ようやく台風が過ぎ去り、時々まだ少し風が吹くことはあっても確実に平常に戻りつつある。台風の速度は遅く、午前10時頃までは風も雨もなかった。ルーフバルコニーの植木鉢をどうしようかと思案するうちに雨風が強くなり、結局そのまま放置してしまったので、ただ被害が出ないようにと祈るばかりだった。風は東からだったから、結果的には何事もなかった。ただし、南側のバルコニーのゴーヤは風に煽られかなり痛めつけられた。ネットを支えている3本の棒のうちの1本からネットが外れたけれど、被害と言えばそれだけだった。
家から出ることもならず、テレビを観ていた。長崎の原爆犠牲者慰霊平和祈念式典で、長崎市長は「核兵器のない世界の実現のために、いつまでに何をするか、日本政府はその先頭に立ってください」「平和の原点がいま揺らいでいるのではないかという不安と懸念がうまれています。日本政府はこの不安と懸念の声に真摯に向き合い、耳を傾けることを強く求めます」と、要望していた。被爆者代表者は『平和への誓い』で、「集団的自衛権の行使容認は、日本国憲法を踏みにじる暴挙です。武器製造、武器輸出は戦争への道です。いったん戦争が始ると、戦争は戦争を呼びます。未来を担う若者や子どもたちを脅かさないでください」と政府に強く求めた。
市長や被爆者代表の発言に安倍首相は目を閉じて聞いていたが、来賓の挨拶に立った安倍首相は「核兵器の惨禍が再現されることのないよう、非核三原則を堅持しつつ、核兵器廃絶に、また世界恒久平和の実現に力を惜しまぬことを誓う」と淡々と語った。私はなぜ集団的自衛権の行使容認は核兵器廃絶と世界平和の実現の道だと述べないのかと思った。安倍首相は強力な軍事力を備えることこそが世界での日本の立場を強固にすると考えている人なのに、全く相反するような言葉を使うことに感心した。けれど、安倍首相の頭の中では何の矛盾もないのだろう。
強力な軍事力を保持すれば、戦争を仕掛けてくることはないと考える人は多い。極めて現実的な方策だと彼らは思っている。武力で訪れた平和は、武力で覆る。一時的な平和を作り出せても、恒久平和を実現することは出来ない。どうするか、それは一人ひとりが考え決めなくてはならない。それはまた同時に、社会の仕組みそのものを変えることになるだろう。いつか、そういう時がやってくると私は思う。