風来庵風流記

縁側で、ひなたぼっこでもしながら、あれこれ心に映るよしなしごとを、そこはかとなく書き綴ります。

朝鮮半島の奇妙な安定

2019-03-10 22:06:15 | 時事放談
 米・朝二国のリーダーの性格の故であろうか、実務レベルの協議がよく詰まらないままトップ協議に持ち込み、あるいは今回はトランプ米大統領が会談後に語っていたように一定の「文書は準備が整っており、署名はできた」状況にあって(そこには朝鮮戦争の終戦宣言、制裁の一部緩和、連絡事務所設置などを示唆する文言が含まれていたのではないかと推測されている)、トランプ大統領のこれまでの妥協“的”な性格や米国内でのロシア疑惑を巡る窮状を見た金正恩委員長は突破を試みたのだろうか、土壇場で(会談6日前とも言われる)制裁の全面解除を持ち出したようだ。実際、米・国務省高官によると、トランプ大統領は金正恩委員長に対し「全てやってくれ(注:非核化の意)。そうすれば、私たちもまた全てをやる(注:制裁解除の意)用意がある」と呼びかけていたという。ところが非核化について金正恩委員長が提案したのは、シケたことに特定の“部分”でしかなかった(核開発の主力拠点とはいえ寧辺核施設の廃棄だけ)ことで、物別れに終わってしまった。
 こうして何も決まらなくても、ワシントンでは最近では珍しくコンセンサスに近い賛同を得たというし、日本でも中途半端な妥協に至らなくて胸をなでおろしたようだ。他方、南北交流事業を通して政権浮揚を目指すしか他に手がなさそうな韓国の文在寅大統領には大いに痛手だったことだろう。それは、ここ数ヶ月、さんざん反日を煽っておきながら、肝心の三・一独立運動100周年記念式典での演説で、直接的な日本批判を避けたことからも窺える。
 話は脱線するが、そこで語られたのは、「親日残滓の清算はあまりにも長い間、残されてきた課題」という左翼・進歩派に特有の韓国政界における被害者意識だった。ここで言う「親日」とは、「日本の植民地支配に協力した裏切り者」のことであり、言わば「植民地統治下のエリート層」を指すらしい。そしてそのエリート層は、大東亜戦争が終り朝鮮半島南部に進駐した米・軍政が既存の統治機構を使う間接統治を選択したことで、温存された。日本との国交を正常化し日本の資金を導入して「漢江の奇跡」と呼ばれる高度経済成長を実現したのも、日本の陸軍士官学校を出た朴正煕(創氏改名による日本名:高木正雄)大統領だったし、財閥の多くも植民地時代に創業した企業である。左翼・進歩派の目には、独立を果たしながら親日派(今の保守派の中核)が依然としてうまい汁を吸っていると(僻み以外の何ものでもないが)映るようだ。
 文在寅大統領は政権発足当初からこうした「積弊清算」を最優先課題として掲げてきた。「親日残滓」などと言って清算の対象にしたように、「親日」は(実は日本ではなく)保守派を攻撃するキーワードなのだ。韓国内の政治闘争に日本が利用されるとは甚だ傍迷惑な話だが、これも朝鮮半島の「不幸な歴史」の一コマなのだろうか。
 閑話休題。文在寅大統領は三・一独立運動100周年演説ではそれなりに現実を認識しているように見えたが、今月4日に開催した国家安全保障会議では「米朝両首脳が近く会い、妥結が実現することを期待する」と述べ、「我々の役割も再び重要になった」と仲介役としての再登板に意欲を示したという(産経電子版)。さらに金正恩委員長が廃棄の意思を示した寧辺核施設を「北の核施設の根幹」だとし、「完全に廃棄されれば、非核化は逆戻りできない段階に入る」と高く評価したという(同)から、少なくとも寧辺は“部分”に過ぎないと見做すトランプ大統領とはかなりの温度差があるし、むしろ金正恩委員長に取り込まれてすらいるように見える。こうして、南北融和に前のめりの文在寅大統領は仲介役として米・朝双方をうまくとりなすことが出来ず、ハノイ会談で金正恩委員長を誤解させた可能性が囁かれている。
 こうしてまがりなりにも米・朝協議が続いている間、国連安保理・北朝鮮制裁委員会の専門家パネルによる年次報告の内容がメディアにリークされているところによれば、過去一年、北朝鮮は仮想通貨交換業者へのサイバー攻撃で5億ドル奪ったとか、瀬取りが規模・頻度ともに増加したというし、昨年6月のシンガポール会談以降も核・ミサイル開発を継続し、開発拠点やミサイルの貯蔵所、試験場を民間の非軍事施設に分散させ、軍事攻撃に備えている実態も浮き彫りになったという(昨日付の日経)。国連安保理決議による制裁は効果が出ているからこそ、北朝鮮はこうして非合法手段に訴えてでも生き残りをかけるのだし、並行して非核化協議にも応じたのであり、米国としては虎の子の制裁をそう易々と解除するわけには行かない。他方、北朝鮮の李容浩外相は、昨年8月にイランを訪問した際、「米国が我が国に対する敵意を捨てることはないと分かっており、我々は核技術を保持する」と語ったと報じられており、制裁解除しない米国に信を置くことが出来ない以上は体制保証に欠かせない核をそう易々と放棄するわけには行かない。堂々巡りの議論だ。
 非常事態宣言を発してまでメキシコとの国境の壁にこだわることには些か驚かされたが、それほど真摯に、いや愚直なまでに選挙公約を守ろうとするトランプ大統領である。在韓米軍の撤退をも実現する腹積もりかも知れないことを、私は秘かに恐れている。その場合、当然のことながら北朝鮮の完全な非核化が前提になる。ディールの達人・トランプ大統領は、堂々巡りの議論を解きほぐし、北朝鮮と言わず朝鮮半島の非核化と、制裁解除による北朝鮮の国際社会への復帰を、同時に達成しようとしているのかも知れない。そうなればまさにトランプ・マジックである。米・ソ冷戦時代はヨーロッパが正面だったが、米・中「新」冷戦では北東アジアが正面になり、更に米・朝の交渉次第では、南北朝鮮を分かつ38度線が日本海まで下りてくる。まがりなりにも(奇妙に?)安定を取り戻したかに見えた朝鮮半島情勢であるが、日本人には決してあって欲しくない戦略環境の激変に、果たして心の準備は出来ているのだろうか・・・
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