哲学とワインと・・ 池田晶子ファンのブログ

文筆家池田晶子さんの連載もの等を中心に、興味あるテーマについて、まじめに書いていきたいと思います。

ギリシャの民主主義

2011-11-13 01:34:34 | 時事
少し前まで、連日のようにニュースではアテネから中継があった。あのパルテノン神殿もよく映った。哲学の歴史に何かしら興味があると、パルテノン神殿は映像としては感慨深いが、ニュースの中身はかなり深刻である。


ギリシャ首相が一旦は打ち出した国民投票を、さらに撤回するという経過があり、そしてそのぶれる態度を批判されている首相が議会でかろうじて信任されたが、結局辞任して連立内閣を作るという。ギリシャの混乱は欧州全体の混迷と同じ意味を持ち、さらにイタリアにも飛び火しているというから、ユーロ圏としての経済危機はますます深まっているようである。


それにしても、政策の決定を国民投票で問うことほど民主主義に適うことはないはずなのに、それを行わないことを先進国たる民主主義国家達が脅してても止めさせようというのだから、民主主義政治について、つまりは国民の政治判断に対して、政治家は実は十分には国民を信頼していないのではないかということを、図らずも露呈したことになる。


確かに国民投票で、国民自身が生活を極端に悪化させる条件を多数決で受け入れるか否か、というと、かなり困難な気はするが、これはやってみないとわからない。ただ、ギリシャでは財政について政治家が国民を騙していたというのだから、この怒りだけでも単純には行かなそうだ。


どんな政治体制よりも民主主義はましとされていたはずだが、端的に言えば、自分たちのことは自分たちで決めるのがもっともよいという価値観である。しかし、その国民の判断が歴史的に正しいとは言えないこともあることは、ナチスなどの歴史が証明している。多数決の判断が常に正しいとは限らないということだ。やはり、専門のことは信頼できる専門家に任せるという方が理にかなっているように思える。しかし、専門家選びに国民が失敗したら、それは結局間違った政治になるだけであるから、結局のところ、間違った政治になるかならないかは同じ事かもしれない。

なんのことはない、民主主義そのものが原理的にそういうものとしか言いようがないのだ。