申し合わせた時間に行ったら、そこは明かりがついて
いなかった。入口のドアは開いていたので、家のなかに
入って、鏡の前の椅子に座った。
携帯電話が鳴った。
「宮地さん、来る?」
「うん、今真っ暗ななか、椅子に座っている」
「ええ?ああ、今行くわ」
中野豪さんは、日中はおふくろさん弁当屋で働いている。
弁当屋さんは、鈴鹿から隣接する津・四日市にも、お弁当の
配達をしている。
「一個から無料で配達します」というのが、ウリの一つ。
豪さん、その配達をしている。
中野豪さんは、美容師さんだった。
20余年まえ、出会ったときは、茶髪で、いかにもシャレた
美容室で手際よく女性を美容しているイケメンな青年という
感じがした。どちらかといえば、ぼくとは無縁な人という感覚。
10年ほど前、ぼくの住んでいるところから離れた。
数年前、ぼくのほうが豪さんの住んでいるところに引っ越した。
合宿で何日かいっしょに暮らす機会があり、じぶんのイメージと
ちがう豪さんを発見した。
今年の冬ぐらいから、贈り物で美容をやると言い出した。
家の前に、離れの小さな家があり、いつかそこで美容室を
やりたいと思っていたという。
鈴鹿ファームの青年たちが、「本当にやりたいことは?」と
考えて、野菜を贈り合いのお店に出し始め、お弁当屋さんも
それにつづいた。
そのころ、はじまった。
豪さんの理容、散髪は手際いい。時間も短い。
てっちり、丁寧にやってもらう散髪もわるくないがそこまで
カッコつけなくてもいいんじゃないの」というときもある。
あっという間に出来上がるが、案外満足である。
以前は、「頭の後ろの出来栄えを見ろ」と、嫌がる
ぼくにお構いなく手鏡を前面の鏡に写して、後頭部を
見せてくれた。薄い髪の毛に愕然とした。
最近は、忘れているのか、すぐ放免してくれる。
「いやあ、最近夕方の配達がきつくてねえ。もう、すぐ
暗くなるやろ。なんか、目が霞んで、疲れるし、アブナイ
感じもあるんだあ」
「豪さん、何歳になった?」
「57・・・」
「ぼく66」
「宮地さんと10歳違うんかあ」
話、かみあっているの?
「きのうも、大変だったよ。寝たきりのおばあちゃんの
ところに夕食弁当届けたんだ」
「へえ、そんなこともあるんだ」
「そうよ、娘さんが近くにいるんだけど、忙しいときも
あるんだろね。マンッションの部屋は鍵が締まっている。
鍵の隠し場所教えてもらっていてね。
届けて、帰ろうとしたら洗濯物を取り込んでほしいって
言われてね。取り込んだよ。それが、いーっぱいあるんだ」
「そんなこともあるんだあ」
豪さんは、ボヤいているのか、内心うれしいと
思っているのか、わからない。
秋の日暮れのなかの、弁当配達のときの気持ちの話だ。
豪さんの気持ちはそっちのけで、勝手にじぶんの頭は
いろいろ想い始めている。
「お弁当一個から無料で配達します」
こういう仕組みがつくってあると、寝たきりのおばあちゃんの
お手伝いもすることができる。
じゃあ、仕組みが出来ているからといって、おばあちゃんの
洗濯ものを取り込むところまでやれるかどうか?
豪さんは、ボヤきながら、まんざらでもないという感じがしたが
どうだったか。
さて、帰りながら、豪さんと話がかみあっていたかな、と思った。
「彼に、なにか聞いてほしいということがあったかも・・・」
「
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