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映画SPIRITED AWAYの既視感

2010-10-08 | 映画
はて、そんな題名の映画あったっけ、と思われたでしょうか。
何のことはない、宮崎駿監督の「千と千尋の神隠し」の英語題です。
SPIRITED AWAY=「ひそかに連れ去られる」という意味なので、まさに神隠しの直訳なのでしょうか。

この映画が公開されたとき、我が家はパリにいました。
どこの映画館でも「ル・ボアイヤージュ・ド・チヒロ」(千尋の旅)という題で大々的に上映されていましたが、当時息子が幼児だったため、観ることなく終わってしまい、このDVDを購入したのはアメリカでのこと。

(ちょっと待て、よくDVDを「アメリカで買った」とか「フランスで買った」とか言ってるけど、DVDにはリージョンコードがあるんではないのか、とおっしゃる方。
ここでも蛇の道はなんたらという言葉を使わせていただきますが、どこの国のDVDでも観ることのできるプレーヤーというものはこの世に存在するんですのよ)

で、そのSPIRITED AWAYを観ました。


エリス中尉には、ほとんど物心ついたときから心の中に住みついているある光景があります。
それは、行燈かろうそくで明々と照らされた日本家屋の軒先のようなところ。
どこがどうとはいえないのですが、そのときに聴こえる音声が「三味線のような感じ」
「酒席のような感じ」で、何の根拠もなくその情景を「前世で見た」と信じ切っています。
私は生まれ変わりや前世占いを全く信じていないのですが、それでもその光景が心にかすめるたびに「前世の記憶」だとどこかで囁く声が聞こえるので、そうなのかもしれないと思っています。


デジャブというものを経験したことがない人はいないそうです。
心理学用語で「知っているような気がすること」「疲労感の多い時に現れる」と、身も蓋もない解説もあります。
確かに「見た」ではなく「見たような気がするだけ」かもしれませんからね。
しかし、デジャブ(フランス語で『すでに見た』)がもしかしたら「前世」あるいは「死の世界」の記憶ではないのかととする幻想は、古今東西いろんな文学や映像に表されています。


この映画を観たとき、なぜこの映画が世界中で絶賛され、金熊賞を始め数多くの賞に輝き、いまだに「ミヤザキアニメのナンバーワン」と言われることが多いのか、それはこの映画に横溢する「死の世界の既知感」が文化民族を超えた共通のものであるからのような気がしました。


先日人と話していて、「となりのトトロ」の怖い話を聴きました。
小さな女の子めいが行方不明になり、皆は沼で溺れたものと思っていたら発見される。
めでたしめでたしの結末なのですが、見つかった後のめいにはなぜか影が無いという話です。

この「千と千尋の神隠し」においても、千尋は死の世界を垣間見たのだという話があるそうです。
(湯女=江戸時代の娼婦になった千尋は実は風俗に身を沈めて親の罪を贖っていたという説もあるそうですが、これはこの際置いておいて)


先日「紅の豚」に見られるおめでたい世界観がどうも、と宮崎アニメをこき下ろしてしまったのですが、このような「善悪」「世界観」「道徳」に支配されない夢の中のような情景を描かせたらやはり唯一の作家かもしれません。

そういえば、「崖の上のポニョ」も、こちらはどう見ても「死の世界」。
老人ホームごと海に飲み込まれて実はみんな死んでいる、というわけです。

しかし、宮崎監督は「もののけ」以降、皆さんの期待する「子供も大人も楽しく見られる」という作風に頑なに背を向け始めましたね。
映画のキャラクターグッズが作られ、まるで健全な童話作家のような扱いを受けることにもしかしたら辟易としたのかもしれません。
(事情を知らないで全くの想像でモノを言っていますが)
私はポニョ本人の「不気味さ」を見て確信を持ちました。
あれ、全く可愛くないですよね。

そういえば有名な絵本作家の五味太郎氏が
「絵本作家って言うとみんな勝手にいい人でないといけないなんて思ってるから迷惑なんだよな」
みたいなことを言っていました。
「千=苦界に身を沈めた」説をとなえたサイトでは「子供も観るんだぞ」とお怒りのコメントが飛び交っていましたが、宮崎監督自身、子供向きのものを作ろうとはしていないようですし、だいたいこの説も元はといえば監督自身の言から来た噂だそうです。


とにかく、「もののけ」あたりから全編、なんだか理屈はつかないが、見たこともないのに見たことのあるような既視感のオンパレードになってきたように思えるのですが、それが日本人のみならず世界の人々が受け入れられる感覚というのが、何とも不思議ではないですか。


ところで、エリス中尉が大好きな絵本作家でクリス・ヴァン・アルスバーグという人がいます。
(『ジュマンジ』の作者です)
アルスバーグの作品にみられる「夢の中」あるいは「死の世界」の光景は心を引き付けてやみません。


で、今日画像にしたのはこのアニメのなかでもっとも既視感を感じたSPIRITED AWAY の一シーン。
(中学生の印象画みたいですが、お絵かきツールでここまでできるようになった努力をさりげなく褒めてほしいエリス中尉です)


この絵は千尋あらため千が水上を渡る電車の車窓から見た眺め。
下画像アルスバーグの世界に通じるものがありませんか?