ひととしての「限界」に向きあい、それと格闘すること、そこに仕事の意味がある。演奏や創作、あるいは競技においては、そうした「限界」との向きあいは熾烈である。人びとがそれを畏れ、それに憧れることには、大きな理由がある。仕事をじぶんの可能性のほうからではなくじぶんの限界のほうから考えてみることは、仕事の意味をじぶんのほうからではなくその仕事がかかわる他人のほうからも考えてみることとともに、仕事について別のイメージを得るためにはとてもたいせつなことである。
鷲田清一『だれのための仕事――労働vs余暇を超えて (講談社学術文庫)』講談社(講談社学術文庫)、2011年、172頁。
「じぶん」から離れてみること。「可能性」から離れてみること。
限界があるから「仕事」ができる。限界があるから「他者」を必要とする。
鷲田清一『だれのための仕事――労働vs余暇を超えて (講談社学術文庫)』講談社(講談社学術文庫)、2011年、172頁。
「じぶん」から離れてみること。「可能性」から離れてみること。
限界があるから「仕事」ができる。限界があるから「他者」を必要とする。