とある温泉旅館(おんせんりょかん)で事件(じけん)は起こった。ここに宿泊(しゅくはく)していた女性客が、部屋から忽然(こつぜん)と姿(すがた)を消したのだ。部屋には荷物(にもつ)が残され、飲みかけのお茶と、食べかけの茶菓子(ちゃがし)がそのままになっていた。すぐに警察(けいさつ)が呼ばれたが、なにぶん田舎(いなか)なので駐在所(ちゅうざいしょ)の老巡査(ろうじゅんさ)がやって来た。
「そんで、だれも旅館から出てくの見とらんのかね?」
老巡査は従業員(じゅうぎょういん)一人一人に訊(き)いてみたが、だれも見たものはいなかった。
「旅館の中、くまなく探してもおらんかったんだね。そんで、どんな人だったん?」
「それが…」担当(たんとう)の仲居(なかい)が答えた。「顔はよく分からんのだわ。帽子(ぼうし)かぶってサングラスかけて、マスクしとったの。でもね、背格好(せかっこう)は女の人だったよ」
「顔が分からんかったら、捜(さが)しようないわなぁ」老巡査は頭をかいて、「荷物、見せてもらえるかな? なんか、手掛(てが)かりがあるかもしれんし」
残されていたのは小さな鞄(かばん)が一つだけだった。どう見ても男物(おとこもの)の鞄だ。女性の持ち物とは思えない。老巡査は鞄を開けてみた。中に入っていたのは、女性がかぶっていた帽子に、サングラスとマスク。それに、女性が着ていた服。これは、仲居が間違(まちが)いないと確認(かくにん)した。
「とすると、その女性は裸(はだか)で出て行ったのか!」老巡査は目を丸くした。
結局、この事件はだれかの悪戯(いたずら)として処理(しょり)された。真相(しんそう)はいまだに闇(やみ)の中である。
<つぶやき>その人はきっと透明人間(とうめいにんげん)だったんじゃないのかな。あなたはどう思います?
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