の御父君が此の病院で亡くなったことは知っていたが、ナチのスパイもそこで死んでいたとは。今日まで知らなかった。まさか、私の泊まった部屋でのことではないだろうな。

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