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「全員死に至るまで抵抗せよ」

2012-01-30 10:25:12 | マスメディア
「全員死に至るまで抵抗せよ。降伏を考えてはならない」
これは1942年1月、日本軍の攻撃にさらされたシンガポール守備軍に対して、チャーチル英首相が出した命令です。(第二次大戦回顧録より)

 全員死ぬまで戦え、などという苛酷な命令を下すのは日本だけかと思っていたので、このチャーチルの命令は意外でした。チャーチルはその代償として兵士たちは永遠の栄誉を得るとしています。

 指導者は栄誉や名誉というタダ同然のもので兵士に命を提供させ、兵士は勇敢にそれに応え、勇敢さは賞賛されます。戦争になればどの国も似たり寄ったりだという気がします(しかし実際には兵士の命に対する扱いのレベルに大きな差があったのは周知のとおりです)。

 戦争は言わば殺し合いです。人間は部族間で、あるいは民族間、国家間で争いを続けてきました。勝利を得るためにはそれぞれの構成員が集団として力を合わせて敵と戦うことが必要です。猫のように個々がバラバラな集団は淘汰されるでしょう、戦争に対するそうした適性を備えている集団だけが生き残ってきたと考えられます。

 とはいえ、戦争が悲惨なものであることに変わりはありません。兵士には徴兵を拒否する自由はなく、意に反して兵士に仕立て上げられた者が大半です。死亡率の高い突撃でも拒否することができない仕組みが作られ、アッツ島や硫黄島の突撃ではほとんどの兵士が命を落としました。

 昔、ロシアでは敵前で逃げたりすれば後ろから味方に撃たれるので、前進する方がまだ生きるチャンスがあったという話を聞いたことがあります。まあそうでなくとも敵前逃亡は重罪です。

 話がそれますが、大変な犠牲を払わされた兵士ですが、少なくともマスコミでは民間人の犠牲ほどには取り上げられていないような気がします。一部の職業軍人以外は無理やり戦闘員にさせられた人たちであり、多くが過酷な戦場で長期にわたり塗炭の苦しみを舐めました。犠牲者の数においても、その悲惨さのレベルや時間の長さにおいても民間人を凌駕することでしょう。

 話を戻します。先日、中国の世論に関する、気になる報道がありました。中国は南シナ海をめぐってフィリッピン、ベトナムなどが争っていますが、中国の人民日報系の環球時報がネットで約23000人に南シナ海問題の解決法を尋ねると83%が軍事力を挙げたそうです。軍事力で解決とは戦争による解決であり、国民の83%が戦争を支持するということです。背景には軍事的に優位であるという意識があるのでしょう。隣国にとって、これはとても恐ろしいことです。

 これは1月25日の朝日新聞「中国軍解剖」という連載記事の中に小さく載ったのですが、お隣の国の戦争に関する考え方を知る上で大きい意味を持ち、日本の安全保障に重大な影響を与える可能性があります。そのわりには記事があまりにも小さいことが不自然に思われます。

 第二次大戦に敗れた後、日本ではもう戦争は懲り懲りという気分が広がり、非武装中立などという妄想までが広がりを見せました。しかし他国もそうとは限りません。現在、多くの国では政治的、あるいは経済的、道義的な理由によって戦争は抑制されています。しかしナショナリズムの台頭などで抑制が外されれば好戦的な本性が目覚める可能性があります。それどころか国民の83%が戦争を望む国すらあります。

「全員死に至るまで抵抗せよ」などという命令が出される日が来ないことを願いますが、それを未然に防ぐには抑止力が重要であることは歴史が教えています。急速に軍事力を強める中国とは逆に、日本は防衛費を減らす一方です。マスコミは防衛費の増加を抑えてきた主役であり、攻撃される可能性など、まったく考えていないようですが、そのような認識が後の世に無責任といわれることがないでしょうか。

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