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蝶になりたい

いくつになっても、モラトリアム人生。
迷っているうちに、枯れる時期を過ぎてもまだ夢を見る・・・。

じわり、じわり。

2011-03-17 | 時事&世の中

ここのところ、日本の危うさをしひしひ感じて、怖い。

被災地の人々も、想像を絶する困難を強いられているが、
原発事故が、目に見えないカタチになって、その恐怖がじわじわ押し寄せる。

新聞やテレビでは、連日、被災地の悲惨さを伝えるが、
週刊誌の見出しは、もっとショッキングな怖いフレーズが並ぶ。
なかには、こういう事態に、こういう切り口の記事は、慎むべき、と感じるようなものもある。


がんばれ日本、がんばれ東北。
この想いは、熱く、支援も多いが、物資の輸送は混乱をきたし、
被災地の各地には行き届いていないのが現状のようだ。


風評に惑わされてはいけない。
が、日本から出国した人は、他国への入国時に放射能検査チェックを受ける人もいるとか。
(任意で、らしいが)
中国政府は、原発事故を受けた措置として、被災地にいる中国人の帰国準備を進めているとのこと、
世界、特に周辺国は、原発事故に対して、警戒を強めているようだ。

東京電力や関係される皆さんの懸命な事後作業にもかかわらず、
このまま、どんどん原発が深刻な状況になったら・・・
計画停電の影響で、生活が不便、という、そんなレベルでおさまらない、
もっともっと事態が悪化したら・・・愛する日本の地が、放射能で汚染されたら・・・
自国だけでなく、世界にも、迷惑をかけたら・・・

そんなことを考えていると、どんどん不安になる。
政府は、否定に躍起だが、原発事故対策の初動ミスも指摘され始めている。
真相のほどは、まったくわからないが、
東京電力、昨日は、ストップ安。
値がつかないほど下落。
今、ようやく値が定まったようだが、まだまだ、この先は不安だ。


よく知らないで、週刊誌の見出しに踊らされるのは、愚かなことだ。
だが、最悪の事態を仮に想定し、冷静な目を持つのも、方法のうちのひとつだ。
最悪でなければ、それでよし、
最悪の場合は・・・???
わたしの豆腐のような、やわらかアタマでは、考えが及ばない。

一日一日、見守るしかない。
日頃、あまり意識して感じない日本への愛着、故郷への想いが、
急に上昇したような気になった。

頑張ろう。
日本人。

わたしたちの国。
大ピンチ、大打撃だけれど。
頑張るしかない。

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自分ってやつは・・・

2011-03-16 | 時事&世の中

地震発生の11日、
当日、丸の内から区外の住まいまで、20キロ以上、5時間強を徒歩で帰った長女。
日本の中心部・中枢のど真ん中で起きた事を体験し、
日本の危うさを身をもって感じたことだろう。

被害の大きい被災地の皆さん方の恐怖や、哀しみ、苦痛は、計り知れない。

今朝、彼女がメールをくれた。
関西にも突然、いつ地震が起こっても不思議はないのだから、
都会にいる時は、避難路などを確認すること。

都心で恐怖を味わった経験からのメールだ。

昨夜、静岡にも震度6強の地震が、起きた。
どこにいても、地震は常に起こりうる。


原発事故の政府発表の対応が、外国から非難を浴びているようだ。
菅首相の「○○から発表があります」とか、「○○が、こう言っています」とか、
他人事のような表現が、特に理解できないと。

原発事故の発表を見ていても、関係者は、隠そうとしている姿勢がうかがい知れ、
その表情もなにかしら、オドオドしているように見える。

病院をはじめとする、救援物資の訴えも、あちこちから上がっているが
なかなか到達していない様子。

報道を見ていると、アタマが痛くなってきた。

自分は被災もしていないのに、
しかも、地震の影響を受けた長女から気づかいのメールが届く、逆・配慮。
今も彼女は、毎日の通勤には支障をきたしていることだろう。

被災地のお年寄りや、乳児、幼児を抱えた方、病気の方、
今後の見通しも立っていないなかで、いまを精一杯生きるというのは、
どれだけ過酷なことだろう。

そういう悲痛な声を感じながら、
その一方で、防災グッズを用意しなきゃ、と、思いつつも、ぼんやり、
人さまのお役に立つどころか、娘さえも励ましてやれない(逆に、注意されている)
なんか、のろのろしている、わたしがいる。

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無駄にしてはいけないこと。

2011-03-15 | 時事&世の中

節電に協力します、と言いつつ、ブログ更新をしている、わたし。

これは、口先(くちさき)女?

一人一人が、節電に協力すると、予想以上の成果をあげられるのでは。

そう願って、あえて更新アップします。

 

もっともっと根本的に、わたしたちの生活を見直そうではないか、という動きもあるそうだが、

わたしは、その提案には、大賛成。

最近、やっと、エコに光が当たるようになったが、

そもそも、日頃、日常に、電力をあまりにも湯水の様に使いすぎると感じる。

冬には、室温は薄着で過ごせるような温度に上げ、夏は、猛暑ならいざ知らず、

快適というだけで、切羽詰まらなくてもエアコンをガンガン。

人間サマが快適になるように、というのなら、まだわからないでもないが、

家に残したペットのために、エアコンをつけっぱなしで、外出する、

生け花のために、と、エアコンを十分に効かせた誰もいない部屋、・・・。

 

他人の生活にあれこれ、いちゃもんをつけるな。電気代を払っているんだから、文句ある? 

ってなもんだろうけれど、そういう問題ではないと思う。

お金さえ払えばいいのではなく、意識が大事。

 

今回の地震や、原発事故で、停電世帯は、膨大な数となっている。

電力供給が需要を下回ることを回避するため、部分的に強制的な計画停電も実施され、

家庭のみならず、交通機関も混乱をきたしているようだ。

徐々に暖かくなる時期で、関東では暖房需要が低く済んだため、13日は供給が需要を上回ったそうだが、

今後、原発事故の影響もあるだろうし、まだまだ計画停電は行われるとか。

計画停電の影響は、あちこち、生活に密着したカタチで現れているようだ。

不便であるのは明らかだし、困難をきたすが、(特に、医療関係などは、深刻)

永遠に続くわけではないと信じて、ここは、踏ん張って頑張って、乗り越えるしかないだろう。

 

そして、落ち着きを取り戻したら、もう一度、今までの生活を振り返ってみよう。

電気は、無尽蔵にないということ。もちろん、ガスも、水道も。

それがわかると、好きなだけ使っていた電力の使い方を、 各自それぞれが、

電力を一定量、割り当てられると仮定して、優先順序をつけて、使いたいものだ。

被災しなかった人々にも、深く問題を投げかけられている。

 

 

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地震発生から、3日目

2011-03-13 | 時事&世の中

昨日も今日も、まったくテレビでCMが流れていない。
バラエティなどの娯楽番組はもちろん、ごく一部のローカル局を除いて、
地震報道特番以外は、まったく放映されていない。

地震当日、翌日より、3日目は、さらに甚大な被害が続々と報道されている。
避難されている方々の数や、まだ孤立して援助を待っている方々も多く、
災害は、まだまだ終わることはない。

折しも、地震発生は週末の金曜日。
被災地以外の、土日が休みの人は、一日中、地震報道を見て過ごすことになっただろう。

節電協力のメールが、学生時代の同窓生から届き、拡散してほしいとのこと。
知り合いの後輩にメールを送った。
自分も節電できるところは実践しようと思う。

海外からも続々と支援隊が訪れてきている。
義援金も送られてきている。
さっそく、行動で協力を示してくれるとは、有難いことだ。

思ったより、かなり深刻な状況となっている。
まだまだ被害の実体がつかみきれず、収拾がついていないようだ。

津波に肉親とともに飲み込まれ、ご自分は九死に一生を得たものの、
離れ離れになってしまった方や、目の前で流されていく人を助けられなかった方の話が
報道されていたが、言葉を失った。


わたしが、うだうだ、ブログにアップしてもなんの手助けにもならない。
ライフラインが生活には要、とか、そういうフツーの当たり前のことを言っても、はじまらない。
復旧の見通しも立っていない。
家もなく、避難生活を強いられ、まして、救助されていない人さえ大勢おられる。
そんな状態での、うわっ滑りな発言は控えたい。

原発事故は、また別の次元で、限りなく恐ろしい。
大きな事故が同時に起こったが、偶然ではないわけで。
しかしまあ、専門家の専門資料の数値を読むだけの説明は、国民に対しては、適切ではない。
そんな専門家だけがわかる説明が、
一般国民に向け、ふさわしいと感じていることに、改めて驚きを感じた。
もっと、わかりやすい、専門バカ的でない、ふつうの感覚を持って説明してくれる人は、いないのか。


もし、自分が被災したら、どうする?
トイレに行けない、ただ、それだけでも、とても大きなことだ。

日頃の生活を足元から見つめ直し、感謝するとともに、
被災された方々には、ハード面だけでなく、こころのケアも必要だとは思うが、
まずは、その前に、救出が第一。

政府も、自衛隊の援護を早期に10万人に増員すると決定したことは、よかった。
迅速な判断が、あちらこちらで迫られている。

ボランティアに協力を要請するようだが、
初期においては、適材適所、人の割り振りが難しいだろう。

書けば書くほど、自分はなにを軽く上滑りなことを書いているんだろう、と感じる。

こころが折れることなく頑張っていただきたい、などと、そんな言葉、掛けられない。
時間と労力と、こころをかけて築き上げてきたものが、一瞬にして失われることに対して、
経験も、想像もできないわたしが、安易に、月並みな表現で、言葉を選ぶのは、慎みたい。


この事態、被災された方々のことを考慮して、
自粛して、ブログ更新はしません、というブロガ―さんもおられる。
そういう自粛もあるのかも知れないが、寄付や節電、ボランティアの協力という方法もある。

ひとりひとり、各々の能力に応じて、できるだけのことをして協力したいものだ。

 

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お見舞い申し上げます

2011-03-12 | 時事&世の中

昨日の地震、夜が明けるとともに、その被害が明らかになった。

わたしは、あの時間、午後3時ごろは、大阪市中央区にいて、古いビルの5階で椅子に座っていた。
ぐらり、というよりは、ふらり、ふらふら、ゆらり、ゆらゆら、結構長い時間、ゆるやかに揺れていた。

周りの人たちは、あまり何も感じていないようなかんじだったので、
わたしは、めまいか、自分の体が何かの病状が出ているのかと思った。
しばらくして、ビルの管理サイドの人々が、地震情報を伝えたり、非常階段を確認、誘導したり、
ばたばたと緊張した面持ちで、フロアーを回っていた。

大阪市内は、どうということはなかったが、
東京在住(仕事で赴任中)の長女からメールが、地震後まもなく、家族全員にあてて送信された。

「東京は、結構、揺れています。
関西は大丈夫?」

夫とわたし、そして義母が、メールのやりとりをした。
息子と次女からは、メールなし。おそらく、なんの被害もなかったのだろう。
息子の住む一部地域は、津波への注意、避難勧告が出されているようだが。

義母は、長女のメールで状況を知り、東京の親戚にメールを送ったそうだ。
(固定電話、携帯電話は、通じず)
こういうときは、携帯のメールで状況がわかり、とても助かると、義母からメールが届いた。

後でわかったが、都内に勤める長女は、昨夜、住まいまで20キロ、5時間強、徒歩で帰ったそうだ。
パンプスで大変だろうとメールすると、勤務先からスニーカーが配布されたらしい。
さすがの東京都、防災危機管理。
それとも、企業の姿勢か?


NZ地震のショックもまだ記憶に新しい。
阪神淡路大震災から、何年経った?
大きな地震があると、離れて住んでいる家族のことが心配になる。

我が家の地震対策、まったくしていない。
もっと、しっかりシュミレーションすべきと、猛省。
しかし、こんな大きな地震では、なす術もない。

TUNAMI(津波)という名称が、世界で使われるようになっているが、
先日、クリント・イーストウッド監督の映画「ヒア アフタ―」を観たばかりで、その様子が重なる。

地震列国、日本。
阪神淡路大震災の時は村山さんだったが、菅さんも、大忙し。
度々、会見の様子がTVで映し出されるが、枝野官房長官の緊張した表情。
被害が明るみになるにつれ、自然災害の猛威に、恐怖を感じる。

まだまだ、これで収拾に向かう一方とは言えないようで、
引き続き、警戒が必要だ。


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不幸にもお亡くなりになった方々には、謹んで哀悼の意を表しますとともに、
被災された方々には、一日も早く元の生活に戻れますよう、被災地の復旧を
心から願っています。

 


備えなくて憂いあり

2011-02-24 | 時事&世の中

NZの地震、怖いですね。
まるで、映画のよう。
高校時代はサッカー部のキャプテンだったという、将来有望な若い青年が
(命と引き換えに)足を失って救助されたというニュースを知って、
想像を絶する地震の怖さに触れたような気がした。
この不幸中の幸いをどうにか乗り越えて、頑張ってほしいと願うばかりだ。
ひとりでも多くの人々が救助されるよう祈るしかない。


大阪、和歌山周辺で30年以内に大地震が来る確率が14%に上がっているとか。
マグ二チュードは、今回のNZより大きく、大阪府南部・和歌山では、震度7が予想されるらしい。
備えあれば憂いなしとはいうものの、先日の震度1の揺れでも、心臓、ぱっくんぱっくん、
腰もふらつく、超・怖がりのわたし。

それだけ怖がりのくせに、なにも緊急準備もシュミレーションもしてない。
揺れが来たら?
外に出る?
机の下に隠れる?
なにを携帯して避難する?

では、シュミレーションを。
揺れが来た瞬間は、まずアタマが真っ白。
へなへなと座り込み、腰が立たないで、
冷静な判断どころか、うろ覚えの、ほんの短い、音でしか覚えてないお経を、
ワンフレーズだけ、繰り返し唱えることだろう。

でもまあ、お経なんてものは、音楽みたいなもので、
末端の信者にとっては、意味など、さほど関心はなく、唱えるという行為そのものが、自らを救う。

わたしのような、緊急非常事態のみの、困ったときだけの、神様仏様では、ご利益はないに違いない。
不幸や災難は、自分だけには避けて通るなんてことを、
なんの根拠もなく楽観的に考えてないで、もっと、真剣に取り組まないと・・・・・
と、いつも、事故や災害のニュースの時には思うのだが・・・


こういう話題には、あまりいい加減なことが言えないので、筆(キー入力、速度)が鈍り、
やがて、ぴたりと止まってしまった。

いろんなことを意識して、常識人の顔が出てくると、
わたしのブログは、まったく、わたしらしくなくなってくるようだ。

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トップ画像は、昨日、訪れた実家に飾ってあった、母がアレンジしていたお花のうちのひとつ。
あっちこっちに季節のお花が活けてあって、いろいろ撮ったものの、
あいかわらず、ケータイで、ピンぼけです。

 

 

 


枯れ方が、同じようでも、やはり、違う

2011-02-13 | 時事&世の中

立ち読みシリーズ。

「知的余生の方法」
つまり、知的に枯れていく余生の送り方。

34年前に、著者は、おなじような本「知的生活の方法」を書かれていたようだ。
著者は現在は、もう80歳を超える、ご高齢のようなので、
その頃の著者の、50歳にもならない年齢からすると、
まだ、「余生の送り方」ではなく、「人生の過ごし方」ぐらいだったかもしれない。
それから34年後の今こそ「豊富な教養と体験から碩学が紡ぎ出す、人生の新しい極意」だそうな。

あとで、調べて見ると、著者は、渡部昇一氏(1930年生まれ)
新潮社(新潮新書) 2010年11月 出版 

ふむふむ・・・と共感、納得すること、いっぱい。
ご高齢の男性と、考えや感性が似通っているって、わたしって・・・どんだけ枯れてる?
(うらら~うらうら、踊ってていいのか??)

著者は、海外生活も長く、都市部を生活拠点にしてきた知識人。
ビジネスのヒントとしたり、知的な側面を研ぎ澄ませたりするのに、
活用できる方には活用していただくとして、
(わたしは、そのあたりは、ぼーーっと脳が素通りし)
教養や知性のところは、ぱぱぱーっと、すっ飛ばして、
おもに、人間関係のところに、思い当たるフシが多かった。


夫婦別室のススメ。
老いて故郷へのUターンは、おススメしない。
故郷は、遠くで思うもの。
別荘で過ごすより、自宅でエアコンを。
お付き合いは、財布の大きさ(支払い能力)が同じぐらいの人と。
リタイア後は、学歴は関係なし。
知的な会話ができない人とは、夜通し話そうとは思わない。
思想的な価値観が違う人とは、友人になりたくない。

東大法学部出身者ばかりが秀才ではない。
アタマは良くても、ろくでもない政策で国を混乱させた政治家もいる。
(→宮澤喜一氏を例えにあげておられた)

著者の、ある、知人の書斎。
外国(アメリカ?)にあるその人のお宅は、
門から10~15分ぐらい(車で?)走らないと、書庫が見えないそうだ。
いくつもいくつも書庫が並んでいるとか。
門の前から見えるようでは、まだ甘い。

(今なら、電子書籍化すれば、そんな膨大な、かさ張るブツは、
ありえないほどボリュームダウンして、小さくおさまるだろうけれど)
家の大きさや、知性や教養を自慢している人に、こういうこともあるよ、って、知ってほしかったりする。
スケールの小さいことで自慢してたら恥ずかしいよ、ってこと。
膨大な書籍があっても、間違った読み取り方、応用の仕方、展開を繰り拡げ、
映画に出てくるような、世界を破滅させる悪玉のごとく、
良くない考えを生んでいては、意味がないけれど。


地方のイエは、相続税によって分割され、空中分解。
それとともに、地方の活力も失われ、同時に衰退した、と述べられる。

家督は続かなくても、イエ制度はなくなっても、
子孫という、血のつながりが残り継承されるということで、確実な足跡が残り、未来につながる。
これは、宗教よりも大切な、実体のある、「生きる意義」だそうだ。

女性も、家庭でくすぶって世間を知らないのではなく、磨かれたキャリアウーマンが多くなり、
パーティでも、美人をよく目にするようになったが、
なかでも後光がさして、光り輝いている人は、保育関係の仕事をしている人だと、著者は言う。
子供を生み、育てることに力を注ぐ人は、表現しようがないほどの品性が備わると。
昔なら、お姫様か、高貴な人にだけ備わっていた美が、
有能バリバリのキャリアウーマンにではなく、保育関係の人に、備わっている、と。

ちょっとこれは、いかにも、ご高齢の男性のまなざしだと思ったけれど。
男性と肩を並べて、能力で競い合うと、女性らしさは、自然と、はがれ落ちるかもしれない。
しかし、女性らしさを表現する分野の仕事なら、女性ならではの特性が生きるだろうし、
あるいは、仕事ではない場面で、オフ時に女性らしさを出すこともあるし、
広い分野の女性たちを広い目で見ていただきたい。
そもそも男らしさ、女らしさ、って、なに?という、ジェンダーの考え方も浸透し、
昔とは違ってきている。

とはいうものの、おっしゃりたいニュアンスは、わかる。

ブッシュ・元大統領夫人のような、ああいう、子供を家庭で育てる、いわゆる「婦人」像。
子供を生み育てる、豊かなこころを持つ、慈愛に満ちあふれる賢婦人。
そういうイメージを著者は絶賛しておられた。

昔は、職業婦人は、高貴な、裕福な階級から見ると、
嫁に行けない人、貧しい家の人、と、見下げられていた。
「家事手伝い」という、良家の子女の、嫁に行くまでのモラトリアム期間も設けられていた。
今では、家事手伝いなどという人種は、パラサイト・シングルやニートに他ならない。
ただ、良家の子女の場合は、多少は大目に見てもらえるのかもしれないが、
いくら良家の子女でも、仕事もしないで、お稽古ごとばかりでは、
生活能力がないかもしれないと、結婚相手に引かれかねない。

おっと、脱線。

昔の価値観と、今の価値観を、うまく、スライドできていない人が、身近にいると、
ついつい、熱が入ってしまう。

文字数も、どんどん増えて行ってしまうようなので、延々、立ち読みの本のお話は、
ここで終了いたします。

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わたしの抜粋には、かなりの偏りがあります。
しかも、ばばっと短時間に読んだ、立ち読みですので。

著書を買って読んでいただくか(広告料、いただいてません)、
どなたかのブログに、ちゃんと、きっちり正確に内容が紹介されているので、
それをお読みいただくか、
正しい方法で、知性を吸収していただくことをおススメします。

トップ写真は、お昼に食べたグレープフルーツ。
わたしのアタマも、まっ二つに割ると、種いっぱいで、スッパイだけ?


婚活、うまくいくことをお祈りしています

2011-01-28 | 時事&世の中

今日は、ふらふらと、ブログ村を出歩いていた。
今、帰ってきたところ。
時間がないのに、どこをうろついている?
さあ、はやく、更新しなくっちゃ。

本日のわたしのエッセー・ランキングの人気記事のひとつ上に出ていたブログが目にとまった。

それのひとつ目の記事を読むと、最後に「To be continued」となっていて
リンク先に(無理やり)飛んで行かされると、「婚活」ジャンルのランキングになっていた。
そのブログは、エッセー以外に、婚活ジャンルに登録されているようだ。
(ひとのことはまったく言えないけれど、そのひとには悪意はないだろうけれど
意に反して飛ばされると、トリッキーなようで、ちょっと後味はよくなかったが・・・)

ずらり、ずらずらある婚活ブログ

で、そのランキングされているブロガ―さんが、ずらずら~~といるなかで、
IN数は少ないが、OUT数の多いひとのブログを見てみた。

そのひと、Mさんの記事に別の婚活女性、Iさんがコメントしていて、
貼り付けてあるURLから、Iさんのブログにまたまた飛んで行った。

そこに、(よせばいいのに)(あほみたいに)、わたしはコメントを寄せた。

あまり懇意でもない男性からメールで、質問攻めにあってイラつく、という記事だった。
次々に質問してくる男性。

男友達は、多い?
彼じゃない男友達と二人っきりでも会う?
きょうだいは、いる?
お兄さんの職業は、なに?

あきらかに、カノジョ候補、その先には、結婚相手候補を探していると思われる内容。
焦ってるって、かんじ。
もっと、時間をさいて、ゆっくり、自然な会話の中で、聞いていけばいいものを。

せっかちなのか、時間や手間暇が惜しいのか、手順がメンドーなのか、合理主義者なのか。
女性心理に無頓着なのか。

オトコのひと、なんだかかわいそう・・・

でも、こんなにぼろくそ言わなくても、いいじゃない、と、男性の肩も持つ、わたし。
人間関係、とくに、女性とのお付き合い経験が浅いのだろう。
よほど、モテモテの人は別として、
ひとは、失敗経験を積んで、徐々に学んでいく。
経験を積むにも、最初でつますいて、経験自体を積み損ねる。
失敗だと気付くとろこにたどり着く以前に、女性に入り口のところで嫌われて、
交際そのものすらスタートしない。

女性も、もっと、おおらかなこころに、なれないのかな?
(でも、あまり、おおらかになりすぎると、
うちの夫のような甘甘マザコン夫を修正・矯正できないままの、無能妻になってしまうけれど)

そのひと、Iさんのブログには、おそらく、わたしは、もう訪れないだろう。


Iさんは、もともとMさんのブログに、コメントをつけていたひとなのだが、
そのMさんに、わたしは、またまた(よせばいいのに)(あほみたいに)コメントをつけた。

アラフォー30歳半ば過ぎの、東京在住、学歴も年収も、まあよく、アソビまくったMさん。

アソビにも飽きて、そろそろ結婚を、ということで婚活中。
スミからスミまで、ブログを読んだわけではないので、よくわからないところもあるけれど、
学歴あたりは、わたしの勝手な想像。
だって、あれだけのことを男性に望んで言ってのける、ってことは、
それなりの学歴・能力があるに違いないと、確信している。(ですよね、Mさん)
(が、その割には、アソビのイメージが、わたしの描く学歴・能力のイメージと、ちょっと違うのだけど)

いやあ・・・それにしても、目が厳しい。
あれでは、ほとんどの男性は、彼女たちの基準をクリアーできない、と、なかば恐怖に映った。

学歴、経済力があるけれど、生真面目、勉学・仕事一筋のダサダサ君とかではなく、
よくアソビ、よく学べのコース。
男性で、条件が整って、なおかつステキな人は、とっくに結婚してるのが、現実。
結婚してないとすると、すこぶる理想が高いので、ちょっとやそっとの女性では合格点に達しないだろう。
接点のないところの「虚」を求めて、婚活しても、
実を結ぶのは、地面や土のないところに種をまいて、水をやるようなもの。
(水だけで育てる植物もあるけれど)

望むのは、自分より上のランク? 同じランク? 下のランク?

下方婚を求める上層男性(=上方婚を求める、上層以外の女性とすでに結婚)
同レベルを求める上層男性(=同レベルの上層女性とすでに結婚)

上方婚を求める上層女性(=日本にはいないので、世界のトップレベルの方と、どーぞ)
同レベルを求める上層女性(=男性は、下方婚、または同レベルの人とすでに結婚して、人数が激減)

(※上方婚=自分より上のランクのひととの結婚
  下方婚=自分より下のランクのひととの結婚)

男性が下方婚を、女性が、上方婚を好む限り、
上層男性・下層女性が一番、選べる範囲が広くて、
上層女性・下層男性が、一番、選べる範囲が狭い。

なので、女性が、下方婚を、男性が上方婚を望めば、マッチングの数は、激増するはず。
だけど、男性はよくても、女性が、どう思うか。
男性がよほど若くて、イケメンで、性格がよい、ぐらいのメリットがないと、
女性は、年がいっていて風采もあがらず、年収も自分より下で、という男性と結婚するかしらん。

ま、それはそれとして、多くの男女が頑張って努力している。

複合的、いろいろな見かた、複雑な心境です。

わたしは、母親の目になる。
しかも、娘の母親でもあり、息子の母親でもある。
子供たちは、自立して気がつくと、家庭生活自立ができていない夫が残った。
マザコン夫の嫁でもある。

わたしが、いまの彼女たちのような状態なら、ぜったいに、マザコン夫とは結婚しなかっただろう。
幸か不幸か、結婚したので、娘や息子たちが、この世に誕生した。

しかし、娘たちは、(アソビの傾向や嗜好は違うにしても)、Mさんとおなじように、
厳しい目で、男性を結婚相手として落第させていく。
いつまでも、いつまでも、そうし続けるとは思えないが(思いたくないが)、

彼女たちをつくりあげたのは、だれ?
結婚なんてしたくなかったけど、
そうしたくても、できなかった、母である、わたし?
結婚って、よくないよ、って、娘たちに無言で伝えているのだろうか。
それとも、世相、時代の風潮?

わたしができなかったことを堂々とできて、
わがままいっぱい言えていいなあ・・・と羨ましい半面、
イラついちゃうのは、なぜなんだろう?

ナニ様?

いえ、あなた様は、お偉い。おそらく。たぶん。
無理して結婚しなくても、いいんじゃないかって思う。
ある年齢に達すると、肉体的にだけでなく、いろんなことが、もう無理なんじゃないかって思う。

アカの他人だから、突き放しているようだけど、
これが、我が娘なら、もっともっと、あの手この手で、ある年齢になるまでになんとか、と、
アメとムチで、頑張って結婚をススメるだろう。

ひとりで生きていけるのなら、そっちもいいかも?なんて、思うけれど
とりあえずは、結婚して、子供を産んで、育てて、それから、また、考えたらどう?

なんて、自己中なの。わたし。


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世の中には、もっと違う立場や環境、考えで、婚活をしている人々も多くおられることでしょう。
ただし、あやしい結婚相談所もあり、まんまと騙されて、大金を棒に振った方もおられるようです。

日本人女性が嫌がるような条件の結婚生活を、
大金を払って、海外の女性に代わりにやってもらおう、なんて、
なんだか、人身売買みたいで、ぞっとします。


まだまだ続く、負け犬の遠吠え

2011-01-22 | 時事&世の中

夫や家族のため、家を美しく清潔に、住みやすく、居心地よく整える。

それが、主婦のつとめ。

なんですよ、ね。

国の税金で専業主婦の年金まで支払ってくれていたんだから、専業主婦としては、
せめて、国に経済的負担をしてもらった分、子供を育て、夫を家庭で慰労し、元気になっていただいて、
労働の再生産のモトとなるパワーを家でチャージさせ、
彼らが外で労働し、得た報酬から、税金を払って社会へ還元していただかなければ、ね。

専業主婦は、外でお金を稼がない分、家族に稼いでもらって、国からいただいたお金、
せめて少しでも国にお返ししないと。
逆に言えば、家族が納めている税金を堂々と使っているだけか。


これって、家族のためだけにある、家庭内労働は、非生産的であると思われがちではあるが、
間接的に、まわりまわって社会へ貢献していることになるのかな。
家族は、社会のもっとも小さいコミュニティー。
じゃあ、いま、増え続けている、おひとりさまは、単体でも、コミュニティーなの?

どちらにしても、
遊びほうけていては、いけません、ね。
夫を大事に扱わないといけません、ね。

でも、おひとりさまも、いいかもしれません、ね。


とまあ、わたしは、理屈はよくわかっている。
正しい理想を述べるだけなら、超・優等生。
しかし実践となると、劣等生の落ちこぼれ。奈落の底に、まっさかさま。

専業主婦か、そうでないかで、事情は大きく違ってくる。
今どき、専業主婦を丸抱えできる夫って、かなり高収入の人でないと無理。
妻は、働けないのか、働かないのか、
はたまた、働かないとやっていけないのかによっても、違ってくる。
そして、働くにしても、
「ちょっとだけ、わたしだって働いてるのよ」という補佐的働き方と、
「家計の大黒柱が2本あるような、男性と肩を並べて働いている働き方」や、
「1本の大黒柱として黙々と働く」働き方とでは、ずいぶん違ってくる。

ほんの少し働いて、ほんの少しお給料をいただいて、
「わたしも働いているんだから」と五分五分の顔をし、家事も五分五分をめいっぱい主張するのは、いかがなるものか。
もし主張したとしても、実際に家事を五分五分にやってくれる夫は、どれだけ存在するのか?


わたしの夫は、いまになって、後悔しているはず。
結婚相手としては、五分五分に権利を主張する、カシコイ同級生パートナーは、敬遠し、
かわりに、自分よりうんと劣る女性と結婚し、生涯、優位を保つ予定だった。
が、年月が経ち、あほなくせに、主張だけは一人前、みたいな嫁に変貌していた。
同じ偉そうにされるなら、自分と同じぐらい、もしくはもっと稼ぐ、社会的にも立派な女性と結婚していればよかった、と。

こんなはずじゃなかった・・・後悔、先に立たず。計算が、狂った。
最初に、楽をしようとしたのが、まちがいのモト。
(わたしにも、言えます・・・)


ちんぷんかんぷん「まいにちフランス語」のラジオ講座を毎日、(成果もないのに)聞いているが、
そのなかで、フランスと日本の違いみたいなことを語る新企画が始まった。
フランスでは、子供を持つ母親は、ほとんどが働いているそうだ。
結婚か仕事か、という二者択一を迫られるのではなく、
人生の選択肢が柔軟に広く確保されているとか。
日本では、まだまだ生き方を選べる有利な環境が整っていない。

日本人にとっては、結婚は人生の一大事で、カップルの生活に重きを置くのではなく、
なにより大事にしているのは、「家庭」だと、フランス人に評されている。
確かにそのとおりです、ね。


育児休暇。
これが取れる職場と、取りにくい職場がある。
理想を言えば、きりがない。
小さな規模の職場では、育児休暇を取られている間、残された人は、かなり仕事に支障をきたす。
その間だけの短期間では、補充要員は雇えない(求職者は、臨時期間だけの就労を望まない)
なので、職場内で、育児休暇を取っている人の分まで必死で、他の人が負担を強いられる。
次から次から、育児休暇を取られると、
他の人の負担はどんどん増え、肉体的にも精神的にも耐えられなくなってくる。

その仕事の辛さ、しんどさを家庭にぶつける。
家庭内は、ピリピリ。
深刻な状況。

子供を産み育てるため、国の人口を増やすため、
目に見えないところで、縁の下の力持ちたちの負担の上で、育児休暇は成り立っている。

夫は、職場で耐え、主婦は、家で耐え、みんな耐えている。

育児休暇は、当然の権利だと声高に叫ぶのは、とてもよくわかる。
でも、じっと耐えている人々が支えている、そういう背景もあるんです、ってことも、知ってほしい。

みんなで協力し合わないと、国の少子化は益々進むから。
だから、頑張って、耐えているんです。
でも、無関係な人にとって、そこまで考えて、家で耐えている人は、いるんだろうか?

理屈や理想は、現実とは、ちょっと違うんです、よ、ね。
世の中のことが、よくわかっていない人って、ある意味、羨ましい。
自分だけのシェルターに閉じこもっていればいいんだから。

自分に影響や被害が及んできてはじめて、世の中との接点を見出すことになる。
対岸の火事だと思っていたことが、実際に火の粉が身に迫ってきて、熱く感じる。


どっちにしても、みんな、なんらかのかたちで、つながっているということ。
ぐるぐるぐる。スパイラル。

経済で言えば、今、日本は、マイナスのスパイラル。
生活、暮らし全般も、このスパイラルに影響を受け、マインドも負のスパイラルに陥らないようにしなければ。

なんだか、まとまりがなくなってきた。
わたしのブログも、おさまりどころのない、スパイラル。

 

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トップ画像は、あるところで、昨日、お見かけした、アレンジフラワー作品。
色合いがちょっとシブめですね。
ピンぼけを、アート・フォト・フレーム加工にして、ごまかそうとしたけれど、ピンぼけは、ピンぼけ。

 


街は、迎春ムード

2011-01-09 | 時事&世の中

街を歩くと、人々の動きを感じる。
大勢の人の姿、いろんな目的で、いろんな人々が集まっている。

ちょっとした、人が行き交うビルの空きスペースに、こういったお正月っぽいアレンジが見られる。

はい、ぱちり。

トップ画像と、↑上の写真の両方が入るように撮った写真↓は、ぶれぶれ。
で、しかたなく、縮小して、ゴマカシました。

トップ画像は、↓ふたつ並んでいるなかの、右側→、上の写真は、左側←

 

ケータイは、便利でいい。
どんなところでも、おやっと思った瞬間、カメラにおさめられる。
ただ、なかなか焦点が合わなかったり、何度も撮り直す時間がなかったり、で、
↑上のような苦肉の策に、苦笑い。

暗いところでは、わたしのケータイは、無能ぶりをとたんに露呈する。

あれこれブログを見ていると、写真は文字以上に、多くを語る。
大きな画像で、限りなく美しい風景や、インテリアを映すのも素敵だし、
ピントを一点に絞り込んだ、個性的な写真も、こころ動かされる。

カメラを映すひとの、こころまで映しているような。
被写体そのままであることもあるが、
実物よりずっと良く映し出されたり、悪く映ったり、イメージがガラリと違ったり。
アレンジの仕方で、どうにでも変化するのは、料理や、お化粧・ファッションとおなじ。

画像の質やアングルより、臨場感が求められる場合もある。
多くの言葉より、一枚の写真で、ストレートに訴える。


戦場のカメラマン、今、話題のひとだが、
ひとは、どういう視点で、話題になるか、わからない、典型的なひと。
わたしの住む地域の近くの会場で、来月、講演会が行われるようだ。

世界からのメッセージ~平和と命の大切さ~

おひとりさま、1800円。高いか、安いか。
このカメラマン、渡辺陽一さん、いったい、なにを語ってくれるのか。

超スローモーの話し方で、お笑いネタに使われ、テレビで引っ張りだこだが、
無名の彼なら、そんな彼の話を聞く機会はなかっただろうから、
多くのひとに彼の話を聞いてもらうには、例え、ネタがらみであっても、そういう掴みがあってもいいのかも。
でも、相変わらず、お笑いに使われるネタっぽい話が大半なら、ガッカリ落胆しそうだ。

聞きに行く気にはならないのは、やはり、テレビでの露出頻度が高すぎる、ブームっぽい扱いのせいだろう。
渡辺氏には、このブームを利用し、おもいっきり稼いでもらって、
その資金で、また、世界の先端、いろんな場所に赴き、カメラマンとして活躍してほしい。

と、またまた、ナニ様発言。


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年末年始、わたしが、女中奉公・時空旅行に行っているあいだ、
ブログから遠ざかってしまいました。

その間も、お寄りいただいた皆さま、ありがとうございました。