ケン太が不登校になった後、同じ剣道部員の二人が不登校となりました。
今日は、そのことを書きますね。
同級生の情報しか入ってこなかったので、先輩や後輩がどうだったかはわかりません。
不登校になったのは、同級生のNちゃんと、Mくん。
Nちゃんは、とても繊細で小学生の頃に一時期、学校に行けなかったことがあったそうです。
ケン太と同じく、顧問のパワーに押しつぶされてしまった感じです。
部活のランニング中に、雑木林の中を通過していくのですが、足場が悪かったようで、
足を捻挫してしまい、医者にかかりました。
医者の指示もあり、母親が「ランニングはさせないようにお願いします」と連絡帳に書いたそうですが、
それほどでもない?と顧問が判断したようで、ランニングをさせたそうです。
それにより捻挫が悪化。部活そのものを休むことに・・・
他にもいろいろあったようですが、そのことをきっかけに、Nちゃんは学校を休むようになり、
そのうち完全不登校。ケン太と同じく、卒業までクラスに戻ることはできませんでした。
同じ不登校仲間として、お母さんとはたまに連絡を取り合っていました。
Nちゃんは、別室登校や、スクールカウンセリングには行けていたそうです。
高校は、高等専修学校に入学しました。
入学後、「通っているよ~」との連絡が。
お互いに「よかったね~」と、無事に高校をスタートできたことを喜びあいました。
今は、どうしているでしょうね~
かわいそうだったのは、同じ剣道部の、Sちゃん。
「Nが学校に来れなくなったのは、お前のせいだ。それしか考えられない」ととんでもない濡れ衣を着させられ、
放課後、「Nちゃんの家に行ってみろ」だの、「学校に来いと言え」だの、「行って来たか?」だの、毎日のように言われ、
相当メンタルが強い、Sちゃんも、円形脱毛になってしまったそうです。
ある日「剣道部、辞めたい。辞めていい?」と母親に訴えたそうな。
「いいよ」と言ったら、辞めてもいいという許可を貰ったから、何時でも辞められるし、もう少し頑張ってみようかなと、結局、最後までやり続けました。
Sちゃんのお母さんとは、今もたまに会っています。
年に1、2回、新大久保にサムギョプサルを食べに行き、そこで近況報告をしています。
在学中は顧問の話題で持ち切りでした。
今は、コロナなので春から自粛しています。
早く、また行けるようになるといいのですが・・・
Mくんは、部活で問題が起きたわけではないのですが、担任が顧問でした。
クラス内で嫌がらせがあり、Mくんが被害者にも関わらず、相手の肩を持つような?顧問の言い方があったようで、
M君は学校に行かなくなりました。
2週間近く休んだと思います。(記憶が曖昧ですが)
その休んでいる間の顧問の対応にもブチ切れた母親が学校に乗り込みました。
剣道部での顧問の対応にも相当、頭にきていたので、かなりの喧嘩腰でまくし立てたようです。
そして、相手の親と本人を呼びだして息子に謝らせることを要求。
相手の親が子どもを連れてきて、謝ったことで、Mくんは晴れて学校に行けるようになりました。
しかし、剣道部は退部しました。
(不登校と書きましたが、不登校は30日以上の欠席という定義があるので、不登校という表現は正しくなかったですね)
ケン太は当時、Mくんと一番、仲がよくてよく遊んでいたので、お母さんとも交流がありました。
よく夕方に「もう!あったま来た!聞いてよ!」と電話がかかってきました。
最低でも週に1回はあったと思います。いつも顧問への怒りでした。
電話だけでなく、ファミレスに呼び出されたこともあります。
ケン太は剣道部のことをそんなに話さないので、よくわからなかったのですが、
そのお母さんからいつも情報が入ってきました。
確かに、問題あるな~と思うことは多かったです。
そうはいっても、怒り方が尋常じゃないけど
学校に乗り込む姿も、手に取るように想像できてしまいました
顧問ももちろん全然、動じなかったそうですけどね。
その騒動の時に、顧問にまくし立てるお母さんに対し、教室にいた若い副担任が
「そんな言い方したら〇〇先生(顧問)がかわいそうです」と言ったそうだけど、
「はぁ~??
こっちも同じこと言われてんだよ!あんたは関係ないだろ!」と一喝したそうな。
怖すぎです
そのお母さんは、私にお金を借りて、返すと言った日に音信不通に。その後、引っ越ししてしまいました。
その後も、M君は我が家に遊びに来ていて、社会人になってもたまに会っていました。
私はもう、お母さんに会いたくないですが
当時、お母さん方と会えば、顧問の話題ばかりでした。
こんなことがあった。あんなことがあった。それはちょっとね~などと。
お互い、そうやって発散し、ストレスを解消していたように思います。
言ってみれば、顧問がいたから、お母さんたちの結びつきが強くなっていたような?
なんとも皮肉なことに(笑)
でも、子ども達もそうなんです。
顧問のしごきに「頑張ろう!」とお互いに喝を入れたり、励まし合ったり、
顧問に叱られた子がいれば、「大丈夫か?」と心配して声をかけたり、
顧問がいたからこその「連帯感」が生まれていたようです。
だからなのか、皆、仲がいい。
同じ立場であったからこそ、分かり合えるものもあったのだと思います。
剣道部の仲間は、皆、いい子達ばかりでした。
最後までいれなかったのは残念だけど、
一時でも共に過ごせたことはよかったと思います。
今日は、そのことを書きますね。
同級生の情報しか入ってこなかったので、先輩や後輩がどうだったかはわかりません。
不登校になったのは、同級生のNちゃんと、Mくん。
Nちゃんは、とても繊細で小学生の頃に一時期、学校に行けなかったことがあったそうです。
ケン太と同じく、顧問のパワーに押しつぶされてしまった感じです。
部活のランニング中に、雑木林の中を通過していくのですが、足場が悪かったようで、
足を捻挫してしまい、医者にかかりました。
医者の指示もあり、母親が「ランニングはさせないようにお願いします」と連絡帳に書いたそうですが、
それほどでもない?と顧問が判断したようで、ランニングをさせたそうです。
それにより捻挫が悪化。部活そのものを休むことに・・・
他にもいろいろあったようですが、そのことをきっかけに、Nちゃんは学校を休むようになり、
そのうち完全不登校。ケン太と同じく、卒業までクラスに戻ることはできませんでした。
同じ不登校仲間として、お母さんとはたまに連絡を取り合っていました。
Nちゃんは、別室登校や、スクールカウンセリングには行けていたそうです。
高校は、高等専修学校に入学しました。
入学後、「通っているよ~」との連絡が。
お互いに「よかったね~」と、無事に高校をスタートできたことを喜びあいました。
今は、どうしているでしょうね~
かわいそうだったのは、同じ剣道部の、Sちゃん。
「Nが学校に来れなくなったのは、お前のせいだ。それしか考えられない」ととんでもない濡れ衣を着させられ、
放課後、「Nちゃんの家に行ってみろ」だの、「学校に来いと言え」だの、「行って来たか?」だの、毎日のように言われ、
相当メンタルが強い、Sちゃんも、円形脱毛になってしまったそうです。
ある日「剣道部、辞めたい。辞めていい?」と母親に訴えたそうな。
「いいよ」と言ったら、辞めてもいいという許可を貰ったから、何時でも辞められるし、もう少し頑張ってみようかなと、結局、最後までやり続けました。
Sちゃんのお母さんとは、今もたまに会っています。
年に1、2回、新大久保にサムギョプサルを食べに行き、そこで近況報告をしています。
在学中は顧問の話題で持ち切りでした。
今は、コロナなので春から自粛しています。
早く、また行けるようになるといいのですが・・・
Mくんは、部活で問題が起きたわけではないのですが、担任が顧問でした。
クラス内で嫌がらせがあり、Mくんが被害者にも関わらず、相手の肩を持つような?顧問の言い方があったようで、
M君は学校に行かなくなりました。
2週間近く休んだと思います。(記憶が曖昧ですが)
その休んでいる間の顧問の対応にもブチ切れた母親が学校に乗り込みました。
剣道部での顧問の対応にも相当、頭にきていたので、かなりの喧嘩腰でまくし立てたようです。
そして、相手の親と本人を呼びだして息子に謝らせることを要求。
相手の親が子どもを連れてきて、謝ったことで、Mくんは晴れて学校に行けるようになりました。
しかし、剣道部は退部しました。
(不登校と書きましたが、不登校は30日以上の欠席という定義があるので、不登校という表現は正しくなかったですね)
ケン太は当時、Mくんと一番、仲がよくてよく遊んでいたので、お母さんとも交流がありました。
よく夕方に「もう!あったま来た!聞いてよ!」と電話がかかってきました。
最低でも週に1回はあったと思います。いつも顧問への怒りでした。
電話だけでなく、ファミレスに呼び出されたこともあります。
ケン太は剣道部のことをそんなに話さないので、よくわからなかったのですが、
そのお母さんからいつも情報が入ってきました。
確かに、問題あるな~と思うことは多かったです。
そうはいっても、怒り方が尋常じゃないけど

学校に乗り込む姿も、手に取るように想像できてしまいました

顧問ももちろん全然、動じなかったそうですけどね。
その騒動の時に、顧問にまくし立てるお母さんに対し、教室にいた若い副担任が
「そんな言い方したら〇〇先生(顧問)がかわいそうです」と言ったそうだけど、
「はぁ~??

怖すぎです

そのお母さんは、私にお金を借りて、返すと言った日に音信不通に。その後、引っ越ししてしまいました。
その後も、M君は我が家に遊びに来ていて、社会人になってもたまに会っていました。
私はもう、お母さんに会いたくないですが

当時、お母さん方と会えば、顧問の話題ばかりでした。
こんなことがあった。あんなことがあった。それはちょっとね~などと。
お互い、そうやって発散し、ストレスを解消していたように思います。
言ってみれば、顧問がいたから、お母さんたちの結びつきが強くなっていたような?
なんとも皮肉なことに(笑)

でも、子ども達もそうなんです。
顧問のしごきに「頑張ろう!」とお互いに喝を入れたり、励まし合ったり、
顧問に叱られた子がいれば、「大丈夫か?」と心配して声をかけたり、
顧問がいたからこその「連帯感」が生まれていたようです。
だからなのか、皆、仲がいい。
同じ立場であったからこそ、分かり合えるものもあったのだと思います。
剣道部の仲間は、皆、いい子達ばかりでした。
最後までいれなかったのは残念だけど、
一時でも共に過ごせたことはよかったと思います。