アイヌ民族情報センター活動日誌

日本キリスト教団北海教区アイヌ民族情報センターの活動日誌
1996年設立 

アイヌ人骨返還訴訟第3回口頭弁論

2013-05-07 11:39:18 | インポート
さる、4月19日午前11時半より札幌地裁法廷にて、アイヌ人骨返還訴訟第3回口頭弁論が開かれ、原告のお一人である小川隆吉さんが意見陳述をされました。
当時の報道記事は前回に紹介しました。ここで、わたしなりに小川さんの意見陳述を紹介します。

小川さんは1935(昭10)年に浦河町の杵臼でアイヌとして生まれましたが、差別意識の厳しい中、アイヌである事で差別を受けないようにとのご年配の配慮で、「親やまわりの年寄りは、アイヌの暮らし方や風習、伝統といったものを子供の私には見せないようにしていました」と、はじめに証言。葬式もアイヌ式でしていたけれど、こどもの目に触れぬように夜にこっそりやっていた、と。

この杵臼にある墓地に小川さんの曾祖父母、エカシ・フチが眠っており、わかっているだけでも先祖10名以上の遺骨を北海道大学が盗掘して行ったとのことです。「小川伊多久古禮が亡くなったのは明治38年6月3日、フチカシユが亡くなったのは昭和6年4月1日です。それらの骨はすべて北大に持ち去られ」たと、声を大にして証言されました。

小川さんが北海道大学にアイヌ人骨台帳なるものがあることを知ったのは、今から5年前。当時、北大医学部の学生からの電話から。すぐに北大事務局に飛び込み、林副学長面談。その際に、林副学長はアイヌ人骨台帳はあるが「あのままでは外部に出すのは難しい」、「記述内容に差別的なものがあった」、「時間がほしい」とのこと。待ってはいられないとの思いで、三日後に情報開示請求の手続きをスタート。

はじめに開示されたのは、とても台帳とは言えない、ワープロで入力された簡単なリスト。この元となった「台帳」を出して欲しいと北大に請求したが、「そんなものはない」の一点ばり。異議申し立てをしたところ、9月には申し立てが認容され、アイヌ人骨に関する文書がなんと27点も開示されるという始末。その中に、「アイヌ民族人体骨発掘台帳」という手書きの台帳があり、一寸、これぞ探していた「台帳」だと喜んだのもつかの間、記述内容を詳しく見ると先に開示されていたワープロ書きの台帳が若干くわしくなったのみ。さらに、2013年3月に北大が出したアイヌ人骨についての調査報告書には、台帳の原本である「発掘人骨台帳」があり、それが、小川さんが開示請求をしたときに医学部にあったとの記述に唖然とした、と。



こんな、今にいたってもなお「虚偽」と「隠蔽」しかない大学や研修者に大切な先祖の骨を保管させておくことはできない、と声を大にして語られました。
そして、無条件での返還と謝罪を求め、北大が行なってきた罪悪をすべて明らかにしていく、という言葉で陳述を終えました。

裁判には80名ほどが駆けつけました。後の報告会はなく、翌20日のシンポジウム「さまよえる遺骨たち」パート3にて詳しい報告がなされました。次回に、その内容をUPします。なお、小川隆吉さんの意見陳述書は、「さまよえる遺骨たち」のウェブサイトにて公開中。
http://hokudai-monjyo.cocolog-nifty.com/blog/2013/04/post-4d41.html


以下のライヴコンサートの案内が届いていますので紹介します。

第6回マウコピリカ音楽祭「語りと音と永遠永遠と」
2013年6月30日(日) 19:00~21:30(開場18:30)
札幌エルプラザ3Fホール
入場料:前売1,500円(当日2,000円)



志穂A l D 星に願いを志穂に思いを
日時:5月19日(日)Pm13:30open Pm14:00start
出演:ZI ZI  Ainu art project
会場:BAR MINO(札幌市中央区北1条西3丁目古久根ビルB1F)
ワンドリンク付¥2000
先月突然倒れICUを経て今も入院中、5人の子供の母である志穂、ウタリ(仲間)達が結城家を支えようと緊急ライヴを開催。会場費以外、結城家へのAID(支援金)に。
問合 原田公久枝(ウタリ代表) E-mail:yakihunpe-talk-tn1218@docomo.ne.jp