ボクの奥さん

ボクの奥さんは、甲斐よしひろさんの大ファン。そんな彼女との生活をお話したいと思います。

機関紙BEATNIK(Vol.5)その1

2016-08-29 08:03:19 | 日記
この号もVol.4から引き続き
「甲斐よしひろインタビュー」に紙面が割かれているんですが
インタビュアーの高橋竜一さんによると
「このインタビューで、今までよりも感情的で
かつ言葉少なな甲斐よしひろと出会っている」そうだ

「かつて甲斐よしひろは、こんなことを言っていた
[俺は、取材をテキトーにする人間とは違うからね
インタビューされたら、相手に思っていることの全てが
キッチリ伝わるように喋る
それが芸能人との違いだと思う]

ロックがロックであるための
いや、あえて言えば、音楽が作品として成り立つための不可欠条件は
ミュージシャン自身によるプロデュースだ
それは何も音楽面だけに限らず、活動のポリシーも含めて…

[俺はすぐにでも動き出したい]と
彼はすでに行動に向かっているので
出発点を振り返る余裕がないことも確かだが
最も肝心なところは行動で示すより手がないことを知っているからだ

ファンという受け手とミュージシャンという作り手は
互いに成長するために絶えず対峙しなければいけない
彼が活動の方針について多くを語らないのも
無意識の内にそのことを考えているためではないかと思う」と書かれてますが

「会見」の5日前に行われたというインタビューでは
「ショート・レンジからロング・レンジに変える」など
同様の内容がかなり詳細に語られていて

やはり「そんなことはどうでもいいと思ってるよ、今は
ハッキリ言って、そんな穏やかな感情じゃないもの」との言葉通り
まだ「会見」による「煮え繰り返り」が
収まっておられなかったんじゃないかと…?(苦笑)

という訳で「会見」前のインタビューを参考にさせて頂くと…
年末の武道館で「ツアーをしばらく休む」ことと
「好きな東京を離れるかも知れない」ことだけ告げられ
詳しい説明がなかったために

「バンド解散説」「甲斐の結婚休養説」「今の時代に失望説」
果ては「地下に潜る説」まで飛び交ったらしい(苦笑)

この「半年間休業宣言」については
それ以前から予定されていたことみたいだけど
その武道館ライブの「1日目は酷かったよね
あの日だけ見た人には悪いと思ってる」と甲斐さん

「1曲終わると左のスタンドからは拍手があるのに右手は全くない
2曲目が終わると正面から拍手が来るのに
右手は静かで、左手はざわついてる…そんな状態だったわけ

ナンでだろうと思って見てたら
前の方でガードマンと客がモミ合ってるの、愕然としたよね
だって、俺達は3年半も前から
スタンディング・オベイションをやってる訳じゃない?

それが、役人の判断でボタンを押せば
コンサートが中止になってしまうバカげた事態になってたのよ
俺達が3年半やって来たことは何だったのかって気になって来るよね

地方は違う。地方のイベンターは経済的にそんなに豊かじゃないのに
心情的に動いてくれる奴が増えてるわけ
それなのに東京がそんな野蛮な形になってるんだからね、そう思わない?

だって、本来、俺達のやることに関するイベンターは
俺達が選ぶっていうことなんだよ」と話され
半年の間に「バンド自身を強くする」との思いを更に強くされたようです

まず「ビジネスだけに割り切ってみようか」と甲斐さん
「俺達は、バンドのメンバーとマネージメントのボスとの合議制なのね
[BEATNIK]という事務所がそうなわけ

そこでの仕事の3分の1は、マネージメント・サイドが動けばいいけど
俺達自身で動かなけりゃいけない面もある
レコード会社の契約のこととか
外からは見えにくい、実は重要ないくつかの契約があって
そのための時間が必要だというのもあったのね」

もうひとつは、当時、アリスやツイスト
柳ジョージ&レイニーウッド等の解散が相次いでおり
その都度「グループ活動の限界」と
「音楽的な行き詰まり」が語られていたみたいだけど
甲斐さんは「それは絶対に違う」と…

「3年間、観客動員日本一
それだけでも休む理由はないよ
このまま、3月からツアーに出てもやれると思うよ
誤解しないで欲しいんだけど
ツアーがイヤ、コンサートがイヤということじゃない

それよりも、もっとロング・レンジに考えたいわけ
3ヶ月に1枚シングルヒットを出さないとやって行けないという状態は
もう数年前から脱してるんだよね

【地下室のメロディ】がシングルチャートの80位にしか上がらなかった時
俺達は6ヶ所の街で体育館ツアーをやって、6千人ずつ集まった
シングルヒットのランクとコンサートの動員とは
俺達の場合、同義語にはなってないんだよね

一昨年の後半、俺達にとって最悪だった
俺個人にとっても最悪だった
最愛の人間達が何人か去って行ったのね
今、会って笑えるかというと、そんな程度じゃ済まないくらい

あと何年もしないと笑って肩叩き合ったり出来ないという状態で
何人か去って行った訳よ。それは物凄くデカいことだった
俺達の体制に打撃を与えるのに十分だった

その時にも思ったのね
3ヶ月に1枚ヒットを出さなけりゃってショート・レンジの考え方は捨てよう
LPにしても1年に1枚、骨組みのブッとい奴を作ればいいんじゃないかって

音楽的なことを言おうか
もし音楽的な行き詰まりと言うなら
俺達はいつだって行き詰まりだったよ

「誘惑」の時も「甲斐バンド・ストーリー」の時も
「マイ・ジェネレーション」だって【HERO】だって【安奈】だって
いつだって同じだよ
こんなに保証のないことはないんだもの

頭かきむしりながら、もうダメだと思って止めちゃうか
いつもそういう状態で来たんだって
ここで止めたって、どうせ生きてること自体苦しいし
痛いんだからと思って続けるか、この違いだよね

いつだって行き詰まりだよ
笑いながら苦しんで行ける状態は、もう5年は続いてるんだから
バンドの内部でも確認は済んでる訳よ

俺達には[同じことは二度とやりたくない]という
イキガリやツッパリじゃなくて
自分達の音楽に飽きないようにしたいというのが根本にあるからね

大森信和にしても、松藤英男にしても我が強いから
自分達が飽きちゃうとダメなバンドなんだよね
俺にしても、自分が飽きるとサッサと身を引いちゃう所がある
好きな女でもそうだしね

3枚のアルバムチャート1位の後に
[マイ・ジェネレーション]みたいなLPを出せば
また1位になったかも知れない
でも、俺達はもうそれに興味がなくなってた

[誘惑][マイ・ジェネレーション][地下室のメロディ]と来て
自分の中の形は出し切ったと思う
でも、あの形をもう一度続けるかどうかと言えば、自分の中では飽きてたよね

飽きるというのは発展的なことだからね
自分の中に次をやりたいという力があっての飽き方だから
次にやることを見つけちゃったってことでもある

【安奈】の後にまた同じような曲を書けば
同じように売れたと言う人もいるかも知れないけど
それは、いつまでも同じ状態でいて下さいと
女が泣いてすがるのと同じで、男にとっては気持ち悪いよね

自分達が駆り立てられるものがあれば
【漂泊者】みたいなのをもう1回やるかも知れないけど、今はないからね

自分達の音楽に変化を持たせ、自分達を叱咤激励して行くような生き方と
自分達が見つけたやり方をずっとやり続ける生き方と
2つの大きな考え方があって、両方とも
同じくらいにタフじゃないとやって行けない

俺はバンドのスタイルなんてのは、1年で潰れてもいいと思うのね
でも、バンドの形は潰れても音楽の形は残ってないとダメだと思う

去年の秋、ツアーをやりながら
3年後に聴いても色褪せないサウンドをやらないと…って
大森信和とガンガンやってたのね

じゃ、どうすればいいか
スタジオの中の演奏、音をどうするか
それを安定させるためのシステムもいる
BEATNIKというのもそういう機関として作った訳だから」と話されてます

これが「全ては[破れたハートを…]から始まった」という
NY3部作へと続いて行く第1歩だったんですね
コメント
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