噛みつき評論 ブログ版

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「新聞記者 疋田桂一郎とその仕事」-本の紹介

2008-03-06 10:18:59 | Weblog
 朝日新聞を代表する記者と言われた疋田桂一郎(1924-2002)について書かれた本である。本書の大部分はかつて疋田桂一郎自身が新聞などに書いた文章であり、数人による解説文が挿入されている。

 第1章は1950年代~60年代、第2章は70年代、第3章は70年代後半から80年代と年代別に構成される。第1章は三井三池争議などの事件記事、世界各地で取材した紀行ものが主であるが、注目したのは自衛隊を描いた連載記事の抜粋である。

 この記事は朝日らしくなく、中立的な立場で書かれたもので、自衛隊賛成派、反対派の双方から高い評価を受けたという。ほとんど知られていない自衛隊の実情をわかりやすく伝える優れたもので、いま読んでも面白い。

 第2章は3年間担当した天声人語の抜粋である。いいとこ取りとはいえ、昔の天声人語はこんなにレベルが高かったのか、と思った。

 「新聞のあり方を問う」という副題のある、第3章は本書の圧巻である。この章の冒頭に収められた「ある事件記事の間違い」は、朝日の記事が当事者を自殺に追いやったのではないかと考えられた事件について綿密な調査をした記録である。事件の概要は次のようなものである。

 昭和50年5月8日、ある銀行の支店長が2歳になる知恵遅れの幼女を餓死させた、として逮捕された。それから9ヵ月後、有罪判決を受けたあと彼は自宅へ戻ることなく電車に飛び込んで自殺した。

 逮捕時の朝日の記事の中で、容疑者に対する悪意が感じられるものは以下に示す。

「知恵遅れの幼女を寝室のベビーベッドに10日間もとじ込めて餓死させた」
「3、4日目には、音を立てて指をしゃぶっていたが、心を鬼にしてほうっておいた」
「直子ちゃんはホオがこけ、芽が落ちくぼみ、あばら骨が浮き出、しゃぶり続けていた右手の親指は皮膚がはがれ、その悲惨な姿に捜査員も言葉を失ったという」

 疋田はこの記事の元になった警察から聞き出した事実と、捜査報告書、警察・検察庁の供述調書などの公判記録を詳細に調べ上げ、記事の誤りとその原因を追求していく。

 幼女は10日の間、終始昏睡状態であり、ベビーベッドにとじ込めるという表現はおかしい、つまり動かないからとじ込める必要はない。また、食物を受け付けない拒食症にかかっており、食物を口に持っていっても食べないのだから、心を鬼にしてほうっておいたという記述も変である。などと次々に記事と食い違う事実が出てくる。

 5月末保釈され1ヶ月ぶりに支店長は自宅に帰ったが、新聞や雑誌を見て、すべての力が抜けたようで、生きる力をなくしたようでした、と妻は供述している。彼が自殺した直後、妻は同じことを取材に来た記者に言ったが、記者はその部分を送稿しなかった。

 この事件は警察官の「東大法学部卒、大銀行のエリート社員」に対するコンプレックスと反感と軽い悪意が悲劇の父を容疑者扱いする予断を生み衰弱死を計画的な冷酷な犯行に塗りたてていった、と巻末の解説にある。

 「このような事件報道が人を何人殺してきたか、と思う」と疋田は述べている。私はトリインフルエンザ事件で自殺に追い込まれた浅田農産会長夫妻を思い出した。報道が人を死に追いやっても、誰も責任をとらない。

 また、「我々が記者として新聞で描いている世界の姿、あるいは世間像と、世界で実際に生活者が感じたり考えたりしている世界像との間にすき間があるんじゃないか」、
 「今日我々は、新聞に対する読者世間の信頼が揺らいでいる時代に生きているということです」と述べ、

 新聞のあり方についての現在の課題が既に存在していたことを指摘している。逆に言うと26年前に疋田が指摘した問題は未だ改まっていないと私には感じられる。


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2 コメント

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Unknown (okada)
2008-03-07 00:36:23
いつもありがとうございます。

紹介致しました本ですが、日経か朝日の書評欄で紹介されたものです。素晴らしいとまではいえないかもしれません。

ただメディアに関心ある方には十分お薦めできると思います。

もしお読みになって失望されると申し訳ないと思いまして。
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Unknown (nuttycellist)
2008-03-06 19:35:35
貴重な書籍のご紹介をありがとうございました。素晴らしい内容のようで、早速入手して読んでみたいと思います。

いつもエントリーを読ませていただいています。
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