遠藤(えんどう)さえ子を見つけた三人は、彼女の尾行(びこう)を始めた。権藤(ごんどう)は探偵(たんてい)にささやいた。
「おい、声をかけなくてもいいのか? 命(いのち)を狙(ねら)われてるかもしれないんだぞ」
「それは…どうかなぁ?」探偵は曖昧(あいまい)に答える。
遠藤さえ子はとある雑居(ざっきょ)ビルに入って行った。三人も後に続こうとしたが、探偵が二人を押し留(とど)めた。さえ子が入って行ったのを待っていたかのように、帽子(ぼうし)にマスクをした女が後を追(お)いかけるようにビルの中へ――。三人は気づかれないようについて行った。
女たちは屋上(おくじょう)へ上がって行った。探偵たちは物影(ものかげ)から様子(ようす)をうかがう。女たちは手すりの前で何か話をしていた。遠藤さえ子の方は思いつめた表情(ひょうじょう)で肯(うなず)いていた。二人は手すりを両手で持って、さえ子の方が先に手すりの外へ出た。そして、もう一人の女が手すりを乗(の)り越(こ)えるのを待った。次の瞬間(しゅんかん)、探偵が女たちの方へ飛び出して行った。
自殺(じさつ)するのを止めた探偵は、権藤に言った。「この人が、僕(ぼく)らが追っている犯人(はんにん)です」
権藤は目を丸くした。探偵は、陽子(ようこ)にマスクの女の身体(からだ)を調(しら)べさせた。すると、折(お)りたたまれた紙(かみ)が出てきた。そこには、連続殺人(れんぞくさつじん)の犯人は自分(じぶん)ですと書かれてあった。
探偵はその女に、「これがその証拠(しょうこ)です。警察(けいさつ)に犯行声明(はんこうせいめい)を送ったのはあなたですね。あなたは、この遠藤さえ子さんを自殺させて、罪(つみ)をなすりつけようとした。違(ちが)いますか?」
<つぶやき>女は犯行を自供(じきょう)。借金(しゃっきん)の返済(へんさい)を迫(せま)られて、やむなく殺害(さつがい)を計画(けいかく)したとか…。
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その時、捜査本部(そうさほんぶ)に電話が入った。電話に応対(おうたい)した刑事(けいじ)が血相(けっそう)を変えて叫(さけ)んだ。
「権藤(ごんどう)さん、埼玉県警(さいたまけんけい)から…、犯人(はんにん)を逮捕(たいほ)したそうです!」
権藤は気が抜(ぬ)けたように呟(つぶや)いた。「何だと? それじゃ…」
「まだだ…」探偵(たんてい)は頬(ほお)に手を当てて、「これはまずいなぁ。次の犯行(はんこう)が…」
権藤は、「何を言ってる。犯人は逮捕されたんだ。次の犯行なんか――」
「だから言ってるでしょ。これは連続殺人(れんぞくさつじん)じゃない。それぞれ別々の犯罪(はんざい)です。犯人も一人じゃない。急がないと、犯人に逃(に)げられるかも…。さぁ、頼(たの)んだことをやってください」
権藤は探偵に詰(つ)め寄って、「ちゃんと説明(せつめい)しろ。そうじゃなきゃ動(うご)けんだろ」
「分かりました。そもそも最初(さいしょ)から見立(みた)てが間違(まちが)ってたんです。殺害方法(さつがいほうほう)も違うし、二人の被害者(ひがいしゃ)の接点(せってん)もない。連続殺人とする根拠(こんきょ)はあの犯行声明(せいめい)だけ…。僕(ぼく)が注目(ちゅうもく)したのは、なぜそんなものが送られてきたのか? その答えは、今回の殺人で明白(めいはく)になりました。この犯人は、犯行声明を送りつけて、これが連続殺人だと思わせたかったんです。もし埼玉の逮捕の報道(ほうどう)を犯人が見たら――」
「逃げ出すだろうなぁ」権藤は呟いた。「よし、みんなで手分(てわ)けするぞ。急げ!」
刑事たちは飛び出して行った。探偵は権藤を呼(よ)び止めて、
「僕たちは、<え>で始まる遠藤(えんどう)さえ子を当(あ)たりましょう。陽子君、君は――」
陽子は待ってましたとばかり、「行きますよ。あたしは助手(じょしゅ)なんですから」
<つぶやき>いよいよ犯人を追いつめて…。次回で終わらせないと、話が長くなってます。
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男は微笑(ほほえ)むと、「大丈夫(だいじょうぶ)だよ。これでも刑事(けいじ)だぞ。そう簡単(かんたん)にはやられないさ」
柊(ひいらぎ)あずみは強い口調(くちょう)で、「あなたは分かってない。あいつらの本当(ほんとう)の恐(おそ)ろしさを…」
男はあずみの真剣(しんけん)さに驚(おどろ)いて、「わ、分かったよ。もうしないから…。でも、もし何かあったら…、俺(おれ)にできることがあったら、何でも言ってくれ。なっ」
「ええ。ごめんなさいね。でも、あなたの命(いのち)にかかわることなの。あなたには生きててほしい。それが、私の望(のぞ)みなの…」
二人は、どちらからともなく抱(だ)きあった。そして、男は出て行った。あずみは、閉まった扉(とびら)の前で、ふっと息(いき)を吐(は)いた。その時だ。背後(はいご)から声がした。
「おばさんも、なかなかやるじゃない」アキの声だった。それをたしなめるようにハルが、
「もう、そんなこと言っちゃいけないわ。おばさんだって――」
「ちょっと待って!」あずみは照(て)れくささを誤魔化(ごまか)すように、「あの、何度も言ってるけど、私はおばさんじゃないから。そこは、間違(まちが)えないでよ」
あずみは姉妹(しまい)を追(お)いかけた。まるで子供のように追いかけっこが始まった。あずみは二人をつかまえて抱きしめると、ぽつりと言った。
「ねぇ、あなたたちのこと聞かせて。何だかとっても知りたくなっちゃったの」
ハルが答えた。「ええ、いいわよ。その代(か)わり、今の人のこと教えてよ」
アキがおませな子のように、「あれはもう、キスまでいってるはずよ。そうでしょ?」
<つぶやき>誰(だれ)でも人恋(ひとこい)しくなるときがあるようです。そんな時は、あなたの方から…。
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夕方(ゆうがた)になって、やっと捜査本部(そうさほんぶ)に顔を出した探偵(たんてい)。それまでの間、何度も陽子(ようこ)のスマホに権藤刑事(ごんどうけいじ)からの着信(ちゃくしん)が有ったとこは言うまでもない。権藤は探偵を見つけると、
「コラ、昼間(ひるま)! お前、今まで何やってたんだ!」
探偵は詰(つ)め寄る権藤にひるむこともなく、「そろそろ調(しら)べが終わった頃(ころ)だと思って」
「あのな、俺(おれ)たちは、お前の使い走(ばし)りじゃねえんだぞ。勝手(かって)なことしやがって――」
「時間の無駄(むだ)ですよ。さっさと報告(ほうこく)してください。ちゃんと見つけてくれたんでしょうね」
「あたりまえだ」権藤は小さなメモ帳(ちょう)を机(つくえ)に放(ほう)り投(な)げると、「借用書(しゃくようしょ)は見つからなかったが、誰(だれ)にいくら貸(か)したかこれに書いてあった」
探偵はメモ帳を見ながら、「帳簿(ちょうぼ)も見つからなかったんでしょ。おそらくパソコンに入っているんでしょう。これだけの人数(にんずう)ですから、被害者(ひがいしゃ)を手伝(てつだ)ってた人間(にんげん)がいるはずだと…」
「そんなことは分かってる。だがな、借(か)りていた人間のほとんどがネットを使ってやり取りしてるんだ。その、手伝っていたのがどんなヤツなのかは――」
「そんなのは簡単(かんたん)なことです」探偵はメモ帳を示して、「この中で、大口(おおぐち)の借り主(ぬし)をあたってください。それと、ここ…。身柄(みがら)を確保(かくほ)した方が…。僕(ぼく)の考えすぎだといいんですが」
探偵が指(ゆび)さしたところには、榎木町(えのきちょう)・遠藤(えんどう)さえ子と書かれていた。
<つぶやき>やっとやる気を出してくれたみたい。陽子さんもきっとホッとしてるはず。
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翌日(よくじつ)、探偵(たんてい)はまだベッドの中にいた。寝室(しんしつ)のドアを叩(たた)く音で探偵は目を覚(さ)ました。ドアを開けて入ってきたのは助手(じょしゅ)の陽子(ようこ)だ。陽子はまくしたてるように言った。
「先生(せんせい)、何やってるんですか? 電話(でんわ)しても通(つう)じないし、こんな時間まで寝てるなんて。もう、信じられない。先生のせいで、あたし、権藤(ごんどう)さんに怒鳴(どな)られて――」
探偵はベッドから起き上がると、上半身裸(じょうはんしんはだか)になっていた。それを見た陽子は、小さな悲鳴(ひめい)をあげて飛び出して行った。探偵はゆっくりと着替(きが)えをすませると寝室を出た。
「君(きみ)は、男と付き合ったことはないのか? 何なら、僕(ぼく)が良い人を――」
「先生! 今、そんなこと言ってる場合じゃないです。権藤さんが連れて来いって…」
「それは無理(むり)だ。これから、朝食(ちょうしょく)をとらないといけない。先に行っててくれ」
「朝食って、もうすぐお昼(ひる)なんですけど…。いつまで寝てるんですか?」
「僕は、寝たいときに寝たい時間だけ寝ることにしている。これが一番、健康(けんこう)にいいんだ」
「また、そんなこと言って…」陽子は卓上(たくじょう)のスマホをとって、「それに、何でスマホの電源(でんげん)を切るんですか? これじゃ、連絡(れんらく)とかできないじゃないですか?」
「そんなもので、大切(たいせつ)な時間を無駄(むだ)にしたくないからだ。もちろん、事務所(じむしょ)に電話をつけるつもりもない。それより、頼(たの)んでおいたこと、ちゃんと伝(つた)えたのか?」
<つぶやき>もしこんな上司(じょうし)だったら、胃(い)が痛(いた)くなりそうですよねぇ。転職(てんしょく)を考えないと。
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