(1)遠洋漁業の街
先月、静岡県浜松市に旅したのに続き、今月は静岡県焼津市に旅した。将棋の棋王戦第3局(久保利明棋王対郷田真隆九段)が焼津市のホテルで開催されたのだ。将棋観戦の旅にすっかりはまってしまった今日この頃だ。
焼津は初めて行く街だ。焼津といえば遠洋漁業の基地として有名だ。私たちの世代には、1954年に焼津漁港を母港とする「第五福竜丸」が、南太平洋のビキニ環礁で、アメリカの核実験による水素爆弾の「火の灰」を浴び、乗組員の久保山愛吉さんが亡くなる、という出来事が強烈に印象に残っている。
遠洋漁業のほかに、近海漁業も盛んで、街全体が漁業に関係しているといっていいほどだ。
最近は漁師の中には、遠くキリバスから来る出稼ぎもいて、外国人漁師の割合が増加しているとのこと。これはタクシー運転手の話。
そして、旅行者にとっては、うまい魚にありつけるのが一番の魅力だ。
(2)棋王戦第3局
棋王戦第3局は久保棋王1勝・郷田九段1勝の後を受けて天下分け目の戦いとなった。棋王戦は5番勝負なので、ここで勝った方が一気にタイトルに「王手」をかけることになるのだ。
後手番の久保さんの選んだ戦法は「ゴキゲン中飛車」(角道を通したままの中飛車)で、久保さんは後手番ではこの戦法をよく採用している。ところが、この「ゴキゲン中飛車」の神通力が最近褪せ始めたのだ。それは、先手の対策として、「3七銀」と早く上がり、後手番を押さえ込む戦法が効力を発揮することが証明されてきたからだ。
実際、久保さんの戦っている「王将戦」(対佐藤康光九段)と「棋王戦」(対郷田九段)を見ると、以下のようになる;
王将戦第1局:久保さん(後手番「ゴキゲン中飛車」)負け。
棋王戦第1局:久保さん(後手番「ゴキゲン中飛車」)勝ち。
王将戦第3局:久保さん(後手番「ゴキゲン中飛車」)負け。
ほかに順位戦A級の対局でも、久保さんは後手番「ゴキゲン中飛車」で負けている。棋王戦第3局は後手番の久保さんとしては正念場だ。変わらず「ゴキゲン中飛車」を採用するか、ほかの戦法に勝機を見出すか。久保さんの決断は「ゴキゲン中飛車」の再採用だった。
しかし、会場に着いた午後2時には、すでに先手の郷田さんが指しやすいというのが青野九段の見立てだ。郷田さんがやはり「3七銀」戦法を採用して、後手番を押さえ込もうとしているようだ。
どうも、久保さんの仕掛けが無理だったようで、その後の解説では「郷田良し」の変化ばかりが出る始末。結局、午後5時前に対局が終わってしまった。
この対局は、後手番「ゴキゲン中飛車」戦法が生き残れるか死滅するかを占うものになるかもしれない。
(3)魚の街
初めての土地に行くと、その地のブックオフを訪問するのが最近の習慣だ。今回は、藤枝市と焼津市のブックオフを訪れた。
藤枝市のブックオフは駅から25分歩いたところにあった。歩くことを日課にしている私にとっては、往復50分の歩程は格好の散歩になる。見るべきものはなかった。
焼津市のブックオフも駅から25分歩いたところにあった。こちらも、見るべきものはなかった。
併せて、105円の文庫本を10冊買っただけ。
魚の街・焼津で賞味した魚介類を挙げると;
生シラス(◎):まだ、時期が早いのではと危惧していたのだが、これを置いている店があった。わさびとしょうがで食べる生シラスは絶妙の味だ。
中トロ丼(○):これも旨かった。ただ、高いので、旨くて当たり前ともいえる。
トリ貝の刺身(○):旨かったが、ボリューム感に欠ける。
はまぐりの酒蒸し(△):小粒のはまぐりが12粒ほど。殻が開かないのが1つ混じっていた。
金目鯛のから揚げ(X):金目鯛の味が飛んでしまっていた。これは、から揚げを注文した私の選択ミスだ。
以上、5品は一度に食べたわけではなく、昼と夜に分けて食べたものだ。
焼津みやげは、「焼あなご しょうゆ味」(525円)と「しじみ汁」(525円)。
(4)「ゴキゲン中飛車」
久保棋王・王将が後手番の時に多く採用しているのが「ゴキゲン中飛車」(角道を通したままの中飛車)だ。角道を止めないまま中飛車に構えるため、角交換などの駒の捌き合いに展開することが多く、現代将棋の一つに典型戦法といわれている。中堅の近藤正和六段がこの戦法を多用して好成績を収めたため、陽気な近藤さんにあやかって、「ゴキゲン中飛車」の名前が付けられた。
この「ゴキゲン中飛車」に苦しめられていた先手番が研究して編み出した戦法が早くに「3七銀」と構える戦法だ。星野良生三段が創案した戦法で、「星野流3七銀戦法」とか「超速3七銀戦法」とか呼ばれている。この戦法は、「ゴキゲン中飛車」側の角の動きをけん制したり押さえ込んだりしようという狙いを持っている。プロのトップ棋士もこぞってこの「超速3七銀戦法」を採用している。
久保さんは、今年に入って、王将戦と棋王戦のタイトル戦をタイトル保持者として迎えたが、そのいずれの後手番でも「ゴキゲン中飛車」を採用している。いわば、久保さんの「エース戦法」なのだ。対する挑戦者は、佐藤康光九段(王将戦)にしても郷田真隆九段にしても、いずれも「超速3七銀戦法」で迎えうった。
結果は、
王将戦第1局:久保さん(後手番「ゴキゲン中飛車」)負け。
棋王戦第1局:久保さん(後手番「ゴキゲン中飛車」)勝ち。
王将戦第3局:久保さん(後手番「ゴキゲン中飛車」)負け。
棋王戦第3局:久保さん(後手番「ゴキゲン中飛車」)負け。
と続き、
王将戦第5局:久保さん(後手番「ゴキゲン中飛車」)負け。
となり、久保さんはついに王将位を佐藤さんに明け渡してしまった。つまり、「超速3七銀戦法」に兜を脱いだのだ。棋王位もすでに「カド番」(あと1番負けたら、棋王失冠)となっている。こうなると、「ゴキゲン中飛車」が危急存亡に危機に立っているといって言いすぎではない。
(5)三島のうなぎ
棋王戦第3局の観戦が終わり、焼津の魚介類を堪能し、翌日帰途につくことにした。あいにく氷雨の落ちる薄ら寒い日よりで、身が縮む。
思い立って、三島に立ち寄ることにした。
そこに、私の経験した最もうまいうなぎを食べさせる店がある。「桜家」という。ここのうなぎをもう一度賞味してみよう。
雨の中、三島から伊豆箱根登山鉄道の修善寺行きに乗って、一駅。三島広小路駅に着く。駅を降りると、早くもうなぎを焼く香ばしい香りが鼻を襲う。「桜家」は駅のすぐそばにある。
表で昔の下足番のようなおじいさんが出迎える。さっぱりとして気風のいい人だ。
中に入ると、店内係りのおばさんが切り盛りしている。
メニューを見せてもらった。や、や、ここでも「うな重」などの価格を改訂したと書いてある。
「うな重」の最も安いもので、3150円。以前は、2310円だった。
メニューにはご丁寧にも、さらに価格改定の予定がある、と書いてある。
うなぎの稚魚の暴騰の影響は計り知れない。大げさではなく、いずれ、近いうちに、うなぎを食べることができなくなるかもしれない。
注文した「うな重」はふっくらと仕上がっていて、この上なくうまい。
ただ、注文して配膳されるまでの時間が短くなったようだ。皮のこげた部分が残っている。やや手間を短く省略していないか? 気になった。 (2012/3)