「なあ、頼(たの)むよ。俺(おれ)、今日は部活(ぶかつ)に遅(おく)れるわけにいかないんだ」
服部(はっとり)はそう言うと教室(きょうしつ)を飛(と)び出した。その様子(ようす)を見ていた班長(はんちょう)の香里(かおり)が近寄(ちかよ)って来て、
「ねえ、吉井(よしい)君。何で断(ことわ)らないのよ。掃除当番(そうじとうばん)なんだから、服部君にやらせなきゃ」
「いや、あの…、別に僕(ぼく)は…」吉井はうつむいたまま答えた。
そこへ、野球部、陸上部、バレー部などの部長(ぶちょう)たちが走り込んできた。少し遅れて、書道部、茶道(さどう)部、吹奏楽(すいそうがく)部、料理研究部の部長たちも。この学校の全てのクラブの部長たちが勢(せい)ぞろいしたようだ。彼らの目的(もくてき)は吉井君。でも、彼のことを吉井と呼ぶものはひとりもいなかった。鈴木(すずき)、山崎(やまざき)、亀山(かめやま)、佐藤(さとう)、沢田(さわだ)、林(はやし)……などなど。
「吉井君、どうなってるのよ」香里は、教室いっぱいに集まった部長たちを見て言った。
「いや、あの…」吉井は頭(あたま)をかきながら、「代(か)わってくれって頼まれて、それで…」
真(ま)っ先に吉井の腕(うで)をつかんだのは野球部だった。「頼むよ。今度の試合(しあい)に勝(か)ちたいんだ」
ほかの部長たちも吉井に近づこうと押(お)し合いながら、「うちのクラブには君が必要(ひつよう)なんだ」「あなたの才能(さいのう)を生かせるのは私たちのクラブよ」「いや、俺たちのクラブに」
「ちょっと、待ってよ!」香里が大声を張(は)り上げてみんなを制(せい)した。
「吉井君は誰かの代わりなんかじゃないわ! 吉井君は、吉井君なんだから」
「いや、あの…」吉井は香里に申(もう)し訳(わけ)なさそうに言った。「別に、僕は…」
<つぶやき>代役(だいやく)なのに才能を発揮(はっき)してしまう。吉井君とは、いったい何者なのでしょう。
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