静聴雨読

歴史文化を読み解く

ネットワークの力

2008-09-15 20:59:38 | 現代を生きる
風邪をひき元気の出ないまま、テレビのスイッチをつけると、国会中継を実況していた。これが意外に面白く、ひきずられて見てしまった。参議院の予算委員会だ。

質問者は野党(民主党・新緑風会・日本)の桜井充氏。福島県の選出。医師の経験があるそうで、小泉内閣・安倍内閣と続いた構造改革・格差是認政策を追求するには格好の質問者だ。

格差問題が今国会の重要テーマに浮上してきて、桜井氏の切り口を注目したが、社会保障制度と郵政民営化に焦点を当てたのは妥当なところだ。

いろいろ勉強になることがあった。
医師の不足、とりわけ、産婦人科医と小児科医の不足がいわれて久しいが、この現象が際立って現われるのが、地方の地域であること。ここでも格差が如実に現われること。舛添厚生労働大臣が丁寧に答弁していたが、中でも目立ったのが、大規模病院に過度に依存することが危険であるという指摘だ。地域ごとにしっかりしたクリニック(産婦人科医クリニックと小児科医クリニック)を根付かせることこそが重要だということ。この点については、質問者と政府答弁が合致したように感じた。

そう、地域ごとにしっかりしたクリニックがあって初めて医療システムが機能することを改めて肝に銘ずるべきだ。
その上で、地域ごとのクリニック相互を結ぶネットワークがあり、さらにそれらを補完する高度医療機関がある、というかたちが、スマートで経費の少ない解決方法だといえる。

実は、地域ごとのしっかりした拠点という考え方は、医療にとどまらず、介護においても、教育においても、当てはまる考え方であり、この考え方こそが、「地方再生」だとか「地域格差の是正」だとかいう政策の決め手だと思う。そして、その中核となる裏方こそが「ネットワーク」なのだ。

(2)

医療にとどまらず、介護においても、教育においても、地域ごとのしっかりした拠点という考え方が、「地方再生」だとか「地域格差の是正」だとかいう政策の決め手で、その中核となる裏方こそが「ネットワーク」なのだ、と前回結んだ。

今回はそれを詳しく述べよう。
地域ごとに医療・介護・教育の需要はあるが、通常、その需要は大都市に比べて小さい。そのため、「効率が悪い」・「不採算だ」として、地域の医療・介護・教育に携わる人間・機関が減少するというのが基本構図だ。小泉内閣・安倍内閣と続いた構造改革・格差是認政策のもたらした帰結だ。

いい知恵はないものか?
地域ごとに医療・介護・教育に携わる人たちと機関に、まず、踏ん張ってもらえるような行政の手当てが必要だ。地域の医療・介護・教育に、大掛かりな設備を投資することは経済効率上難しい。その代わり、地域ごとに医療・介護・教育に携わる人たちと機関に最小限の財政支援をするよう地域行政組織に期待したい。

地域の医療・介護・教育に携わる機関は、大掛かりな仕事はできないかもしれない。しかし、そこに働く人たちのノウハウは高い水準を保っている可能性がある。その可能性を引き出すのが、地域の医療・介護・教育に携わる機関同士の連携だと思う。得意な分野・深い経験を互いに交換し合えるような連携の輪を作り出すことで、個々人や個々の機関に埋もれていたノウハウを最大限に活用することができる。これが、「ネットワーク」という考え方だ。

「ネットワーク」には、地域の医療・介護・教育に携わる機関同士のもののほかに、地域の医療・介護・教育に携わる機関と大規模な医療・介護・教育機関とのあいだのものがあり、こちらのネットワークの整備も並行して進めるべきことは論を俟たない。 

(3)

「ネットワーク」はIT用語でもある。

情報システムの発達の歴史は、バッチ処理システム→オンライン・システム→ネットワーク・システムとたどることができるのは周知の事実だ。

「オンライン・システム」の基本形態は、1つのホスト・コンピュータに多くの端末機器がぶら下がるというピラミッド型だ。全体を統制するのが「ホスト・コンピュータ」で、ほかの端末機器はホスト・コンピュータの指示するままに動作する。このシステムは別名「ホスト・スレーブ・システム」といわれるように、「ホスト」が「スレーブ(奴隷)=端末機器」を完全に支配するのが特徴だ。

はて、待てよ? と思う方もおられるだろう。
従来の国と地方との関係がまさに「オンライン・システム」の形態だったのである。国が「補助金」というエサで地方を実質上支配する構図が長いあいだ続いてきたのだ。

これに異を唱えたのが、宮城県・高知県・三重県・鳥取県・長野県などの知事たちで、国のひも付きでない「地方分権」を提唱した。
これに対して、国は、「補助金」を削減した上で、地方に「自由にしなさい」と引導を渡したのである。財力のある・なし、知恵のある・なしがモロに県や市町村の浮沈を左右するようになったのが、小泉内閣の「三位一体改革」であった。

ここで地方がひるんではならない。ここで、もう一度、情報システムの発達の歴史からの類推を進めてみよう。

(4)

情報システムはオンライン・システムからネットワーク・システムへと進化した。
「ネットワーク・システム」は情報システムの中核にネットワークがあり、そのネットワークにあらゆるものが参加するシステム形態だ。「あらゆるもの」の中には、巨大なメール・サーバやデータベース・サーバと並んで、個人のPC群もあるのが特徴的だ。また、あらゆるものが「参加する」ということばが表わすように、例えば、巨大なサーバと個人のPCとの間に上下関係はなく、それぞれが対等な立場でネットワークに参加し・ネットワークを利用する考え方が根底にある。

昔のオンライン・システムが「ホスト・スレーブ・システム」と呼ばれたのに対し、ネットワーク・システムは「クライアント・サーバ・システム」とも呼ばれるように、個人のPCなどの「クライアント(顧客)」とショッピング・モールなどの「サーバ」がネットワークを介してつながっているのが特徴だ。その中にあって、ネットワークそのものは透明であることが求められる。

さて、ネットワークがあると、地方自治で何ができるようになるか、が問題だ。

まず、地域の医療・介護・教育に携わる機関同士の連携が可能になる。得意な分野・深い経験を互いに交換し合えるような連携の輪を作り出すことで、個々人や個々の機関に埋もれていたノウハウを最大限に活用することができる。医療でいえば、例えば、症例の照会や空きベッドの照会などがスムーズに行えるようになる。

次に、地域の医療・介護・教育に携わる機関と大規模な医療・介護・教育機関とのあいだの連携が可能になる。医療でいえば、例えば、カルテの電子的共有ができれば、A地の大規模な医療・機関の専門医がB地の患者を診ることができるようになる。また、教育でいえば、遠隔教育設備があれば、A地の大学の高度な教育内容をB地の学生が享受できるようになる。

このように、ネットワークがあれば、財政状態の貧弱な地域でも、大きな負担なしに、地域だけでは受けられないような高度で先進的なサービスを受けられる可能性があるのだ。ネットワークこそ、現代のインフラストラクチャであるといってよい。 

(5)

と、ここまで書いたところで、古本屋で、金子郁容『ネットワーキングへの招待』、1986年、中公新書、を手に入れた。20年前の著作だが、そこには、ここまで考えてきた「ネットワークの力」と相通ずる議論が展開されていて、興味深かった。

金子の言説の趣旨を我流で要約すると;
① 人と人、機械と機械を結びつけて、新しい価値を創造しようとするのがネットワーキングの考え方である。
② ネットワークを活性化するのは、そこに参加する「自律的人間」である。「自律的人間」は互いに主張し、時には論争して、何らかの共通の目的を達成しようとする意思がある。
③ 「自律的人間」相互に上下関係は存在しない。
④ ネットワークそのものは中立的で裏方である。

さて、インフラストラクチャ(社会基盤)の議論に戻ろう。
インフラストラクチャは、文字通り、社会の活力の基盤となるものだ。道路・河川・鉄道などの交通インフラ、電力・ガス・水道などの生活インフラ、郵便・電話などの通信インフラなどが数えられる。ネットワークはIT時代の通信インフラとして不可欠のものとなった。

しばらく、通信インフラの一つである「郵便局ネットワーク」について考えてみよう。さきにふれた参議院の予算委員会に質疑では、「郵政民営化」で何が変わったかの議論があった。

桜井氏の指摘したのは、①手数料が値上げになった。②1万9千局あった特定郵便局が400局も休止に追い込まれた。局と局員が「老朽化」して、新しい設備・新しいサービスに追いつけなくなったのが原因らしい。③集配局の統廃合が進み、100局が集配を取りやめた。それで、年間400億円の経費削減ができるという。その結果、廃止された集配局の近隣の人たちへの郵便配達サービスが悪くなるのは子供でもわかることだ。

「郵政民営化」で、経営の効率化とサービスの低下が並行して起こっていることに、総務省も「日本郵政グループ」も真っ向から答えられないのだ。
それはなぜかといえば、「郵政民営化」で新しいサービスを提供できるようになると謳いながら、その新サービスを提示できていないからだ。

郵便局は全国で2万4千局あるという。そのうち、1万9千局が特定郵便局で、そのうち400局が休止に追い込まれたのだ。「郵便局ネットワーク」の価値が損なわれる事態になっているといえる。1万9千局の特定郵便局は、いわば「不採算拠点」の典型のように扱われている。1局の廃止は1局分の不採算の解消に役立つかもしれないが、それ以上に「郵便局ネットワーク」の価値の損耗をもたらすことを考えるべきだ。 

(6)

「郵便局ネットワーク」の価値を維持するためには、特定郵便局の不採算を解消するか・赤字を減らすかの手立てが必要だ。ここに知恵が必要だ。

例えば、「産直販売」への進出などはどうだろう。
全国、どこの村でも、どこの港町でも、自慢できる産品を持っているものだ。これを、「郵便局ネットワーク」に乗せて、販売することを考えてみたらどうだろう。

その際、必要なものは、①自慢できる「産直品」、②それをPRできるインターネット・ショッピング・モール、③産品を出荷する物流網、④そして、少しばかりの頭脳だ。

インターネット・ショッピング・モールはヤフーか楽天の軒先を借りればすむことだ。

物流網こそ、「郵便局ネットワーク」がフルに活躍できる場ではなかろうか。例えば、1日の出荷個数200個の「産直品」を持つ村や港町の特定郵便局の「ゆうパック」の集荷量が200増えるということだ。この200個という数が特定郵便局にどれだけインパクトがあるかわからないが、少なくない数であることは間違いないだろう。何よりもいいことは、この「産直品販売」はどのように小さな村や港町でも始められることだ。

ここで、「産直品」だけを扱う「産直メール」を、「ゆうパック(郵便小包)」「ゆうメール(冊子小包)」と並ぶ第三の郵便商品とすることを併せて提案しておこう。
「産直メール」は、全国一律どこへでも500円、大きさは80サイズ(縦・横・高さの合計が80cm)まで、商品の価格は上限5000円、として、「ゆうパック(郵便小包)」との差別化を図る。
何よりも、特定郵便局の集荷の荷扱いが多くなるのが魅力的だ。配達よりも集荷を増やす知恵こそが、特定郵便局の生き残る道だ、と思う。

「郵便局ネットワーク」はわが国の誇る通信インフラであり、「民営化」を契機に、インターネットなどのITネットワークを十分に活用しながら、新しいビジネス・新しいサービスを展開する礎となるものだということを再認識したいものだ。  (2007/10)