友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

親の思い、子に届かず

2014年08月28日 18時12分26秒 | Weblog

 ルーフバルコニーにいたら、「チッョン、チッョン」と虫の音が聞こえてきた。雨ばかり続いてスッキリしない夏だと思っていたけれど、昨夜から急に涼しくなった。このまま秋になるのだろうか。カミさんが倉庫で長い間眠っていた、カミさんのお母さんが作った「シソワイン?」を取り出してきて、「こうやって親の思いを子どもは気付かないのね」といやに神妙なことを言う。お母さんがせっかく作って持たせてくれたのに、「そうそうアレがあったわ」と気付いて蓋を開けた時は、表面にびっしりとカビが生えていた。

 「お母さん、ごめんね」と言いながら、「シソワイン」を捨てていた。部屋中にシソとワインの爽やかな甘い匂いが広がった。カミさんのお母さんはマメな人で、梅酒やカリン酒を作って、共働きだった我が家に差し入れてくれた。「シソワイン」は初めての作品で、倉庫の奥に鎮座していたことは私も知っていたが、「何時開けるのか」と気にしていなかった。確かに、カミさんが言うように、親の思いを子どもは汲み取れないものかも知れない。そういうカミさんも退職してから、出来なかった梅酒つくりやジャムつくりに挑んでいる。

 振り返って、私は子どもたちや孫たちに何したのだろうと思う。カミさんのお父さんは、自分がどんな風に生きてきたかをよく話してくれたけれど、私は自分の父からそんな話は聞いたことが無い。父から何か聞いた話はないか、思い出そうとしても何も浮かんでこない。字や絵がうまかったこと、本が好きだったこと、怒ったことが無かったこと、そんなことくらいしか思い出せない。もう少し長生きして一緒にお酒が飲めるようになっていたら、孫の顔を見るまで長生きしていたら、話も出来たのかも知れない。

 昭和一桁生まれの先輩が、「こんなにも世の中が変わるとは思わなかった。私たちのオヤジや祖父の時代、明治維新があり、急速な近代化や大正ロマンを経てきたけれど、私たちとは速度が違う。むしろ、孫たちの方が変化を感じてないのかも知れない。テレビはあり、食べ物は豊富で、何よりも平和だ」と言う。私もまた、戦後のこの時代、この場所、ここで生きてきてよかったと思う。子どもや孫には生きているだけで、それでいいような気がする。

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