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元陸上幕僚長とお会いした~「副官のお仕事」

2014-04-05 | 自衛隊

「というわけで」

TOが明日はオで始まってマで終わる県に(なぜこの表現にこだわっているかについては後述)
行こうという日にわたしに聴きました。

「ちゃんとこの元陸幕長のこと調べてあるんだよね」
「何も調べてない。陸自のことあまり詳しくないしwikiじゃわからないし」
「え、だめじゃん」
「でも講演会聞くだけなんでしょ?先入観なしの白紙の状態で聴けばいいのよ」(えらそう)
「・・・あんた明日Mさんと会合の予定入ってるの知ってた?」
「・・・・・知りませんでした」 

なんと、講演会の前夜、少人数で元幕僚長と元副官を囲む会が
いつのまにか予定に入っていたのでございます。
財界の大物でもないわたしが自分の知らない間に会食の予定を入れられていた
というのも不思議な話ですが、ここはまあ色々とございましてそれは省略。

もしそれがもし元海幕長だったら航空機か艦艇か、フネなら駆逐艦かはたまた掃海艇か、
潜水艦でも色々と聴きたいことが、と下準備万端で出かけると思うのですが、
陸幕長となると、むしろあの集団の中からどうやってトップに上り詰めたのか、
どんなガチムチマッチョなのか、などという興味が先立ってしまい、ゆえに
やっぱり全くの基礎知識なしで会合に臨むことになりました。

実にいいかげんである。

 

またまた来てしまったぜ、OKAYAMA。
短期間にまたもこの地を踏むはめになるとは。
この地にはTOの名前(というか今はわたしのでもありますが)と同じ地名があり、
実際も彼のルーツはそのあたりなのですが、今までほとんど縁がなかったのに
ここ2~3年、何かというと用事ができて足を運んでいます。

これもご先祖さまのお導き?



まるでホテルのパンフレット写真のように人気がないのは、
本当に人がいないからです(笑)
この、一応ゴーヂャス系のホテルで明日元陸幕長の講演会が行われるのですが、
わたしたちは朝早くからのその講演会に出席するために前日から前乗りしました。

駅から相当離れた場所にあるホテルで、経営は今「大変苦しい」のだとか。
道理で従業員以外の人影がロビーに全くないと思ったよ。
料飲と宴会に力を入れているので宿泊はまったく「おまけ」の扱い、
よって一泊の宿泊がツインで5000円!
一人2500円なんて、都会のカプセルホテルより安いんじゃないですか?

ひとつ上の写真はホテルの部屋からの眺めで、紹介してくれた企業の会長の御威光で
部屋をアップグレードしてもらったというのにこの値段です。
なんだか、貨幣価値の違う国に来たような変な感覚でした。

さて、畏れ多くも主催者に黒塗りの車を差し向けてくれていただき、
その車でわたしたちは岡山駅近くの会合場所に向かいました。



できて間もない新築のにおいのする小料理屋でした。

わたしたちが到着したときには主賓のお二人は勿論全員揃っており、
着くなり名刺交換が始まったわけですが、元陸幕長については前もって頂いた

「見かけは怖いですが、話してみれば普通の人です」

という情報そのまま、何方かと言えば小柄ですが赤銅色に日焼けした顔といい、
妙に鋭い目つきといい、一目見てただ者でない人物に思われました。

そ れ よ り (笑)

わたしは、部屋に一歩入るなり、心の中で

「あっ!」

と叫んだのでございます。(心の中で、ですよ皆さん)
Mさんが陸幕長であったときに副官を務めており、現在は地元地本勤務で、
ちょうど栄転が決まっているので送別会も兼ねて主催者がお呼びしたK1等陸佐。
この方が・・・・・。

「・・・お会いしていますよね?」

K1佐(小林一佐じゃないです)の表情にも「あっ!」な雰囲気があったので
向こうもこちらを覚えて下さっているとの確信を深め、わたしがこういうと、

「はい」

なんと、前回の三井造船での「ふゆづき」引渡式に出席したとき、
観覧席のグレードを同行のIさんのおかげで三階級特進したわたしが
まんまと潜り込んだ(人聞きが悪いな)中央のテント。
このテントで、わたしの前に座っていた陸軍軍人がいたわけですが、
当夜料理屋の一室で待ち受けていた陸佐がまさにそのひとだったのでございます。

「ちょっと待て、確かそのとき
『肩の階級章を写真で見て調べたところ、陸将補だった』
とか書いていなかったか?」

と今思った方、あなたの注意力並びに記憶力は素晴らしい。
はい、そうです。陸将補と一佐の階級章を見間違えていたんです。
いや、わたしも陸将補にしては若いなあとは思ってたんですよ。

にしても驚いたのは、陸将補じゃなくてK1佐が、テントではわたしの前列の席だったし、
パーティ会場で会話もしていないのに、ちゃんと当方を覚えていたことです。

・・・・やっぱり政財界のVIPばかりのあの会場では当方浮いてたんだろうなあ。

当日の話も出ましたが、まずあらためて確認したことは

「陸自の自衛官は以外と海自のことを知らない」

ということです。
「ふゆづき」出航までの儀式のいろいろについては、K1佐によると

「海自の式典に付いては全く初めてのことばかりでした」

ということで、案外そんなものかと思ったのですが、わたしは前に座っていた
K1佐が、一般人が全く立ち上がらないところでも立ち上がり敬礼をしていたのを
後ろから興味深く観察して(写真まで撮った)ものですからそのことをいうと、

「たとえば国旗や自衛艦旗には敬礼をすることが決められています」

後から調べた所によると自衛隊法施行令則より、礼式に関する訓令で、
自衛官が敬礼をする対象や方法が詳しく決められていました。


ところで、かつて「一日副官」「副官の花道」という旧軍副官シリーズをエントリにし、
副官のお仕事というものに多大な興味を持っているわたしとしては、
元陸幕長もいいけど、どちらかというとこちらに興味があります。(笑)

旧軍の昔「人権を認められているとは言えない仕事ナンバーワン」といわれた(らしい)
副官というお仕事ですが、現代の自衛隊ではどのようになっているのか。



そういえばわたしは去年、とある海将の職場を訪問させていただいたとき、
「副官」という人種に初めて遭遇しております。

たとえば車で現場に到着したとき、いち早く飛び降りて将官のためにドアを開ける、
訪問者(わたし)との電話でのやり取り、来客の駐車場の確保とか、
そういったことはすべてその副官のお仕事でした。

そして、海将は副官のことを名前ではなく「副官」と呼んでいました。

「副官、お客様を玄関までお送りしなさい」
「副官、あの資料はどこに飾ってあったか」

こんな感じです。
一般社会ではたとえば社長が秘書を呼ぶときにも、大抵は「山田君」などと名前で呼びますが、
この呼び方は一般人のわたしにかなり特異な響きを持って聞こえました。

違うのも当然かもしれません。
そもそも副官というのは旧軍のシステムをそのまま残したものなのです。

一般の秘書が「役職者本人を助ける」のに対して、副官とは


「役職そのものを助ける」

という違いがあるのだそうです。
そういわれても具体的にどういうことかわからない、という方は、
Wikipediaの「副官」の項目の

軍隊において、高級の役職に就く者は一般的な組織運営だけでなく、
戦時・平時関わらず、配下の事務や指揮監督を行わなければならない。
高級役職ほど管理する組織は大きくなるため、全体を役職者一人で運営・管理するのは
体力的、時間的に困難であるため、副官を置きその一部を担当させる。
当然ながら、事案の最終決定権限は役職者本人が持つ。(wiki)



という説明をご覧下さい。
(それにしてもこの文章はかなり拙いと思うのはわたしだけ?)
これは旧軍ないし一般の軍隊における副官の定義です。

「その一部を担当させる」

というこの部分が、秘書と副官の任務の決定的に違う部分でしょうか。
ただしこれもwikiによると、自衛隊では秘書的な役割がほとんどであるということです。


元陸幕長に会ったということを報告するために挙げたエントリで
当人の話を差し置いて先に元副官の話に終始してしまいそうですが、
K1佐はこの陸幕長のとき副官であった、つまり何年か前に副官を務めた人物です。
この会合に来ていただいたのは、講演会のため来岡した元陸幕長の元副官であることと、
ちょうどこのとき当地から中央の某基地に転勤する直前だったこともあり、
「栄転祝い」「送別会」を兼ねてのことであるということでした。

そして当夜同席の方々が口々に

「彼は出世しますよきっと」

などと評しているのを聴き、なるほどと思ったわたしです。
K1佐、後でお聞きすると奥様も現役の(!)自衛官でいらっしゃるということで、
左手の薬指には燦然と?結婚指輪が輝いておりました。

少ないサンプルで申し訳ないけど、自衛官で結婚指輪をはめている男性、多いです。
はめていない人をどうこう言う気はありませんが、わたしは指輪している男性、好きですね。
なんか、妻を大事にしている、ってアピールがあるじゃないですか。

・・・・・え?甘い、って?


さて、「自衛隊での副官の任務は秘書とほとんど同じ」と書きましたが、副官という職務は
ある程度役職者の意思をくんだ上での代理を務める場面もあるわけですから、
当然のことながら優秀な者が選抜され、起用されるのは昔と変わりないでしょう。

副官業務は一人の役職者に仕え、その間交代はありませんし、役職者が退職したら
同時に副官の任務も終わり、別の役職者の副官になることは決してないそうです。
そして任期中は国内出張は勿論、海外派遣であろうと「おやじ」と運命を共に
どこにでも付いていく「女房役」、それが副官のお仕事というもの(らしい)です。

K1佐は上官と出席しているこの宴席で決して出しゃばりはせず、控えめな態度で
「副官体質」とはこのようなものかと思ってみていたのですが、かといって
ずっと黙っているわけではなく、適所で元陸将の話したことに補足をしたり、
現役中のエピソードを披露したり、それが2年半(この任期は長い方らしい)の間
ずっと行動を共にし続けてある意味奥さんよりも近かった部下の
「阿吽の呼吸」の名残りというものかと感心してしまいました。

しかしながら、元陸幕長のお話を聴いていると、随所に

「そこで副官にあれこれと指図されて」
「副官にこき使われながら」
「副官に叱られて」

といった「実はかかあ天下」みたいな証言多数。
勿論相性がいいにこしたことはないですが、それよりも副官という業務、
役職者以上に役職者のスケジュールについて知悉していなくてはいけないし、
最後に決定するのは役職者とはいえ、全ての采配についてはその意向を踏まえ
ある程度は形をつけておかなくてはならないのですから、
記憶力、判断力、何よりも機転が利くべきだし、総合的な人間力が問われます。

優秀=副官=出世候補、と考えてもいいのではないでしょうか。


自衛隊の人事は外のものには全く想像もつかないものですが、それでも一同は
K1佐がどうして副官になったのか興味津々。
K1佐はもともとCHー47の(本人はただCHの、といっておりましたですよ皆さん)
パイロットだった、とわたしの問いに謙虚な様子で答えておられましたが、
後から調べたらこの方、第5代第12ヘリコプター隊の隊長でいらしたんですね。
退任されたのが平成21年というので、副官任務はこの前職であったということのようです。
第12ヘリコプター隊は陸自第12旅団所属で群馬県の相模原駐屯地にあります。

防大出の幹部はおとなしくしていたら自動的に2佐までは昇進します。
しかし1佐への壁は厚く、下手に頑張ると脚を引っ張られつぶされるため、
1佐になれる自衛官というのはそれだけですごいのだとか。

K1佐がいつ昇進したのかは分かりませんが、副官候補になった時点で
すでに「将来有望」と見られていたということではないでしょうか。
列席者の一人が元陸幕長に訊ねました。

「どうしてKさんを副官に選んだんですか?」
「それ、知りたい!」(←エリス中尉)

それに対する元陸幕長の答えは意外なものでした。

「候補者が何人か並んだ名簿を見せられるんですよ。
でもそんなもの見せられてもわかりませんから、
『一番右』を『これ』って指差して決めます」

この決め方は元陸幕長の言い方によると「そういうことになっている」そうです。
列席者との間で後からこの話になったときに、わたしが

「名簿を出す方はやっぱり一番右に第一候補を書いておくんでしょうか」

というと、

「あの『一番右』って『右』っていう意味じゃなかったんですか」

と別の方が言い出し、言われたことを額面通りに受け取る傾向のあるわたしは
なるほど、そういう二重の意味もあったのかなと思った次第です。
これについての真偽は確かめていないので、もしどなたかご存知でしたらぜひ教えて下さい。



さて、わたしがこのK1佐と偶然にも劇的な再会を果たし、名刺を頂いてすぐに注目したのは
その離職前の勤務先が「OKAYAMA地本」となっていたことでした。

なぜかって?

OKAYAMA地本と言えば、あれですよ。かの有名な

ジエイのお仕事

「オで始まってマで終わる県」はここからの引用です。
わたしは前からこの「らしくない」リクルート漫画が好きでTOにも読ませたくらいでした。

K1佐の名刺を見てからというもの、このことを聞いてみたくてたまらなかったのですが、
お開きとなって元陸幕長を主催者がタクシーで送っていった後、全員で立ち話がはじまったので
その機会にK1佐に聞いてみました。

「あの岡山地本のホームページの『ジエイのお仕事』という漫画のことなんですが・・」

すると答えは

「ああ、あれは北海道在住の作家さんにお願いしましてね」

なんと、ご本人が中心となって決めたということじゃないですかこれは?
作家の火鳥さんによると、

”自衛隊の広報を名乗る男から広報用漫画の連載依頼の連絡を受けたが、
男の身分を信じられずに身分証の提示を求める。→本当だったので今に至る”

といういきさつだったようです。
受ける方も信じられなかったのね。なぜ自分に、って。
わたしももう少し時間があれば、なぜあの作家を選んだのかK1佐に聞いてみたかったです。


前々から注目していたこの地本HPの漫画の仕掛人と、
何のご縁か同じテントで引渡式を見学し、何のご縁か一夜の宴を囲み、
お話を伺うという偶然がまたまた起こったのです。

やはり、人の縁とは引き寄せられるものであるなあと実感した夜でした。


ちなみに、K1佐が

「わたしが決めたんです」

と胸を張っておっしゃっていたイメージキャラクターは次のようなものです。

陸上、海上、航空自衛隊イメージキャラクター~岡山地方協力本部オリジナル~


K1佐ェ・・・・。