日伊文化交流会

サークル「日伊文化交流会」は板橋区で生まれ、東都生協登録サークルとしてイタリア好きの人たちが集まり楽しく活動しています

「世界遺産検定2級」でまさかの98点(自己採点)取りました!!+勉強方法(2018.9.9)@世界遺産アカデミー

2018年09月12日 | 各国の世界遺産・せかけん
「世界遺産検定2級」でまさかの98点(自己採点)取りました!!(2018.9.9)+勉強方法@世界遺産アカデミー
 

今年の世界遺産検定2級は 普段出ない問題も出たようで いつもより難しかったと思いますが 頑張って98点取りました(自己採点)!! 

一瞬100点かしら?と思って舞い上がりましたが 1問早合点して ミスしたことに気づきました~(;´∀`)
昨年の4級98点 3級98点に続き 今回の2級も98点です

ちなみに1級過去問も 2級受験数日前に まだテキストも読んでないのにやってみたら131点(200点満点/140点合格ライン)が出たので この際受けることにしました!(^^)!
2級を高得点で取れれば 1級もぎりぎり合格ラインに近いってことが 実験してみてわかりました

「2級が終わったら語学に戻ります」と 言っていたのですが~(笑)
1級って 一生一度でいいから取ってみたい~(#^.^#)
語学検定の1級は 私には多分無理だから...

語学検定は 砂浜の砂粒のように範囲が広いけど 
世界遺産検定は テキストの中からしか出題されないので 私にはまるで 箱庭のように感じるんですよ...
作文もリスニングも二次面接もないし 四択だし 消去法で答えがだいたいわかるようになっていて 
100均で買ってきた世界地図を眺めながら 家にいながらにして世界旅行に行った気分♪

毎日毎日一心不乱に かなりテキストを読み込んだので 視力がまた落ちたみたい...  

勉強方法:
とにかく テキストを読んでもなかなか覚えられないので 過去問7冊を何度も何度もやりました(22回分)

2週間前までに2週し終えて 6割から7~8割と段々とアップしてゆき(合格ラインは60点) 直前に模試のように1回分とってあったのをやると92点が出て そのあとまたバリバリ勉強して当日98点でした!(^^)!
つまり 当日まで伸びしろがあるってことですね

また 過去問で出題されたところは 必ず◎をつけておきます 
すると 出題される回数の多いものと まったく出題されないものがまるわかりなので とても助かります(^.^) ← どうせこれは出ない!とわかるので 気が楽~(笑)

何年かに1回は出題されるものもありますが この方法で出題頻度がわかるし 消去法で正解にたどり着けます ← 今回はそういうのが出ました(;・∀・)


← 付箋だらけになった過去問とテキスト 最後はこの付箋もなくなりました

そしてラストの週は 連日過去問3週目~ 
ここまでくれば 鉛筆も使わずに答を確認して あやふやなところに付箋を貼って 何度も何度も復習してゆきます 
最後にはその付箋がほとんどなくなるまで...

日本の世界遺産は細かい構成遺産まで聞かれますが 世界各国のものは メインのものを除けば 太字・赤字のところが頭に残っていれば なんとか〇はつけられます

まぁ何度もやればしみ込んでゆきますね~ とにかくこれをやらないと 一日やらないだけでも抜けてゆくのですよ...(年齢もあるのかも)
世界遺産の歴史の年号は 順番を聞かれますので何度もチェックが必要です!! 

過去問の他にやったこと:

世界遺産オンラインガイド」で 国別にすべて読み 世界旅行に行った気分♪
これを読むと 個々の遺産についてのストーリー・歴史がわかるので 納得できて覚えられるのです
丸暗記や語呂合わせは限界があるのですね... 少したつと忘れるし


サークルでここ2年「世界遺産入門講座」を開催したため 最新情報はバッチリ!!
開会のあいさつで 今年の世界遺産委員会の開催地を皆の前で話したから 忘れるわけないし(笑)

昨年は 世界遺産がテーマで イタリア語スピーチコンテストに初出場も叶いました
テーマは「世界遺産のコントラスト 軍艦島と沖ノ島」です

さらに クラブツーリズム(株)の「世界遺産旅行講座/日本遺産講座」を毎月受けて 記事にまとめました 

TBSの「世界遺産」のテレビを録画して テキストにメモしながら見ました
ドイツ語やイタリア語で 世界遺産について発表するレッスンを取りました 

他にも世界史や日本史の色々な参考書なども買いましたが こちらは 読んだそばから忘れてゆくので 今回はスルーしました...

という感じで 2級と1級の準備をごたまぜにしている感じで 楽しく続けてきました 
3級の頃は 分厚い2級のテキスト見ただけで諦めかけていたのを思えば成長したもんです!!

注意すべき点:

世界遺産検定のテキストは最新版
を使うことです

最初 いただいた古い版を使ったために 過去問の途中からテキストにない1級選択肢が登場してくるので とたんに点が取れなくなり...

よく考えたらテキストが改訂されてボリュームがアップして 1級の内容も2級で出題されるようになったからなのです!!
あわてて本屋さんに 最新版テキストを買いに走りました(笑) 

世界遺産検定HPのFacebookにイイネ!ボタン
を押しておき 記事が出てくるようにしたら 検定直前に重要なアドバイスが出てきました:

世界遺産の基礎知識(詳しく) 世界遺産のもつ価値 日本の遺産(詳しく)
赤字や太字以外でも 固有名詞や特徴など...
世界の遺産は興味や関心のあるところから勉強し 同じテーマやカテゴリーに入っている遺産は 一緒にチェック!

その他 ニュースや 世界遺産検定のSNSをチェックすること そして 
新しく世界遺産になったもの等 ホットなニュースは まぁだいたい出題されます! 

また 国別に この国にはどんな世界遺産があるかもチェックして 世界地図(100均で買った)で 場所を確かめながらチェックします 

さらに カテゴリー別にもチェックします 
そうやって様々な方向から 何度も何度もやることで ようやく頭に残るのです...特に苦手な国は(;´∀`) 

そして 語呂合わせでどうにかこうにか 遺産名と国名と キーポイントを頭に入れてゆきますが テキストを閉じたとたんに 頭から抜けるのです(笑) 

しかしあきらめずに続けてゆけば 最後はさすがに覚えます!! 

そういうことを2週間くらいずうっとやり続けて びっしり貼った付箋が だんだんと減り...当日を迎えます

めったに出ないところも 頭の隅に残っていれば 消去法で解けるようになります
最後は野生のカン!? 地図も出ますので...
あとは語学のカンも役立ちました (なので 中国の遺産は苦手...)

もちろん最初は ひとつひとつの世界遺産を頭に入れるだけですが そのあと 
インカなのか マヤなのか アステカなのか等 きちんと整理して
地図とともに頭に入れて 「ちゃんと引き出しにしまう作業」をしないとダメです

さらに インカ帝国の街だけど そのあとスペインに征服されて...という 
歴史の流れ」も頭に入れないと まず ひっかけられます(ひっかけられた!)

また 100点を取られた方も結構いらっしゃるようです(過去問のグラフ参照)

 ← 試験会場の大学のキャンパス 

ただ いつものことながら 試験会場で途中で退出される方が多くて...
最後まで粘って 終了間際で1問 逆転正解を導き出せたので あまりすぐにあきらめない方がいいと思うんだけど...

「受かればいいや」じゃなくて 高得点で受からないと 次の級までの道のりが その分遠くなるのです

だからこそ 高得点で受かっておくことが 次の級のことを考えれば重要になってくるのです

これは 伊検2級が1点差で ぎりぎり崖っぷち合格だった私が 2級の真の実力をつけるのに何年もかかったので 身に染みているのです 
伊検2級までは7年間かかり 37冊もやったんですよ~

それと やはり若い方が多かったなぁ...シニア組はあの大学の広い会場でほんの数名...そして 私もその一人(;´∀`) 
98点取れて嬉しくて 試験の日は お刺身と霜降り肉をドーンと!!(#^.^#) 

というわけで 来年は1級を受けることにしました~ 語学もようやく再開します!(^^)!

世界遺産検定こちら← 年4回やっています

* 写真は 試験会場 

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長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産について聞いてきました(2018.7.18)@魅力の世界遺産&日本遺産講座/クラブツーリズム㈱

2018年07月30日 | 各国の世界遺産・せかけん
長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産について聞いてきました(2018.7.18)@魅力の世界遺産&日本遺産講座/クラブツーリズム㈱


長崎の教会群がとうとう2018年6月30日(土)に 日本で22番目の世界遺産に決まりました

今年の第42回世界遺産委員会では19件の新しい世界遺産が決まり 合計1,092件(2018年7月現在)となりましたが ICOMOSやIUCNの諮問機関の事前勧告(が覆されて登録される例が増えているそうです (特に不登録から登録となったのは今回初!) 

ちなみに来年2019年は6/30~7/10 アゼルバイジャンの首都バクー第43回世界遺産委員会が開催されます 日本は「百舌鳥・古市古墳群」を候補に出すそうです  ←と ついつい世界遺産検定受験モードに(笑)

今回の長崎の登録基準はで 文明の証拠(略)ですね  
2回目のチャレンジで ICOMOSより 禁教時代に限定して という要望を受けてようやく登録となりました 構成遺産は現存する国内最古のキリスト教会である「大浦天主堂」(長崎市)や 禁教下で潜伏キリシタンが信仰を守った「天草の崎津集落」(熊本県天草市)など12の遺産ですが 教会は1つで残りは集落などで ようやく世界遺産も建造物から文化的なものに近づいてきたというわけですね

登録理由: 日本におけるキリスト教の伝来後 250年もの禁教期における潜伏信仰と復活は 世界宗教史上類例のない歴史を物語る資産として登録されたとのこと 

さて ざっと歴史です:

1549年 フランシスコ・ザビエルが鹿児島に上陸 平戸に移り布教(キリシタン大名を増やす)
1587年 秀吉の「伴天連追放令」と 二十六聖人の殉教
1614年 徳川幕府による禁教令 → ここから250年間の禁教の歴史が...
1637年 島原・天草一揆の勃発 (年貢の取り立てが厳しく... 天草四郎が決起し原城に籠城するも鎮圧される)

1797年 五島列島に移住を開始 
1865年 大浦天主堂での信徒発見 (プチジャン神父に15名の浦上の潜伏キリシタンが信仰を告白)
1873年 キリスト教解禁 (外圧による)

さて 潜伏キリシタンと カクレキリシタンの違いとは?
潜伏キリシタンは 禁教時代(1614~1873)に仏教を信仰していると見せかけて キリスト教を偽装棄教した信者 (踏み絵を踏んだり仏式のお葬式をあげたり)

カクレキリシタンは 1873年にキリスト教解禁となったあとも 先祖の秘教形態を守り カトリックに戻らない信者(400人のみ)

つまり 禁教時代の方がまだなんとかなったが(観音像をマリア様に見立てて祈ったりしていた) 信徒発見後の迫害の方がかえって厳しかったこと その他様々な時代背景とそのエピソードについて伺いました
 
なぜ250年間も神父不在で信仰を保っていられたのか? それはF.ザビエルが何を伝えたかということで 教会暦(グレゴリオ暦)のことであり バスチャンという外海地区で活動した伝道師が「バスチャンの日繰り」と呼ばれる教会暦をつくりましたが この存在が約250年間信仰を守り続けることができた大きな理由とのことです 


この バスティアン神父(日本人伝道師)の師であるサン・ジュアン(聖ヨハネ)を祀った枯松神社をICOMOSに紹介したことでもって世界遺産登録が決定したという経緯を知りました 

バスティアン神父は ポルトガル船が外海(そとめ)地方で難破して海岸に打ち上げられた3人の外国人の一人サン・ジュアン(聖ヨハネ)が黒崎の枯松にたどり着いて伝道し それを継承した人ですが この枯松神社は潜伏キリシタンの聖地なのですね 
そして外海の潜伏キリシタンたちは このバスティアンの伝説を信じて250年間も信仰を守り続けたのです つまり お勧めは実は「枯松神社」なのだそうです ここは仏教徒と潜伏キリシタンとカクレキリシタンが祀られている唯一の教会なのですね 

そして 外海地区の「出津教会」 「大野教会堂」を建てたド・ロ神父について ヨーロッパ貴族の「ノーブレス・オブリージュ」としての誇りをもってこの地区を守り続けたことも知りました 

その他 遠藤周作の「沈黙」の原題のエピソード 樫山地区の赤岳のこと そして今年決まった13件の「日本遺産」についてご紹介いただき 壱岐・対馬・五島の歴史 空海について等 深い話を聞いてきました


      *     *     *

ここ数日家では 通訳案内士試験のハロー通訳アカデミーの日本史のビデオも見ていて さらには昨年9月の星美学園の公開講座で聞いた 隠れキリシタンの聖画についてのセミナーの話も読み返し それらが頭の中でつながってきています

この星美学園公開講座では 講師の先生が大変な苦労をなさって体力のいるフィールドワークをされた迫力ある話を聞きました 中江の島(聖水を取った島)のサンジュワン信仰 昇天石 お水取りの行事の話 バスチャンの椿(聖木) だんじく様・アントー様という民家の中の殉教の碑 ガスパル様の松(聖木)の話がこの日よみがえり 多角的に理解できて両方とも聞いておいてよかったです 

星美学園主催「レオナルド・ダ・ヴィンチとかくれキリシタンの聖画 -《洗礼者聖ヨハネ》像を「読む」-」を聞きに行きました(2017.9.30)@星美学園短期大学イタリア文化講座」の後半に 長崎の隠れキリシタンについて載っています
リポートは こちら


構成資産の地図は こちら  

分かりやすい動画は こちら


長崎が世界遺産になったことを一緒に喜びたかったのに 時間泥棒に時間を永遠に盗まれてしまった長崎出身の友人に この記事を捧げます...

「魅力の世界遺産&日本遺産講座」(5回講座)は こちら  あと3回あります

講師のブログ 「芭蕉さんの旅講座」は こちら

素晴らしい講座を開催してくださいましたクラブツーリズム㈱様に心よりお礼申し上げます

* 写真は 大浦天主堂 信徒発見のあった教会




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ドイツの2018年の新しい世界遺産2件が決まりました: ヘーゼビューとダーネヴィルケの境界上の考古景観&ナウムブルク大聖堂(2018.7.1)@第42回世界遺産委員会

2018年07月26日 | 各国の世界遺産・せかけん
ドイツの2018年の新しい世界遺産2件が決まりました:ヘーゼビューとダーネヴィルケの境界上の考古景観&ナウムブルク大聖堂(2018.7.1)@第42回世界遺産委員会


バーレーンの首都マナーマで開催されていた第42回世界遺産委員会で ドイツでも2018年に新しく2つの世界遺産が決まりました!!


ヘーゼビューとダーネヴィルケの境界上の考古景観  → 登録
Archaeological Border Landscape of Hedeby and the Danevirke

ダーネヴィルケはデーン人たちがその勢力範囲においていたユトランド半島と その南の他勢力の地域を画する土塁で 中世に交易地として栄えたヘーゼビューの近傍に築かれました
ICOMOSは名称の変更を勧告したものの 価値そのものは認め「登録」を勧告しました


ナウムブルク大聖堂
→(勧告不能)登録 
Naumburg Cathedral

第39回世界遺産委員会(ボン)で登録延期 第41回世界遺産委員会(クラクフ)では「大聖堂に絞るべき」と情報照会 3度目でようやく登録となりました

ドイツ、ザクセン=アンハルト州の都市ナウムブルクにある大聖堂で 「ウタとエッケハルトの像」が有名です
事前評価は 大聖堂は世界遺産にたくさんあり差別化できてないとのことで「不登録」でしたが ボンやクラクフでの審議結果と矛盾しており 審議の結果「登録」となりました


ナウムブルク大聖堂
は こちら

ニュースは こちら


一方...

ハンブルク=アルトナ 
Hamburg-Altona
Le cimetière juif de Hambourg-Altona

もともとフランス語名にあるように「ハンブルク=アルトナのユダヤ人墓地」として推薦されていた物件ですが 正式勧告前に取り下げられました

さて夏期講座で先生と話そうっと♪やっとナウムブルクが決まったよ!!

出典: Wikipedia 第42回世界遺産委員会 他


      *       *      *


Naumburger Dom ナウムブルク大聖堂
Weltkulturerbe 世界文化遺産
die Bewerbung  立候補
die Aufnahme in der Welterbe-Liste bei ihrer Tagung in Baharain beschließen
バーレーンの世界遺産委員会で世界遺産リスト受け入れを決定する

samt der hochmittelalterlichen Landschaft an Saale und Unstrut vergeblich beantragen ザールとUnstrutの中世中期(11~13C)の景観と込みで無駄に申請する (そのため2度目の申請は却下された←今年の3度目でようやく決定)
die Markgräfin Uta von Naumburg ナウムブルクのウータ辺境伯


Wikingerseidlung Haithabu ヘーゼビューのバイキング居住地

Die Befestigungsanlage Danewerk und den Handelsplatz Haithabu in Schleswig-Holstein
シュレースヴィヒ・ホルシュタイン州のダーネヴィルケの防御施設(土塁)と ヘーゼビューの取引の中心地

wichtige archäologische Zeugnisse Nerdeuropas 北欧の重要な考古学的証明
die Ausgrabungen begannen 1900 発掘は1900年に始まった (1066年に破壊され忘れ去られていた)

die verborgenen christlichen Stätten in der Region Nagasaki in Japan ausgewählt 日本の長崎地方の隠れキリシタン関連遺産も選ばれた

今週のNHKラジオ応用編「ドイツ人が見たい日本Magazin KREUZ UND QUER IN JAPAN」ストリーミングは 長崎がテーマでぴったりです♪ 

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2017年に登録されたドイツの世界遺産: 「シュヴァーベン・ジュラにおける洞窟群と氷河時代の芸術」他&ウィーンは危機遺産に!@2017年7月第41回世界遺産委員会

2018年03月25日 | 各国の世界遺産・せかけん
2017年に登録されたドイツの世界遺産: 「シュヴァーベン・ジュラにおける洞窟群と氷河時代の芸術(Caves and Ice Age Art in the Swabian Jura)」他&ウィーンは危機遺産入り!@2017年7月第41回世界遺産委員会



2017年7月2日(日)~12日(水)までポーランドのクラクフで開催された第41回世界遺産委員会で 新しく 自然遺産 3件 文化遺産 18件 複合遺産 0件 合計 21件の世界遺産が登録されました

というわけで 世界遺産の件数は、自然遺産 206件 文化遺産 832件 複合遺産 35件 合計 1073件になりました(1052件から21件増えました)

ドイツでは:
シュヴァーベン・ジュラにおける洞窟群と氷河時代の芸術(Caves and Ice Age Art in the Swabian Jura)」が登録され42件となりました

構成資産はバーデン=ヴュルテンベルク州の2つの河谷の洞窟群で ホーレ・フェルスのヴィーナス ライオンマンなどの彫像や道具類が発見されています
ICOMOSは文化的伝統の優れた例証として登録を勧告しました

約43000年前の最終氷期にヨーロッパに到達した初期人類が築いたオーリニャック文化の洞窟群を中心とした遺跡で、アッシュバレーとローンリバーの6つの洞窟群で構成されています
動物の骨や牙から作られた人形や楽器・装飾品・宗教用具などが多数出土しており、初期人類の生活の様子をいまに伝えています 
ドイツ、文化遺産(iii)
 
In der Schwäbischen Alb wurden die ältesten Kunstobjekte der Menschheit gefunden. Jetzt sind die Eishöhlen(氷の洞窟) bei Ulm Welterbe!

詳しくは こちら 

シュヴェービッシェ・ユラ山地の氷河時代の6つの洞窟と彫刻作品群が、ドイツの42番目のユネスコ世界遺産として先月登録されました。
ウルムの西15㎞のアハ渓谷と東北20㎞のローネ渓谷にあり、人類最古の芸術作品が50点余り発掘されました。象牙や骨のマンモス、ライオン人間やビーナスと名付けられた彫刻、8本の笛など4万年前に人類が創った最古の芸術品です。 (ドイツ観光局より)

ドイツ観光局の「ユネスコ世界遺産」は こちら


    *      *      *

ヴァイマル、デッサウおよびベルナウのバウハウスとその関連遺産群(「ヴァイマルとデッサウのバウハウスとその関連遺産群」の拡大(The Bauhaus and its sites in Weimar, Dessau and Bernau [extension to “Bauhaus and its Sites in Weimar and Dessau”, (ii)(iv)(vi), 1996))(ドイツ)は 承認されました

バウハウスの関連遺産のうち デッサウの5件 ベルナウ(ベルナウ・バイ・ベルリン)の1件の構成資産を追加する申請です 
ドイツ、文化遺産(ii)(iv)(vi)

1996年に登録された「ワイマールとデッサウのバウハウスとその関連遺産群」の拡大

近代建築の四大巨匠のひとり ヴァルター・グロピウスが設計したワイマールとデッサウのバウハウスに、後継者ハンネス・マイヤーが設計したデッサウのバルコニー・アクセス・ハウスやベルナウのADGB労働組合学校が追加されました

詳しくは こちら

   *      *      *

カルパチア山地とヨーロッパ他地域のブナ原生林(範囲変更)
Primeval Beech Forests of the Carpathians and Other Regions of Europe
アルバニア/イタリア/ウクライナ/オーストリア/クロアチア/スペイン/スロバキア/スロベニア/ドイツ/ブルガリア/ベルギー/ルーマニア共通、自然遺産(ix)

2007年にウクライナ/スロバキアの世界遺産として登録され、2011年にドイツに拡大されて「カルパチア山地のブナ原生林とドイツの古代ブナ林」となりました

今回はさらに12か国に拡大するもので、もっとも多くの国にまたがる世界遺産となりました
最終氷期以降に広がったブナ林を登録するものですが、ヨーロッパのブナ林のほとんどは伐採されており、数少ない生育地となっています

これはドイツは2011年に範囲拡大で登録されたので 新規登録に数えられません なので新規は1つでしたネ! (一年に2つまで申請可能) ←2018年からは上限が1件となりました

  *      *      *

ナウムブルク大聖堂とザーレ・ウンシュトルトの中世盛期の文化的景観/Naumburg Cathedral and the High Medieval Cultural Landscape of the Rivers Saale and Unstrut」(ドイツ)は 不登録

「ナウムブルクの大聖堂と関連する文化的景観」は 第39回世界遺産委員会でICOMOSから不登録勧告を受けたものの 審議では1段階上の「登録延期」決議となりました
今回の推薦では ドイツ当局は構成資産を11件から3件に絞り込むなどの修正を施したのですが ICOMOSは再び「不登録」を勧告しました

     *      *      *

中部ドイツのルター関連史跡群(「アイスレーベンとヴィッテンベルクにあるルター記念建造物群」の拡大)」(ドイツ)は 不承認でした

Luther Sites in Central Germany [extension to “Luther Memorials in Eisleben and Wittenberg”, (iv)(vi), 1996]

アイスレーベンとヴィッテンベルクの2都市6件の構成資産だったものを トルガウ コーブルク エアフルトを加えた5都市18件の構成資産へと拡大する申請でしたが ICOMOSからは価値の強化につながるものではないとして「不承認」を勧告された上 世界遺産センターからは バウハウス関連遺産同様 上限を超えていると指摘されました

     *      *      *

ウィーン歴史地区」が「危機遺産リスト」入り ← ショック!!!

ウィーンが危機遺産に
: 都市の再開発による高層建築が景観を損ねる懸念から、2017年の第41回世界遺産委員会で危機遺産リストに登録されてしまいました

ウィーン歴史地区(オーストリア、2001年、文化遺産(ii)(iv)(vi))

オーストリアや神聖ローマ帝国の首都として繁栄した帝都ウィーン。ウィーンでは現在、高層ビルの建設計画をはじめとする再開発計画が進められており、特にアイスステート・リンクやホテルを含んだ複合ビルがこれまでの高さ制限を超えることから、歴史的都市景観に悪影響を与えるということで危機遺産リストに加えられた。

このニュースは こちら

2009年に 市民の利便性のためのエルベ川の橋(Waldschlößchenbrücke)の建設でもって 世界遺産リストから抹消された「ドレスデン・エルベ渓谷 (Dresdner Elbtal)」のようにならないことを祈ります... 最近買ってきた世界遺産検定2級過去問2017年度版には 「ウィーンの歴史地区は2017年危機遺産登録」と書かれてあり マークも暗い色で胸にずしりときます 若い時にも そして新婚旅行でも行ったのです...

ドイツ語作文「世界遺産とツーリズム - ドレスデンの例から -」は こちら

TBS「世界遺産」の「ウィーン歴史地区」(2018.2.25放映)は こちら

この番組によると 城壁を壊してリンクシュトラーセを造るなど 「変化しながら進化し続けてきた都市ウィーン」は 高層ビル計画を撤回するつもりはないとのこと
 
ケルン大聖堂は一方 危機遺産を脱した経緯があります 1996年に世界遺産に登録され 周辺の高層建築計画による景観破壊で2004年に危機遺産となりますが 高さ規制等のケルン市当局の懸命な努力でもって 2006年には解除されたのですね 今回もウィーンが同様の理由(景観破壊)で危機遺産となってしまいましたが こんな風にして解除とならないだろうか...と思ってしまいますね


2017年新登録の世界遺産」は こちら

* Foto: „Thilo Parg / Wikimedia Commons“
Original Venus vom Hohlefels, Mammut-Elfenbein, Aurignacien, Alter ca. 35-40.000 Jahre



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世界遺産の富岡製糸場と妙義山の「さくらの里」で満開の桜を堪能♡(2017.4.19)&富岡製糸場についてイタリア語で話す

2018年03月10日 | 各国の世界遺産・せかけん
世界遺産の富岡製糸場と妙義山の「さくらの里」で満開の桜を堪能♡(2017.4.19)@クラブツーリズム&富岡製糸場についてイタリア語で話す:

日帰りで行かれる世界遺産ってことで 初めて行ってきました富岡製糸場♪
お花見もできてとても良かったです♡ 

群馬県の妙義山は 日本には珍しく岩肌の切り立った厳しい山で 山の上の方は満開の桜🌸
4/19に行ったので 桜の花もぎりぎり散りかけでしたが それは見事でした!!

← 妙義山 (il monte Myōgi)

たくさんの修学旅行中の生徒さんたちも来ていたおぎのや横川店で たけのこずくしの昼食をいただいてから 初めて行ってきました富岡製糸場!!

ここは2014年に 「富岡製糸場と絹産業遺産群」*という名称で世界遺産に選ばれた官営模範製糸場です 

* 富岡製糸場と絹産業遺産群 Mulino da seta di Tomioka e siti correlati (Tomioka Silk Mill and Related Sites)
* 製糸場 setificio 

 ←入り口すぐにある記念碑

開国直後の日本では生糸の輸出が拡大しました ヨーロッパの生糸の生産地フランスやイタリアで蚕の病気が大流行したり 清国の生糸輸出が振るわなくなっていたためですが 急激な需要の増大は粗製濫造を招き 日本の生糸の国際的評価が落ちました

そこで日本政府は国策として器械製糸工場を建設すべきと考え 1870年(明治3年)器械製糸の官営模範工場の建設が決定しました 幕末直後 日本がこれから国際社会に出て行こうとしている明治5年(1872年)に 殖産興業を掲げる明治政府によって作られたのです この時代は生糸が日本の主要な輸出品でしたが まだ当時は手作業で作っていたため 品質がばらついていました

* 生糸 seta grezza
* 繰糸、製糸技術 (繭から糸を繰り、一定の本数を引き揃えて一本の糸にする) trattura

  ← 手作業での製糸の様子

そこで フランス人技師ポール・ブリュナ(Paul Brunat)を雇って工場を作り 多くの伝習工女*たちを雇って たくさんの製糸を(品質が統一され大量生産できた)アメリカなどに輸出したという 日本近代化の幕開けを担った工場なのだそうです 

* 工女 setaiola, filatrice (紡績工)

 ← 入り口のアーチの上にはよく見ると「明治五年」とある

木骨レンガ造り*で レンガもフランス積み(大小のレンガを交互に積む) 一番見どころがあったのは繰糸場* 当時のままの機械がそのまま保存されています 当時は電気がないため自然採光が大切でした
 
* 木骨レンガ造り mattoni con intelaiature in legno
* 繰糸場 l'impianto per la trattura della seta

 ← 広い操糸場の中 

繭*を煮て糸を出して繰る作業工程も ビデオや実演で見ることができました 生きた蚕*も初めて見た~

* 蚕 il baco da seta
* 繭 il bozzolo
* 養蚕 la sericoltura
* 紡績  filatura

 ← 繰糸の実演

桑畑があり 養蚕が盛んで 水と燃料の亜炭が確保できて 住民の反対もなく 広い土地があったこの富岡市に作られたそうで ここの道や街並みはコンパクトでカワイイ♪ 歩いていても楽しいのです 駐車場から製糸場までの道にたくさんの土産物屋さんがあって...

← まちなか周遊観光バス 100円で乗り降り自由♪

ツアーだったのでひとり200円でガイドツアーをオプションでつけましたが これが正解!! 建物を見ただけではなかなかわからないところまで 丁寧に説明していただきました♪ ← 美術館のイヤホンガイド500円を思えば安い!!
私も世界遺産検定を受けてるところなんで HPをバッチリ読んで予習してきました!

さて工女といえば 女工哀史で知られる野麦峠をつい思い浮かべてしまいますが ここは当時としては破格の好条件で皆さん働いていたのだそうです 
当時としては珍しく日曜は休み 7時間45分労働で昼休みあり 見習い(月9円)から工女に昇格すれば月25円等と破格の条件でした
この指導官ポール・ブリュナも月給750円+aと高給で (当時の総理大臣が月800円!) 途中までしか雇えなかったそうです

 ← 首長館(ブリュナ館) 高床式でベランダもあります

和田 (旧姓 横田) 英という伝習工女(実は大審院長横田英雄の姉)は 一年3か月間ここで働いたあと指導者となり 長野県の工場で製糸を教えたそうで 女傑ですね~ 

また 渋沢栄一(埼玉県深谷市出身)が ここの初代設置主任で設立にかかわったそうです ← 埼玉県深谷市にある渋沢栄一記念館に行ってきたばかり♪

ただし工女は立ち仕事でしたし能力給でした また最初はフランス人が赤ワインを飲むのを「生き血を飲む」*というデマが流れて工女が集まらず そのため工場長の14才の娘を最初の工女にしたのだそうです 時代ですね~

まわりを見学すれば 入院施設つきの診療所*あり お風呂あり 女工館という宿舎あり 社宅に寄宿舎(男性用の)あり ブリュナ館*という首長館ありと...いたれりつくせりでした!!

*ブリュナ館 casa del direttore Brunat
*工女の生き血を飲む bere il sangue fresco delle setaiole
* 診療所 infermeria

 ← 寄宿舎などが並ぶ

アメリカでナイロンが発明されたりして絹の需要が落ち込み やがて民営化され* 片倉工業*に買い取られましたが 115年間操業し続けました(1872/明治5年~1987/昭和62年)

*民営化される privatizzare
*片倉工業 Katakura S.p.A.

ちなみに養蚕技術が中国から日本に伝わったのは弥生時代 湿気をきらうため 窓をあけるためにフランス式の窓枠も作られました 形が面白いですね 近くには蚕の卵を貯蔵する「荒船風穴」等もあり それらがセットで世界遺産に登録されました

詳しくは こちら

東京から日帰りで行ける世界遺産としてお手頃です♪ ← 上野の東京国立博物館はもっと近いですが(笑)

世界遺産検定(せかけん)でも ここ最近決まったものは年号や構成資産も含めて出題されます 実際に行ったのでよく覚えていて大変助かりました!(^^)! 

富岡製糸場は こちら


妙義山 さくらの里は こちら


ツアーは こちら


素晴らしいツアーを開催してくださいました ㈱クラブツーリズム様に お礼申し上げます

   *      *      *


富岡製糸場についてイタリア語で話す:

Il Mulino da seta di Tomioka (富岡製糸場) è stato il primo insediamento industriale moderno per la filatura della seta in Giappone, situato nella città di Tomioka, Prefettura di Gunma.

富岡製糸場は、日本の絹の紡績の為の近代工業の最初の設置で、群馬県富岡町に作られました。

È considerata un importante esempio di archeologia industriale in buono stato di conservazione e tutelata dallo stato come sito storico.

良い保存状態での産業の考古学上の重要な例と考えられ、歴史的な場所として国から保護されています。 (Wikipedia)


Mulino da seta di Tomioka
は こちら


*      *      *

Il Setificio di Tomioka fu costruito dal governo nel tentativo di modernizzare l’industria della seta in Giappone nel 1872, a soli 4 anni dalla Restaurazione Meiji.

富岡製糸場は1872年明治維新後わずか4年で、政府により 日本の絹産業の近代化の試みとして建てられた。

Il Setificio era un complesso di fabbrica a larga scala incentrata sul procedimento di lavorazione del filo da seta voluto dal governo Meiji per consentire la produzione in serie di seta grezza di alta qualità.

製糸場は高品質な生絹の大量生産に応じるために、明治政府により望まれた生糸の加工製法に基礎を置く 広大なスケールの工場総合施設だった。

Nel XIX secolo infatti, a seguito dell’apertura del Giappone verso l’Occidente, la domanda di esportazione di seta grezza cominciava a crescere, ma, poiché essa era prodotta artigianalmente, non si era in grado di soddisfare tale domanda.

実際に19世紀において、西洋への開国の結果として 生糸の輸出の要求が高まり始めた、しかしながら、手工業的に生産されていたため、こうした需要を満足させることはできなかった。
(ここでは実際に、初期の頃の小さな一人で使う機械も展示してありました)

Il governo decise allora di assumere ingegneri francesi per fondare la fabbrica ed introdurre le tecnologie meccaniche più avanzate per il procedimento di trattura e filatura della seta.

政府はその当時、工場を建てて、操糸と絹紡績の製法のためのより進歩した機械技術を導入するために、フランス人技術者を雇うことを決めた。

Il Setificio di Tomioka ebbe un ruolo importante come modello di fabbrica per diffondere la moderna tecnologia per la trattura della seta in tutto il paese. Il governo reclutò le donne come forza lavoro ed insegnò loro le nuove tecnica in modo da poter diventare leader in quest’attività.

富岡製糸場は国中の絹の製糸技術のための近代技術を深めるための工場モデルとしての重要な役割があった。 政府は労働力として女性たちを雇い入れて、そしてこの仕事での指導者となれるように、彼女たちに新しい技術を教えた。

Anche dopo esser stato venduto al settore privato nel 1893, il setificio ha continuato la sua attività mantenendo la propria leadership nella produzione di seta grezza in Giappone fino al 1987.  L’attività cesso infine a causa della concorrenza della più economica seta grezza importata da altri paesi asiatici.

そしてまた1893年民営化された(三井家に払い下げ)あとでも、富岡製糸場は1987年まで日本の生糸生産のまさにリーダーシップを保持しながら稼働し続けた。操業はアジア諸国から輸入されるより安価な生糸との競争によってとうとう終了した

Il complesso industriale è formato da diversi edifici storici e strutture.  I principali edifici originali sono l’impianto per la trattura della seta, i due magazzini per la produzione di bozzoli, sale macchine, la casa del direttore ed i dormitori per gli ingegneri francesi costruiti nel 1872 e 1873.  Si tratta di costruzione di mattoni in legno e muratura, una tecnica introdotta dagli ingegneri francesi.

工業集合体はさまざまな歴史的な建物や建築物によって構成されている。 オリジナルの主要建造物は絹の操糸場、2つの繭(まゆ)の生産のための貯蔵庫、機械場、首長館(ブリュナ館)、1872年と1873年に建てられたフランス人技術者のための寄宿舎だ。 フランス人技術者によって導入された技術である、木造レンガ造りの構造とのこと。

Dal 2005, il Setificio di Tomioka è stato gestito dalla città ed è stato aperto al pubblico. La fabbrica è un simbolo della modernizzazione dell’industria della seta in Giappone, per questa ragione è conservata come esempio importante del patrimonio industriale.

2005年より、富岡製糸場は富岡市の運営となり一般に公開された。工場は日本における絹産業の近代化のシンボルであり、この理由でもって産業遺産の重要な例として保存されている。

Dal mese di giugno 2014, Il Setificio di Tomioka è stato iscritto nella UNESCO World Heritage List come "Tomioka Silk Mill and Related Sites".  Questo pezzo del patrimonio mondiale è valutato per il suo contributo allo sviluppo e gli scambi internazionali nel campo della tecnologia della sericoltura e della filatura. Oggi tante persone visitano Il Setificio di Tomioka ogni giorno.

2014年6月より、富岡製糸場は「富岡製糸場と絹産業遺産群」としてユネスコの世界遺産に登録された。この世界遺産のひとそろいは養蚕と紡績のテクノロジー分野においてその発展と国際交流に貢献したとして評価されている。今も多くの人びとが毎日富岡製糸場を訪れている。

"Il Setificio di Tomioka in Giappone – Patrimonio UNESCO"
は こちら

* 写真は 2017年4月にバスツアーで行った富岡製糸場 これは木骨レンガ造りでフランス積み 


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世界遺産検定3級を受けてきました(2017.9.10)@世界遺産アカデミー←4級と同じ98点ゲット!!

2017年11月05日 | 各国の世界遺産・せかけん
世界遺産検定3級を受けてきました(2017.9.10)@世界遺産アカデミー←4級と同じ98点ゲット!!


2017年3月に世界遺産検定4級に合格したあと(1つだけミスで98点) この9月10日世界遺産検定3級を受けてきました

自己採点で98点(ミスは1つ 行ったことのあるヨーロッパの建築物の建築様式でミスった) 2級を狙うには3級はこれくらいとれてないと...しかし満点いかず残念!!

検定準備について:

サークル主催で世界遺産入門講座を開いたことがきっかけで受け始めた世界遺産検定...

3級は忙しくなるのを見越して 早め早めに準備しておきました (4級はお正月から初めて3月に受験 テキストも薄くて楽でした~) まずテキストをひととおり読んでから過去問3冊をやり 8割台でした

その後 7/2の世界遺産入門講座開催で忙しくなり そこでいただいた2級テキストを読み終えて クラブツーリズムの世界遺産講座(月1回)や 旧東ドイツの世界遺産講座を受けたり ドイツ語やイタリア語で日本の世界遺産を発表したり めちゃくちゃ暗記発表に打ち込んで...

はたと気づくと8月末 もうすぐ受験票が送られてきてしまうではないですか!! ガーン( ゚Д゚)
世界遺産の勉強はしてたけど 自分の好きな国の世界遺産を 自分の好きな国の言葉でばっかし勉強してた(笑)

というわけで遅まきながら 9月1日にようやく試験対策再開として 過去問3冊とテキスト復習の第2周目に取りかかりました!! まずは私の最も弱い「日本の歴史」が 日本の世界遺産とからむところの復習から... 国名と遺産名をセットで覚えたり 関係する人名や山の名前も次第にセットで覚えて 最後は漏斗式でダメなところを徹底的につぶしてゆきました 
語学のカンを生かして 発音から国名をたどったりと...大助かり~(笑)

2周目は9割取れるようになってきて さらにはその世界遺産がどこにあるかを地図で確認したり 今年の世界遺産委員会の結果も出そうなので確認したり(かなりマイナーな質問でしたよ!) 検定ポスターの写真に使われる世界遺産は出るらしい? 果てはうちに届く「旅の友」を眺めて写真を確認したり...けっこうひとつひとつの構成遺産の写真が載っていました♪ 目で覚えるのっていいですよね
また 来年はどこが決まりそうか 世界遺産委員会の開催地等 直前に世界遺産アカデミーからのFacebookでのお知らせが出てきます♪

過去問がすべて終わったので 今度はネットで出題範囲の世界遺産を 国ごとに「旅行する気分で」読んでいきました!行ったことのある場所はよくわかりますね♪ 
伊検2級の時はぎりぎり合格で苦しかったのと 受かったあとで実力が伴わず看板倒れで苦労したので 「めざせ ゆうゆう合格!!」なのですが(笑) 語学検定と違って辞書ひかなくてよくて楽ですね~ ^^) _旦~~

登録基準をしっかり押さえるとよい(2級)」「世界遺産の基礎知識と日本の世界遺産はしっかりと押さえて、あとは自分の好きな国の世界遺産を中心に (とにかくたくさんあるから)覚えるとよい」「山の名前や人の名前まで...(太字以外からも出題されます)」等の貴重なアドバイスをいただき ありがとうございました! 

終わる前からもう 2級の問題集や参考書も取り寄せてしまいました(笑) 3月(4級のころ)に本屋さんで2級の本を見た時は あまりの分厚さに「こりゃ無理だわ...」と2級はあきらめていたのですが... 今は「受けなきゃもったいないよね!! 」とばかりに前向きです せっかくいろんな世界遺産講座も受けてることだし 2級までは受けようかと思います 

参考にしたサイト「世界遺産オンラインガイド」は こちら ← 国ごとに読めるので 自分の受ける級の世界遺産だけをピックアップして読めます 写真も多くて美しいです (歴史や詳しいことはWikipediaで)

京都や奈良の寺院(位置や誰が作ったかまで) 熊野古道(山や寺院の名前)もチェックしました 世界地図も 位置関係を見ると話がつながってきてよいですね♪ テキストの赤字部分はすらすらと出てくるようにしましょう♪
 
さいごは前日に 問題集は完璧に仕上げたのでさっさとしまいこんで テキストの冒頭の世界地図をチェックして どの国にどんな世界遺産があるか位置関係も再確認し 弱いところを補強したんですが 前日にいきなりテレビで世界遺産(京都と高野山)を放映してくださり ちらちらとテレビ見ながら勉強してました(笑) ←もしかしてわざとぶつけたの?(笑)

当日の試験
について:

天気もまあまあ良く 初めて行く大学でしたので 「駅から1分」とあるのは信用せずに(笑) 行ってみると駅から5分かかりました!!  大学のHPに1分とあるのですが 入り口を間違えたらしい 他の人たちに続いて歩いて行ったのでみんなで間違えた(笑) ← 早めに行きましょう~♪

始まる前に外のベンチで皆さん静かにテキストを読んでいて 緑あふれるキャンパスの中で夏の終わりのセミの声をききながら最後のチェックにいそしんでいたら たくさん蚊にさされてしまい( ;∀;)... (誰が検定会場に虫刺されの薬まで持ってくることに前もって気づくか?)

緑あふれるキャンパスで静かに試験を待つ この雰囲気っていいよね~ と思わず 独検準1級二次試験の時を思い出してしまいましたが あの時は1月だったから蚊に刺されなかったョ(笑)

まっとにかく 間違えた問題は悔しさのあまり 一生忘れないことでしょう♪ 早速2級の問題集を取り寄せました!(^^)! 2級は分厚いテキストや問題集 参考書ずっしり...
来年3月に受ける予定です 年4回(3,7,9,12月)開催されてるので助かりますね!(^^)!

ためしに終了後に日をおかずに 2級以降の準備をせずに過去問をやってみました: 2級68点(認定点60点)で合格圏内!! 1級63/200点 (認定点137点)で最低レベル(笑) さてどうするか...

2017年10月18日(水) 無事3級合格の認定証が来ました(^O^)/ 

 ← 3級は98点で合格


世界遺産検定
は こちら


* というわけで今は2級準備に取り掛かっています♪ ビジュアルな小学生向けの世界遺産大図鑑と まるで辞書のようにぶあつい1級テキストを照らし合わせて読み進めています(^O^)/ ← 2級と1級を並行してやってます♪


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エジプトの世界遺産と歴史について聞いてきました(2017.8.23)@クラブツーリズム第5回世界遺産講座←さて9月10日は世界遺産検定だ!

2017年09月05日 | 各国の世界遺産・せかけん
エジプトの世界遺産と歴史について聞いてきました(2017.8.23)@クラブツーリズム第5回世界遺産講座←さて9月10日は世界遺産検定だ!


実はこの9月10日(日)にいよいよ 世界遺産検定3級を受けるのですが ここの世界遺産講座を毎回受けていたらだんだんと詳しくなってきて 自分でも過去問やってビックリ!! なのでもう 2級の問題集や参考書を早々と取り寄せてしまいました(笑)

エジプトの世界遺産といえばピラミッド...そして 世界遺産のできるきっかけとなった アブ・シンベル神殿とヌビアの遺跡だよね~ と いちおうの下調べをしてから行ってきましたクラブツーリズムの世界遺産講座第5回目!!

今回は主に 世界遺産の説明とエジプトの歴史についてでしたが ギザの3つのピラミッドのオリオン座ベルト説や ピラミッドの秘密を知ると そういえば昔よくお会いしていた 石ノ森章太郎氏のご自宅の屋上に小さなピラミッドがあったという話をふと思い出してしまいました...一度だけご自宅に伺うチャンスがあったのですが みすみす遠慮して逃してしまい残念...

さて 世界の道はプトレマイオス朝に通ず と講師の言葉ですが このプトレマイオス朝(最後の王が かのクレオパトラ7世)を滅ぼしたのが古代ローマであり ローマがギリシャ文化を受け継いでいったのですね 

ロゼッタストーンヒエログリフ(神聖文字)について その中にプトレマイオスと書かれていたと解読されたこと 3つの文化を表す神聖文字 民衆文字 ギリシャ文字の3種類がありました
 
アレクサンドリア図書館が もしも焼失せずに残っていたのであれば 世界の歴史はもっと早く発展していたであろう 巨大ピラミッド建設の秘密などがわかったはずで 二千年くらいは遅れてしまったとのお話 実に惜しいですね...


エジプトはナイルのたまもの」と言いますがこれは 水資源というよりは金(特にヌビア地方は金の産地) つまり鉱物資源の争いのことであり 金や鉄をめぐっての争いがあったこと どこでも資源が掘り出されればそれをめぐる争いは起きるものですね...

エジプト原始王朝時代(BC3500年頃
)には 上エジプト(ナイル川上流、主神はホルス神)と下エジプト(ナイルのデルタ地帯、主神はセト)に分かれ 太陽暦が普及しました

エジプト初期王朝時代にはその上下エジプトが統一されました 肥沃なデルタ地帯ではなく 生きるのに必死な上エジプトのナルメル王が統一したそうで 文献上の最初の王とされます

エジプト古王国時代
は メンフィスを中心に中央政権が安定しました この時代にサッカラの階段ピラミッドギザの三大ピラミッド(クフ、カフラー、メンカウラー王)が作られました 

スフィンクスは狛犬のようなもので プタハ神殿前のアラバスター製のスフィンクス等も 催事のための守り神ではないかとのこと そして ピラミッドは王の墓と言われているが まだピラミッドの中から王は発見されていない等 儀式の場 神の盤座などこれは諸説ありますね

ギザの三大ピラミッドは 今は登れないそうですが 講師の先生は昔登られたことがあるそうで...ピラミッドに昇るって!? よじ登る?どうやって降りるの?? 謎はつきない...

実際に登ってみたピラミッドの頂上からの眺めは 「天体観測」にちょうど良く 天文学を司る宰相 つまり「天文学者」が曲者で 実は占いがキーワードだったこと (エトゥルスキ講座でも習いましたが) 国見(くにみ)をするために 天体の占いをしたということでした 
そして実は「観光」とは 国をまとめるために国王などが国の光を見る占いという 中国の『易経』から来ているとのこと...いや~今まで知らなかった語源です!


ちなみに エトゥルスキの占いは folgoratori(i fulguratores/ラテン語)という「雷(fulmine)占い」といって 空を4つの区分に分け(Cardoとdecumano) さらに16の区分に分けて それぞれの区分に神(divinità)がおわし どの方向に雷が落ちたかで占うもので 他にも肝臓占いや 古代ローマでは鳥占いなんかもありました

詳しくは こちら


古王国時代ジェドエフラー王が初めて太陽神ラーを名乗ったこと 彼はギザの大ピラミッドの建造者クフの息子で後継者で あまり触れられることのない人とのこと 

ピラミッドの謎は調べれば調べる程深くなり... 驚いたのは ギザの3大ピラミッド(クフ王、カフラー王、メンカウラー王のピラミッド)の並び方が 空から見るとオリオン座の三ツ星の並びと同じ位置関係にあるという「オリオン座ベルト説」について そして3つのピラミッドの四側面は すべて正確に東西南北を指しているというのも 一つ一つの石がとても大きいことを考えるとすごい技術です  

オリオン座と オシリス神(エジプト神話のもとの神)についての関連 エジプトではオリオン座がオシリス神の姿にあてはめられた等も話してくださいました  

さらには ギザのネクロポリスと メキシコのテオティワカン遺跡と オリオン座ベルトの配置が世界に2つから3つあるのではないかという説 天体の動きに合わせて ピラミッドコンプレックス(複合体)等の巨大建造物を作ったという説があるそうです  ←このあとオリオン座と日本神話についても自分で調べてみましたが なかなかに興味深いですね♡

エジプト史については 黎明期でもある原始王長期時代から プトレマイオス朝までの中で 見過ごされがちであるものの実は大事なのが 実はエジプト中王国時代であることを知りました

中王国時代には ラーとテーベ守護神アメンを習合して「アメン・ラー」を神とする宗教が誕生したのです 

また ヌビアの金鉱を開発し 干拓事業も行い エジプトの繁栄につながったということです
新王国時代にはその資源のために ヌビアは植民地化されたのですね


また 新王国時代では わずか4才で即位したトトメス3世の義理の母ハトシェプストが摂政となり 女王を名乗って協同統治をしたのですが 母親は平和外交(交易)を 息子はアジア遠征で領土を広げ エジプトのナポレオンとも呼ばれたそうです 


ここでふと 旧東ドイツ世界遺産講座で聞いた「ザクセン=ヴァイマル=アイゼナハ公E・アウグスト2世の妃アンナ・アマーリアと その息子の公爵カール・アウグストが 互いに協力しあって統治を進めていた」という話が頭をよぎりました... 


新王国第18王朝
アメンヘテプ四世は 宗教改革をおこない 多神教(アメン神)から一神教(太陽神アトン)にしたということで イクナーテン(Ikhnaton)と改名しました

さてその妻はネフェルティティ このネフェルティティ女王の美しい胸像が あのベルリンの新美術館(Neuesmuseum)にあるのですね 私も昔見ました♡ 
 
古代エジプトの三大美女は 実はこのネフェルティティなのですって! というのもクレオパトラはエジプトをローマに譲り渡した人なので 美女をほめる時は「ネフェルティティのように美しい」と言うとよいです( *´艸`)

 ← ネフェルティティ女王の胸像

そしていよいよその息子の ツタンカーメン登場です (新王国第18王朝)

妻のアンケセナーメンはツタンカーメンの父の妻だった時期もあるとのことで 異母姉と結婚し子供は無事には生まれなかったそうです (胎児のミイラが発見された) この時代では近親結婚が多いため ツタンカ―メンはさまざまな障害があり杖が手放せなかったそうですが この夫婦の仲睦まじい姿は胸をうつものがありますね...

ツタンカーメンの墓
は 3000年以上の歴史を経てほとんど盗掘を受けなかったことについても話していただきました  

アメンヘテプ四世とツタンカーメンの二人は存在しないものとされ(宗教改革の反動で) 神官からその墓も隠されたことがその理由らしいです また 昔は写真も撮れたのだそうです 
ツタンカーメンのマスクのあごひげについてのエピソードや ラピスラズリを合成した「アマルナ・ブルー」「エジプシャン・ブルー」のこと つまり当時すでに錬金術があったというお話や ファラオの王冠の4つの種類についても詳しくご説明いただきました 




そして 繁栄した新王国第19王朝ラムセス2世ですが ラムセス2世は「ファラオの中のファラオ」と呼ばれたそうです ヌビアの遺跡にその像があり 90才まで生き66年間即位したそうで ヒッタイトと戦って平和条約を結んだ功績があります

とても勇敢で戦場にまでお供して 王の健康を気遣った協同統括者でもあった 妻ネフェルタリ王妃の墓は アブ・シンベルの墓所と神殿の絵の両方に ラムセスと同じ大きさで描かれているとのことで 「余の愛する者はたゞひとりのみ。何者も余が妃に匹敵する者はなし」という言葉が残された程愛されたわけですね 
 
このヌビアの遺跡には イシス神殿もあり 一緒にアスワン・ハイ・ダムが建つ前に移され このことが世界遺産が作られるきっかけとなったわけですね イシス神は太陽神ホルスの母で マリア様のように愛されています


そして時代は最後にプトレマイオス朝に移りますが マケドニアのアレクサンダー大王により征服された ギリシャ人による王朝で この時点でエジプト ギリシャ オリエントが合体したわけです

そしてとうとう 紀元前30年にかのクレオパトラ7世が自殺し プトレマイオス朝が終焉を迎え...エジプトは ローマの皇帝属領アエギュプトゥスとなり ローマの歴史につながってゆくのですね...


ここで 今ちょうど古代ローマの講座を取っている私は こうしてエジプト・ギリシャ・オリエントが合体し やがてそれをローマが継いでいったという歴史を知り ようやくひとつにつながったというわけでした~

ドイツの世界遺産のお話(日独協会) 古代ローマやエトゥルスキのお話(ピアッッアイタリア) そしてさらにここクラブツーリズムの世界遺産講座では 毎月1回ながらも どこの国が出てくるか直前(?)までわからないので ドキドキワクワクしながら いちおうは自分なりの予習をしてから受けるのですが いつも予想していた以上のビッグな手ごたえを感じています 

黒田講師の長年の添乗員経験に基づいた(ありとあらゆる場所を実際に訪れてらした)説得力のあるお話が聞ける ここまで世界遺産を深く知る講座を受けられたことは非常に貴重だと思います (ただの検定目的ではなく 世界遺産の光と影を知るというコンセプト) 実際に行った時にも ここまで知っていると全然違いますよね!!

歴史ってひとつの大きな川の流れのようで 切れ切れではわからない 接点をつなぎ合わせると大きな大河の流れになるのですね 

私は今まで自分の好きな国のことばかり見てきたので 今ようやく遅ればせながらも こうしてランダムにいろんな講座に出て勉強しているところです ^^) _旦~~ 

本をただ読むだけでは そのうちに(すぐに??)忘れてしまうのですが こうして講座を聞きに行き さらに記事をまとめることでようやく定着してくれるのです ←世界遺産検定2級もこわくない!?


エジプトの世界遺産(文化遺産 6 自然遺産 1
)は こちら
この中の「聖カタリーナ修道院地域」の 聖カタリーナは かのカラヴァッジョの絵で有名ですね♡  

あと エジプト唯一の自然遺産ワディ・アル・ヒタンは 鯨の化石があるところです  


エジプトの歴史(世界史の窓)は こちら


クラブツーリズムの世界遺産講座
は 毎月1回水曜日に開催されています
6回目は9月20日(水)夜です

詳しくは こちら

追記 ピラミッドの中に巨大空間が発見されたとのこと(2017.11.2)
ニュースは こちら

* 写真は スフィンクスと第2ピラミッド



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「祝 世界遺産登録 沖ノ島 神宿る海の正倉院」藤原新也写真展に行ってきました(2017.7.21)@日本橋高島屋←8.1(火)まで

2017年07月25日 | 各国の世界遺産・せかけん
「祝 世界遺産登録 沖ノ島  神宿る海の正倉院」藤原新也写真展に行ってきました(2017.7.21)@日本橋高島屋←8.1(火)まで


沖ノ島の知られざる島の姿と 国宝の数々を写真で展示 
神宿る海の正倉院 沖ノ島」の写真展を見てきました

カメラマン藤原新也氏は 沖ノ島が世界遺産に登録となった2017年7月9日(日)朝のNHKニュースで紹介されていたのを見たので覚えていたのです

沖ノ島の三の鳥居を過ぎると まるで結界に入ったかのように突然空気が変わる 静寂になり 風がやみ 海の音も聞こえなくなる
それはまるで 地球が誕生した時の 原初の「肺内空気」の一部が その沖津宮の盆地のくぼみに残っているかのようであったと...
そんな「空気」を感じたのは カメラマン人生で 今回が初めてだったと...

 ← 三の鳥居

わずか15分だけ禁足の森に光が入り写真を撮った 古代の人間世界にはこのような「禁忌の時空」がある 

← 沖津宮

五号遺跡は古代祭祀を行っていた巨岩があり 田心姫神(たごりひめのかみ)が祀られている

かつては数年に一度は飢饉があり人々が死ぬ時代だった そのため 海の安全よりは いかに食ってゆくかが祭祀の歴史であったと藤原氏
 
氏からのビデオメッセージは印象深かった 「人間はいまや全能を獲得したかのようだ ウランのような触れてはいけないものを取り出し パンドラの箱を開け 今や滅びの世界に差しかかっている 
古代の人は 感覚で 触れてはならないものを知っていた 禁忌の場所を設定した

沖ノ島は 時間と空間を一切外に出さない場所であり 情報化してはならないもの(個人のプライバシーや内なる思い)までもネットで瞬時に外にさらす今の社会に対峙しているかのようだ 
沖ノ島は 「禁忌の思想」を取り戻すため 現代社会と対峙し 示唆しているのだ」と...

また今回は 沖ノ島に祀られる田心姫神をビジュアル化する試みをしたという 

苔むした渡り石 参道 宝物の数々 命がけで撮った荒れた海の写真等... 沖ノ島は断崖絶壁で 海も荒れていることが多いという 

写真展: 2017年7月19日(木)~8月1日(火) 於 日本橋高島屋8階

詳しくは こちら


沖ノ島についてイタリア語で話す」は こちら






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新しく登録された日本の21番めの世界遺産: 「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群」@2017年7月&沖ノ島についてイタリア語で話す

2017年07月10日 | 各国の世界遺産・せかけん
新しく登録された日本の21番めの世界遺産: 「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群」@2017年7月第41回世界遺産委員会&沖ノ島についてイタリア語で話す



2017年7月2日(日)~12日(水)までポーランドのクラクフで開催されている第41回世界遺産委員会で 新しく21番目の世界遺産が登録されました!!

神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群/Sacred Island of Okinoshima and Associated Sites in the Munakata Region(日本)の登録が決定されました(2017.7.9)

沖ノ島は「海の正倉院」とも呼ばれる多彩な出土品を擁する祭祀遺跡を持つ島で いまなお宗像大社の神域です
推薦は沖ノ島のほか 宗像市・福津市内の関連資産も含んでいましたが ICOMOSは沖ノ島と近隣3岩礁のみに対して「登録」を勧告し 名称を「『神宿る島』沖ノ島」とすべきことも求めました

そして2017年7月9日(日) ポーランドのクラクフで開かれている国連教育科学文化機関(ユネスコ)の第41回世界遺産委員会は 福岡県の「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」を世界文化遺産に登録することを決めました
ユネスコの諮問機関ICOMOS*は 日本政府が推薦した構成資産8件のうち4件を除外するよう勧告しましたが 逆転で一括登録が認められました

これで国内の世界遺産は文化遺産17件 自然遺産4件の 計21件となります

* ICOMOS= 国際記念物遺跡会議(International Council on Monuments and Sites)

 ← 申請時はこれだけあったのが...

← こんなに減る勧告がされてしまいました!!ガーン( ゚Д゚)

で 結局 一発逆転で一括登録となったのです(^.^)/~~~
いろんな国の代表の方たちが一括登録を望む発言をしてくださったというニュースを見て 嬉しかったです 


ニュースは こちら


島全体がご神体であり女人禁制 男でも祭り(5月27日)以外では 神職者しか上陸できません なので対岸から「遥拝(ようはい)」します

年1回5月27日沖津宮現地大祭で男性約200人が入る以外は 一般の立ち入りは禁じられ 女人禁制も守られます これらの伝統について宗像大社は「世界遺産になってもスタンスは変わらない 長い間伝統を守ってきたからこそ島の神秘性が保たれた」としている (毎日新聞2017.5.6)

沖ノ島については こちら   

   *      *       *


沖ノ島についてイタリア語で話す


Okinoshima(isola)

L'isola di Okinoshima(沖ノ島), fa parte della città di Munakata(宗像) della prfettura di Fukuoka, Giappone.

Essa è considerata terra sacra(聖地) dal locale Munakata Taisha(宗像大社).

La popolazione dell'isola consiste di (~で成り立つ) un singolo impiegato del tempio; l'intera isola è considerata un kami dello shinto, ed è interdette (~に入るのを禁じる) alle donne.(女人禁制)

Nel 2009, l'isola è stata proposta per l'iscrizione (登録) nella lista del Patrimonio dell'Umanità (人類遺産) UNESCO, come parte della candidatura seriale (シリアル・ノミネーション) sull'Isola di Okinoshima (沖ノ島) e i siti correlati (関連づけた) nella regione di Munakata(宗像).

* 広域にまたがる同じ価値の物件を登録する「シリアル・ノミネーション(serial nomination)」という考え方


intatto = 手つかずの


- L’intera isola è considerata un kami dello shinto. 島自体がご神体と考えられている

- La piccola e remota (はるかかなたの) isola giapponese ospita un tesoro di circa 80 mila offerte (約8万点の奉納品) agli dei Shinto, che vanno dalle perline alle spade fino agli specchi (銅鏡や武具、装身具).
 
- Cosidetto “la casa del tesoro (正倉院) del mare”. いわゆる「海の正倉院」

- La popolazione dell'isola consiste di (~で成り立つ) un singolo impiegato del tempio “il Grande Sacrario di Munakata Taisha (「宗像大社」) 

島の人口はただ一人の「宗像大社」の神職1名のみ。

- È vietata (禁じる) alle donne.(女人禁制)
現在でも女人禁制とである。

- Il visitatore maschio deve prima essere coinvolto nella purificazione (清め) con una cerimonia formale in cui viene denudato (裸になる).

男性であっても上陸前には禊(みそぎ)*を行なわなければならない。
  *(みそぎ) = abluzione dello Shintoismo


- Solo circa 200 uomini, estratti a sorte (くじで選ばれた) tra i numerosi richiedenti (志願者), possono arrivare sull’isola per un solo giorno all’anno. Per l’esattezza il 27 maggio (正確に言うと5月27日), celebrazione annuale della battaglia del mare del Giappone avvenuta nel 1905 (大祭).
年1回5月27日沖津宮現地大祭(明治38年5月27日の日本海海戦を顕彰するための祭り/沖ノ島は海の安全を司る島であるため)で 多くの志願者たちから くじで選ばれた男性約200人が入ることができるのみ。

* 2018年からは 世界遺産登録のため厳しくなり この祭りは中止となるそうです
ニュースは こちら

参考: wikipedia, 月刊なるほドリ 2017年6月号「沖ノ島つてどんな島?」、他 

"Giappone: Okinoshima, l'isola sacra vietata alle donne"(2017/6/9)
は こちら


「Okinoshima: l’isola sacra patrimonio dell’Unesco, ma vietata alle donne」(corriere.it)は こちら


* 日本橋高島屋で「沖ノ島 神宿る島の正倉院」(撮影 藤原新也)開催中! 2017.7.19~8.1
詳しくは こちら

*写真は 当サークルの「第1回世界遺産入門講座」(7/2)で使用したパワーポイントの写真です ← 後日そのリポートも掲載します!(^^)!



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世界遺産検定4級を受けてきました♪開かずの扉を開いてくれた「せかけん」(2017.3.12)@世界遺産アカデミー

2017年05月29日 | 各国の世界遺産・せかけん
世界遺産検定4級を受けてきました♪開かずの扉を開いてくれた「せかけん」(2017.3.12)@世界遺産アカデミー


開かずの扉を開いてくれた」世界遺産検定!!

私にとっては「通訳案内士試験」の日本地理・日本史があまりにも難しくて(日本史検定2級レベル等) ついつい「積ん読」のままになっていたのです 
やっぱり いきなり難解な試験は無理(地歴苦手な私は特に)...その意味でも キラキラ感のある楽しい「世界遺産検定」の簡単な下の級を受けて ようやく「開かずの扉が開かれた」というわけです♡

2017年7月に 当サークルで「世界遺産入門講座 - 日本とイタリアの世界遺産 -」を開くことになり 講師の先生と色々打ち合わせをして衝撃を受けました こんなにも知らないことだらけの未知の領域があったとは! 必死でメモをしながら 少しでも知りたい!って思いました

実は以前から興味のあった「日本とイタリアの世界遺産」を色々調べ初めて イタリア政府観光局からいただいた世界遺産リストを熟読したり 日伊学院のGW特別講座で「イタリアの世界遺産」という単発講座を取ったり 世界遺産の本「美しき秘密のイタリアへ―――51の世界遺産と小さな村 (地球の歩き方Books)」や 「英語対訳で読む 日本の世界遺産」(実業之日本社)を読んだり 果てはIPAプライベートレッスンで 日本とイタリアの世界遺産について暗記発表したりしました!

そんなノリでとうとう世界遺産検定を受けることになり すぐさまパンフと4級と3級の公式テキストと問題集を取り寄せて お正月に一気に読んでしまったのでした!! 年に4回も開催してるんですね!! 検定料も安いし~♪

食生活アドバイザー3級の時にも書きましたが 語学検定と違って日本語なのでその分楽です (辞書ひかなくていいし...)

公式テキストで特に面白かったのは 日本の世界遺産と 他の国の世界遺産で似ているのはどこ?というコラムで イタリアの世界遺産と どこがどう似ているか?! まさに目からうろこで 世界遺産検定の「ワクワク感」につながり 時々飽きるとイタリア語に戻りながら...(笑)

結局は 直前期に他の大きな案件(新しい企画立ち上げ)が入ってしまい それまでに仕上げておいて助かりました~ 何度もやらないとすぐに忘れるし 前日2日間に過去問をまたやってからテキストをじっくり読み返し 暫定リストと最新情報も確認して 寝る前に世界遺産検定のHPを念のために見て さらにもう一度問題をやって終了!! (持ち物確認と電車も調べておきます)

ちなみに テキストの最後には「英語で説明する」コラムがあるので役立ちました!! 自分でイタリア語に変換したりしてみました♪  

    *     *     *

検定当日は上智大学で 大学生が主でしたが 小学生から私くらいの年代の方がちらほら...
時間が半分すぎると退出OKとなりますが 7割くらいの方が退出されました それくらい簡単!? 4級は中学・高校生レベルなのです

日本の世界遺産は完璧でしたが オーストラリアの世界遺産のところでな なんと「1問間違えてしまい」一生一度の満点合格のチャンスを逃してしまいました~(;_:)
テキストを「たった1行読み飛ばした」ところが出たのです!! まるで「耳なし芳一」のようでした...トホホ

テキストはどこが出るかわからないからすみからすみまで読むこと」ってのは このことだったんですね~(-_-)/~~~ピシー!ピシー!


3級のテキストを買って読み終えた4月18日に 4級の合格証書が無事届きました!! 98点です~



さて次は3級だ~!! と3月にリニューアルなったテキストを買って過去問3冊ひととおりやり終えたあとで(8割くらいゲット) 4級問題をやったら満点近く取れてた... こんな調子でサクサク語学検定も進めたいものですね(泣笑) 

2級はテキストを見ただけで「こりゃダメだ~」と投げてましたが 「せかけん」HPの学習の進め方のビデオを見たら楽しくて かえってまったく知らなかった世界遺産を知ることができていいかも♪ ←さてどうなるか??

2級の学習ビデオで参考になったのは 「膨大な世界遺産をすべて学ぶというよりはまず 自分の好きな世界遺産をコアにして しっかり点を取れるように学び そこから それと似たような遺産に範囲を広げて学ぶとよい」とのこと ← では私はイタリアとドイツ そして日本だネ(^^)/

1級の学習ビデオでは 時事問題に敏感にアンテナを張ること  地図を眺めて(息抜きにでもよい)色々みてゆくと頭に入りやすい(地図の問題も出る) 

当日の試験では 確実に取れるところは絶対に落とさないこと
またものすごく難しい問題が出ても なんでもいいから思い出す!! まったくわからないと集中力がそこで途切れてしまうので...これは他の試験にも言えますね!!

世界遺産検定(年4回)は こちら


当サークル主催の「世界遺産入門講座 - 日本とイタリアの世界遺産 - 」(2017年7月2日@板橋区)は こちら



   *         *       *   

また この春からは手を広げて(?) クラブツーリズムの旅の文化カレッジ「知れば旅が楽しくなる【世界遺産講座】というのに 月1回水曜夜に参加しています 

まだまだ私には難しい~(;_:) でも ひとつの世界遺産を毎回掘り下げて話してくださるので 目からウロコ!! 勉強もまる暗記じゃ試験が終わればただ忘れるだけですが なぜこうなったか 「その世界遺産がなぜ光っているのかを考察する」講座なので 1回受けただけでがらりとテキストを読む目が変わりました!!  知らない国の遺産は大変ですが 毎回通いたいです♪

くわしくは こちら 

なので今は 語学やったり世界遺産やったり とっかえひっかえ勉強中(笑) 
いくら語学だけやっても話す中身がからっぽじゃ恥ずかしいんで~(-_-)/~~~ピシー!ピシー!

2017年5月28日(日) 昨日ですが イタリア人留学生たちと「谷中七福神めぐり」に行った時も 興味のありそうな世界遺産について少し説明できて とても助かりました(^_^) 

おまけ:

* 2017年5月29日付けニュース「通訳ガイド、無資格でも 外国客急増で 質低下の懸念も」は こちら

(無資格者でも報酬を得て通訳ガイドができるようになるとのこと! 研さんを積まないと質が落ちてしまいますね ガイドの数不足は否めませんが)




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白神山地・十和田湖・奥入瀬・五能線の旅(2016.8.21~22)@白神山地についてイタリア語で話す

2016年10月30日 | 各国の世界遺産・せかけん
北東北 白神山地・十和田湖・奥入瀬・五能線の旅(2016.8.21~22)@白神山地についてイタリア語で話す



白神山地には一度は行ってみたいと思っていました とても広いのでほんの入り口だけでも...
2日間で色々盛りだくさんなツアーでしたが 台風が近づく中 家族と行ってきました
それまでは地名の読み方もちゃんと知らない 恥ずかし~い(/ω\)私でしたが 色々調べてから行きました

8月22日(月)に東京を直撃した台風とすれ違い(笑) しかも出発の朝 突然ケータイが壊れてしまい (なんというタイミング!!) 2日間一切情報に触れずに かえってさっぱりと過ごせました(笑) 

     *      *       *

大宮から はやて111号に乗り込み 盛岡駅着 バスで移動して 十和田湖湖上遊覧船「第五八甲田丸」に乗り (2階の最前列!) 一時間程十和田湖の絶景を堪能して帰ってきました 涼しい風がありがたい~
 


十和田湖は 深さは東京タワーとほぼ同じ326.8mで 田沢湖 支笏湖に続く3番目に深い湖です
遊覧船からは 乙女の像 材木岩 鎧島等が見えました この十和田湖は 2~30万年前に2つの噴火と2つの陥没によってできたカルデラ湖です ヒメマスの養殖に22年目に成功したお話を聞きました


次に訪れた奥入瀬渓流 は 最も景色の良いという 銚子大滝(十和田湖に入ろうとする魚を阻む魚止めの滝)から 白糸の滝(いくつもの筋になって流れ落ちる 絹糸のような滝)までの間を 清流の流れに沿って40分程で歩いたのですが 足元に気を付けながらも結構速足で歩いたので できればじっくりまた来たいですネ 
雨のあとですべること...下流ほど泥水になってくるそうですが テレビ等によく出てくる滝や清流も見られて満足(^^♪ 



バスガイドさんのとても興味深い東北のうんちくを聞きながら 八甲田ゴールドラインを通って 5時台に大鰐温泉郷青森ワイナリーホテル(旧青森ロイヤルホテル)に着きました 本館 新館 別館とつながっている あじゃら山の上の大きなホテルですが ゴルフ場から帰ってくる車とカーブですれ違うのでハラハラ(ーー;)

まずは ホテルに着いてすぐに青森ヒバ香る露天風呂に入って の~んびりくつろぎました まだすいていたのでよかった!
夕食は東北郷土料理のバイキングで かなりの量を取り(笑) 東北ビール「青森づくり」と青森ワインをいただきながら 7時半から始まった津軽三味線と あじゃら衆のねぷたの踊り を堪能しました!! ホテルのあちこちにはねぷたが飾られておりました♪

部屋は広くてベッドが3つあり 眺めもよく東京の暑さを忘れてぐっすり...

   *       *      *

翌日は 7時前にホテルの外から岩木山を見たり 雲海を見てからバイキング式の朝食を済ませて 8時にホテルを出ると もう霧で岩木山は全く見えなくなっていました



バスで大鰐温泉郷を出て 今は兼業農家ばかりのためお年寄りにも収穫しやすい矮化リンゴの畑や たくさんの大小のかかしを見ながら 鯵ヶ沢町(鎌倉時代に鯵がたくさん捕れたので鯵ヶ沢と名付けたらしい)にある 白神の森遊山道で 新緑ブナの原生林を散策しました

案内休憩所「くろもり館」では 杖やうちわ 長靴まで貸してくれるのです!
遊山道に入ったらすぐに フィトンチッドのい~い匂いに包まれて癒されました~



大ミズナラを過ぎて 聴診器でブナが水を吸う音を聞くところに出ましたが ほとんど聞こえないそうです...
案内のボランティアの方のお話を聞きながら歩きました 


そしていよいよ五能線という 青く輝く日本海沿いを走る人気のローカル列車に 鰺ヶ沢町から乗って 絶景車窓旅を30分満喫!!

窓から日本海が見えてくると感激しました 地元の方たちがしゃべっている方言を聞いたりしているとハブニングが!!  台風の影響で通過待ちのリゾートしらかみが40分遅れのため ひとつ手前の 北金ヶ沢駅(下の写真)で停車したまま 40分も待つ羽目に...(/_;)



すると添乗員さんが即ドライバーさんと連絡を取ってくださり 降りる予定の千畳敷の駅で待っているバスが 私たちの待つ北金ヶ沢駅まで急きょ来てくださったのです!! 降りたこともない駅に向かう知らない道をあれこれ探して... この機転のおかげで旅程が大きく狂うこともなく旅が続けられました( `ー´)ノ

一日に10本前後しか走っていない五能線はほとんどが無人駅で 千畳敷の駅のホームにいる 列車が遅れることをまだ知らずに雨の中をひたすら待っている人々がバスの窓から見えました... 
列車が遅れるのはイタリアでもよくあるけど ひたすら待つばかり でもこうして添乗員さんがトラブル対策をすべてやってくださるのって いや~快適~(#^.^#)

千畳敷では雨の中 ほんの少しの時間 写真を写しました 海の底から地震により隆起した岩だそうです 天気がよければ北海道が見えるって!!




次はいよいよ 白神山地の見どころ 十二湖のひとつ コバルトブルーの光を放つ神秘の泉「青池」を見に行きました!!
十二湖は 33の湖沼が点在するうち 大崩から見ると12の湖が見えることからつけられた名です (ホントは小さくて湖ではなく沼という感じのもありますが 昔つけた名前なので)



途中 王池西湖 王池東湖(上の写真) 鶏頭場の池などいくつかの湖を通りましたが 青池はホントにコバルトブルーの色でビックリ!! でも落ち葉はたくさん落ちていましたが... 


なぜ青いのか? 酸素濃度が高い 苔による 水自体は透明だが紫外線による等々諸説ありますが...
小雨の降る中せっせとバスに戻り 全観光の行程は無事終了~!!


そのあとまたえんえんバスに乗って (バスの中では津軽弁の披露とクイズ!!面白かった~) 北上駅から7時過ぎの東北新幹線やまびこ56号に乗り 大宮下車で帰路に着きました
遠距離の旅は どんなハプニングが起きてもよいように 遅い出発の新幹線にしているのでゆうゆうで間に合いました♪ 
もう台風は過ぎていて 電車の遅れもなくなりホッとしました 

家に向かう電車の中でスマホばかりいじっている乗客を見ると いつも見慣れた光景なのに 先ほどまで見ていた東北のひなびた景色が なぜかとてもなつかしく感じました...  

1泊2日で北東北を満喫するルートをめぐる 十和田湖・奥入瀬・五能線・白神山地「青池」2日間』のツアーは こちら


ステキなツアーを組んでくださいました(株)クラブツーリズム様に心より感謝申し上げます

  *       *      *

白神山地(世界遺産)は こちら




Il Shirakami-Sanchi (in giapponese: 白神山地, regione montuosa del dio bianco) è un'ampia zona di foresta vergine che si trova nel nord dell'isola di Honshū, in Giappone.

Questa regione montuosa si estende (広がっている) su di una superficie di circa 1.300 chilometri quadrati, all'interno delle prefetture di Akita e Aomori; di questi, 170 chilometri quadrati sono stati inseriti nel 1993 nell'elenco dei Patrimoni dell'umanità dell'UNESCO.
La maggior parte della foresta è composta da faggi(ブナ).

Il cuore della regione, protetto dall'UNESCO, non contiene alcun percorso stradale (道のコース) ma solamente i sentieri (小道)utilizzati dagli escursionisti, e per entrare in questa parte della foresta o pescare si deve richiedere uno speciale permesso.

Poiché i contadini locali trovavano il terreno su cui sorge la foresta poco redditizio (もうかる) dal punto di vista agricolo, la regione si è conservata pressoché (ほとんど) intatta (手つかずの) per millenni.

Oltre ai faggi, qui si trovano anche katsura e altre specie di piante decidue (落葉樹).

Oltre alla flora, all'interno della foresta si trova una rigogliosa (旺盛な) fauna (動物群): qui si possono infatti trovare numerose specie di mammiferi (哺乳類) ed uccelli, fra cui il picchio (キツツキ) nero, il serao giapponese, l'aquilastore (ミサゴ)montano, l'aquila (ワシ)reale, il macaco (オナガザル) giapponese e l'orso * tibetano.

* ガイドさんも 熊に注意!!と話してました



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