高野秀行『放っておいても明日は来る 就職しないで生きる9つの方法』 ミャンマー空手編 その2

2017年02月25日 | 

 前回(→こちら)に続いて、高野秀行放っておいても明日は来る 就職しないで生きる9つの方法』の話。

 ミャンマーで、ふらりと入った空手道場で大立ち回りを演じたK社長は、ボコった道場生たちを並べると、



 「お前たちは根性がある」



 そう激励し、やにわにこう告げたのだった。


 
 「よし、お前らをオレの会社の社員にしてやる



 まさかの勝手に採用宣言。

 なぜ百人組手から、いきなりヘッドハンティング

 この振り幅のグレイトさが、理屈抜きの男の世界である。

 また、この3人の空手使いも、普通なら



 「ユーはなにを言ってるんですか?」



 となるはずのところを、なぜか気合十分に、グッとを握りしめ、



 「押忍! よろしくお願いします!」



 即座に入社決定。意味不明だ。

 このあたり、まさにルール無用の体育会系の世界であり、文化系の私からするとスピルバーグも裸足で逃げ出す未知との遭遇である。

 というか、1回目は20人以上、2回目ですら3人がかり1人をボコろうとするあたり、とても「根性がある」男たちとは思えないのだが、そこをつっこむのは野暮というものであろう。

 こうして戦う男のノリで部下を手に入れたK氏だが、暴走はこれで止まらない。

 K氏はその後、会社に空手道場を作ることにするのだ。

 まあ、昨今は会社の中にジムプールがあるなんてのもめずらしくないが、空手道場というのはアツい。

 おまけに、社員は全員そこに強制入会

 旅行会社なのに、入ってみたら選択の余地なしで極真生に。

 おそろしい会社である。きっと片眉を剃られたり、カマキリ拳法と戦わされたり、殺しありのアメリカの地下プロレスに売られたりするのだ。

 きわめつけが、この会社の給料査定方

 それは勤務態度でも、売り上げの高さでもなく、すべてが、



 「道場での練習に、いかに打ちこんでいるか」



 つまり、どんだけ仕事のできないボンクラ社員でも、空手さえ一所懸命やれば、どんどん給料が上がり出世していくのである。どんな会社や。

 学歴業績も関係なく、空手オンリーで末は幹部候補。アメリカンならぬ、まさに体育会系ドリームといえよう。

 バカでも、が割れればキミも明日から専務。結局のところ、



 「ケンカが強いヤツが一番えらい」



 実にグラップラー的というか、男の原点の思想であるといえなくもない。

 こんな素敵すぎる人たちが、自らの破天荒な生き方を大いに語るこの本は、読めば読むほど悶絶爆笑の一冊。

 まあ、世の中にはいろんな人がいるもんだ。

 また、この本の感心するところは、高野さんによるあとがき

 こういう本にありがちな

 

 「自由に生きることはすばらしい」

 

 みたいな安易な結論に行き着いていないところが、よくわかっておられるなあと。

 それは、同じように「自由」に生きている高野さんが、自由の良さと同時に、その息苦しさも知っているからだろう。

 サルトルの言うことは一理ある。



 「人間は自由という刑に処せられている」



 これを読んだ若い人からは



 「なんだか、元気が出ました」



 という意見が多いらしい。なんでも、



 「就職できなくても、いろんな生き方があると思えるようになったから」

 

 けど、彼ら彼女らはきっと、何があってもその「いろんな生き方」は決して選ばないことだろう。

 高野さんのあとがきは、

 

 「日本社会以外の可能性」

 「とらわれない生き方のすばらしさ」

 

 なやてものよりも、どちらかといえば自分と同じく



 「自由にしか生きられない人」



 に対する、ため息まじりのシンパシーようなものが強く感じられる気がするのであった。





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