「エリス中尉IN江田島海軍兵学校」、続編です。
前回は主に建物を中心にお送りしましたが、今日は細部と参りましょう。
画像は、煉瓦の生徒館を横ウイングから覗き込んだところにある「ハットラック」。
いくつか色の明るい、後になって追加されたものがありますが、手前のを始め色の黒々としたものは
当時から使われていたものです。
そして、実際に今軍帽が架けられているのがお分かりでしょうか。ハットラックも現役です。
ここで実際に学んでいる士官候補生たちは、いやでも毎日このような海軍の歴史に身をもって触れながら
「海軍精神」を身体に沁み込ませていくというわけです。
また後日海上自衛隊の成立についてお話しするつもりですが、旧軍の伝統を最も色濃く、というか、
そのまま受け継いでいると言われる海上自衛隊には、発足当初、終戦時現役だった海軍士官がそのまま
教官として教鞭を取り、そのネイビースピリットを叩きこみました。
「海軍では・・・・」
彼らの指導には二言目にはこのセリフが入ったと言います。
勿論この「海軍では」に反発を覚える候補生や若手士官もいたようですが、そういった話はまた別の日に。
この校舎に備え付ける設備には、いたるところに「海軍特別仕様」の印が見られます。
例えばこの照明器具。
これは皆の入学、卒業を見守ってきた大講堂の天井のものです。
一目みれば分かりますが、艦の舵輪を模していますね。
海軍兵学校のものであるということで、このように意匠をこらしたデザイナーがいたということです。これは、生徒館の冒頭ハットラック手前にある階段下のもの。
当初、こういった機器類にはさほどこだわっていなかったらしい兵学校も、
世界の三大兵学校のうちの一つとして、いろんな国から訪問を受けるようになると、
「これではいかん、と細部にも凝りだします」
(解説のおじさんのいっていたことを一部脚色してお送りしています)
これも、錨のマークがついています。
行燈のような形で、和風ですが、モダンでもあります。こういうの売ってないかな。
そして「階段」。
兵学校のことを語っているもので「階段」に触れていないものはない、という階段。
いろんな修正や、ドラマが?あり、生徒の血と汗と涙を吸いこんできた階段です。
二段ずつ駆け上がり、踊り場では「直角に向きを変え」なくてはいけません。
背中や指先が丸まっているのも勿論ダメ。
そして、一号生徒は、階段の下でなく、上で見張っているのです。
一旦停止ゾーンで、手前で見張っていれば皆違反をしないと分かっていながら
あえて見えないところで見張って、わざわざ違反をさせてから切符を切る警察のパトカー
(あれは姑息ですよね)みたいなものでしょうか。
上級生に咎められれば、何度も下まで降りて「階段の上り直し」。
井上校長などは眉をひそめて
「何でもかんでも規則を作って自分たちで息苦しくさせすぎだ。階段の上り下りにまで」
と嘆いたそうです。
今でこそ女性自衛官が学び、こうやって女性であっても潜入して見学することができますが、
当時はもちろんのこと、女人禁制。
要らぬ煩悩と雑念を振り払い、海軍軍人としての基礎を学ぶために、厳しくそれは律され、
例えば休暇の際でも「悪所」に足を踏み入れたと分かれば即放校。
このとき校長が説明するために使った、
「止むにやまれぬ衝動にかられ」という言葉は当時の生徒の流行り言葉になったそうです。
・・・と言うくらいの純粋培養の地、海軍兵学校。
毎日厳しい訓練で校内にこだまする号令。
そして背筋を伸ばし、指先を伸ばし、常にきりっとした表情で歩かなければならなかったその敷地では、
松の木でさえも背筋を伸ばし、松なのに皆まっすぐ空に向かって伸びているのです。
それだけでも不思議なことだと思うのですが、
このまっすぐな松の中に、一本、種類の違う松があります。
号令台の右のアカマツがそうです。
まっすぐに生えている松はクロマツで、つまりここの植林した植木屋が種類を間違えて、よりによって
台の後ろに「女の松」を植えてしまったのです。
業者は驚き慌てて植え替えを申し出ましたが、さすがシャレの分かる粋な海軍さん、
学校側は「まア、折角育っているんだからいいぢゃないか」と不問にし、今でも紅一点のアカマツ嬢は、
それでもきりっと背筋を伸ばしたクロマツに囲まれて、その種類にしては不思議なくらい
まっすぐに伸びているのです。
この松を見て、ある生徒の詠める
「女人禁制の兵学校に誰が植えたか姫小松」
まだまだ(!)続きます。