弘前の岩木山の麓に「森のイスキア」という施設があった。90歳にもなろうという佐藤初女さんが運営していた。生きることに迷い、疲れて救いを求めてくる人の話を聞き、食事や眠りを供する施設だ。平成28年2月、初女さんはそこで93歳の生涯を閉じた。初女さんの握るおむすびは丸い形をしていた。初女さんの言葉。「おむすびの形は丸でも三角でもいいんです。大切なことはそこに魂が入っていること。こころを尽くしてにぎれば、どんな形のおむすびでもおいしいはずです。ただ、これが意外にむずかしいんですね。」
初女さんのおむすびに救われた青年の話がある。死にたいと思いつめている青年に家族がすすめたのは、「森のイスキア」を訪れることであった。初女さんの前で青年は、ただ泣きながら自分の苦しさを訴え続けた。明け方になってとにかく寝ようということになったが、青年は眠れなかったに違いない。翌朝、朝ごはんの用意をしていると、青年は起き出してきて「帰る」と言い張る。疲れているからもう一日、二日泊まったらとすすめても、「帰る」のいってんばり。
そこへ家族から電話があった。初女さんが青年の様子を告げると、家族から何があっても覚悟は決めていますから帰してください、ということなので新幹線で帰すことになった。途中お昼になるので、弁当はおむすびがいいと思い、おかずをつめて送った駅で持たせた。夜になって家族から電話があり、「何かしてくれたんですか。元気のなってもどってきました。」「いいえ何もしていません。ただ話を聞いただけです。」
後で分かったことだが、青年は電車のなかで、初女さんのおむすびのいい匂いがする。タオルにくるまれたおむすびは、握りたてのようであった。タオルが熱を吸収して、おいしいのだ。青年はそのおむすすびを食べて、こんなに自分のことを思ってくれている人がいるのに、たんてバカなことを考えたんだろう。人の思いが胸ねにささり、きっぱりと立ち直ることができた。
来月、八甲田山と岩木山に登る。森のイスキアに思いを馳せ、岩木山で生きることの意味をかみしめて歩くのもいい。