昨今、赤ちゃんをおんぶしているお母さんを、とんと見かけなくなった。
20年前のヨーロッパ、みんな乳母車で一様に口乳首のようなものをくわえさせていた。民族の違いだあーと思っていたら、急速に日本でも同様になったようだ。
その昔大阪の千日デパート火災で、多くの方が亡くなられた。その時子供連れのお母さんが、逃げ惑いながら、わが子の手と思って握っていたものは履物だった、という悲痛な経験談を読んだことがあった。
おんぶしていたら・・・とその方は語っていたのだろう。私が子供を持つ時代は首が据われば、背負うものと相場が決まっていた。そうでないと家事も仕事もできなかったし。
また子供を寝かしつける時は最高の方法だった。
子供を連れて外出する際は、かなり大きくなるまで、必ず持参し枕元において寝たものだった。これはまさしく千日デパートの教訓からだ。
しかしおぶわれたことのない子どもは、物心つくようになっておんぶしょうとすると、とても嫌がる。
下の孫が生まれる時、2歳の孫を預かった。おぶって寝せつけようとすると、ろくに回らない口と手まねで、おぶわれることが嫌だという。
子供も1人のうちはいいが、2人ともなると、外出時それはそれは大変だと思う。幼い方を背負えば、上の子の手をひくことができるが、下の子がベビーカーだと、上の子は手放し状態となる。
背負っていた私たちの時代の方が、外出ももっと楽だったし、活動範囲も広かったような気がするけれど・・・・これは単なる年齢のせいかな。
それにしても「おんぶにだっこ」という言葉は・・・・近い内に死語になるかもしれない。
少子化でおんぶが無くなったのか、おんぶしないから少子化なのか、核家族が増えた今、まんざらの考察でもあるまい。
いずれ「全部おんぶにだっこでしょう」なんて使い方も、理解の範疇でなくなる日も近いかも。
依田 美恵子
軽井沢・佐久で建てる外断熱・省エネ住宅 中島木材の家
ポチットお願い!
にほんブログ村 住まいブログ
20年前のヨーロッパ、みんな乳母車で一様に口乳首のようなものをくわえさせていた。民族の違いだあーと思っていたら、急速に日本でも同様になったようだ。
その昔大阪の千日デパート火災で、多くの方が亡くなられた。その時子供連れのお母さんが、逃げ惑いながら、わが子の手と思って握っていたものは履物だった、という悲痛な経験談を読んだことがあった。
おんぶしていたら・・・とその方は語っていたのだろう。私が子供を持つ時代は首が据われば、背負うものと相場が決まっていた。そうでないと家事も仕事もできなかったし。
また子供を寝かしつける時は最高の方法だった。
子供を連れて外出する際は、かなり大きくなるまで、必ず持参し枕元において寝たものだった。これはまさしく千日デパートの教訓からだ。
しかしおぶわれたことのない子どもは、物心つくようになっておんぶしょうとすると、とても嫌がる。
下の孫が生まれる時、2歳の孫を預かった。おぶって寝せつけようとすると、ろくに回らない口と手まねで、おぶわれることが嫌だという。
子供も1人のうちはいいが、2人ともなると、外出時それはそれは大変だと思う。幼い方を背負えば、上の子の手をひくことができるが、下の子がベビーカーだと、上の子は手放し状態となる。
背負っていた私たちの時代の方が、外出ももっと楽だったし、活動範囲も広かったような気がするけれど・・・・これは単なる年齢のせいかな。
それにしても「おんぶにだっこ」という言葉は・・・・近い内に死語になるかもしれない。
少子化でおんぶが無くなったのか、おんぶしないから少子化なのか、核家族が増えた今、まんざらの考察でもあるまい。
いずれ「全部おんぶにだっこでしょう」なんて使い方も、理解の範疇でなくなる日も近いかも。
依田 美恵子
軽井沢・佐久で建てる外断熱・省エネ住宅 中島木材の家
ポチットお願い!
にほんブログ村 住まいブログ
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます