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鼓童(こもれびホール)。

2005-05-25 23:21:12 | ・おもに音楽。
音と肉体の花火

大輪
線香
仕掛。

風のでじゃぶ
せせらぎの飛沫。

破壊のストイシズム


まつりのよびごえ





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コトバのゆくえ。

2005-05-17 23:02:28 | ・ことばの尻尾踏み。
編集ページを見ると、ブログ総数が毎日1,000単位で増殖し続けています。膨大な情報たちはどこにいるのでしょう。

はじめに言葉があった。で、ありますから、遥かに時代を超えてヒトを生かし、自体が変容しながら生き続けていきますね。

変容についてかまびすしい中で、「思い出づくり」とか「自分さがし」とかいう言葉が今もなお生きていることにすこしばかりびっくりしちゃうのですが、さいきん少し、わかってきました。何にせよ、そういう言葉を生かしてきたシソウ(人種)が存在し続けているのですね。とてもすてきに老人っぽいか若々しいか、って感じでしょうかね。


あたしのネットひとりごとは、ガイアックスハイホー、次にジオサイト、再びガイアックスきがる、そして現在のgooブログです。
先日、抑鬱神経症で検索して着いたサイトの掲示板で、あたしの書き込みにお返事がありました。ホームページを始めて、詩を書くことで癒されるようになりました、と。

そうかあ。

よかったね。

ハイホー、ジオサイトは、まああたしの場合は詩というより韻文的コトバあそびでしたが、ほとんどがそれでした。直接即興的に書き込むので、手書きの下書きなんてありません。きがるに行ってからも、減りはしましたが、たまには書いていました。どれもこれも、サイトが閉じるとともに、あたしの可視世界からは消え去りました。

今はまったくそういったコトバあそびはわいてきません。

けっこうサビシイ。

思い出をつくるために今を生きるってなあに?と思っていました。でも、さいきんばーさん化が激しくて、そうか、あのコトバたちがどこかを彷徨っているのだったら、ちょっとお遭いしたいなんて思ったりもしています。
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『エンジン』その2。ほか。

2005-05-09 22:23:02 | ■だらだら。
原田芳雄さんは、なにやっても、着ぐるみに「あら、そう?」と入ってしまう役者さんですね。
小雪さんは、適役です。──こっちは少し皮肉まじりです。(嗤)
実際いるんですよね、先生稼業にかぎらずこういう人って。ってのが堺雅人さんの役。彼にとっては災難?
それもこれも、はなしがちょっと鬱陶しい。展開がみえみえってのはね。というのとつながります。高島礼子さんの役も、もう少しひねってくれるのかと思ってましたが。
キムタクさんは、役得ですね。まあ、それも彼の実力かもしれません。と、感じ始めています。



原田芳雄、萩原健一、あとほかに誰がいたっけ、厚生年金ホールで松田優作が歌ったヨコハマ・ホンキー・トンク・ブルース。よかったのかどーだったのか忘れたァ。また聴きたい。っても無理なんですけど。

きょうは、昨夜いただいたうれしいメールを読めたり、仕事も穏やかに、わりと平和な気分で過ごしました。










2019-05-08 09:43

胎児のはなしのなかで、胎児はずっと夢を見ていると ───── は書かれていなかったか?
としを重ねるにつれてノンレム睡眠の割合が増すという。
このごろ夢の記憶がほとんどなくなったなあと何か嘆ずるような思いがあった去年のある日。
そのころはほんとうに眠れている感があった。
不眠感が戻ってきたような(一時的なものなのかどうかはわからない)さいきん、
夢の記憶が朝よみがえる。以前と違って短いものだ。母はたぶん四十代で私も四十代だ。

三十代のころの夢、タクシー後部座席に北野武と萩原健一の間に挟まって乗車しているシーン。
三人の肉体は確実にあるのに二人は二人だけだった。





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『あいくるしい』その2。

2005-05-08 22:12:58 | 自ら援くる者以外はその在るを神も認めず。
きれいなおかあさんは好きですか
そんなコピーをつけたいと言ったら、わしゃひねくれもんの白状でしょうか


『こどもを産みなさい。』

じゅうしちぜんご、あたしはほしかった。こどもが無性に欲しかったなあ。遠い目。ド過保護したかった。


『ひとの悪口は言わない。』

悪口になるでしょうか。どうして彼女はあたしに あんなに目の敵にするような物言いを重ねるのでしょう。それとも、いない振りをされるよりまだましでしょうか。そんな彼女に、半分イヌのようになっているあたしです。愛されないイヌ? そりゃ目の敵にもなりますね。──いえ、近所の同い年の友人のことですけれど。


きょうは母の日です。老いた母に物も言葉もおくりませんでした。
花なんか要らないと言われていますし、このところ、かわりのものを考える元気もなかったので。どこかで穴埋めできるといいのですが……。
通院を始める前あたりから、母は夢で私をいじめることがなくなりました。
穏やかにあいさつが交わせます。
健康で長生きをしてほしい
と 遠くでいのります。
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『僕の叔父さん 網野善彦』中沢新一。

2005-05-07 14:11:10 | ・本・記事。
中沢新一さんという人は、オウム問題かまびすしきころ、オウム側に立つ論評をしたことでも有名ですが、著作は一切読んだことがありませんし、網野氏カンケーは2冊だけね。
おじさんとタイトルしているだけに、ご自分と網野氏を含む血脈的思想の輪みたいなものが描かれている部分はあたしにもいきいきと伝わります。
壊滅的に知識量のないあたしが書ける感想は

わかんないけどおもしろかった。


『「同じ人間といっても、アイヌの人たちが自分たちを『アイヌ=人間』と言っているときの人間と、放免や悪党や犬神人たちを見て『あんなの人間やおへん』と言っている人たちの言う人間とには、根本的な違いがあるね。アイヌの人たちは、人間の普通の能力を越えたものをみんな『カムイ』と呼んでいるじゃない。そこじゃあ、間=カムイ=聖なるものと考えられていた。カムイの和語がたんなるカミじゃなくて間としてのカミなんだと考えると面白いねえ。ところが西日本を中心として、間==賤しいものというふうに意味の逆転がおこなわれて、そこに組織的な差別というものが発生するようになった。ああ、ぼくはなんていい網野史観の理解者なんだろう」
「いやあ、照れるなあ」』

『世界に堂々たるを取り戻すことによって、網野さんは人間を狭く歪んだ「人間」から解放するための歴史学を実人しようとしたのである。「百姓」を「農民」から解放する。人民を「常民」から解放する。この列島に生きてきた人間を「日本人」から解放する。そして列島人民の形成してきたCountry's Beingを、権力としての「天皇制」から解放する。こうした、網野善彦のつくりあげようとした歴史学は、文字どおり「野生の異例者」としての猛々しさと優雅さをあわせもった、類例のない学問として生み出されたのである。』

参考
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