A PIECE OF FUTURE

美術・展覧会紹介、雑感などなど。未来のカケラを忘れないために書き記します。

memorandum 207 記号

2015-11-25 23:50:50 | ことば
 フロイトが婚約者にこう書いている、「わたしを苦しめる唯一のことは、わたしの愛をあなたに証明するのがどうしても不可能だということです」。そしてジードも、「彼女の振舞いは、すべて、こう言っているように思えた、この人はもうわたしを愛していない、わたしにはもうなにもかも、どうでもよくなった。しかし、わたしはまだ彼女を愛していたのだ。かつてないほどに愛していたのだ。ところが、それを彼女に証明することが、わたしにはもう不可能であった。それが一番苦しいことだった」。
 記号は証拠にはならない。誰にだって、偽りの記号、両義の記号を作り出すことができるからだ。だからこそ、逆説的なことではあるが、言語の全能性へと向わざるをえないのである。なにひとつ言語を保証するものがないのだから、わたしは、言語そのものを唯一で最終的な保証とみなすだろう。わたしはもはや解釈を信じないだろう。あの人のことばは、すべて真実の記号として受けとるだろう。自分が語るときにも、わたしの言うことを相手が真実として受けとるかどうか、疑ったりしないだろう。だからこそ「告白」が重視されるのである。わたしはたえずあの人から、その感情についての言語表現を奪い取りたいと思う。だからこそわたしの方からも、たえずあの人に対し、わたしがあの人を愛していることを言うのだ。なにひとつ、暗示や推定にまかされることはない。あることが知られるためには、それが言われなければならぬのだ。そして、ひとたびそれが言われたならば、たとえ一時的にしろ、それが真実なのである。

ロラン・バルト『恋愛のディスクール・断章』三好郁朗訳、みすず書房、1980年、320-321頁。