哲学とワインと・・ 池田晶子ファンのブログ

文筆家池田晶子さんの連載もの等を中心に、興味あるテーマについて、まじめに書いていきたいと思います。

無知の無知より(週刊新潮今週号の「人間自身」)

2006-10-22 10:23:00 | 哲学
 池田晶子さんの週刊新潮連載「人間自身」今週号は、「無知の無知より」という題でした。教育に関する話題で、題名の意味は、「(自分が本当は)知らないこと」を知らないより、「知らないこと」を知っている方がよい、ということのようです。



「自分は知っていると思って人に教える人は、いったい「何を」知っているのだろうか。「知る」とは、実際に役に立ってのみ、知ることであり得る。各種の知識を知ってはいるが、それを人生に役立てることができないなら、それを知っているとは言えない。ゆえに、人生のためと子供に教える人は、人生とは何なのかを知っていなければならない。知らずに教えているなら、自分は知らないということを知らないのである。」




 いわゆるソクラテスの「無知の知」を、そのまま池田さん流に表現されているわけですね。

 『「知る」とは、実際に役に立ってのみ、知ることであり得る。』と書いておられますが、確かに「表面的に」知るのと、「確信的に」知ることには違いがあるような気がします。


 そうすると、「人生に役立つように知る」とはどのようなものなのでしょうか。


 かつて、人生に役立たないのが哲学だ、とも池田さんは書いておられました。つまり、人生に役立たなければ「知っている」とはいえない、というのは実は、池田さん流の逆説的な言い方で、要するに人生に役立つように「知る」という事態がなかなか訪れないのではないか、そのために考えていくしかないのでは?と言っておられるのだと思います。


 なぜなら、人生=生存=存在自体が人間にとって、謎のままだからです。だから、今のところ「知らない」としか言いようが無い、というわけです。