A PIECE OF FUTURE

美術・展覧会紹介、雑感などなど。未来のカケラを忘れないために書き記します。

memorandum 352 雨男

2016-09-01 23:17:46 | ことば
その男が現われると
あたりがみるみる暗くなり
空気がとたんに湿り気を帯びるのがわかった
だから誰でもわかるのだ
ついに雨男が来たと

女たちは気が気でない
干したふとんをどうしよう
待ち合わせには遅れるだろう
その一方では不思議なことに
雨男が現われると落ち着くという女もいた
指と指、股のあいだやまなじりが
濡れてくるという女もいた

あるとき雨男は軒下に現われた
自分が降らせた雨だが
いつも他人事のようにしか感じられない
そのことが
雨男にはとりわけ悲しかった
そのうえ雨男には
友人というものが一人もいなかった

ひとは誰でも雨男を知っている
雨男だ、とすぐに気がつくけれど
どんな風に話しかけたらよいのか、わからないのだった

あるとき雨男は手帳に書きつける

「雨を降らすだけで、俺は死んでいくのか」

とたんに雨粒が落ちてきた
インクがにじみ
文字は流れて
そこに一体 何が書いてあったのか
もう誰にも
彼自身にさえも読むことはできなかった


小池昌代『小池昌代詩集 (現代詩文庫)』思潮社、2003年、114-115頁。

私も雨男なので、人から避けられ嫌われ友人というものが一人もいない。