口を開けば寒いという言葉が出てきます。
寒すぎ!!
それなのに諏訪湖の御神渡りはできませんでした。
「明けの海」は4季連続。
室町時代の1443年からの明けの海は76回(不明の年は除いて)。
そしてこの半分は昭和以降。
温暖化とひとくくりにはいえないでしょうね。
私たちの生活が変わったからなのではないかしら。
お湯を使うようになりましたよね。
それだけでも水温が上がるものね。
氷の状態を早朝観察する宮司さんと総代の皆さんの映像がここ1月ばかり度々映像で流れました。
私の中で宮司さんは、もうお隣サンレベルになりましたよ(笑)
お疲れ様でした。
午前、義母に長い手紙を書きました。
急遽老人ホームに預かってもらっています。
私の骨折のとばっちりで、何が何だかよくわからないままに、ショートスティからの移動でした。
夫が説明していますが、なんたって骨折した私の姿を見てもいませんからね。
やっと手紙を書く気力が出ました。
おやつや飲み物と共に、10年ばかり前、みんなで旅行した時のミニアルバムも添えました。
少しは気晴らしになるかもと。
そして今日は頑張って、書きかけのエッセーを2回分仕上げて仲間に発送しました。
12月、1月と会が開けていません、皆さんの分はいただいていたのです。
これでとりあえず肩の荷が下りました。
宿題が残っているみたいで落ち着かないですね。
暮から作り始めていて、完成間際だった「つるし雛」の飾り物。
これは手持ちの布を減らしたくて、自己流に作ったもの。
建具の小障子に夫に障子紙を貼ってもらい、そこに貼り付けました。
梅の花をイメージしたから、この季節に飾りたくて。
玄関が華やかに、一足先に春が来ました。
これも宿題の完成かな。
この手まだカツトした布はあるけれど、とりあえずあとはもっと元気になってから。
まだまだみんなに支えてもらっての日々だからね。
お読みいただきありがとうございました。
ブログランキングに参加しています。お帰りにポチッとしていただけるとうれしいです
いつもありがとうございます。
胸中お察しします。
義母に自分の今の思いをつたえることができてホッとしています。
いずれわが身の行く道ですもの。
美恵子さんは多分 クマは完璧な介護をしたのかな?と思ったのではないですか
誰も天使にはなれません、感情もあります^^;;完璧などまったく無理です
クマは、旦那は100%義母の味方でしたから、
孤独で、うつ病になっての介護だったので辛くて、
死ぬ手前まで行きました
自分の物差しで自分なりの努力をしたので後悔はないのです
義母の最期、クマを見てフフと笑ってくれたのです^^
お手紙を届けて、今までの気持ちを解ってくださったら、すごい事ですね^^
いつかは・・届きますように
みなさんの介護のご様子を拝見すると、しっかり介護されていて、私にできるかなと思つていました。
くまさんの自分の物差しの言葉を見て、救われました。ここ1月ばかり義母と一緒にいません。嫁をしなくてもいいというのが、精神的に解放されている自分に驚いています。48年は長かったですね。痛みと引き換えの今の時間です。