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友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

何かの役に立ちたい

2014年08月16日 17時49分45秒 | Weblog

 ヘンな天気が続いている。8月なのに、青い空と入道雲、照りつける太陽、そんな日にならない。雨が降るけれど、長続きしない。けれどもからりと晴れるわけでもない。雨が続き、涼しいのかと言えばそうではなく、ジットーと蒸し暑い。昨夜も我慢できずにエアコンを入れた。何もすることがないからテレビで甲子園大会を見ているけれど、甲子園もまた雨降りで、ドロンコの中での試合になっている。何かスカッとしない日々だ。

 昨日は「戦没者追悼式典」が全国各地で行なわれた。戦争の犠牲者を悼み、不戦を誓うためだ。安倍首相の式辞は不戦の誓いやアジア諸国への反省はなく、スッキリしたものだった。安倍首相の積極的平和主義とは、軍事力にしかないことを明確に表明している。過去のこだわることはない、日本は軍備を強化し、どこからも軽んじられない国にするというのが安倍首相の信念である。こういう考え方の自民党を第1党にしたのは国民だから、国民が次ぎも選ぶならこの傾向はさらに強くなるだろう。

 「年収1億円の人が50%の所得税を取られても5千万円残る。けれど最も多いと言われている年収400万円の人が15%の所得税を取られると340万円しか残らない。もう少し、収入の多い人の税率を高くして、収入の少ない人の税率を下げた方が、経済活動は活発になるのに、どうして誰もそう言わないのだろうか」と友人が言う。日本人はとても謙虚だから、お金の話はするものではない、ましてや自分が出さないで他人に出せと言うのは恥ずかしい。むしろ、多額の税金を納める側になるように努めたい。

 昨夜、フジテレビでパラオ諸島の南端のペリリュー島を死守した日本軍の将校のドラマを報じていた。「人を好きになっては未練が残り、潔く戦えない」と言う部下に、将校は「愛がなければ戦えない。愛する者を守るために戦うのだ」と説く。玉砕はならないと言うけれど、「命ある限り戦え、そして生き抜くのだ」と命令する。食料も弾薬もなくなった時点で、部下の命を助けるのが指揮官の務めなのに、やはり『戦陣訓』「生きて虜囚の辱めを受けず」に縛られている。

 人生の最期を迎えた時、誰もがきっと自分の生涯を振り返り、何だったのかと問う。そして自分の死が、何かの役に立つ、誰かの役に立つ、そう思いたい。そこに意味を見つけたい。戦争がいいとか悪いとかではなく、そう思ってしまうのだろう。明日は墓参りと私の兄弟につながる者たちとの集いのため、ブログを休みます。

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