ぽん・で・ら・りんだの排泄物を私はおしっこちゃんうんちくんと言う。きのうそれぞれを片付けながらふと、正しい呼び方よのう、と思ってしまった。ただそれだけのことだ。
おしっこちゃんは礫より小石に近い形状の砂に染み込み、下のシートに跡を広げる。うんちくんはころりにせよぐにゃりにせよ除去は相対的に簡易である。
ぽん・で・ら・りんだは私の認識する限りでは、おしっこちゃんとうんちくんを一緒にすることはあるとすれば稀であり、掃除人不在時に重なってなされているときは、おしっこちゃんの跡にうんちくんをしている模様。うんちくんの上におしっこちゃんをすることはないようだ。証拠はない。
女性学という学問があって、男性学が近年求められているという記事を見かけた。あほかと思う。
酒井順子によると「女性は劣等であり、私は馬鹿でない女にはめつたに会つたことがない」とミシマは書いているそうだ。そう思っている男性は多いかもしれない。
ミシマは著名な非凡人だ。
結局何も成し遂げ得なかった無名のナカジマさんが非凡人ではあったことを知るは私ひとり。彼女が「男はダメ」と断言するたびに、そうかなあと首をかしげていた凡人は今、男はダメとは思わないが、馬鹿でない男にはめったに会ったことがないなと思っている。
いや、単に馬鹿な女にはめったに会ったことがないというのを間違えてひっくり返しただけだろう。
おしゃべりな女たちにはしゃべりようがないことが染み込んでいる。