風来庵風流記

縁側で、ひなたぼっこでもしながら、あれこれ心に映るよしなしごとを、そこはかとなく書き綴ります。

五輪:勝者の栄光

2018-02-24 01:08:17 | スポーツ・芸能好き
 ぼんやりしている内にも、世の中は目まぐるしく動き、平昌五輪ではメダリストが続々と誕生した。
 18日・・・ということは、もう一週間近く前になるが、スピードスケート女子500メートルで小平奈緒が金メダルを獲得した。1000メートルでの銀メダルに続き、得意の500メートルとは言え、オリンピック新記録のオマケ付きは、さすがだ。私のようなド素人には、あっさり美しく勝ったように見えるが、期待通りに勝つということの重みは、並大抵ではないだろう。
 というのも、その2日後、同じように期待されたノルディックスキー複合個人ラージヒルの渡部暁斗は、前半飛躍は好調で、後半距離を首位スタートしたが、リードを守り切れず、5位に終わったからだ。その後、実は五輪直前に左肋骨を骨折していたことが判明した。そもそも実力ある選手が、怪我も含め、一発勝負の如く4年に一度の大会まで実力を維持し、自らの調子のピークを合わせる苦労は、ちょっと想像を超える仕儀だ。
 小平奈緒は、2010年のバンクーバー五輪1000メートルと1500メートルで5位、2014年のソチ五輪500メートルでも5位と、表彰台に届かず、「自分を変えたい」との思いで、ソチ五輪の後、スケート大国・オランダに二年間の武者修行に出る「いばらの道」を選んだ。過去に治療した縁もあって相沢病院に採用され、当時の病院長(現・最高経営責任者)から「好きにやればいいんじゃないか」と快諾される環境にも恵まれた。身体能力に圧倒され(確かにオランダ人はデカい)、言葉の壁にも、また乳製品中心の食事にも苦労しながら、心身ともに鍛えあげ、帰国した2016年からはW杯500メートルで15連勝、昨年12月には1000メートルで世界新記録を出すまでに成長した。かつての橋本聖子(古い!?)を思わせるほどの逞しい太腿は、自信のあらわれでもあったろう。苦労した甲斐があって本当によかった。
 そして、21日のスピードスケート女子団体追い抜きでは、そのスケート大国・オランダを破って日本チームが念願の金メダルを獲得した。AP通信は「オランダを王座から引きずり下ろした」との見出しを掲げたらしい。これも期待通りの活躍で、勝って当然という重圧をものともしない強さを発揮したのはさすがだ。日本の強みは、三人が同調した滑りで足の動きを揃える一糸乱れぬ隊列を組み、空気抵抗を極限まで小さくして二・三番手の体力消耗を抑える隊列の美しさは、今や世界が手本としているほどだそうだ。こちらも、ソチ五輪で惨敗し、日本スケート連盟はナショナルチームを作って、世界レベルのコーチを招聘し、有力選手を一堂に集めて、チーム内に適度の競争をもたらしたことが、選手の才能を開花させたと言われる。高木美帆は「自分たちがパシュート(団体追い抜き)にかけてきた時間はどの国よりも長い」と言い、それが自信に繋がっているのだろう。彼女自身、スピードスケート女子1000メートルで銅メダル、同1500メートルで銀メダル、女子団体追い抜きで金メダルと、五輪メダル・コレクター垂涎の的だ(笑)。
 これまでメダル獲得総数は11個と、地元開催の1998年長野五輪の10個を超えた。スポットライトを浴びる勝者(メダリスト)ばかりを取り上げるミーハーぶりには我ながら内心忸怩たる思いがあるが(苦笑)、勝つことを称えずして、何の五輪であろう。「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」というのは、私たちの世代には野村克也さんが言ったことで有名になったが、もとは江戸時代、平戸藩の九代藩主・松浦静山の言葉だ。確かに勝負事に運はつきもので、偶然の要素が働いて勝ちが転がってくることがあるが、負けるときには何か理由がある、という意味だ。つまり「勝つ」ためには先ずは「負けない」ことが重要になる。「参加することに意義がある」というのも分かるし、代表に選ばれ参加することは確かに偉大だが、敢えて「勝つ」=「負けない」ことの美しさを、私は素直に称えたい。
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