相模原市南区下溝に四季の花が彩り市民のオアシスとなっている「県立相模原公園」はある。秋も深まり公園の木々も色づき始めている。見本庭園の一角にひときわ鮮やかな赤い実がブドウの房のように垂れがった「ナンテン」の木が数本ある。実ががるのが特徴のど飴として咳止めの効用がある「ナンテン」は日本や中国に自生し、古くから園芸植物として親しまれている木である。秋には葉が赤く染まり、冬になると赤い果実を実らせお正月の飾りにも利用される。今は公園でもみかけるがナンテンであるが魔除けや火災よけの効果がある植物で江戸時代には玄関先とかトイレの近くによく植えられていた。「難を転ずる」縁起物として親しまれる。「ナンテン」は鳥に実を食べてもらいフンに紛れて種子を落としてもらうことで増えていくようである。ナンテン(南天)の花言葉は「私の愛は増すばかり」、「機知に富む」、「福をなす」、「よい家庭」である。(2011)
東京都三鷹市、井の頭公園内池のほとりに天台宗寺院「明静山大盛寺」( 圓光院)が別当寺(本坊)でもある「井の頭弁財天」は鎮座する。「明静山大盛寺」は源経基が天慶年間(938-947年)創建、後に源頼朝が建久8年(1197)に東国の平安を祈願して宮社を再建、承応元年(1652)に寺院となった。本尊は薬師如来。「大盛寺」から石段を下りていくと井の頭池の中に祀られている朱色で統一された「井の頭弁財天堂」がある。「弁財天」はインドのヒンドゥー教の神様「サラスヴァティー」(聖なる/豊かなる河、水の神様)である。「井の頭弁財天堂」は天慶年間(938-946)に関東源氏の祖「源経基」が伝教大師の延暦8年(789)作という「弁財天女像」安置が始まりである。井之頭池のボート乗り場を右折すると右弁天橋、その奥に架かった石橋を渡ると朱色の「本堂」(昭和初期に再建)がある。堂内には延暦8年(789)平安時代「最澄」作の弁財天像(本尊)が安置。境内には「我こそ弁天の化身」として池に入水し白蛇になった松原の3枚鱗が首にある「宇賀神像」、「七井不動尊」、文化14年(1817)の「石橋」、1833年(天保4年)「石燈篭」などがある。正慶2年(1333)には新田義貞が戦勝祈願、徳川家康が上水道の整備の水源を井の頭池としたこと、再興の家光も寛永6年(1629)鷹狩りにが訪れている。井の頭弁財天本堂は弁天様の他、「毘沙門天」や「大黒天」も祀り一度に三福神を参ることができる。(2010)