前回の続き。
友人トヨツ君が、彼女に送るはずのラブラブメールをよりにもよって私に誤送信。
その痛い内容に爆笑を誘われ、友人同士の飲み会で、ぜひ披露したいと勇躍出かけて行ったのであった。
「愛してるよ。最近忙しくてゴメン。明日時間があるとき電話するね。大好きちゅきちゅき、100万回キスをチュッチュチュ~ I love you 」
先日のフワちゃんの炎上劇も、
「アカウントを乗っ取られたのでは」
「裏アカに出すはずのを誤爆したのでは」
なんて意見があったけど、どっちにしても活字として発言が残るのはコワイものだが、こんなものがウケないはずがない。
よくパーティーグッズで「本日の主役」と書かれたタスキみたいなのが売ってるけど、ホント気分はあんな感じ。
最初の注文をするのも、もどかしく、
「なあなあ、今日はめっちゃおもろい話があるねん」
ふだんの会話なら、自分から「めっちゃおもろい」などと申告してトークのハードルをあげるのは自殺行為、人類最大の愚行である。
しかし、今回だけは例外だ。なんたって愛の誤爆メッセージ。
一介の男子が、これまですべて築き上げてきた名誉や栄光を一撃のもとに葬り去るだけの破壊力を持った爆弾である。
これにはいくらバーの高さを上げても、鳥人のごとく楽々と乗り越えることになるだろう。
大空へはばたけ、オレたちの夢!
皆が、いぶかしそうに「なんやねん」と視線を集めたところ、私はおっとり刀でケータイを取り出し、
「それはな……」。
言いかけたところで、突然そこから着信音が鳴りだした。
おいおい、これから盛り上がるところやのに。なんやと取り出してみると、メールを受信している。
だれやねん、タイミング悪いなあと差出人を見ると、なんとトヨツ君であった。
なるほど、彼は自らの恥を暴かれることを良しとせず、今ここで悪あがき的にケータイを鳴らしたのだ。
だが、そんなもん一時しのぎではないか。なんと往生際が悪い。
どうせ「やめてくれ、なんなら土下座でもしましょうか?」とか書いてあるのだろう。
まったく情けない。男ならこういうときは、潔く斬られんかい。
やや、あきれながらメールを開いてみると、そこには、
「こないだは長文メールいただいて、ビックリしました。詩人なんですね」
なんじゃこりゃ。
はて、こないだトヨツ君にメールなんて送ったっけ? しかも、詩人ってなんやいな……。
熟考すること数秒、全身から血の気がさーっと引いていく音が、聞こえた気がした。
将棋のプロ棋士はよく、
「悪手を指すと、全身から汗が吹き出て、びっしょりになる」
と言っていたが、私の場合はわきの下だった。
冷たい汗がつーと滴り落ちるのがわかった。
当時の私は頻繁にメールをする女の子がいたのである。
なんとかふしだらな仲になれないかと、あれこれ模索していた段階だったので、彼女に対していろいろと軽薄なメールを送っていたらしいのだ。
らしいというのは、たいてい酔っていて記憶にないから。
あわててケータイをチェックすると、やはりそうであった。
1週間ほど前の彼女へのメールが、誤爆ってトヨツ君のもとへと送信されていた。
し、しまったあ!
私としたことが、とんだ失態である。まさか、このタイミングで自分も同じことをしてしまうとは!
しかも、そのころ中島らもさんの影響で、なんの興味もないボードレールなど読んでおり、それを丸パクリでもした詩を送っていたらしいのだ。
ぎやあああああ!! えらいこっちゃあ!
おそるおそる読んでみると、これがまあ、トヨツ君のことを言えないというか、それに輪をかけて、こっぱずかしい内容であった。
さすがに、ここでさらすのは無理だが(←友達のはさらしたクセに!)、件名が「悪の華」で、書き出しが
「嗚呼、巴里の憂鬱」
……って、おまえこんときパリ行ったことねーじゃん! てか、マロニエってなに?
顔を上げると、彼がケータイをかかげてニヤニヤしている。そこにはこう書いてあった。
「そっちがその気なら、わかるよな?」
われわれは凄腕のガンマンか、武道の達人のごとく、ケータイを手に、おたがいに見合ったまま一歩も動けなかった。
先に動いたら、こっちも破滅である。
まさに冷戦時代、米ソのにらみ合いと同じだ。
キューバ危機もかくやで、こうなると、残された道はひとつしかあるまい。
私は静かにケータイを閉じると、
「まあ、これからはおたがい、仲良くしようじゃないか」
ゆっくりと手を差し出した。彼はそれを見て緊張を解くと、
「ああ。人と人が争うのって、本当に苦しく、つらいよな」
その手を強く握り返してきたのである。
「憎しみの連鎖をここで断ち切ろう」
決意を新たにする、われわれであった。
それを見ていた周囲の連中は、
「で、おもろい話って、なんやねん」
うながしてくるのだが、すでに憎しみを乗り越え、世界平和を実現していた、われわれの耳には届かなかった。
こうして私とトヨツ君は、歴史的和解に至ったのである。人を傷つけてまで笑いを取ろうという者は、もうここには存在しない。
それもこれも、たがいの手にある「チュッチュチュ~」と「巴里の憂鬱」「マロニエの並木道」という、必殺の誤爆メールのおかげであった。
これを駆使すれば、私はトヨツ君に大きなダメージをあたえることができるが、次の瞬間報復の一撃で、すべてが終了。
まさに核兵器級の威力があるからこその停戦であり、皮肉といえば皮肉であるが、強大なる破壊力の前には、人は沈黙せざるを得ないのだ。
私も基本的には、核廃絶の方向で世界には動いてほしいが、ただ経験的に見て
「大量破壊兵器の抑止力」
というのは、哀しいかな存在はするかもなあ、と実感。
そら、なにいわれても大国が手放さんわけやと、世界情勢をしみじみ学んだの大阪府下某駅前の鳥貴族であった。