今日の日記は、今読んでいるTVドラマ紹介書『刑事コロンボ―レインコートの中のすべて』(マーク ダウィッドジアク著 訳:岩井田雅行・あずまゆか 1999年角川書店刊)のことです。添付した写真は、その著書の表紙です。
私は。先日逝去された俳優ピーター・フォークさんをよく知りたくて、この著書を今読んでいます。その著書の中で、7月7日に紹介したTV映画『刑事コロンボ 殺人処方箋』に関して私が深く共感した記述を、以下に引用・掲載します。
『20年以上経っても「殺人処方箋」は素晴らしい作品としてテレビ史に残っている。ジーン・バリーは狡猾な悪人を演じきった。だがそれ以上にフォークの演じたコロンボは我々を釘づけにした。また、リチャード・アービングの確かな演出力とデイブ・グルーシンのジャズ風の音楽は、このTVムービーにエラリー・クイーンとコナン・ドリルの趣を与えた。・・「刑事コロンボ」は普通とは裏返しの、最初に犯人を教える形で幕を開ける。・・これはテレビ界にとって、革命的なスタイルであった。ただし、推理小説ファンなら、この手法はすでにコロンボ登場以前から、ミステリー界に存在していたことはご存知だろう。・・リチャード・レビンソン(私注:同作品の脚本家)が言う。「キャラクターを生み出すまでに、影響されたものはふたつある。ひとつはブラウン神父(私注:G・K・チェスタートン著の推理小説「ブラウン神父」シリーズに登場するイギリスのカトリック司祭。世界三大探偵といわれるほど有名な人物)の腰の低さ。そして、こびへつらうような態度は、ドストエフスキーの「罪と罰」のペトロヴィッチ(私注:ロシア・ペテルブルグの粗末なアパートに下宿している主人公の住む地区警察の副署長)から取ったんだ。彼はいつも”あんたは私よりもうんと頭がいい。私はただの卑劣な、市民の下僕”と謙遜していた」・・「殺人処方箋」から20年以上経った今も、ピーター・フォークは、ただただリチャード・レビンソンとウィリアム・リンクの脚本を賛美するばかりである。「まったくなにひとつ、欠点のない脚本だった。句点ひとつ変える必要のない、完璧な素晴らしい脚本だった」とフォーク。・・リンクも「ピーターは確たるイメージを持っていたんだ」と語る。「大雑把な言い方をすれば<刑事コロンボ>の成功はピーターによると言っていい。彼とコロンボに共通するところがいっぱいある。彼のもつエネルギー、魅力的な人柄、完璧主義の性格、そして忘れっぽいところ。ピーターは忘れっぽい男なんだ。いつも車の鍵をどこへ置いたかと探していた。大雑把にみれば、コロンボはまさにピーター自身なのさ」』
この『刑事コロンボ』を生み出した共同脚本家リチャード・レビンソンとウィリアム・リンクの語った率直な言葉に、私もまったく同感です。
日本映画『赤ひげ』を製作した黒澤明監督が強く影響を受けたロシアの文豪ドストエフスキー作品と同じく、アメリカ人脚本家のリチャード・レビンソンも影響を受けたと興味深く告白しています。
さらに、ウィリアム・リンクが語った言葉『コロンボはまさにピーター自身』は、私が日記で告白した『私にとって、ピーター・フォークさんは、刑事コロンボそのもの』とまったく同じものです。
やはり、感動する名作を作り出す映画人は、万国共通な思いを持ち、それに深く共感する者もまったく同様な思いをするもの、と今私は深く得心しています。
私は。先日逝去された俳優ピーター・フォークさんをよく知りたくて、この著書を今読んでいます。その著書の中で、7月7日に紹介したTV映画『刑事コロンボ 殺人処方箋』に関して私が深く共感した記述を、以下に引用・掲載します。
『20年以上経っても「殺人処方箋」は素晴らしい作品としてテレビ史に残っている。ジーン・バリーは狡猾な悪人を演じきった。だがそれ以上にフォークの演じたコロンボは我々を釘づけにした。また、リチャード・アービングの確かな演出力とデイブ・グルーシンのジャズ風の音楽は、このTVムービーにエラリー・クイーンとコナン・ドリルの趣を与えた。・・「刑事コロンボ」は普通とは裏返しの、最初に犯人を教える形で幕を開ける。・・これはテレビ界にとって、革命的なスタイルであった。ただし、推理小説ファンなら、この手法はすでにコロンボ登場以前から、ミステリー界に存在していたことはご存知だろう。・・リチャード・レビンソン(私注:同作品の脚本家)が言う。「キャラクターを生み出すまでに、影響されたものはふたつある。ひとつはブラウン神父(私注:G・K・チェスタートン著の推理小説「ブラウン神父」シリーズに登場するイギリスのカトリック司祭。世界三大探偵といわれるほど有名な人物)の腰の低さ。そして、こびへつらうような態度は、ドストエフスキーの「罪と罰」のペトロヴィッチ(私注:ロシア・ペテルブルグの粗末なアパートに下宿している主人公の住む地区警察の副署長)から取ったんだ。彼はいつも”あんたは私よりもうんと頭がいい。私はただの卑劣な、市民の下僕”と謙遜していた」・・「殺人処方箋」から20年以上経った今も、ピーター・フォークは、ただただリチャード・レビンソンとウィリアム・リンクの脚本を賛美するばかりである。「まったくなにひとつ、欠点のない脚本だった。句点ひとつ変える必要のない、完璧な素晴らしい脚本だった」とフォーク。・・リンクも「ピーターは確たるイメージを持っていたんだ」と語る。「大雑把な言い方をすれば<刑事コロンボ>の成功はピーターによると言っていい。彼とコロンボに共通するところがいっぱいある。彼のもつエネルギー、魅力的な人柄、完璧主義の性格、そして忘れっぽいところ。ピーターは忘れっぽい男なんだ。いつも車の鍵をどこへ置いたかと探していた。大雑把にみれば、コロンボはまさにピーター自身なのさ」』
この『刑事コロンボ』を生み出した共同脚本家リチャード・レビンソンとウィリアム・リンクの語った率直な言葉に、私もまったく同感です。
日本映画『赤ひげ』を製作した黒澤明監督が強く影響を受けたロシアの文豪ドストエフスキー作品と同じく、アメリカ人脚本家のリチャード・レビンソンも影響を受けたと興味深く告白しています。
さらに、ウィリアム・リンクが語った言葉『コロンボはまさにピーター自身』は、私が日記で告白した『私にとって、ピーター・フォークさんは、刑事コロンボそのもの』とまったく同じものです。
やはり、感動する名作を作り出す映画人は、万国共通な思いを持ち、それに深く共感する者もまったく同様な思いをするもの、と今私は深く得心しています。