蝶になりたい

いくつになっても、モラトリアム人生。
迷っているうちに、枯れる時期を過ぎてもまだ夢を見る・・・。

「わたしは、嘘をつきません」という嘘

2013-06-18 | ブログ

嘘と虚構について。

たとえば、リビングに飾られた見事な薔薇の花、
その写真をアップする。
別の部屋は、ぐちゃぐちゃ。

手作りケーキ。
手の込んだ夕食。
これまた、ステキなテーブルクロスにのせて、アップする。
写真を撮るときだけ、写真に写る、ごちゃごちゃしたものは、隅に追いやる。
写真の中だけにおさまっているものは、嘘ではない、紛れもない真実。

このパターンのアップをずっと続けるとする。
べつに、これは嘘ではない。
わざと、見せたくないものを隠すあたりは、虚構っぽいニオイはするが。
あくまでの、ニオイであって、嘘ではないはず。

しかし、これを嘘ととるか、真実ととるか。
ま、どっちでもいいんだけれど。
本人が、自分のどの部分をアピールしたいか、外に出したいか、チョイスは好みの問題。
真実のどの部分を切り取って、表現したいのか。
選択の自由。

すごく美しい部屋もあるのに、あえて、片付いていない納戸や押入れの、ぐちゃぐちゃ写真ばかりをアップするとする。
お料理はそこそこできるのに、失敗作だけをアップする・・・とする。
それはそれで、真実。
そのブログに訪れる人は、アップされている内容だけしか、わからない。

表現していない部分をずっとずっと表現しないまま、ブログを続けていたとする。
しかも、まったく悪意なく。
そして、「わたしのブログに嘘はない」と言い切ったとする。
これは、確かに嘘はない。
が、読んでいる側にしてみると、知らされないままの部分をずっと知らない。
書き手は、すべて、1から10まで100まで、知らせないだけであって、嘘を書いているわけでは決してない。
読み手は、知らないまま、知らされた部分だけを読み続け、イメージをふくらませるわけだが、
それを延々、ずっと続けると、裏切られたような気にならないか。

書き手は、べつに嘘をつくのではなく、隠したままを通すと、読む側は、知らなければ知らないままの状態。
それをずっと通せば、書き手にそのつもりはなくても、「真実」は、「嘘」に変化していくのではないか。

いちいち知らせない、のか、わざと隠すのか、この違いはあるが、読み手に与える影響は、結果的には同じことである。
無意識か、意識的か。
意志が働いているのか、働いていないのか。
効果を狙っているのか、狙ってないのか。
このあたりが、ポイント。

どっちみち、匿名であること自体、嘘であろうがなんであろうが、非常にファジーだ。
実名であっても、嘘を堂々と公言している公人だっている。

嘘をついていないからといって、それは嘘偽りがまったくない、とは言えない。
それなら、すべてを、スミからスミまで公表しなければ、片手落ちだ。
が、書き手が、潜在的な自分の思いに気付いていないような時は、
書きたくても、知らせたくても、書きようがない。
まあ、ブロガーさんの性質をよく知っている読み手であれば、
そんなこと、百も承知で読んでいるで、目くじらを立てるようなことでは決してない。


「わたしは、これまで、生まれてから今まで、嘘は一度たりとも、ついたことがない」
そう断言する人を、典型的嘘つきの見本としてよく紹介されている。

そこまで極端にわかりやすい例ではないが、
ふと、言い切っている人の発言を目にすると、思うことがある。
「自分でも気付いていないこともある」ということを気付いてほしい。
「知らない」ということを知ってほしい。
(ひとのこと、言えないですが・・・。)

「わたしは、人に傷つけられることはあっても、絶対に人は傷つけてないからね」
なんて、正々堂々と言い切っても、自分が気付かないところで、傷つけている可能性だってある。
なんでも、「絶対に」はありえないと思う。

「ぜんぜん、僕は気を使ってないからね」と一生懸命、言ってくれるとする。
「ほんとうに、ほんとうに、ぜんぜん気を使ってないの? わたしは気を使ってるよ」
「うん、気を使ってない」
時と場合によっては、その発言自体が、気を使っている発言だったりする。
「気を使ってない」という、気づかい発言。
気を使わないんだったら、「気を使ってる。ほんま、しんどいわ」と言うかも知れない。
気を使ってないという、それは、嘘の発言ではなく、相手を思い遣った発言である。
気を使ってくれているのだ。

「あなたは嘘を言ってる!!気を使っているなら、ちゃんと気を使っていると、言ってよ!」
と、怒るのは、大きな間違い。
気を使ってもらえばいいんじゃないかと思う。


ちなみに、・・・ハナシは変わって・・・

わたし、アタマ隠して尻隠さず。
自分では思っていることやら、いろんなことを隠しているつもりでも、バレバレかも知れない。
そりゃあ、これだけ毎日、なにも考えないで、キーボードをちゃっちゃか、ぽんぽん、無責任に叩けば、
本音がぼろぼろ、もれてしまうのも致し方ない。

わたしのブログは矛盾だらけ。
突っ込まれても、舌の乾かぬ、そのすぐ後から、また新しい矛盾が生まれる。

人間は、矛盾する生き物であります。

といって、ごまかす、この常套フレーズも、
そろそろ効き目が薄くなっている・・・と感じる、今日この頃。

 

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