やがて生まれくる初のわが子の名前が決まらない。男の子だったら、いや女の子なら…と想いを巡らせるほどにまとまらない。
35年前の大晦日の夜、長男の産声を聞いた途端に閃いて、私の一文字をとって『正貴(まさき)』と命名した。わりとユニークな名(以後同名に一人しか出会ってない)であることを自負している。
続いて二男が誕生する時に健康を害していた私は、家族みんなの願いを託して、迷わず『健(けん)』と名付けた。さらに後年、三男誕生に際しては『正人(まさと)』とし「正」の一文字を通字とした。
これにより図らずも二男だけ「正」がはずれることになった。健が物心ついてから、しきりに人をつかまえては「ボクは“ケン”いうんヨ。きょうだいでひとりだけ、なまえががちがうん…」というのを聞くにつけ、しまったと後悔の念が募った。
五格や姓名判断にも留意して、一生懸命考えた末の命名だったにも拘らず、当人にとっては要らぬ猜疑心を生み、小さい心を痛めているんだ。これは私の思慮がいまひとつ足りなかったことと深く反省した。あるいは武家・公家の子息は元服の際に名を改めるのに習って、改名しようかとも考えたほど。
しかし、背こそ小さいが名前通りに健やかに成長し、何時も元気ではつらつとしており、兄弟きっての頑張屋だ。私はそんな『健』が大好きだし親として誇りにしている。
今は立派な家庭を築き、自分の娘には『真歩(まほ)』と、これまた素晴らしい名前を付けている。
今日のmariさんのブログ「ラーフラ?!」を拝見して、三人の倅の命名にまつわる若き父親の追想にふけった。
35年前の大晦日の夜、長男の産声を聞いた途端に閃いて、私の一文字をとって『正貴(まさき)』と命名した。わりとユニークな名(以後同名に一人しか出会ってない)であることを自負している。
続いて二男が誕生する時に健康を害していた私は、家族みんなの願いを託して、迷わず『健(けん)』と名付けた。さらに後年、三男誕生に際しては『正人(まさと)』とし「正」の一文字を通字とした。
これにより図らずも二男だけ「正」がはずれることになった。健が物心ついてから、しきりに人をつかまえては「ボクは“ケン”いうんヨ。きょうだいでひとりだけ、なまえががちがうん…」というのを聞くにつけ、しまったと後悔の念が募った。
五格や姓名判断にも留意して、一生懸命考えた末の命名だったにも拘らず、当人にとっては要らぬ猜疑心を生み、小さい心を痛めているんだ。これは私の思慮がいまひとつ足りなかったことと深く反省した。あるいは武家・公家の子息は元服の際に名を改めるのに習って、改名しようかとも考えたほど。
しかし、背こそ小さいが名前通りに健やかに成長し、何時も元気ではつらつとしており、兄弟きっての頑張屋だ。私はそんな『健』が大好きだし親として誇りにしている。
今は立派な家庭を築き、自分の娘には『真歩(まほ)』と、これまた素晴らしい名前を付けている。
今日のmariさんのブログ「ラーフラ?!」を拝見して、三人の倅の命名にまつわる若き父親の追想にふけった。