高度救命救急センターで活躍する中尾篤典先生が、現場で目撃した驚きの症例や意外な「救急あるある」を、さまざまな医学論文をひもときながらご紹介します。
|
2019年5月23日の神戸新聞に、大変興味深い記事が掲載されました。
ある日の夜、酒を飲んで車を運転し自損事故を起こした男性が、逮捕されたそうです。その男性は、逮捕時に「自分は特異な体質で、緊張したりすると体内からアルコールが出る。以前、医師にそう言われた」と供述し、アルコールを飲んだことを否認したそうです。
この男性が、その後どうなったか知りませんし、飲酒者のあきれた言い訳かもしれません。しかし、体内でアルコールが“醸造”されることは、実際にあり得ることで、これまでに多くの報告があります。
体内でアルコールが産生される疾患は「酩酊症」または「自動醸造症候群(Auto-Brewery Syndrome)」と呼ばれ、わが国では1950年代から知られています。
少し遅れて世界でも報告されるようになり、英国、エジプト、米国などからの報告が見られます。いずれの症例も、確定診断にはかなり時間がかかっています。通常、アルコールを飲んだことが明らかでない場合、アルコール濃度の測定は行いませんし、患者さんの体調不良がアルコールによるものだとは思わないからです。そう考えると、自動醸造症候群の患者さんの数は報告されているよりも多いと推測されます。
「醸造」とは、ご承知の通り、発酵作用を利用してアルコール飲料などをつくることです。日本酒なら、お米にカビなどの微生物を含む麹を加えますし、ビールなら麦に酵母を加えます。つまり、炭水化物に酵母などの微生物が加われば、発酵が起こり、アルコールと炭酸ガスが生成されるのです。
一方、我々の腸内には、諸説ありますが、約1000種類以上、100兆~1000兆個の腸内細菌がいるといわれています。我々の体を構成する細胞は約60兆個といわれていますから、それよりはるかに多い細菌が腸内に住んでいることになります。この腸内細菌は、通常は絶妙なバランスで維持されていますが、何らかの原因、例えば極端な食事制限や抗菌薬の使用、腸の手術などにより、腸内細菌のバランスが崩れてしまうと、普段はあまり目立たない酵母のような微生物が腸内で異常増殖し、炭水化物を発酵させアルコールを醸造してしまうことがあります。これが「酩酊症」あるいは「自動醸造症候群」の病態です1)。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます