我輩は凛太郎である/そしてその母紗夢猫(しゃむねこ)である+ワン!
凛太郎♂(15歳)ミニチュアダックスとハク♂(10歳)和犬雑種+その飼い主ニンゲンの皮を被ったネコ婆♀が繰り広げる日常




 あらあら、今度は足指の骨折です。今朝のことです。家の中をうろうろしている最中に椅子の足の角に足指をぶつけました。よくやるんです、そしてこのぶつけ方はとっても痛い。
 「イッタっ~、またやった」と思い、ぶつけた小指を見たら指が外向けに歪んでいます。まず思ったのは、
「あれ?私の小指こんなに外むいて曲がってたっけ?」なんとも呑気です。その次に、
「そっか~、折れたらこんなになるんや。きっと折れてる」。この時点でやっとひょっとして大変かな~、もっと腫れてきたら靴はけへんな~と思いはじめました。
 今日は、この前肋骨でお世話になった病院に労災の書類を持っていくことになっていたので、もっと腫れたら車に乗るのも大変と朝ご飯も食べずに出かけました。
 病院に行くのに靴下を履いて、念のために鼻緒の着いたゴムぞうり(帰り用)も持って行きました。病院に着いて靴下を脱いでみたら、小指は今度は薬指にくっつくように変化。触って薬指と離したら離したマンマ。ちょっと面白かったです。レントゲンでもキレイに斜めに折れているのが写っていました。
 添木をしてもらったら、余計に痛くなりました。歩くのもちょっと不自由です。
 先生は「なるべくじっとしているように」と言われました。歪んでくっつくことがあるかららしいです。
 それにしてもです!こんなに怪我が続くのは人生初めてのことです。年のせいとは思いたくはないですが、やはりそうなのかもしれません。嗚呼撃沈


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 15日に速達で一通の手紙が来ました。それは新風舎からでした。
 プロフィールで書いていますが、拙著「里山ーてのりアマガエルと暮らしてー」は新風舎からの出版です。これは新風舎出版大賞に応募して2次審査までは通過した作品でした。何しろ初応募だったので、1次審査通過の知らせが届いた時には小躍りして喜びました。そして2次審査通過の知らせには飛び上がって喜んだものです。結局そこまででしたが。でも出版社から共同出版の話が来た時には心臓がドキドキするほど嬉しかったのです。なんと言っても全て初体験でしたから。これは2004年のことで、今のように新風舎さんのいろいろな話を聞く前のことでした。
 拙著出版のおり、本の形態を決めるにあたり「文庫なら東京の書店にも必ず並び、なおかつ北から南までの新風舎文庫ラックのあるところには全て配本ができる」という話がありましたので、文庫という形態を選んだのですが、蓋を開けてみれば、大阪、神戸、京都などの都会の他は地方ばかりの配本でした。この時のショック、挫折感。私の本は都会の疲れた人や、田舎暮らしに憧れる人たちに読んでもらいたいという夢が壊れました。
 その時につくづく、しみじみ思ったものでした。
 共同出版と言えども所詮は自費出版と変わらない。喜んだ私が馬鹿だった。なんだか騙されたような気もするけど、1冊の本という形になったしと自分を無理やりに納得させたものでした。退職金で家を買い、残り少ない貯金の中からかなりの金額を出したのです。

 本を作る過程の中でも、最初担当になった編集者にも結構えらそうなことも言われました。忘れもしないあの一言「だって僕がすればいい本になるじゃないですか」。
 これって何?いい本を作るために共同出版なのではないの?結局ページレイアウトも全部自分でする羽目になりました。怒りを企画担当者に向けたらその編集者が変わったけれど。さて販売となった時、最初の約束とは違う配本となり、出版の嬉しさはどんどん消えていきました。そういう苦い思いもありながら、本を読んでくださった方から「癒された」「面白かった」「田舎に住もうと思っている人が最初に読む本や」「田舎に住んでいて、田舎を見直せた」など声をいただき、読んでも貰う嬉しさを体験できました。
 でも、都会での配本への思いは残っていました。けれども自分ではどうすることもできません。
 今回報道をにぎわせたということで新風舎の社長から著者の皆様へと手紙がきました。その中に不明な点や質問があれ直接お答えしてまいりますと書いてありましたし、文庫は配本システムを利用してあるとも書いてありました。考えた末、手紙を書いたのです。「なぜ、東京などの都会に配本してもらえなかったのか」と。そしてその回答が来たのです。新風舎の説明では、著者の居住地域によって西日本か東日本のいずれかを中心とした配本になり、配本当時は販売局で著者の意向が通意しておらず、著者の意向が汲めていなかったことへのお詫びと東京を含めた大都会で再営業をかけるというものでした。
 書面を読み、顔がほころんできました。やっと出版の喜びを味わえたような気がしました。とはいえ今となっては古い本です。結果がどうなるかはわからないにしても、思いは叶います。拙著は当地に引っ越してきて経験した「田舎暮らし」の最初の1年間を描いたもので、友人、知人にも都会の書店に置いてこそで、新風舎の配本には不満を持っていてくれていました。私は自分の本が本屋さんに並んでいるのを見てみたかったのですが、それも叶いませんでした。東京の書店で、どうかこの本が置かれますようにと祈る気持ちがいっぱいです。この暑い中、営業に回ってくださるということに感謝の気持ちがおこります。結果は10月に知らせてくださるそうです。
 この一通の手紙で澱になっていたものが溶け出し心が軽くなりました。


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 なんというか撃沈というか超ラッキーというか。
 7月6日、配達屋さんのパート労働中に荷物の角で胸をぶつけた。痛かった。歩いても響き、起きても寝ても痛かった。クシャミは最悪だった。座り込んで胸をかばうという体勢。気になってはいたが、そのうち治るだろうと放置してパートに励んだ。何せ配達屋さんの夏は忙しい。好むと好まざるにかかわらず働かせてくれる。
 痛みは治まったり、痛かったりで強度の打撲か、ひょっとしたら肋骨が折れているかもと思いつつも病院が開いている時間には帰れない。やっぱり放置。
 ところが24日、今日は何やら痛いなーと思いつつ仕事に励んでいた。その日は某リゾートホテルでキャディバックが大量にあり(と言っても13本)、それを車に積み込むべく両手を高く上げたら「えっ。今なんかおかしかった。痛ー」と思いつつ、車に乗って次の仕事。会社に帰って集めてきた荷物を降ろすも痛い~。
 自宅では絶対おかしい、折れているかもと思いつつ、寝ても痛い、起きても痛い。前より痛いーーー。翌日、翌々日は仕事、果たして病院に行ける時間はなかった。
 結局27日のお休みの日に病院に行った。症状とレントゲンで「肋骨骨折」という診断書となった。「ひょっとして最初に打った時がヒビで今度が骨折かなー。すごい根性していたなー」と心の中で自分を誉める。めちゃ痛かったけどがんばったもん。そして堂々と休めることに「痛いけどラッキー」と同僚には聞かせられないようなことを思うのであった。
 しかし、こういう時にかぎってクシャミの連発。おまけに咳も出だした。めちゃ痛いし、つらい。
 けれども手でも足でもなく肋骨なので、痛いのさえちょっと我慢したら何でもできる。たまりに溜まった家の用事を少しずつこなしていく。これがラッキーでなくなんであろう!庭の草は膝丈くらいまで伸び放題。軒先はクモの巣があちこちに、表の石垣にいたっては無人の家の様相。草だらけー!
 お医者さんの話では、2週間くらいで痛みが引くということだった。確かに2週間ほどで痛みも引き、その頃ではたまにしか出なくなったクシャミも響かない。そして8月12日の日曜日。今日から家の中の掃除をしようかな、それとも友人の家に行こうかななどと思いながら目覚め、外に出たら頼んであったお米が玄関に置いてあったので、それをひょいと持ったら、、、。
 腰が、腰が、腰がーーー。ギックリ腰と思うと大変だけれど強い腰の筋肉痛と思えば平気さ、普通にしようと思ったけれど、それはできない相談だった。
 あ、あかんーー。とベッドに行くも、真っ直ぐに仰向けに寝るまでがもう大変。寝返りなんぞ打てたものではない。肋骨も痛かったけれど、その比ではない。痛みをこらえた瞼の裏には、まるで腰骨に3本ほど亀裂が入っているような、大地震で断層の地すべりが起こったようなそんな映像が見えた。とにかくめっちゃ痛い。病院に行こうにも日曜日、そしてお盆、肋骨を診てもらった近所の病院は15日までお休み。救急車に乗せてもらうほどではないだろう、時間薬だと気丈に思うのだけれど泣けるほどに痛い。
 結局、12,13,14日は悶々と寝て暮らした。真っ直ぐに立っている時だけが痛くない状態。後は何をしても痛かった。そして15日、やっと起きられるようになり、なんとか洗濯ぐらいはできるようになって、3日分の脂汗、冷や汗をかいたシャツやパジャマを大量洗濯。でも座っているとつらいので、やはり寝転ぶ。縁側に敷いた布団で木々の緑を眺めたり、本を読んだり。この3日、愛犬はゆっくりと私の傍で寝そべり(暑くなったらどこかに避難していた)、スキンシップもたっぷり。なんだか私は痛いけど、とてもとても幸せだった。
 そうそうこんなこともあったのだ。9日の木曜日に肋骨の経過を診せに病院に行った帰り、農協のスーパーAコープの駐車場で車をぶつけられた。向こうからぜんぜん前を見ていない運転手の車が来たので私は停止した。その時クラクションでも鳴らしたら良かったのだけれど、ちょっと動転。その停止した私の車にバックしてきた軽トラが助手席側後部に当たったのだ。当たった瞬間、えっ、私溝にでも落ちた?というような音がした。ここには溝が無いし、ひょっとしたら当てられた?と思い車を降りて見に行ったらへこんでいた。軽トラのお尻が私の愛車にぶつかっていたのだった。アイスクリームを買っていたので早く帰りたかったけれど、そうもいかない。隣の農協の自動車屋さんに行き、そこで話は解決、お盆休みがあったので、今日車は修理に行った。
 なんかいろいろあったけれど、おばさんの肋骨骨折では長引くかもと思ってくれたのか仕事の方は28日までお休みにしてくれてあった。それだけあったら、肋骨も腰もきっと完璧元気になるだろう。ゆっくり休ませてもらうことにする。
 結局1ヶ月のお休み。2007超ラッキーな夏!


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