古(ふる)ぼけた洋館(ようかん)。建てられた当時(とうじ)はハイカラな住まいだったが、百年近くたった今となっては見る影(かげ)もなかった。広い庭(にわ)も雑草(ざっそう)や木々(きぎ)が生(お)い茂(しげ)り、うっそうとした森と化(か)していた。
その洋館を前にして一組の一家が呆然(ぼうぜん)と立ちつくしていた。中学生の娘(むすめ)が誰(だれ)に言うともなくつぶやいた。「あたしたち、ここに住むの…」
「そうね」妻(つま)は戸惑(とまど)いをあらわに言った。
「こんなにひどいとは思わなかったわ」
夫(おっと)は取(と)り繕(つくろ)うように、「すっごい屋敷(やしき)だろ。子供のときさ…」
「あなた、どうしてちゃんと確認(かくにん)しなかったの」
妻は静(しず)かに言った。しかし、その声には身(み)も凍(こお)るような冷(つめ)たさがあった。
「いや…。子供の頃、ここに来たとき、ほんとワクワクするようなところでさ」
「それ、何十年前の話なのよ。もう、私たち戻(もど)れないのよ、前の家には」
「お前だって、大きな屋敷に住めるって、喜(よろこ)んでたじゃないか」
「それは、あなたが大叔父(おおおじ)の遺産(いさん)がもらえるって、大はしゃぎするから…」
「ねえ」娘が話に割(わ)り込んで言った。「中に入ろうよ。どんなだか見てみたいわ」
「ああ、そうだな」夫は鍵(かぎ)を出しながら、「きっと、お前も気に入ると思うよ」
「明日から大変(たいへん)よね。きれいに掃除(そうじ)しないと」娘は楽(たの)しそうに言った。これから始まる新生活に胸(むね)を躍(おど)らせているようだ。「ねえ、友だちができたら、呼んでもいい?」
<つぶやき>どこまでも前向きでいたいよね。それが幸せにつながるのかもしれません。
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