我輩は凛太郎である/そしてその母紗夢猫(しゃむねこ)である+ワン!
凛太郎♂(15歳)ミニチュアダックスとハク♂(10歳)和犬雑種+その飼い主ニンゲンの皮を被ったネコ婆♀が繰り広げる日常




 畑で韓国唐辛子を作っている。去年は乾燥に失敗。大きいので乾燥に時間がかかるのか、色もだんだん褪せてしまって最後にはカビが生えた。今年は刻んで乾燥してみようと思い立つ。
 さて、収穫した唐辛子を刻んで干すという簡単な作業なのだけれど。手に問題が残るのである。
 スライサーを使ってみるもうまくいかず、結局包丁で刻むことにした。1回目はそれほど大量に刻んでおらず、何がどうなってどうなったかわからぬままに唇の端が痛くなった。唐辛子の痛さに似ている。刻んだ手はきれいに洗ったのだから、そんなはずはなかろうと思いつつも、辛い辛い中華を食べたあとの燃えるような痛みにも似た。そんな痛さと熱さ。
 今日は大量に刻んだ。刻んでいる最中から、ノドが痛いような。そのうち鼻水も出てきた。切れない包丁で、カプサイシンがそこいらじゅうに飛沫しているのか。ここで、鼻をかんだらアカン。絶対アカン。この前の痛さを思い出した。あれはやっぱり唐辛子に違いない。とはいえ鼻水がたれてきたので、どうしても鼻をかまねばならなくなった。
 手をきれいに洗い、鼻をかんだ。しもた。テッシュを手で触ったところを皮膚にあててしもた。ああやっぱり。水で洗ったくらいで落ちないのだ。小鼻がひりひり。
 
 その後、台所洗剤で手をしっかり洗い、ほうれん草を茹でた。水にさらし、絞って切った。そしておそるおそる口に入れてみたら、恐れていたことが現実になった。ホットほうれん草になってしまった。口が辛い!唇が燃える!
 手が辛くなっていたのだーーー。

 その後、私はお風呂に入った。何気なく手の甲側の指で小鼻をこすったら、今度はさっきと反対側の小鼻が痛い、燃える。湯船に指をつけたら痛い痛い痛い。火傷にも似た痛さ。痛い、熱い、痛い、熱い。お湯に激しく反応。カラダも髪も洗うのがままならない。ひとりお風呂で痛いを連発し、そうそうに出てきた。今も10指全部がひりひりしている。恐るべし唐辛子。

 うっ 前回はこんな手で凛太郎に何か食べさせたような、、、。あれから数日、手から食べるのを嫌がっていたような、、、。


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 昨夜のこと、このところの日課のごとく夕飯のあとに柿をむき、2匹で食べた。一つめは次郎柿、甘くて美味しい。二つ目はこぶりの名前を知らない柿。5個100円で買った柿の残りだったと思う。これまでは全部甘かった。紗夢猫は甘いと決めこみ、小さく切ったのを凛太郎のお皿に入れてから、自分も一口。甘さの中に渋さがいっぱい。
 「うひゃぁ~、渋い」
 傍らの凛を見たら、ぺろりと食べてしまっていた。
 「あんた大丈夫か」と心配して聞くも凛は平然。母猫はティッシュで舌を拭いたり、苦渋の顔。渋渋になった口の中はいかんともしがたい。
 しかし、犬の味覚はいったいどうなっているんだろう。凛はゴーヤも生で食う。あの苦さは感じないのだろうか。猿は渋柿かそうでないかを見分けられるのだろうか、と相変わらず、思いが乱れ飛ぶ紗夢猫であった。
 ああ しぶ~。


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 ニンゲンのカワを被った紗夢猫である。無類の柿好きであるが、なんとこの母にしてこの子ありか、凛太郎も柿好きであった。というか柿好きになったというか。
 今年は生り年か、梅もたくさんいただき、柿もたくさんいただいた。柿があるとご飯の量を減らしても、柿を食らいたい猫である。柿はカラダを冷やすと昔から言われており、猫ゆえ?に冷え性の私は、一時柿を控えていた時期があった。けれども美味しいものを美味しくいただけてこそではないかと、最近では、あまり控えることもなくバリバリと食べている。熟したゆるゆるの柿ではなく、固い柿が好みである。ちなみに干し柿も大好物である。
 干し柿は消化が悪いそうで、胃切除後の正月は我慢して、翌シーズンにはOKと言われていたので、1年の我慢の後、干し柿シーズンにスーパーで見つけるやすぐに買って食べたのだった。もっとも昔のようにいいかげんに噛んで飲みこむのではなく、しっかり噛んで食べるという習慣は身につけた。

 柿を剥き始めると、凛太郎が生唾を飲みこむ音をさせながら熱い視線を送ってくる。買った柿(5個100円といううれしい価格)、いただいた柿と柿が途切れることなくデザートとして食卓にのせられる幸せ。果物は猫的財政では贅沢に分類されているので、るんるんと至上の喜びの毎日なのである。
 凛太郎の熱い視線にも応えるべく、小さく切った柿を少し皿にのせてやると、私が口に入れる前にたいらげてしまう。凛と目を合わせ「美味しいなー」と言う時の幸せ。美味しいものを分かち合える喜びというのが私はかなり好きだ。美味しいというのは理屈ではないから。口が嬉しい、カラダが嬉しい、心が嬉しい。凛太郎と美味しいものを分かち合える時間が好きだ。
 いつもは何でも少ししか貰えない凛太郎だが、柿だけはかなりふんだんに与えられている。それも母猫の勝手ではあるのだが、熟す前の固い柿のうちに口に入れてしまいたいという卑しさのせいだ。常に美味しいものを満腹までは食べさせてもらえない凛太郎だが、柿だけは勝手にご馳走様をするようになり、もういらんと、食べ終わったらそそくさと炬燵にもぐりこんで行く。
 もういらないのかなと思っていたら、まだ食べ続けている私の膝の上に乗ってきて、もうちょっと頂戴ということになる。こういうことが何度か続いたので、はたと思い浮かんだのだが、小さな凛太郎には少量の柿が即効でカラダを冷やすのではないだろうか。炬燵でカラダを暖めて、暖まったら、また食べたいということなのではないだろうかと。
 凛太郎はサツマイモも大好きだが、こちらは、かなりの量を与えても炬燵に入ろうともせず、「もっとくれー」といつまでも熱い視線を送りつづけている。


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