常住坐臥

ブログを始めて10年。
老いと向き合って、皆さまと楽しむ記事を
書き続けます。タイトルも晴耕雨読改め常住坐臥。

書くに値する毎日

2024年05月07日 | 日記
昨夜聞いた眠るための朗読。小川未明の『眠くなる村』。旅人がこの村を通ると、身体全体が重くなり、道端の石に腰をおろして休むとそのまま寝入ってしまい、起きたころは日も傾いている。この話を伝え聞いた人々は、この村を恐れ、ここを避けて遠回りする人のいる事態になった。kという人物がいた。彼はこの村に興味を持ち、ぜひこの村を通り、眠くなってもがまんして寝ずにこの村を観察したいと考えた。人々が恐れるこの村に通りかかると、そこは淋しく何もない村だ。そのうちに急に身体が重くなり、木陰で休んだ。眠りをがまんするどころか、そのまま眠ってしまった。彼は誰かに呼び掛けられるような気がして目を覚ますと、日は落ちてあたりはすっかり暗い。

「しまった」と思いながら、目をこらすと、少し離れたところに老人が立っていた。ぼろぼろの衣を着、肩に大きな袋をかけている。老人はすたすたとkに近寄り、「そなたを起こしたのはわしじゃ。頼みたいことがある。聞いてくれるか」と言ってきた。kは、「私にできることならやりましょう」ここは老人の作った村で、袋の砂をまくと余分なものは消えさり、ここを通る旅人は眠るようになる。自分はもう年で、これから先このことを続けられるか分からない。ついては、この砂を分けるから、適宜まいてくれないか、という頼みであった。kは袋を受け取って歩き出すと、向こうで工夫がたくさんいて汽車の線路を作っている。kは迷うことなく出来上がった線路へ砂をまく。

たちどころに線路は錆びはじめ、線路が消えていく。ここまで聞いて、私は眠りに入った。その後、どうなったか。今夜続きを聞くのが楽しみだ。本棚につかこうへい選『書くに値する毎日』を見つけた。芥川龍之介の「田畑日記」。大正6年8月26日
起きて顔を洗って、にぎり飯を食って、書斎の机に向かったが一向にものを書く気にもならない。そこで読みかけの本をよんだ。なんだか変な議論が綿々と書いてある。面倒くさくなったから、それもやめにして腹んばいになって小説を読んだ。土左衛門になりかかった男の心もちを、多少空想的に誇張して、面白く書いてある。」

芥川はこの小説が面白いと思ったとき、アイデアを持っていた自分の小説が猛烈に書きたくなった、と書いている。文豪の日常の過ごし方が、小説を書くモチベーションのになっている。芥川にとって、まさに書くに値する時間がそこにある。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする