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旅限無(りょげむ)

歴史・外交・政治・書評・日記・映画

明徳くんの言い分 其の壱拾弐

2007-08-06 11:00:22 | 日記・雑学
「仮病疑惑」の横綱朝青龍が、日本相撲協会の巡業部に見放された。同巡業部は27日、両国国技館で臨時会議を開き、……大島巡業部長(元大関旭国)は「巡業部としては横綱から全治6週間の診断書が出ているので、巡業に出席しなくて結構、という結論に達した」と発表した。朝青龍の負傷を気遣っての結論ではない。診断書が出された日に、モンゴルでサッカーを興じる映像が流れたことで、ほとんどの協会員が激怒。巡業部ではこの日、異例の診断書公表にまで踏み切った。不知火副部長(元関脇青葉城)は「テレビに映像が出たからまずいということで巡業に出ると言い出すのはおかしい」。高田川副部長(元大関前の山)は「相撲には伝統がある。朝青龍の今の考え方では、地位に関係なく半永久的に出場させない」と続けた。

■とうとう「半永久的に出場させない」話になってしまいますが、痛みは本人にしか分からないところも有って、診断書と仮病疑惑がごっちゃになって、マスコミ報道は問答無用の制裁議論に突き進んで行くことになります。


夏巡業は8月3日から17カ所を回るが、朝青龍の「仮病疑惑」が浮上してから、チケットの払戻し要求や「朝青龍が出ない分、チケット代を安くしろ」などの苦情が殺到している。……高砂親方(元大関朝潮)は「帰ってきたら巡業に出るように話します」と、あらためて強制出場させることを明言した。しかし巡業部が受け入れを拒否しており、朝青龍の存在が宙に浮くことも。来週早々には、巡業部の判断などを踏まえ、北の湖理事長(元横綱)が処分を含めて最終結論を出す。診断書の事実確認も含め、朝青龍はますます窮地に追い込まれた。
7月28日 日刊スポーツ

■疑惑発覚後2日目、高砂親方は「巡業に出れば良いんでしょ?」と判断していたのは驚きです。単なるズル休み事件だと思っていたようですなあ。親方は朝青龍の不祥事に慣れてしまっているようです。まさか、巡業部が「出場拒否」を言い出すとは思いもしなかったのでしょうなあ。


……重大な仮病疑惑が持ち上がっている横綱朝青龍が30日午後、事情説明のために急遽(きゅうきょ)、来日する。テレビニュースに映っていた朝青龍は緑のピッチを笑いながら走りまわり、豪快なシュートも放つなど、どこから見ても元気そのもの。過去、トラブルを起こすたびに泣き落し戦術でひたすら頭を下げ、反省の弁を口にしてきたが、今回はどんな言い訳を用意しているのか、注目される。……仲間割れとも言えるような巡業部の強硬姿勢の裏にあるのが、師匠の高砂親方(元大関朝潮)に対する大きな不信感だろう。朝青龍がこんなにわがままで、大相撲界を軽視するような態度を取るようになったのは、師匠がしっかりと指導力を発揮し、横綱とはどうあるべきかをキチンと教えないからだ、という批判は早くからあがっていた。

■同じ時期に自民党で起こっていた歴史的大敗直後の安部首相続投宣言にも重なる「責任問題」であります。力士の不祥事は親方の指導責任で、その親方を管理するのが協会理事長でしょう。横綱に特化すれば審議委員会の責任も出て来ます。今回の参議院選挙で吹き荒れた自民党に対する逆風、その鞴(ふいご)の役目を果たした赤木農水相の不誠実な態度、選挙の後で更迭されましたが、周囲からは「もっと早く辞めさせていたら……」とのうめき声が湧いているそうです。朝青龍問題もこんなに大きくならない内に、「強いだけ」の横綱を廃業させてしまうチャンスは何度も有ったのに……。サッカーに汗を流して楽しそうに走り回っている映像を見て、驚倒した日本人は少なかったのではないでしょうか?「朝青龍ならやりかねない」誰もがそう思うような横綱だったという話でしょう。高砂親方の暢気な対応ぶりにもそれが表われています。


……なにしろこの師弟の不仲は有名。「朝、けいこ場であっても、あいさつすら交わさない」と話す関係者すらいる。こんな状態では、どんなに朝青龍がわびても、また“馬脚”を現す。「この際、朝青龍本人だけでなく、師匠の高砂親方も厳罰に処すべき」という強硬論が大勢を占めつつあるのだ。高砂親方はなんとか最悪の事態だけは避けようと、この週末も北の湖理事長のもとを訪ねるなど、事後処理に飛び回っていたが、果たして朝青龍はどうなるのか。クビか、それとも、謹慎などのペナルティーだけで済むのか。いよいよ本人登場で事態はヤマ場を迎える。
7月30日 夕刊フジ

■何度も優勝をしている朝青龍ですが、優勝を祝う席で師弟が手を取り合って喜びを分かち合うシーンを誰も見た事が有りません。それを誰も不思議に思わなくなっていたというのも奇怪な話です。朝青龍は「独りで強くなった」横綱だったのですから、感謝の気持ちなど生まれるはずも無いでしょうなあ。高砂親方にとっては単なる金ズルで、部屋の経営と自分の収入を確保するために、何事も大目に見ていれば、元々素行の良い方でない暴れん坊が増長するのは当たり前……。親方を「食わせてやっている」とまで考えていた横綱なら、品格など期待しても仕方が有りませんなあ。

明徳くんの言い分 其の壱拾壱

2007-08-06 10:59:58 | 日記・雑学
日本相撲協会は26日、大関昇進を果たした琴光喜らが参加する「相撲団」(団長・伊勢ノ海理事)を31日に中越沖地震の被災地へ派遣し、避難所などでちゃんこを振る舞うと発表した。一行には新潟・刈羽村出身で、名古屋場所を7戦全勝した三段目力士の希帆ノ海(きほのうみ)も同行する。
7月26日 毎日新聞

■嗚呼、これもサッカー疑惑の第一報と同じ日の記事です。被災地で熱心に慰問をする琴光喜の姿が、モンゴルでチャリティ-・サッカーをしていた姿と対照的に報道されて行きます。巡業を楽しみにしていた地元のファンの憤慨と悲しみの発言も丹念に拾い集められます。


仮病疑惑が浮上した横綱・朝青龍に26日、非難の声が集中した。「腰の疲労骨折とひざ痛で全治6週間」の診断書を提出した25日、母国モンゴルでサッカーに興じている姿がニュースで報じられた。身勝手な行動に夏巡業開催地でも怒りの声が噴出。朝青龍は“強制帰還”を命じられ、週末から週明けにかけて日本に戻る予定だが、協会内では厳しい処分を求める声も挙がっており、お騒がせ横綱が窮地に追い込まれる可能性も出てきた。

■この段階でも「お騒がせ横綱」と、スポーツ紙は少々ちゃかしたような書き方でした。呼び戻されて叱られたら御仕舞いになる、とこれまでの一連の不祥事と同じ展開を予想していたかのようですなあ。マスコミも横綱糾弾に手抜きが有ったのかも知れませんなあ。


骨折の診断書を出しながらサッカーに興じるという朝青龍の軽率な行動が報じられたこの日、日本相撲協会では、朝から抗議の電話が鳴りやまなかった。対応に追われた広報部も「いつもよりも件数は多い」と半ばあきれ口調で説明した。……6年ぶりに巡業を開催する宮城県仙台市の公演事務局にもチケット購入者からの抗議電話が殺到。「どうなっているんだ!と怒っている人もいました。皆さんのお目当ては横綱ですから。(怒っているのは)ウチだけではないはず」と担当者も困惑気味だ。

■相撲協会の広報部長は高砂親方なのだそうです。「いつもより多い」抗議の電話に大した危機感を持っていなかった様子です。ファンの心理も複雑で、不祥事続きの朝青龍は大嫌いでも、「横綱」の姿は見たい……。まあ、悪役でも主役が欠けた興行では不満でしょうからなあ。


事態を重く見た師匠の高砂親方(元大関・朝潮)は、朝青龍に“強制帰還”を厳命。週明けにも日本に戻ってくる予定だ。師匠は「モンゴルに帰っているとは思わなかった。そんな状況で巡業に出られないのはおかしい」と首をかしげた。……北の湖理事長(元横綱)は「診断書を出しながらサッカーをしたのはおかしい」と不快感を示した。……関係者によると25日にこのニュースを知った時にはものすごいけんまくで怒りを爆発させたという。……巡業部も27日に緊急会議を開催する。ある理事は「処分しないのはおかしな話。師匠にも厳しい処分があるべきでは」と言い放った。

■協会内の勢力争いの親方同士の喧嘩も加味した書き方ですが、たった1日が経過した段階で、「お騒がせ横綱」のやんちゃな話とは扱いが違っています。記事によれば、高砂親方には危機感がまったく有りませんぞ。急いで帰って詫びを入れれば済む話だと思っていた節が有りますなあ。


……週刊現代による大相撲の「八百長疑惑」記事で、日本相撲協会と横綱・朝青龍ら力士が原告となって名誉棄損で損害賠償を求めた訴訟の口頭弁論が26日、東京地裁で開かれ、被告の週刊現代側が準備書面を提出し、記事の真実性を主張した。10月25日に予定されている次回までに被告側の主張がまとまる見込みで、相撲協会側はそれに応じて反論する意向。準備書面では、記事を執筆した武田頼政氏が相撲取材の経験が豊富で八百長の事情に通じており、複数の情報提供者も信頼できる人物としている。相撲協会の弁護士は「被告側の主張をすべて出してもらって、まとめて反論したい」と話した。
7月27日 スポーツニッポン

■選りによって、こんな日にサッカー疑惑が起こったのですから、理事長の怒りが爆発するのも当然か?後に決定される厳しい処分も、案外、堪忍袋の緒が切れただけではなく、この裁判の行方に大いなる不安が有ったからと考えるのは行き過ぎでしょうか?『週刊現代』側は本気のようですから、裏から手を回して手打ちというわけには行きそうにありません。裁判の中で何が出て来るやら……。


大相撲名古屋場所前の稽古中に倒れた時太山(本名・斉藤俊さん、享年17)が6月26日に急死した件に関し、師匠の時津風親方(元小結・双津竜)が27日、両国国技館を訪れた。一門の理事である伊勢ノ海親方(元関脇・藤ノ川)に経過を報告。……時津風親方に対する警察からの事情聴取はほぼ終了し、部屋の若手力士たちも5、6人が聴取を受けたという。時津風親方は心労などが重なって審判委員を務める予定だった名古屋場所を全休。この日は「何も言えません」と語るだけだった。
7月28日 スポーツニッポン

■この死亡事故?にも疑惑があれこれと取り沙汰されているようです。裁判の開始、警察の事情聴取、これだけでも頭が痛い北の海理事長の耳に朝青龍の仮病無断帰国サッカー疑惑が届いたというわけです。

明徳くんの言い分 其の壱拾

2007-08-06 10:59:35 | 日記・雑学
日本相撲協会は25日、愛知県名古屋市の愛知県体育館で秋場所(9月9日初日、両国国技館)の番付編成会議と理事会を開き、名古屋場所で13勝を挙げた関脇・琴光喜(31=佐渡ケ嶽)の大関昇進を満場一致で決めた。同県一宮市の佐渡ケ嶽部屋で伝達式に臨んだ新大関は「力戦奮闘」の4文字に昇進の決意を込め、さらなる飛躍を期した。……使者の秀ノ山理事(元関脇・長谷川)と松ケ根親方(元大関・若嶋津)の前で「謹んでお受けいたします。いかなる時も力戦奮闘し、相撲道に精進いたします」とよどみなく言い切った。

■朝青龍は、「相撲道発展」と言ったと、今となっては皮肉な話が記録映像と共に指摘されています。彼にとっての横綱が体現する相撲道は、最終的には「勝つこと」「強いこと」だけに収斂してしまったわけです。圧倒的な強さが褒められていた頃は、観客もそれを認めていたようですが、優勝を重ねるうちに「強いだけ」の横綱に飽きも出て来て、若・貴の兄弟げんか騒動などもあって、そもそも横綱とは何だろう?と冷静に考える空気が生まれたのかも知れません。貴乃花も偉大な横綱ではなくなって、変な親方になっていましたからなあ。


現役最多の技能賞7回受賞のテクニシャンだが「力を出し尽くして一生懸命努力する」と技に頼るのではなく、力を前面に出す力士に脱皮する決意を4文字に込めた。史上最高齢、31歳3カ月の大関昇進。……「本当は不撓(ふとう)不屈がよかったけれど新しい言葉にしようと思った」。「不撓不屈」は横綱・貴乃花が1993年初場所後の大関昇進で使った言葉。結局、友人らと相談し10個あった候補から「力戦奮闘」を選んだ。……「何とかしないといけない。一番の目標にする」と27連敗中の打倒朝青龍を新大関の初仕事に挙げた。
7月26日 スポーツニッポン

■白鵬に加えて琴光喜という注目株が現われて、2横綱と元気な大関の3人が三つ巴で競い合う場所が約束されて、全国民が土俵上での世代交代、つまり朝青龍時代の終わりを目撃する予感が生まれたからこそ、単なる大関昇進ではない妙な熱気が琴光喜を包んだのでしょう。だからこそ、土俵の外で起こした不祥事で世代交代が起こっては困るのです。サッカー疑惑?が発覚するのはこの記事が載った日だったのでした。


横綱・朝青龍に“仮病疑惑”が浮上した。名古屋場所で優勝した朝青龍は場所中に腰の痛みを訴え、25日に師匠の高砂親方(元大関・朝潮)が「腰の疲労骨折とひじ痛」の診断書を相撲協会に提出。診断書を受け取った大島巡業部長(元大関・旭国)は報道陣に全治6週間と説明し、8月3日から始まる夏巡業の休場を認めていた。

■長期間の一人横綱ですから、朝青龍の体はぼろぼろだというのは関係者は熟知していたでしょうし、風邪を押しての名古屋場所出場だった事も分かっていたのですから、大手を振って家族の待つモンゴルでの「治療・休養」を公にして帰れば……そして、チャリティー・サッカーもちゃんと事情説明して貴賓席で拍手でもしていれば、何の問題も無かった!


ところが、朝青龍は既にモンゴルに帰国。関係者によると、母国に向かう飛行機内でサッカー元日本代表の中田英寿さんの関係者と遭遇。中田さんがモンゴルサッカー協会の要請で、現地の子供たちを訪問することを知り、25日に開催されたイベントに参加。短パン姿で元気に動き回っていた模様が、同日午後のフジテレビ「スーパーニュース」で報じられた。

■フジテレビがスクープ映像を入手出来たのは、中田ヒデ君を追っていて偶然にこの大事件に遭遇したからのようですなあ。親方も知らなかった無断帰国だったのですから、どうしてフジテレビだけが撮影に成功したのか不思議でしたが……。しかし、飛行機内での会話を聞き、サッカー会場にまで同行したフジテレビの取材陣は、朝青龍に対して何も言わなかったのでしょうか?スポーツ担当の人なら、巡業の「病欠」を知らなかったとは思われません。まさか、後で大問題になるのを承知の上で、サッカー試合への出場を囃したてたりしていなかったのでしょうな?!ちょっと気になります。


腰の痛みを押して名古屋場所を制したとはいえ、疲労骨折の状態で体を動かすのは尋常ではないこと。しかも、それを理由に協会の公式行事の巡業を休場することになっただけに、今回の行動が問題となるのは間違いない。この日の理事会でも朝青龍の巡業の休場について異議を唱える声が数多く出たという。お騒がせ横綱の行動が、またしても波紋を呼ぶことになりそうだ。
7月26日 スポーツニッポン

■この第一報の記事では、スポニチもその後の大騒ぎまでは予測していないようですなあ。偶然ながら、自民党が不祥事続きで大敗を喫する選挙戦が大詰めを迎えていた時期とも重なっていたのでした。政権交代と横綱交代が連動して国民が興奮したのかも知れませんし、夏巡業の開催地には新潟の地震被災地や破綻した北海道夕張も含まれていたのも、大地を鎮める横綱の勤めを思い出させる要素にもなったでしょう。


琴光喜と並んで、かつての兄弟子で師匠の佐渡ケ嶽親方(元関脇琴ノ若)が頭を下げる。見守ったのは入門時の師匠だった先代佐渡ケ嶽親方で元横綱琴桜の鎌谷紀雄さん、弟弟子の琴欧洲と琴奨菊。みんなの笑顔がうれしかった。大関昇進をあきらめたときもあった。大関取りのかかった平成17年の名古屋。「最後のチャンス」という気合が空回りして負け越し「もう無理だ」。悔し涙に暮れる琴光喜を食事に連れ出して励まし続けたのが、佐渡ケ嶽親方だった。……闘志を呼び起こしてくれたのは、「やめてしまえ」という鎌谷さんの一喝だった。……伸び盛りの琴欧洲と琴奨菊というけいこ相手に恵まれてこその大関昇進だった。佐渡ケ嶽親方は「もう一つ上がある。横綱を目指してほしい」とはっぱをかける。……
7月26日 産経新聞

■一般紙の産経でも、琴光喜の大関昇進を師匠と同僚力士を材料にして感動的に書き立てていました。同じ日に、親方も知らない無断帰国をしていた朝青龍でした。

明徳くんの言い分 其の九

2007-08-06 10:59:11 | 日記・雑学
名古屋場所10日目……大関昇進を目指す関脇琴光喜(31)は横綱白鵬(22)を上手出し投げで破り、入幕後自己新の初日から10連勝。優勝争い単独トップに立った。……地元・名古屋とあって仕切っているときから琴光喜コールと手拍子。興奮のなか立ち合い、そして勝った。館内に舞う座布団。入幕後初となる初日からの10連勝に顔を紅潮させた。

■朝日新聞と毎日新聞が主催する甲子園の高校野球も、どれほど偽造されていても「地元」意識を刺激して全国的に盛り上がります。NHKの中継の無い地方巡業でも、「地元出身」力士が主役となるような演出が工夫されるとも聞きます。四股名にも出身地を織り込む相撲ですから、本当は地方巡業の方を相撲協会の活動のメインにしても良いくらいですし、国体のように巡業しながら各地に立派な相撲施設を作って歩くような「政治」も必要だったかも知れません。特に、バブル時代にはそのチャンスがたくさん有ったはずです。


……日大時代は学生横綱を含めてアマ27冠。将来は横綱と嘱望されて平成11年3月初土俵。しかし、過去大関とりは3度失敗。31歳。……師匠の佐渡ケ嶽親方(元関脇琴ノ若)は「(場所に入ってから)勝て、とは言ってません。死ぬ気で思いっきり相撲をとってこい」と毎日送り出している。これで場所前に北の湖理事長(元横綱)が、大関昇進の目安とした12勝まで2。九重審判部副部長(元横綱千代の富士)は「今日の勝ち方はインパクトがあった」と太鼓判を押した。……
7月18日 サンケイスポーツ

■師匠や他の親方衆からも応援して貰っている美談が並んでいます。日本人はこういう話が大好きです。さて、朝青龍に関して高校時代から今まで、師弟関係の美談が出たことが有ったのでしょうか?誰も「お前は一人で戦っているのではない」という当たり前の事を教えて上げられなかったのでしょうか?美しい師弟関係に相撲ファンが餓えていた事を、琴光喜の活躍で湧いている場所中でも、誰かさんは気が付くべきでした。


大相撲名古屋場所11日目……横綱朝青龍が大関昇進を目指す関脇琴光喜の快進撃を止めた。左四つ十分の体勢から豪快な右上手投げで土俵に転がし、琴光喜戦27連勝で1敗を死守した。横綱白鵬は関脇安馬の腰砕けで1敗をキープ。豊真将が大関魁皇に突き落としで敗れて2敗に後退したため、賜杯レースは朝青龍、白鵬、琴光喜が1敗で並走する混戦となった。魁皇は通算873勝目で、大鵬を抜いて単独史上4位に上がった。

■魁皇の大記録は目出度くもあり、横綱になれない故障続きの悲劇を思って残念に思う人も多いでしょう。肉体的な条件からすれば、とうの昔に横綱になっている逸材ですからなあ。どうやら、普通の握力計を握り潰すというのは本当らしいですからなあ。「優しい男」を大量生産した戦後の日本が悪いのか?


……横綱の意地を土俵にぶつけた。「横綱が2日連続で負けてはいけない。(琴光喜に)27連勝?土俵に上がれば鬼になるよ」。7日目夜から風邪で38度の熱を出し、8日目から1日2本の抗生物質の注射を打ち場所入り。この日も支度部屋へ引き揚げる通路で、しゃがみ込んで激しいせきをしたが「大丈夫。そんなこと新聞に書いちゃ駄目だ」と、平静を装った。自力で琴光喜を1敗に引きずり降ろし、賜杯レースを混戦に持ち込んだ。「優勝?相手の方がプレッシャーが高いはず。オレはこれから(調子の)ピークに入るよ」。元気な琴光喜に完勝した勢いで、3場所ぶりの優勝を奪い取る。
7月19日 デイリースポーツ

■何だか奥さんと子供を先に返したモンゴルに早く帰って休養したくなる朝青龍の気分が分かるような記事です。誰かが気を利かして、白鵬も横綱になったし、琴光喜が地元を熱狂させるまでになったのだから、特別ボーナスとして、「長い間一人横綱、ご苦労様でした」と一回だけは巡業を休ませて帰国させる事を進言していれば、何事も起こらなかったような気がしますなあ。「教育再生」を掲げている安部首相は、大急ぎで朝青龍を育てた関係者全員を調査して、「ダメ教師」のサンプルにした方が良さそうです。「褒めて育てる」理論が横行していますから、褒める事と放任する事とは別だ、という失敗例として使えそうです。このままでは、親方の大ちゃんは『横綱くずし』の本を書く事になりそうですからなあ。


大相撲名古屋場所千秋楽……優勝に飢えた狼が獲物を逃がすはずがなかった。朝青龍は立ち合い目にも留まらぬ速さで白鵬の胸に飛び込むと、瞬く間に左上手を引き、右を差した。間髪を入れずに怒とうの寄り。琴光喜敗戦の追い風に乗り、本割で賜杯をつかみ取った。……春、夏場所は白鵬にVをさらわれた。「初めての経験だったので、精神的にもかなり疲れた。乗り越えていかなきゃという気持ちだった。この優勝はうれしいよ」と、先輩横綱の意地と誇りを支えに苦境を克服した。満身創いだった。左ひじは曲げることができず、腰はマッサージで触れられるだけで激痛が走った。中盤戦からは風邪で38度の発熱。「体が万全じゃなかったからこそ、気持ちで相撲を取った。今日の横綱戦もこれが横綱同士の相撲だというものを見せたかった」と、目頭を熱くした。来場所は貴乃花の持つ歴代4位のV22が目標となる。「優勝できない朝青龍はらしくない。一生懸命けいこをして頑張っていくよ」。晴れ晴れとした笑顔で第2次黄金期を宣言した。
7月23日 デイリースポーツ

■こんな記事が載っていたのですなあ。「先輩横綱の意地」というのは、相撲ファンや相撲協会が期待している精神性とはまったく違う、打算と強烈なエゴから出て来る感情なのでしょうが、朝青龍はこの種の精神的エネルギーだけに支えられて駆け上って来たのでしょうなあ。横綱に推奨して認めた人達は、「いつかは分かってくれるだろう」と淡い期待を込めて、あれこれと暗示的な教えを垂れていたのでしょうが、結局、「勝てば良い」の限界を破って朝青龍を改心させる事は出来なったのでした。でも、この子供染みた狭量な「意地」によって、21場所もの間、横綱不在の相撲興行を打たずに済んだのは事実です。目に余る不祥事が起こった時に、「病気休場」を命じて反省させることも出来たはずなのですが……。協会の優柔不断と親方の無自覚が、本人を増長させてしまう誤解のスパイラルが進んで行ったのでしょう。

明徳くんの言い分 其の八

2007-08-05 17:44:26 | 日記・雑学
日本郵政公社「真っ向。『朝青龍関』篇」

P&G 洗剤製品「ボールド」

富士通 ノートパソコン「FMV-BIBLO LOOX T70M/T『横綱の上で』篇」

アサヒ飲料 缶コーヒー「WONDA モーニングショット『朝青龍』篇」

サントリー スポーツドリンク 「ゲータレード『MIX SPORTS』篇」
シャディ「朝青龍『スベスベ』篇」「シャディのお中元『流しそうめん』篇」

NTTドコモ「『朝青龍-だからわたしはドコモです』篇」

■一度も目にした事がない物も有りますが、郵政公社に始まってCMの雄が挙って朝青龍を起用している事は分かります。たしか、P&Gの洗剤CMでは、洗い立てのタオルに頬ずりして「母ちゃーん」と言っていたはずです。どこの国の男も同じだと言う楽しいCMでした。今回の帰国騒動の根っこにも、これが通底しているような気がしますなあ。さてさて、ここからは薄情で手前勝手な日本相撲協会のやり口を考察します。


大相撲名古屋場所8日目、横綱白鵬が豊ノ島をはたき込んで8連勝……場所のストレート給金は、1958年の年6場所制以降4人目で、90年秋場所の旭富士(現安治川親方)以来、17年ぶりとなる。関脇琴光喜も大関魁皇を寄り倒して8連勝し、悲願の大関とりへ大きく前進した。横綱朝青龍は高見盛を豪快なつり落としで退け1敗を堅持。平幕では豊真将が1敗を守った。

■今年の名古屋場所は久し振りに盛り上がったようです。朝青龍の時代が終わった事を証明する場所になるか?と変な期待が満ちていた場所でした。今の理事長が現役時代に「憎らしいほど強い」という珍しい褒め言葉が流行しましたが、朝青龍は違った扱いを受けています。何かの手本にしたくなる存在でもないし、相撲以外の話題で国民の心を癒したり元気付けたりする物語を持ち合わせない、自分一人の人生設計を遂行するために必至になっている、やたらに「強い」横綱です。


……白鵬は小兵・豊ノ島の動きを見ての立ち合い。相手の左ハズをまともに受けて体が浮くピンチを招いたが、強じんな下半身で持ちこたえ、すぐさま逆襲に転じる。強い突っ張りから左で相手の頭を押さえ込んでのはたき込みで、豊ノ島を土俵にたたき付けた。地力の違いを見せつけ、新横綱場所で見事なストレート給金。58年以降誕生した25人の横綱で4人目の快挙だ。その4人すべての土俵入りが不知火型。「攻め込まれたけど慌てなかった。(8連勝は)場所前から狙ってた。4人が不知火型?それは縁起がいいね」と、笑顔で振り返った。目指すは新横綱場所V。

■白鵬も、一時、マスコミの玩具にされて稽古不足と慢心で、黒星を重ねたことのある若い力士です。テレビCMの中には、日本の不良少年の扮装をさせられた酷い物もあったようです。そんな演出なら朝青龍の方が適役だろう?とファンから声が出たとか出ないとか……。


過去にこれを達成した横綱は58年以降大鵬、隆の里、貴乃花の3人しかいない。……この日発表された秋巡業のうち10月23日の愛媛県・今治場所では、大島巡業部長(元大関旭国)が「史上初」という今治城に向かっての土俵入りが行われる。同場所は今治城築城400年祭の目玉イベント。新横綱優勝で存在価値を高めた白鵬の土俵入りとなれば、地元は大いに盛り上がり、相撲界の人気回復につながる。常々、相撲界の人気を気に掛ける男にとっては格好の発奮材料だ。「でも(勝ち越しで)ほっとしちゃ駄目だよ」。勝っておごらず、白鵬が早くも大横綱の風格を漂わせてきた。
7月16日 デイリースポーツ

■久し振りに東西横綱が揃ったのは慶事なのですが、こんな書き方では朝青龍が居なくなってしまったような印象を受けます。真の実力を認められる暇もなく、促成栽培の間に合わせ横綱のような扱いを受けることになった朝青龍も、白鵬と同じモンゴル力士です。日本人の可愛いお嫁さんを貰った白鵬は、祖国での人気ががた落ちで、一方の朝青龍は、モンゴル人の奥さんと結ばれて我が子をモンゴル人として育てるために、単身赴任の不便に耐えているというので祖国での評判は上々とか……。これを日本側から見ると複雑なものが有るようですなあ。横綱=日本人という思い込みが消えないのなら、最初から有望な新人を海外から呼んではダメなのです。努力の結果、最高の栄誉と経済的な成功を納めて祖国に帰る横綱が出現する事を前提にしないのなら、門戸を開いては行けないのです。モンゴルの出世頭の旭鷲山が、祖国に一大コンツェルンを築いて政界進出も考えているのですから、格段の出世を遂げた朝青龍がそれ以上の成功を実現しようとするのは当然の事です。

■門戸を開いて国際化すれば、為替交換率の弱い貨幣を使っている国から出稼ぎに来て成功した力士は巨万の富を得られます。チャイナから不法残留労働者が減らないのと同じ理由ですが、こちらは外務省と文科省が保証する合法的な労働です。

明徳くんの言い分 其の七

2007-08-05 17:43:59 | 日記・雑学
亀田興毅、細木数子、島田紳助、堀江貴文とも親交が深い。特に亀田との仲が良いらしく、2006年8月2日に行われた亀田の世界タイトルマッチの際には応援に駆けつけ、勝利を収め喜ぶ亀田を肩に乗せて祝福した。細木とも仲がよく、2005年11月場所では、細木のロールス・ロイスを借りて、それで場所入りした。(輪島がリンカーン・コンチネンタルで場所入りしたことがあったが、ロールス・ロイスで場所入りする力士は史上初)。

■ちょっと癖のある灰汁の強い交友関係ですなあ。親方は親として、こんな人達と仲良くしているのを放置していたのは大問題です。たとえポーズでも、文化人や芸術家などとの対談をお膳立てするくらいの工夫を、親方が仕組んでもバチは当たりませんぞ!ろくな学士論文も書かずに角界入りなどすると、肝腎な所で国際交流でも相撲道でも、星を取り落とすのではないでしょうか?相撲協会のイライ人達の発想が貧困ならば、プロを雇えば済むだけの話です。


2006年11月4日、広島県廿日市市宮島の大本山大聖院にて仏教行事に参加していたダライ・ラマ14世を九州場所前であったが訪問した。これはモンゴルがチベット仏教国であるためである。

■北京が大好きなNHKですから、こんな心温まる大ニュースを一切報道しません。「個人的な信仰の問題」とか何とか、便利な言い訳をして逃げ切るのが常です。チベット仏教文化を切り捨てて、モンゴル文化を語れないことは知っているくせに、酷い話です。こういう行いが本国モンゴルでは横綱の「品性」を高める効果が絶大なのです。勿論、お布施を幾ら包んだのか?これこそプライベートな信仰の問題であります。


2003年3月場所3日目に旭天鵬に敗れた後、腹癒せに大阪府立体育会館の空調設備を破壊した。リハビリの為モンゴルで合宿をしていた朝青龍は専属トレーナー山崎泰央と共にざんばら髪のポニーテールで成田空港に降り立つ。協会より厳重注意。

■「厳重注意」にも、グローバル・スタンダードが必要なのでしょうなあ。最も分かり易いのが、罰金・減棒です。莫大な収入が採りあげられる今回の処分が、大変な効果を見せているのが何よりの証拠です。各不祥事ごとに、それに応じた金額でペナルティーを科しておけば、今頃はすっかり品格を備えた横綱になってるに違い有りません。


2004年7月場所後、高砂部屋で高砂親方と結婚披露宴の件で揉めた後に暴言を吐き、部屋の看板を足蹴りし、ドアを破壊しパトカーを呼ぶ騒ぎを起こす。

■勿論、ドンデモない不祥事ですが、預かってからの5年間、大ちゃんは何をしていたのでしょう?


2006年有馬記念のプレゼンターに登場する事が決まった際「私が好きな馬は風格があり、強さと気品があるディープインパクトです」とも言っている。

■農林水産大臣の監督下、全額国が出資する特殊法人のJRA(Japan Red Armyの略ではありません )が、騎馬民族の代表みたいなモンゴル人横綱を利用するのは、大変に結構な事です。優勝祝いに子馬の1頭もプレゼントすべきでしょうなあ。本人が天馬ディープインパクトの「風格と気品」に感動しているのですから、誰かが、「角界のディープインパクトになる方法」をじっくりと教えて上げれば良かったのでしょうなあ。でも、モンゴルの若者を引っ張って来た親方は馬に乗れない?困ったなあ。

明徳くんの言い分 其の六

2007-08-05 12:05:58 | 日記・雑学
2005年5月30日に亡くなった故・二子山親方(元大関:貴ノ花)の協会葬の時、ハワイに行って欠席。

2006年からは毎場所のように稽古不足が指摘されている。

2006年11月場所8日目、前場所で敗れた稀勢の里に蹴手繰りで勝ち、その場所で全勝優勝しながら場所後の横綱審議委員会で非難の声が続出。北の湖理事長も「横綱がやるような技じゃない」と批判。

■北の海理事長は、まるで観客か評論家みたいな発言をしています。スポーツ・ジャーナリズムはこの時にどんな非難を浴びせたのでしょう?趣味と名誉で集まっている横綱審議委員会も、その存在理由が無くなっているのではないでしょうか?自分たちが選んだ横綱が何をやっても責任も取らずに他人事みたいに「自己責任」を言い立てるだけなら、誰でも務まる閑職でしょう。NHKを私物化して追い出された人が逃げ込めるような組織なのですから、世間の「天下り批判」の対象にされるべきでしょう。


2007年3月場所、送り投げで倒した稀勢の里に膝を押し付けるような動作をして、テレビ解説者の元横綱北の富士勝昭が、放送中に苦言を呈した。

■横綱審議委員会の文句も、北の海理事長の「独り言」も、朝青龍には届いていません。それを知っているのに誰もモンゴル横綱に対する特別対応を考えもしていません。北の富士が放送中に何を言おうと、懸賞金の没収や減棒処分のようなユニバーサル・スタンダードの制裁を発動しない限り、朝青龍には何も伝わらないでしょう。


2007年5月場所、安美錦に負けて観客が座布団を投げた際、花道で座布団を蹴り、テレビカメラに向かって怒りを露わにして声を荒げる姿が放映された。

■この時も、理事長が親方と横綱を呼びつけた!というような話は報道されなかったようです。処罰を受けないのは、承認されているのと同義です。誰も「俺が分かるように言ってやる!」と宣言せずに放置していたのなら、揃いも揃って皆が給料泥棒か、間抜けな案山子だったという事です。


……高校野球強豪校の明徳義塾高等学校出身であるため、野球にも関心があり母校の応援を欠かさないのはもちろんのこと、ワールド・ベースボール・クラシックの準決勝・決勝を支度部屋でテレビ観戦し日本チームを応援していた。プロ野球は阪神タイガースの大ファン。

■本人は一流のアスリートだと自覚しているのでしょう。「巨人軍は紳士たれ!」「高校野球は精神修養の場だ!」などと、年寄りの妄想を押し付けている絵空事に付き合っている暇は無いのでしょうなあ。世界的な記録を残し、しっかり稼いで将来設計を立てている朝青龍と、組織に頼って暢気な老後を過ごしているような人達とは、対話をする回路が有りません。陰湿な圧力と脅迫に屈して「良い子」を演じ続け、大した業績を残さなくても北の海に取り入って、白鵬の親方になった人も居ますし、その人が奥さんではない人と寝床で「八百長」の裏話をしたとかしないとか……。そちらの方が相撲道を汚す厳罰対象にされて当然の話なのですぞ。

■そもそも、朝青龍が次々に打ち立てた大記録に関して、大リーグで活躍している日本人選手や、日本国内のプロ野球選手、それ以外のアスリート達の記録に対するマスコミの過剰報道に比べて、ひどく扱いが軽いような印象を受けるのは間違いなのでしょうか?八百長の存在を前提にしている証拠とまで考えては行けないのでしょうか?


2005年11月場所、朝青龍は前人未踏の七連覇、年間六場所制覇を達成。この時横綱は涙を流しマスコミでは大記録達成の涙と報じられたが、後に横綱はそれを否定、「あの場所、地元福岡出身の大関魁皇を観客のほぼ全員が応援している中たった1人、自分を応援している1人のファンと偶然目が合い、そして勝った瞬間にまた目があった。その人が泣きながらすごく喜んでいるのを見て、思わず涙が出た」と語った。

■これは本音を語っていると思われます。何だかんだと言っても、スポーツ必勝主義の私立高校の中でイジメが無いはずはなく、弱音を上手に表現する文学的素養が無いからか、シャイな負けず嫌いの性格なのか、どれほど来日してから苦労したのかを一般のファンには教えない朝青龍です。

明徳くんの言い分 其の伍

2007-08-05 12:05:35 | 日記・雑学
2007年1月場所。14日目に大関栃東をつり出しで下して、20度目の幕内最高優勝。大鵬、北の湖、千代の富士、貴乃花に続く大台に到達。20回以上の優勝は外国人力士では初の快挙。

■前年には優勝を逃して朝青龍時代の終焉を予感させましたが、しっかり盛り返しての優勝で、歴史に残る大横綱と片を並べます。優勝力士をの巨大な肖像画を飾る相撲協会ですから、業績=勝ち星、ですべてが決まると身に染みている朝青龍は、日本随一の記録を意識していたはずです。大リーグで記録に拘って頑張っているイチロー君と同じです。こうして並べた「大記録」が、ろくなライバルも居ない一人横綱の時代に達成されているのは驚異的な事です。「遅れず、休まず、働かず」は日本の役人ですが、「遅れず、休まず、勝ち続けた」のが朝青龍でしたなあ。さすがに疲れが出ていたのに、不思議に?誰も同情もせずに負ける朝青龍に喝采を送っていたりしていましたなあ。


2007年、2場所連続で優勝を逃す。大関戦4連敗。

2007年7月場所、千秋楽で約5年半ぶりとなる横綱同士の対戦で白鵬を破り、琴光喜との優勝争いを勝ち抜いて3場所ぶりの優勝を飾った。

■「5年半」も横綱対決が無かったのは朝青龍の責任では有りません!相撲協会の古い体質、親方株の増殖に伴う部屋の乱立や官僚化した協会の非効率性など、若い力士に寄生して偉そうにしている年寄りが多過ぎる事を、誰も指摘しません。その一方で、旭鷲山も朝青龍もモンゴルで立派に実業家としての実績を着々と重ねていたのですから、実に変な話です。パイオニアとしての旭鷲山もご苦労様でしたが、強い円をたっぷり稼いで無駄遣いせずに母国に投資して経営感覚を、相撲協会のエライ人達は勉強する必要が有ったかも知れませんなあ。朝青龍も目標の打倒旭鷲山計画を進めて、旅行・貿易会社のオーナー経営者でもあります。


ムキになると土俵際で過剰な押し出し。強引な張り手。

■「土俵際」まで勝負が続かず、客を馬鹿にしたは「たき込み」が多発したり、張り手と突っ張りしか芸の無い大関を放っているのは相撲協会ですぞ!少なくとも朝青龍の決まり手は、4割以上が「寄り切り」です。


懸賞を受け取るとき左手で手刀を切ることが、一部の横綱審議委員から土俵上の礼儀・作法上で問題を指摘された。

■この問題は重大なのですが、皇族が観覧する時にはしっかりと右手を使って見せたのですから、組織内部の誰かさんに対する嫌がらせだった可能性が高いですなあ。


2003年10月、病気を理由に稽古総見を休む。11月場所後に高砂親方に無断でモンゴルに帰国。親方に風邪をひいたと説明していたが、帰国の翌日の日本のスポーツ紙にアントニオ猪木と握手している写真が掲載された。日本で大騒ぎになったが、猪木のパフォーマンスの一環である。このとき着物でなくスーツ姿であったことが横綱審議委員から問題視され、高砂親方も注意したい旨の発言を行う。しかし、現役力士は着物以外禁止という内規はなく、70年代には力士のスーツ姿が雑誌に掲載されていた。

■元国会議員のアントニオ猪木さんにも困ったものですが、そんな投票行動を取る国民はもっと問題です。今回の「仮病サッカー」事件で巻き添えを食った中田ヒデ君と、この時のアントニオ猪木さんを比べてみるのも一興でしょう。否、モンゴルから来た朝青龍と、ブラジルから来たアントニオ猪木さんとを直接比較対照する方が面白いかも知れません。国会議員まで務めたアントニオ猪木に許される事が、どうして朝青龍には許されないのか?と開き直られたら財団法人の相撲協会はぐうの音も出ないのではないでしょうか?


2003年12月17日に亡くなった故・先代高砂親方(元小結:富士錦)の葬儀を無断欠席。

2004年7月、泥酔して部屋の玄関ドアガラスを破損。

■これは一門の内輪の話です。親方がどんな落とし前を付けたのか?小結だった先代と大関だった現親方、所詮は勝ち星と地位がすべてだ!と朝青龍が経験から学んだのを、誰が非難できるのでしょう?そんな時に「以心伝心」だの「師弟愛」などと持ち出すのは卑怯です。

明徳くんの言い分 其の壱拾参

2007-08-05 10:54:52 | 日記・雑学
……日本相撲協会は1日、夏巡業休場の診断書を提出しながら、母国モンゴルでサッカーに興じていた朝青龍の処分を決める緊急理事会を、両国国技館で開く。多数の理事が、横綱としては史上初となる出場停止を求めることが、31日までに判明。最終的には北の湖理事長が判断するが、秋場所の出場停止に加え、最大で6か月の減俸となることは必至だ。当の朝青龍は、入院はせずに通院加療することが決まった。……複数の理事、協会関係者は「協会、ファンを裏切る今回の行為は、横綱といえども厳正に処分しなければいけない」と異口同音に証言。横綱として史上初となる厳しい処分が、避けられない情勢に突入した。

■「協会、ファンを裏切る行為」は、今回が初めてではありません。本人も、どうして今回だけ大騒ぎになってしまったのかが、さっぱり分からないのかも知れませんなあ。


角界の看板であり、興行的にも目玉の横綱へ出場停止を突きつけるのは、まさに異例だ。ただ、巡業は本場所と並ぶ協会の重要行事。国技の屋台骨を支える行事の軽視と取られかねない軽率な行為は、許すことはできない。さらに、問題が発覚してから連日のように、ファンからの抗議や勧進元からの問い合わせが殺到。各方面に多大な損害と迷惑をかけたことを考慮し、最終的には北の湖理事長が厳正に判断する。

■八百長疑惑裁判と死亡事故疑惑、これから国民の支持が何よりも大切な時期ですから、相撲協会の組織防衛のためにも、泣いて馬謖(ばしょく)を斬る思い……でもないでしょうが、朝青龍一人を生贄にして世論に媚びているような、意地悪な解釈も可能なのでは?何だか赤城農水相一人に責任を押し付けて、自分は口先だけの反省を並べて総理に居座っている人にも似ていますからなあ。


「出場停止」という処分は、昨年の名古屋場所で露鵬がカメラマンに暴行を働いたことをきっかけに同10月、角界のルールブックといわれる寄付行為の罰則規定の第9章賞罰第95条に明記された。「解雇」「番付降下」に次ぐ厳罰だ。……月給282万円の減俸も濃厚。加えて夏巡業中のモンゴルへの帰国を阻止すべく、謹慎も科せられることも浮上する。弟子の監督不行き届きにより、師匠の高砂親方(元大関・朝潮)にも最大で6か月の減俸が下る見通しだ。……この日、負傷している腰と左ひじの再検査を都内の病院で受けた。疲労骨折と診断された腰ではなく、ひじの負傷が重いため、当初は入院する可能性もあったが、高砂親方は「診断の結果、ひじの手術の必要が認められなかったので、自宅で静養することに切り替えました」と発表。……師匠は最後に「本人が希望しても、モンゴルへの帰国は認めません」と強調していた。
8月1日 スポーツ報知

■この2日後に、精神不安定を理由にモンゴル帰国の話が出て来るのですから、協会側も右往左往しているのが分かります。医療には「セカンド・オピニオン」が付き物ですから、見立てが変わるのもよく有ることですが、痛み・症状・診断が混乱して、単純に「仮病」だと責めると、心が壊れてしまうのが生身の人間というものです。肉体の故障には疑惑が残りますが、国民的なバッシングに晒された孤独な横綱の精神的ダメージは本物でしょう。やはり、処分が遅過ぎる上に重過ぎるのかも知れませんなあ。


「仮病疑惑」がかけられている横綱朝青龍が、凱旋帰国の機会をはく奪される。日本相撲協会が、来年8月に予定しているモンゴル巡業の実施を再検討することが7月31日、分かった。朝青龍が巡業を軽んじる行為をとったことに対する「お仕置き」の意味合いが強い。……来年8月に計画していたモンゴル巡業が白紙に戻ってしまった。巡業の契約や企画、運営などの実働を担当する巡業部に所属し、モンゴル巡業を担当する武隈親方(58=元関脇黒姫山)は「騒動が沈静化しないと(モンゴル巡業実現の)そういう話にはならない。今まで以上に難しくなった」と明かした。

■このままでは、日本にもモンゴルにも居場所が無くなってしまいますから、朝青龍は絶望のどん底でしょう。大いに勘違いしていた栄光ではあっても、不名誉は勘違いのしようが無く単純な事ですからなあ。謹慎に耐えるのも大変でしょうが、それが明けた後、どんな顔をして横綱を務めれば良いのか?毎回楽しみにしているモンゴル帰国も、どんな顔をして行けば良いのか?自問自答は深刻です。


朝青龍が独り横綱として君臨し、白鵬(現横綱)が新大関に昇進した直後の昨年春、モンゴル巡業計画が浮上。会場などの問題で昨夏開催は見送られたが、今年に入って再度、機運が盛り上がっていた。武隈親方は、7月上旬にモンゴルのウランバートルに赴いて、会場となる2500人収容のモンゴル相撲会館などを視察。エンフバヤル大統領にも会って「両国の友好のためにも、ぜひ実現させてくれ」と頼まれたという。帰国後、何度もシミュレーションを重ね、理事会に提出するための報告書をまとめたばかりだった。

■「国技」を自称している大相撲には、国際文化交流の役割も有りますから、外国人横綱の問題が国際問題になってしまいます。もたもたしていると、朝青龍を嫌う感情がモンゴル人一般に対する変な感情になって、最後には「モンゴルの全部が嫌い」になってしまったら大変です。


……巡業部の中で「本場所とともに協会を支えている2本柱である巡業をなめている」「あんな横綱のために、モンゴルで巡業をやるのはばかばかしい」という声が噴出した。昨年5月の夏場所中に、朝青龍はモンゴル巡業実現を目指して関取衆に署名活動を行い、北の湖理事長(元横綱)に厳重注意を受けたことがある。「ぜひ実現させたいね」と、凱旋帰国を夢見ていた。……

■「一人横綱」らしい署名運動です。親方を通じてきちんと理事長から事前に許可を取るというコネクションさえ持たない、組織の中のハグレ者です。そんな横綱に頼り切って興行を打って来た協会の優柔不断が問題をややこしくしてしまいましたなあ。


……横綱は本場所を休んでも、翌場所の番付に影響することがないため、巡業部の中では「番付降下(大関降格)にすべきだ」との過激な声も挙がっているという。悲願だったモンゴル巡業も白紙に戻ってしまった朝青龍には、かつてないほどの逆風が吹きまくっている
8月1日 日刊スポーツ

■前代未聞、空前絶後、史上初の横綱降格などが行われたら、大相撲の伝統がめちゃくちゃになってしまいます。問題の根っこには国際化の失敗が有りそうですから、朝青龍と高砂親方だけを処分して済ませても、問題のタネはそのまま残ることになりそうです。外国人力士達を集めて、詳細なアンケート調査を実施して、早急に改善策を考えるべきではないでしょうか?伝統や仕来りに対する誤解や不満、結局は金銭目的の出稼ぎ格闘家が寄り集まってしまう危険を避ける方法を整理しておかないと、深刻な文化摩擦は解消できないでしょう。是非とも、ドルジ君が高校留学以来、見聞して理解した「今の日本」についての証言が聞きたいものです。

■社保庁のように、高砂部屋の「解体」でもしないと、今回の事件は収拾されないのかも知れませんなあ。新しい希望の星となった白鵬にも、不祥事続きの親方が付いているのですから、高砂親方どころではない大スキャンダルが噴出するかも知れません。そこでもモンゴルがキーワードになってしまいます。やっと面白い取組みが増えて来た大相撲なのですから、改善すべき事をさっさと片付けてしまう機会にしなければ、場所がどんどん荒(すさ)んで行くのでしょうなあ。オシマイ

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明徳くんの言い分 其の四

2007-08-05 10:49:11 | 日記・雑学
■相撲協会の公式サイトから引用します。

江戸時代の土俵の直径は、13尺(3メートル94センチ)でしたが、昭和6年(1931)4月29日の天覧相撲から現在の15尺(4メートル55センチ)となりました。土俵を広げた理由は「相撲独特の瞬間的勝負の醍醐味(だいごみ)を少しでも長く見てもらうため」と相撲協会は発表しています。なお、昭和20年(1945)11月場所(旧両国国技館)の1場所のみ進駐軍(G・H・Q)の要請により16尺にしたことがありました。

■「江戸時代の土俵」のサイズは、実際にはまったく一定していなかったそうです。巡業に行く場所に合わせて、サイズは臨機応変に大きくなったり小さくなったりしていたという話です。GHQがどんな理由で拡張を命じたのかは分かりませんが、進駐軍が大きくしろ!と命令した事を逆恨みして、今も土俵を大きくないのならば、愚の骨頂ですぞ。因みに、レスリングの試合場は、「直系9メートル」なのだそうですなあ。狭苦しい土俵の中で巨大な肉体がぶつかって、外に出ないように踏ん張りながら技を出せは、足首・膝・腰に過大な負担が掛かるのは当たり前です。当然のように故障者が続出して病院のリハビリ・センターのような風景が場所中に連続します。これは力士の個人責任ではなく、協会の無責任の問題でしょう。

■窮屈な土俵で無理な体勢を強いられて満身創痍になって実力を発揮できない力士達の中で、朝青龍は驚異的な「連続優勝」を続けましたが、それ以前に一人横綱として「連続出場」しているのですから大したものです。「3年半21場所」というのは新記録だそうですが、これを破る横綱は出て来ないでしょうから、朝青龍の名前は相撲界の大恩人として記録されねばなりません。たとえ、どれほどの不祥事を起こそうとも、刑事犯罪でもない不良少年の悪戯並の不行跡なら、本人を責める前に周囲で傍観放置していた多くの「大人」達の責任と無能を大いに議論して検証すべきでしょう。横綱の不祥事は連続していて、その中の一人が朝青龍なのであって、これまでに相撲協会が生み出したすべの横綱が立派で、朝青龍だけが唯一例外的に行儀が悪いのではないのですから、議論が逆立ちしているとしか思えません・

■最初のマスコミ報道が、もしも、サッカーをしている朝青龍ではなく「親方と相撲協会」の管理責任を糾弾するものだったらどんな展開を見せたでしょう?確かに、朝青龍は短気なやんちゃ坊主そのもので、不行跡を続けていました。しかし、商売を優先して黙認していたも同然の「大人」達の責任がさっぱり見えてこない経過を辿って来たのでした。15歳の時に少年の部で優勝しているドルジ君はモンゴル国内でも有名で、プライベートな事も多くの人に知られています。現地で聴いた話では、「左手で懸賞金」など、日本での悪戯は知られていて、彼ならやり兼ねないと皮肉に笑っている人が多かったようです。政府要人が並んで観戦するナーダムの相撲大会に比べて、日本の大相撲が「大甘」だと思われていた節も有りますぞ。モンゴル人が行儀が悪くて、日本は礼儀作法を守っているなどと、単純に考えるのは危険でしょう。礼儀作法が存在しない場所など何処にも有りませんし、自分達だけが礼儀作法に厳しい文明国だと勘違いするのは、どこかの国をよく見ればその馬鹿馬鹿しさと偽善性が分かるはずです。


2003年7月場所5日目。旭鷲山戦で、軍配が朝青龍に上がったものの、相手のまげをつかんだとして、勝負審判の協議によって史上初の横綱の反則負け。

■この前代未聞の「反則負け」事件に対する処分は無かったも同然だったようです。モンゴル政府主催のチャリティー・サッカーに参加しても相撲の品格は傷付きませんが、横綱の「反則負け」は大事件のはずなのに……。


2004年1月場所・3月場所で2場所連続全勝優勝(30連勝)。5月場所、7月場所、通産4場所連続優勝。

2005年11月場所では、2004年11月場所からの7場所連続優勝(従来は大鵬が2度記録した6場所連続優勝)、年6場所全制覇(従来は1966年の大鵬、1978年の北の湖、1986年の千代の富士の年5場所)、年間成績84勝6敗(従来は1978年の北の湖の82勝8敗)と、3つの記録を更新。

■「反則負け」をまったく咎められないまま、歴代記録を次々と破って優勝を続けたのですから、「勝てばすべては許される」と思わない人間は居ないでしょうなあ。理事長北の海の記録も破ったのですから、朝青龍の心の中に何が生まれたか、ちょっと想像してみましょう。既に、大関止まりだった親方を軽蔑していたのは有名な話です。

明徳くんの言い分 其の参

2007-08-04 21:13:27 | 日記・雑学
帰国治療プランが浮上する中、平石医師が高砂親方と会談。平石医師は左ひじと腰の負傷は順調に回復しており「肉体的には8月下旬にしこが踏める」と明かした。一方で焦点の心の帰国治療について「謹慎処分もありますから、まずは自宅での治療を優先させたい」と明かしたが、親しい知人は「今はいつ相撲への気持ちがキレてもおかしくない」とうめく。自宅治療が限界に達した時、引退か帰国治療か。運命の分かれ道が朝青龍に訪れる。
8月4日 スポーツ報知

■先日、皇太子がモンゴルを公式訪問されて、ナーダム祭りを興味深く御覧になり、朝青龍の良心とも親しくお話になったばかりだという時に、「サッカーをやっていた」の一報から相撲協会はパニック状態に陥って対処法を誤ったとしか思えません。皇室の立場はどうなるのでしょう?テレビや新聞で常に顔を見ている横綱なので、多くの日本人は身近に感じているのでしょうが、そこには相手を理解しない無神経な誤解も潜んでいそうです。


朝青龍 明徳(あさしょうりゅう あきのり、昭和55年(1980年)9月27日生まれ。モンゴル国ウランバートル市出身。第68代横綱。本名(ドルゴルスレン・ダグワドルジ)。高砂部屋所属。愛称はドルジ。

■ちょっとした相撲ファンならば、この程度の知識は持っているのでしょうが、マスコミを通して我々が観ているのは虚像だという点を忘れては行けません。彼の出身地であるモンゴルについて、どれ程の知識を日本人が持っているのでしょう?チンギス・ハーンを主人公にした大作映画を現地で撮影して、友好関係が醸成されるかと思いきや、あれこれとトラブルが起こった上に、最終的には大顰蹙を買ってしまったのは極最近の事ですぞ。


明徳の名は出身校である明徳義塾高等学校に因む。朝青龍というしこ名は同校の近くにある四国霊場三十六番札所青龍寺にちなんで名づけられた。身長184cm、体重148kg。得意技は左四つ、寄り、突っ張り。星座は天秤座、血液型はO型、趣味は音楽鑑賞。特技は乗馬。

■モンゴル人の「特技」が乗馬とは、何とも間が抜けた情報ですが、ドルジ君は日本の高校に「留学」目的で来日している点をもっと重視した方が良いと思いますなあ。結局は「中退」して角界に入るわけですが、モンゴルでの学歴を勘案して文科省は「卒業」資格を認定しているのだそうです。これは、最近も大騒ぎになった高校野球と「教育」との矛盾と同根の問題を孕んでいます。ドルジ君は、本当に日本の高校を卒業したと言える知識と教養を身に付けていたのか?母国のモンゴルは、清朝崩壊以後、ソ連と中華民国と大日本帝国とが入り乱れて争う戦場となった歴史や、ソ連の次、つまり世界で二番目に誕生した社会主義国家だった事をどれほどの日本人が知っているでしょう?

■独自の縦書き文字を持っていたのに、ロシア(キリル)文字の表記に変わり、ソ連製の教育が長く続きました。ソ連崩壊によって大急ぎで近代化に着手したばかりの国ですから、教育も混乱していますし、貧困によって初等教育が整ってもいません。そういう国から若者(高校生)を預かって、1年ほど高校に在籍しただけで入門させた角界には、「教育機関」としての責務が有ったはずです。それに加えて、ドルジ君が最初に体験した高校生活の場が、日本名にもなっている明徳義塾高校です。野球ファンならば、この学校の名前を聞いて直ぐに1992年(平成3年)の甲子園を思い出すでしょう。1試合に7打点を叩き出し、2試合連続本塁打の大会記録を出した化け物松井君の姿も思い出すでしょう。2回戦の対明徳義塾戦で起こった「5打席連続敬遠」という前代未聞の大事件は、高野連が急遽記者会見を行うほどの社会問題になったのでしたなあ。明徳義塾高等学校の馬淵監督は星稜高校の練習を見て、『高校生の中に一人だけプロの選手が混じっていた。』とのコメントを残しています。

■ドルジ君が朝赤龍と一緒に明徳義塾に入学したのは、その5年後、
1997年の事です。あの「5打席連続敬遠」問題はどんな解決を見たのでしょう?勝利至上主義=金銭問題、この疑惑を中途半端に片付けたからこそ、「特待生」問題が起こったのではないでしょうか?来日の2年前、15歳のドルジ君はナーダムの相撲少年の部で優勝しています。国家的な栄光をつかんだモンゴルの少年が、「5打席連続敬遠」も辞さない日本の高校で、一体、何を見聞して学んだのでしょう?卒業を待たずに、在籍2年で「中退」させた相撲協会と、それを「卒業」に変更して見せた文科省の教育責任はどうなっているのでしょう?


2001年に新入幕。翌年9月に初のモンゴル出身の大関に昇進。、同年11月場所、翌年1月場所に連続優勝。第68代横綱に昇進。

2003年11月場所に第67代横綱武蔵丸が引退。

2007年7月場所に白鵬が第69代横綱に昇進。

■約3年半(21場所)という異様に長い一人横綱興行を、ドルジ君は支え続けました。日本人力士の不甲斐無さをなじる声も有りますが、ハワイ勢の来襲ばかりでなく日本人の体格も大きくなっているのに、歴史的な根拠など何も無い狭苦しい土俵サイズを墨守している事が、力士たちに無理な姿勢を強いているに違いないのに、誰も「変更」を提案しません!土俵の無いモンゴルの草原からやって来た若者は適応するにの大変な苦労が有るでしょうが、体が大きくなっている日本人力士も同じように苦労しているのは取組みを見ていれば分かります。

明徳くんの言い分 其の弐

2007-08-04 21:12:43 | 日記・雑学
■入門者が激減したら相撲業界は衰退の一途を辿りますから、人材を海外に求めるて組織防衛を図ることになりますが、何だか嫁不足に悩む過疎の農村が東南アジアにお嫁さんを求めたり、工場や建設現場の単純作業や農作業などに怪しげな研修生を引っ張り込んでこき使っている人達と、天下の相撲協会が同じ動機で動いているようにも見えるのは悲しいのですが……。さて、朝青龍の件です。

2場所出場停止などの厳罰でノイローゼに陥った横綱・朝青龍(26)=高砂=について母国モンゴルで心の治療を施すプランが3日、浮上した。朝青龍の看病をしている関係者が明かしたもので、回復には母国での静養が一番の治療と判断。主治医の平石貴久医師と相談し今後、師匠の高砂親方(元大関・朝潮)に打診する。また、この日、平石医師が両国国技館で高砂親方に処分が下ってから初めてけがと病状を報告。精神安定剤に加え睡眠導入剤の服用も判明した。

■先送りしていた問題が一挙に噴き出してしまった朝青龍の「仮病サッカー事件」です。事件の経緯は後で整理しますが、相撲協会の動きに関して、マスコミの煽動に乗った民衆の怒り?が暴走して、真の責任問題は横に置かれてモンゴル出身の横綱一人を責めさいなむ騒動になってしまいましたなあ。こんな事をやっても、誰の得にもなりませんし、相撲自体が発展することにもなりますまいに……。


衝撃のノイローゼ発覚から一夜明け、朝青龍の心は依然として揺れ動き続けた。面会した知人によると相変わらず「やめたい」「頑張る」と秒単位で感情が激変。さらに「言葉数が少なくなった」とふさぎ込む状態へ悪化しているという。高砂親方も「携帯にかけても呼び出し音が鳴らない」と明かす。悪化の一途をたどる状況に周辺側近は今後の治療方針を緊急協議。結果、モンゴルでの帰国治療の許可を高砂親方へ求めることで意見が一致した。

■最初は、「謹慎」というより「軟禁拘束」を命じて溜飲を下げたように見えた相撲協会ですが、いくら白鵬というスペアが手に入ったからと言って、恩を仇で返す様な仕打ちはイカガなものでしょう?商売上、「どうしても横綱が必要だ!」と思い込んでいる相撲協会のお歴々の「品格」は問題にされていないのが奇妙です。これまでも、変な横綱を作っては騒動を起こして疑惑の廃業を繰り返しているのに、まったく学習効果が上がりませんなあ。


関係者は「横綱にとって一番、安らぐのがモンゴルの空気に触れることだと思う。謹慎で帰国が認められていないのは分かっていますが、今の状態だと気持ちが切れてしまう」と訴えた。妻・タミルさんは今後、来日の予定はあるが現時点では2人の娘と息子の教育のためモンゴルを離れられない事情を抱えている。家族と離れながら日本で治療を続ければ、引退の決断は時間の問題と周辺は危惧(きぐ)する。最悪の事態を回避すべく今後、主治医の平石医師と相談し高砂親方へ申し入れる意向だ。

■モンゴル人としての人生設計をしている朝青龍を、横綱だからという理由で日本人と同じ扱いにしている事には問題が無いのでしょうか?横綱は必ず「親方」になって、奥さんは部屋の「お上さん」になるのなら、子供たちも自動的に「日本人になる」事になってしまいます。何だか、それが当然だとする空気が日本中に流れているのが心配ですなあ。プロ野球選手の待遇とは余りにも違う扱いをする日本人の感覚を、外国人力士達は理解しているのでしょうか?相撲がそのまま「亡命」になってしまうようでは、人材は得られなくなるでしょうし、相撲界も混乱し続ける事になりますぞ。相撲協会の見識と思慮が足りなかったのではないでしょうか?


8月1日に下された謹慎処分は九州場所千秋楽の11月25日まで自宅、部屋、病院以外の外出は特別な事情がない限り禁じられている。高砂親方は治療帰国について「それよりもまず、心を安定させ記者会見することが先決だ」とはねつけた。ただ、治療のための帰国なら「特別な事情」が適用される可能性はある。北の湖理事長は「医師の考えは優先する必要はあります」と診断書が出れば配慮する考えを示した。

■そんな理由で帰国したら、二度と日本には戻って来れないでしょうなあ。そんな屈辱に耐えてまで相撲を取り続ける動機も必要も朝青龍側には無いはずです。事態が急変してから相撲協会は問題の所在に気が付き始めたのかも知れませんが、手遅れです。

明徳くんの言い分 其の壱

2007-08-04 21:12:15 | 日記・雑学
■財団法人の日本相撲協会は1925年(大正14年)の12月に設立されたのだそうです。当時は、国名に合わせて「大日本相撲協会」になっていました。今の第55代横綱北の湖敏満さんが第9代です。何と、初代の理事長は陸軍主計中将の広瀬正徳で、敗戦までは理事長の上に会長が居て代々軍関係者が務めたのだそうです。天皇賜杯の存在が財団法人の認可に関係していたらしいですなあ。「国技」という呼称は皇太子時代の昭和天皇との深い関わりから出ていることになります。設立の2年後に、大阪に有ったもう一つの相撲協会と合併して統一番付が作られていますから、正に昭和という時代と共に相撲協会は育って来たということになります。

■それほど相撲に詳しい訳でもないし、特に歴史を研究した事も無いですが、遠い昔に生まれた宗教的な儀式に含まれていた格闘技が発祥とされているようですが、江戸時代に今の相撲ビジネスの原型が整ったと言って良いようです。「勧進相撲」という様々な目的を持った資金集めの興行です。つまりは、圧倒的な膂力(りょりょく)を商品としたパフォーマンスで稼ぐ商売なので、プロレスや各種格闘技商売と同じようなものだったわけです。文化人類学的には、太古の昔に作られた豊満な肉体を具象化して生殖を神聖視した原始のヴィーナスにつらなる、豊かな乳房と妊婦さんのお腹、それが男性の肉体に実現している不思議さが人間の深層心理に共鳴現象を起こすという解釈も有るようですなあ。

■神社仏閣でのお祭に相撲興行が深く結び付いているのも、こうした根っこが有るからとも言われているようですし、今も土俵上が女人禁制とされているのも、現実の女性とは違う純化した宗教的イメージが重視されているからとも解釈されているようです。そんなややこしい理屈は兎も角として、相撲が興行として発展して来た歴史が有る以上、裏社会との関係やら八百長疑惑やら、品格だの武士道だのとは違う要素が絡まり合っているのも当然なのでしょう。

■力士の戦闘力に関しては、幕末の長州で高杉晋作によって結成された「奇兵隊」の中に「力士隊」が入っていたり、明治維新以後の近代国家建設に欠かせない兵士の育成にも相撲は一種の戦闘術として研究されたり、戦意高揚にも利用されたようです。横綱の土俵入りで儀式化された四股は、元々は地震を起こす地下の悪神を鎮圧する意味が有るそうですから、空はカミカゼが守る一方で、大地は力士が踏み固めて守っているという「美しい日本」の構図が見て取れます。時代に応じて存在意義を変えながら、相撲は存続発展して来たのですから、伝統と時代の変化という二つの要素が鬩(せめ)ぎ合うのは当然なのでしょうなあ。グローバル化の時代だと言われれば、相撲は逸早く外国人力士を導入しているのも、その一端という事です。

■戦後の栃若時代直前には、横綱が4人もいたそうですから、場所はいつも盛り上がっていたのでしょうなあ。大鵬・柏戸がテレビ放送との相乗効果で大相撲は黄金期を迎えました。それからは下り坂で、ハワイ出身の高見山に続いてハワイ力士が続々と上位で活躍する時代になるわけで、巨体のパワーが技を競う伝統的な相撲を一変させました。千代の富士から短い若貴ブームが去る頃には、各部屋の外国人力士の人数制限が決定したのにハワイには何の連絡もしなったそうです。要するにハワイ勢を駆逐する陰謀だったようで、その隙間に入り込んだのがモンゴル相撲の腕自慢達でした。今では12カ国から50人以上が来日しているそうです。日本国内でも、水泳出身の先代貴乃花が居ますし、柔道出身の力士も居ましたから、外国からアメフト出身、レスリング出身、モンゴル相撲出身、サンボ出身の力士が参加して、ますます異種格闘技の様相を呈して行くのは避けられません。

■表向きの「国際化」に隠れているのが、人材不足です。安全第一思考が行き着いた子育てが、日がなスナック菓子を食べながらテレビ・ゲームに熱中するヴァーチャル遊戯なので、空き地や原っぱも無い都会に集まった人達の子供は、相撲を取って遊ぶことが無くなりました。それはキャッチ・ボールが出来る環境が消えたのと同じ現象なのですが……。大学相撲部が力士の供給源として重要な役割を演じていた時代も終わったようで、これも安全第一思考なのか、角界入りには躊躇する選手が随分と増えたとも聞きますなあ。伝統に則った仕来りの厳しさと過酷な競技内容と、人生の選択としてはリスクが高過ぎると思われるのでしょう。幕内力士になれずに挫折した後を考えると、学生相撲を引退したら大急ぎでダイエットに励んで体育の教師などの職業に就くのも合理的な選択です。

中国の特色あるサッカー 其の参

2007-08-04 09:09:55 | 日記・雑学

中国遼寧省の瀋陽で1年後の北京五輪のプレ大会として3日夜行われた男子サッカーのU―22(22歳以下)代表による日本対中国の試合終了後、中国人観客が日本人観客の一部に紙コップを投げつけ、集団で罵声(ばせい)を浴びせる騒ぎが起きた。けが人は出なかったが、日本人観客が一時、場外に出られず、スタンドで待機した。

■これが北京五輪の「プレ大会」だという点が重要です。本番ではもっと凄い事が起こります。日本の選手団は薬品・食糧・水を全部「国産」を持ち込まねばなりませんし、移動中の機内食なども油断がなりませんし、空港から宿舎までは不思議な交通事故に警戒を要します。試合までは宿舎を出ずに、友好だの交流だのという馬鹿馬鹿しい妄念は捨てて身を守るべきでしょう。


会場の瀋陽五輪体育場に集まった中国人観客は5万人。日本人観客は約100人で、うち9人がゴール裏手で日の丸を掲げて応援していたが、試合終了と同時に9人に紙コップが次々と投げつけられた。さらに、スタンドからの出口通路に100人以上の中国人が殺到、中国国旗を振り回しながら、「小日本(日本に対する蔑称(べっしょう))」などと叫んだ。9人は公安当局の車でホテルに送られた。
8月4日 読売新聞

■こういう国に莫大なODAや各種の援助をしている日本という国は実に間抜けに見えますなあ。是非とも、自民党の河野親子や二階さんなどを「応援団長」に祭り上げて、このような試合の会場に引っ張り込んで「勉強」して頂かねばなりません。加藤紘一さんでも結構です。


……6万人収容の瀋陽五輪スタジアムが中国カラーで真っ赤に染まることはもちろん、審判団が全員中国人であることも分かった。満州事変の発端となった土地柄もあって、通常のアウェー以上の過酷さは必至だ。……
〈1〉審判 今大会の全試合で主審と副審、第4審判はすべて中国人。賞金のかかった国際大会では極めて異例だ。すでに反町康治監督(43)は選手にも通達済み。……
〈2〉大観衆……今大会はプレ五輪と位置づけられ、注目度が高い。6万人の中国サポーターが「加油(ジアヨーで頑張れの意)」を大合唱しそうだ。瀋陽は1931年の柳条湖事件から満州事変が起きた土地。それだけに反日感情が強く日本への大ブーイング……

■瀋陽は昔の奉天で、町のインフラは日本が作ったものばかり。満州事変に関しては、清王朝と中華民国の関係がややこしいので、当時は影も形も無かった今の中華人民共和国が「正しい歴史認識」を振り回しても、それは歴史の曲解でしかありません。とは言っても、徹底的に「正しい歴史認識」教育を行っているので、試合場に集まった6万人の思考は統一されています。その上、学校や職場単位で動員が掛けられている可能性も高いので、ブーイングや嫌がらせは推奨されていたとも考えられます。各グループの責任者が「採点・記録」をしていても不思議ではありませんなあ。


〈3〉嫌がらせ 日本は1日の会場への移動バスが北朝鮮ロッカーの入り口で止められ、逆サイドの日本ロッカーまで全員が荷物を持って歩かされるハメに。食事の際にも少し残して放っておくと、完食したものと思われ、すぐに撤去されてしまう。
〈4〉……スタジアムへ入るゲートでは金属探知機で公安が持ち物チェックを徹底。ペットボトル、傘、ライターの持ち込みは禁止。筒状の容器のポテトチップスすら取り上げられる。さらに日本人サポーターの“命”ともいえる応援道具の太鼓も没収。だが、中国人は基本的にチェックが甘く、持ち込み可。
8月3日 スポーツ報知

■神経戦にも備えなければなりません。ばらばらにして複数の人間が会場に持ち込み、現場で組み立てられるような「秘密兵器」の開発も必要かも知れませんなあ。何よりも、サッカー選手を見習って、不正行為を仕掛けられたら、大仰に騒いだり倒れて見せてアピールするのも良い方法かも知れません。表向きは「行儀を良くしよう」運動を展開している北京政府ですが、その裏では手段を選ばずに金メダルを掻き集める作戦も進められているでしょうから、こちらにもそれなりの覚悟と準備が必要でしょうなあ。本当は参加しないのが一番なのでしょうが……。

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中国の特色あるサッカー 其の弐

2007-08-04 09:09:21 | 日記・雑学
22日からは北京五輪アジア最終予選が始まる。4カ国が1枠を争う最終予選では、アウエー3試合はいずれも厳しい状況での試合が予想される。その予行演習をしたと考えれば、引き分けという結果は決して痛くはない。主将の西川が「みんなで踏ん張れた」と満足感を口にすれば、梅崎も「完全アウエーでやれたのは貴重な経験」と前向きにとらえていた。
8月4日 スポーツニッポン

■問題は「アウエー」ではなくて、「チャイナ」という場所に有りそうですなあ。本当に来年の北京五輪が楽しみです。何が起こるか分かったものではありませんぞ。


……試合後の、安田理大(G大阪)のコメント。
「(ホームの中国寄りの判定やスタンドの反応について)やっぱりか、と思いました。反日感情があると聞いていたので。さすがにひどかった。ただ、こういう経験をしたことがプラスです。判定は予想以上。アウエーだし仕方ない。……点を取れなかったのは、何かが足りなかった。でも最終予選はもっと厳しいと思うし、いい経験になりました。過去のサッカー人生でここまでの判定はなかった。蹴られたところは大丈夫です。こっちも結構やったったんで。あからさまにはやらないですけど、ハードなところはハードにやった。……

■安田君は精一杯の虚勢を張っているようにも思えます。まあ、「法治」ではなく「人治」の国という所を体感したのは収穫だったでしょうなあ。そこは人が法に従うのではなく、法が特定の人に従うのです。サッカーのルールも例外ではありません。サッカーの試合のような外見に騙されては行けません。記事を読む限り、これはサッカーの試合ではありません。まるで、豚肉風味のダンボール紙の煮付けですなあ。


引き分けられて良かった。こっちが体を入れてディフェンスしたら、笛が鳴る。相手は汚いプレーをしてくる。そういう中で90分通して勝つことを意識していました。向こうの方がダメージが大きいでしょ。勝たなあかんでしょ、この状況で。向こうの方が痛い。

■正しい指摘です。勝利は絶対です。手段は選びません。勝てば良いのです。理屈は後で考えれば良いのです。実質的な敗北ですから、見っともないこと夥(おびただ)しいのですが、きっと、あちらでは「日本は卑怯な試合をやった!」「中国が常に圧倒していた!」と精一杯の負け惜しみが飛び交っているのでしょうなあ。でも、日本のチームが弱い事は認めねばなりませんぞ。フェア・プレーや上手なサッカーと、勝てるサッカーはぜんぜん違うものです。形に拘らずに猛然と相手ゴールに襲い掛かる野性に欠ける日本のサッカーが世界を征することは無理でしょう。熱心に練習すればするほど、日本型のサッカーが上手になるだけです。間も無く、本当の「中国の特色あるサッカー」が完成するでしょうから、その時にアジアのサッカーが大きく変化するかも知れませんなあ。


(君が代へのブーイングは)北朝鮮戦でもあったので、あまり気にならなかった。僕は観客のブーイングは気にしませんでした。それよりも選手とか審判に腹が立った。でも、その中でやらないといけない。まあ、向こうは全部ファウルやったですけどね。激しいプレーをしてくるから、中盤でシンプルにはたいて、クロスを入れる。そういうプレーをしようと思いました。持ち味は強引に突破したり、激しく守ったりする部分だけど、それをやっちゃうと今日はやばいかなと思いました。次も出たいです。体力には自信あります。次(ボツワナ戦)は勝って、優勝して日本に帰りたいです」
8月4日 スポーツナビ


無法者を正義で圧倒するにも、やはり力が必要です。ですから、1点でも取って相手に誤魔化しが効かない敗北感を味わわせねばなりません。不正なレッド・カードを覚悟して目にものを見せる闘志が必要でしたなあ


……試合後の、菅沼実(柏)のコメント。

「もっとやらなきゃいけなかった。こうなること(ホームの中国寄りの判定になること)は言われて分かっていました。決めるところを決めていれば、もっといけたと思います。勝たないといけないです。ふくらはぎは両足痛い。鼻は前折れたところで、分からないけど、やってる(痛めている)かも。ブーイングは気になりませんでした」
8月4日 スポーツナビ

■負傷までしているのですから、何が何でも1点をもぎ取らねばなりません。不正に対する怒りに燃えても勝てないという事は、やはり弱いのです。不正を重ねながらも敗北したという体験を、このような相手には何度もさせねばなりません。