フィールドノート

連続した日々の一つ一つに明確な輪郭を与えるために

2月19日(火) 晴れ

2008-02-20 04:14:07 | Weblog
  8時半、起床。冬の金沢とは思えない晴天である。しかも暖かい。晴男てんきよし。いや、私はとくに晴れ男ってわけではないのだが、「鹿男あをによし」をもじって言ってみました。
  朝風呂の誘惑に駆られたが、湯冷めをすると困るので、そそくさと支度をしてホテルを出る。「Kaga」のモーニングセットで朝食。店内にはショパンのピアノ協奏曲が流れている。店主がカウンター席の常連客に「ショパンのピアノ曲は男性ピアニストでないとね」と話しているのが聞こえる。感性とかの問題以前の打鍵の物理的な強さの問題らしい。ふ~ん、と思いながら、トーストをかじり、珈琲を飲む。
  9時45分発の北鉄浅野川線に乗って内灘へ。通勤・通学の方向とは反対だから乗客は3、4人しかいない。とりあえず海岸に出て広々とした景色を眺めてから、最近できたらしい海岸のそばの大きなショッピングモール(コンフォモール内灘)の中のカフェでお昼まで読書。昼食は「来」(昨日の「眠来」は誤り)でエビとカニのたっぷり入った特製の天津飯(1050円)を食べる。うまい。カウンターの中では家族5人(夫婦と娘が2人、息子が1人)がきびきびと働いている。満席の客たちの顔も生き生きとしている。内灘町で一番活気のある場所ではなかろうかと思う。

        

  腹ごなしに町立図書館までの30分ほどの道のりを歩く。バスが走っているが本数が少ないので、待っているより歩いた方がいい。途中で、面白い名前のスナックを見つけた。「内灘夫人」。知らない人にはなんだか色っぽい名前に思えるだろうが、これは五木寛之の小説のタイトルから取ったものである。図書館には地元金沢にちなんだ文学作品のコーナーがあって、そこに『内灘夫人』の文庫本も数冊並んでいた。主人公の霧子とその夫良平はかつて内灘の米軍試射場反対運動(1953年ごろ)の同志だったのである。

        

        

               
                   こんな内容の小説です

  「変わったのはあなただけじゃないわ。私だって、あの学生時代の私じゃない。でも、私は人間が変わることを責めてるんじゃないのよ。そうじゃなくて、変わることを居なおりみたいに正当化して、過去を平然と否定してしまうようなあなたがいやなの、たしかにあの内灘時代の私たちや、学生や、仲間たちは独りよがりの青臭いヒューマニズムに陶酔してた気恥ずかしい存在だったかもしれない。でも、あの時代や、私たちの生き方には、大事なもの、美しいもの、一片の真実のようなものがあったと思うの。それを否定するのは、つまり私たち二人のつながりを否定することも同じよ。そうじゃない?」
  「君は過去に生きる女なんだ」
  と、良平は言った。
  「おれは、現在を信じている。今の自分をごまかさずに生きたい」
  その時どこかで、鋭い、異常な動物の叫び声がきこえた。あれは何だろう、と霧子は思った。(114-115頁)

  町立図書館と町役場は歩いて数分の距離である。町役場の6階はラウンジになっていて、三方を見渡すことができる。内灘町は日本海と河北潟に挟まれた細長い土地である。自動券売機で紅茶の券を購入して、カウンターの席で読書を始めたら、若いカップルの客の男の方がこっちを向いて「お父さん、お父さん」と呼ぶ。「お父さん」とは私のことのようである。「ギョーテとは俺のことかとゲーテ言い」という川柳(斉藤緑雨作)を思い出す。街を歩いていてキャバクラの呼び込みの男から「先輩」「社長」「旦那さん」と呼ばれることはあるが、「お父さん」と呼ばれたのは初めてである。ギョッとしましたね。そういうのはもう少し先の、しかるべき状況におけるライフイベントだと思っていた。そのときのために「君にお父さんなどと呼ばれる筋合いはない」という返しの台詞までちゃんと準備しているのだ。で、その若者がなんで私のことを「お父さん」と呼んだのかというと、券売機の釣銭を取らずに来ちゃったからなのであった。「あっ、どうもありがとう」と私は私のことを「お父さん」と呼んだその青年に礼を言った。
  帰りは町役場の玄関先から出ているコミュニティーバスに乗る。ただし内灘の駅までは乗らず、コンファモール内灘で下車して、本日二度目の海岸の散策。とにかくこの場所が好きなのだ。

        

        

        

        

        

        

        

        

  内灘駅の自動券売機で金沢までの切符を購入し、待合室のベンチで座っていると、若い男から「お父さん」と声をかけられた。一日に二度もかと驚く。彼の手に切符が二枚あった。今度はお釣りを取って、切符の方を取り忘れてしまったのだ。そのうち両方とも忘れるようになるかもしれない。

        
        ブログを使った手の込んだアリバイ工作だったりしてね(笑)