「立石径ショック」と伝説の詰み 南芳一vs谷川浩司 1991年 第59期棋聖戦 第1局 その2

2024年08月27日 | 詰将棋・実戦詰将棋

 「立石君が詰みがあるっていうんですわ」



 
 
 終局後に、副立会人の脇謙二七段が、そんなことを言ったのは、1991年の第59期棋聖戦五番勝負。
 
 前回に続いて、南芳一棋聖王将谷川浩司竜王王座が挑んだ、その第1局でのこと。


 
 
 
 
 
 この局面で、南は△66角▲同金△77銀から王手ラッシュをかけるも、1枚足らずに先手勝ちとなった。
 
 将棋自体はいい内容で「名局」とも称賛されたが、そこに「物言い」がついた。
 
 しかも、それはまだプロでない「記録係」の少年からだった。
 
 奨励会員だった立石径三段が、秒読みをしながら「詰みあり」と見切っていたのだ。
 
 タイトルホルダー2人が、いや検討している並みいるプロたちが「詰みなし」と結論付けた局面で、まさかの「詰む」宣言。
 
 しかも、その手順がすさまじく、世界で立石三段のみが理解できたスーパー絶妙技だったのだ。

 

 

 


 
 
 
 
 
 
 △77銀と、いきなり打ちこむのが正解
 
 ▲同桂△同歩成▲同銀左△同桂成
 
 ここで▲同玉△65桂でも、△85桂でも、やや手順は長いが、わりと自然に追う手順で詰み。
 
 なので▲同金と取るが、そこで△76桂と打つのが、立石三段の才能を見せつけた快打。

 


 
 後手の指したい手は△66角切りだが、先に△77銀から入ると、そのチャンスを失うように見える。
 
 そこを△76桂で、時間差△66角を生み出すのが絶品の組み合わせ。
 
 ▲同金△66角▲同金左は、△77銀▲同玉△85桂から。
 
 ▲同金右にも、△48飛▲78金△79銀(!)と打て、▲同玉△46馬が、指のしなる活用。
 
 
 
 

 ▲68歩△同馬▲同金△88金▲69玉△57桂

 

 

 ▲同金△68銀までピッタリだ。 
 
 ちなみに、△46馬▲88玉△79銀▲77玉△68飛成▲86玉△85金▲同金△66竜▲76合△74桂

 

 

 手順こそ長いが、ほとんど一本道でむずかしくはない。▲同金△85金まで。

 ▲78金合駒の次の△79銀(△46馬が入る前の銀打)に▲77玉でも、△68銀打▲86玉△64馬と、今度はこっちに活用すればキレイに詰むのだ。

 

 

 手順ばかりで、ややこしく申し訳ないが、の選んだ「△66角▲同金△77銀」と立石の言う「単に△77銀」のなにがちがうのか。

 当時の記事では、こまかい解説がないので(昔の将棋雑誌はコアな読者が多いので、そのあたりは「わかるでしょ」ということなのだろう)ヘボなりに解説してみると、たぶんこういうこと。

 問題となるのは、△77バラしたあと△48飛▲78合駒△79銀▲同玉△46馬王手した局面。

 ここで後手の持駒があるかないかが、天国と地獄の分かれ目なのだ。

 下の2図をくらべていただきたい。 
 

 


 
 



 本譜の進行で、立石三段の読み筋。

 ほぼ同一局面なのに、この場合、後手に1枚多い

 そう、後手が△46馬と王手して、▲88玉と逃げたときに、本譜は△79に打つ銀がないが、「立石流」は△79銀並べ詰みになるのだ。

 後手は△77に打ちこんで△48飛としたとき、2回△79銀」が必要なため、2枚駒台にないといけない。

 だが、初手△66角から入ると、▲同金△77銀▲同桂△同歩成に「▲同金」と取って、▲86にある渡さない手順で先手が逃れているのだ。

 

 

 

 

 そこを「2枚よこせ」が、単に△77銀の意味(たぶん)。

 これだと、銀を渡さないよう▲同桂△同歩成▲同金と取っても、△同桂成▲同銀左にやはり△76桂痛打

 

 

 ▲同銀△66角▲同金△48飛と打って、▲78金△79銀▲同玉

 

 

 

 今度は手拍子△46馬とすると、△79銀ないので詰まず大逆転だが(こんなもあるんかーい!)、△68金と打つのが好手

 

 

 ▲同金△88金の「送りの手筋」で、▲69玉△57桂で一丁上がり。

 なので、△77銀▲同桂△同歩成▲同銀左と取るしかないが、△同桂成として、▲同金▲同銀は△76桂でダメ)。

 

 

 まずはこれで銀1枚ゲット。

 この手順のなにがすごいと言って、さっきも言った通りがほしい後手は、とにかく1枚確実に補充するために、絶対△66角だけは切りたい
 
 ところがこの形だと角筋止まって△66角入らない

 ましてや最初△66角とすれば、マストアイテムのを取れるだけでなく、△77への利きがひとつ減るため、明らかに詰ましやすくなるはず。
 
 その先入観があるから、この局面は候補から消えてしまうのだ。

 時間のない終盤戦なら、だれだってここでは△77銀よりも、
 
 
 △66角▲同金△77銀
 
 
 から入るはずなのだ。

 そこを1回、疑ってかかったことが、まるで羽生善治九段のような、やわらかい発想力。

 2枚手に入れるため、あえて1回後手の角筋自ら止めて、その後に△76桂から△66角で、まわりくどく2枚目を手に入れるのが正解

 これなら、▲86▲66に落ちているが、両方とも後手の持駒になる仕掛け。

 なんという、すばらしい組み立てだろうか!

 まるで、伊藤看寿伊藤宗看の古典詰将棋みたいではないか。
 
 まさにこの「△77銀」は、今なら藤井聡太七冠が指しそうな絶妙手
 
 並の棋士が、いや「棋聖王将」「竜王王座」の二冠王2人すら気がつかなかった神業級のひらめきなのだ。
 
 
 「立石おそるべし」
 
 
 これにより、彼の名は将棋ファンの間でも、とどろいたわけなのである。
 
 もし彼が、そのままプロになりタイトルでも獲得すれば、このエピソードは何度も取りざたされることになったことだろう。
 
 そんな彼が、17歳で将棋界を去ったのだから、そのショックはいかほどばかりか、少しは想像できるかもしれない、「伝説詰み」なのだった。

 

 


(すごい詰みと言えば、こちらもどうぞ)

(その他の将棋記事はこちらから) 
 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする