マイコー雑記

行き来するもの書き留め場

ブログ記事予告&週末の風景:その子がどんな課題をこえてきたかなんて「順位」には表れない

2017年10月30日 | お知らせ

新しい週が始まりました。

 

今週もいろんなことがあるでしょうが、

突き抜けた先の心の奥には、

常に晴れ渡る空がある、

そう思い出していきたいですね。

 

 

さて、

なかなかスクリーンに向かえないのですが、

仕事原稿が落ち着き次第、

以下のブログ原稿に取り組みますね。

 

・我が家の事例から確信する「敏感っ子」の成長の鍵「夢中になれることをみつける」

あくまでも我が家の敏感っ子を基にですが、

彼ら彼女の成長をこれまで18年間観る中で、

「突破口」になってきたと確信していることをお伝えします。

 

・本当の自己肯定感とは?

クロスカントリーランニングで出合った女の子の事例から。

 

・『It Mama』さんへの最新の寄稿文について

我が家&親族、そしてこれまで出合った様々な子供達の事例からも、

何度も何度もお伝えしたいことです。

広く行き渡ることで、

少しでも楽になる親子が増えますように、という願いを込めて。

 

 

 

 

週末の風景

秋は毎週末、

クロスカントリーランニングの競技会があります。

 

クロスカントリーランニングとは、

こんな野道や

山道を走る競技。

毎週、周辺地区の様々なトレールで、

年齢別に1キロ(6歳以下)、2キロ(7-8歳)、3キロ(9-12歳)、4キロ(13-15歳)レースがあります。

毎週、年齢別に、20人から50人ほどの子供たちが集まるんですよ。

参加する三女と次女も、毎回ぜーはーいいながらも、

自然の中を駆け抜けリフレッシュするそうで、楽しみにしています。

 

 

 

昨日は、

次女と三女が所属するランニングクラブ主催の競技会がありました。

そこで、クラブの親たち総出で、

競技会を切り盛り。

 

降ったりやんだりの雨の中でしたが、

朝から大雨で山道が滑りやすくなったり、

雷警報が出ない限りは、中止にならないんですよね。

 

雨の中、

走るの大好きっ子たちが集まりました。

 

 

 

 

私は、コースのあちらこちらで、

手を振りながら「Good job! Almost done! You are doing great!ヒュ~ヒュ~」

などの声をかけ、子供達が正しいコースを進むよう導く係でした。

←声が枯れましたよ。

 

レインジャケットに傘さしながらでしたが、

膝から下ずぶぬれ状態。

気温は10度ちょっとほど。

滴したたる子犬はさすがに寒そうで途中から車へ。

椅子を持参したんですけど、

座っている暇などありませんでした。

 

この写真、あちらこちら立ってらっしゃるのは、

レース参加者の親御さんたちです。

子供さんが現れると、大声援。

 

年齢が下の部では、

親が手をつないで走ることも許されています。

 

でも、大きくなるほど、

必死に走る子どもに向けてできるのは、

こうして、励まし、声援を送ること。

 

 

子育ても同じですね。


大きくなるほど、

親は、子供の進む道を、

一緒に手をつないで走ることはできません。

親にできるのは、歯を食いしばって走る子どもを、

傍で励ましていくこと。

 

目の前を走り抜ける子供たちを、

後から追いかけるようにして、

「あともう少し!あと200メートル!」と励まし続ける親御さんたち。

勝とうが負けようが、トップだろうが最下位だろうが、

必死で声援を送り続ける親御さんたちの姿が、

まぶしかったです。

 

どんなに遅れてゴールしようとも、

その場の皆が拍手喝采。

子供たちも「ああ、やり切った」とすがすがしい表情。

 

 

それぞれの子に、

それぞれの課題があって、

その子がどれほどの課題をこえてきたかなんて、

「速さ」だけで振り分けられる順位には、

全く表れることはありません。

 

その子なりの走りを、

励ましていきたいですね。


 

「走ることは、自由を行使すること」

 

集まるランナーたちのこんなスピリットに、

毎回、感化されています。

 

競技会の後は → レゴリーグ → パンプキン彫り

と、相変わらず待ったなしの週末でした。

 

こちらは明日、ハロウィンです。

周り、盛り上がってますよ~。

それではみなさん、温もり溢れる日々を!


『It Mama』寄稿:将来いじめの対象に…!?「イヤ」と言えない優しい子への対策4つ&自分の気持ちを表せる子に

2017年10月27日 | ハイリーセンシティブチャイルド

敏感っ子の特徴としてあげられるものに、

「共感力の高さ」がありますよね。

 

敏感っ子は、共感力が高く、

相手の気持ちを強烈に感じるからこそ、

この『It Mama』さんの記事であげた「イヤと言えない優しい子」のように、

ついつい、自分の気持ちを抑え、

相手の気持ちに合わせてしまいがち。

 

これは、以前もこちらに書いたように、

「敏感な子」にありがちな昨日の出来事、相手と自分の気持ちが強烈に迫る葛藤の中で踏み出していく体験を

 

敏感っ子にとっては、

「相手の顔色をうかがう」なんてものではなく、

「相手の気持ちがなだれこむ勢いに圧倒されて」というような感覚だと思います。

 

 

『It Mama』さんの記事では、

「ドアマット」という言葉を紹介しています。

 

心理学者エレイン・アーロン氏の著書『The Highly Sensitive Child』にも、

「ひといちばい敏感な子をドアマットにしないように」、

といったことが書かれてあります。

 

「ドアマット」とは、

“英語でも、周りからいいように扱われてしまう子や人を“ドアマット(door mat)”と表すことがあります。足をぬぐうために戸口におかれたマットのように、「踏みつけられては通り過ぎていかれる存在」という意味です。“

(『It Mama』さんの記事より抜粋)

 

敏感っ子が、なだれ込む他者の気持ちに囲まれ、

自分の気持ちを抑えこんでばかりとならないよう、

観てあげたいですね。

 

 

 

そしてこれって、家族間でもありますよね。

親や姉や弟や他の家族の気持ちばかり優先してしまう「敏感で優しい子」。

 

こうした子は、普段、周りの空気や

相手の微妙な表情や声のトーンや仕草も読み取り、

たとえ内心「イヤ」と思っていても、

こちらが少しでも語気を強めるなら、

すぐに言いなりになりますから、

親も「なんて手のかからない“いい子”なんだろう!」と

満足してしまうこともあります。

 

また他の兄弟姉妹に手がかかる子がいたりするなら、

「手のかからない“いい子”」は、

必然的にいつも後回しになります。

 

そうして、一人、周りを気遣い、

我慢を背負い続けてしまいます。

 

 

 

これはもう、個性の強い子が集まる我が家でも、

本当にその通りなんです。

 

親の「こうして欲しい」を少し横に置き、

「この子はどうしたいのか」を見直すひとときを

意識的に持つ必要があるなあとつくづく思っています。

 

「敏感っ子」と一言で言っても、

アーロン氏も言うように、様々タイプがありますから、

(・育てるのが難しい&易しいハイリーセンシティブチャイルド、感情を出させ受け止める大切さ

普段から意識して、

一人一人と一対一で向き合う時をもつなど、

その子の内面に起こっていることへと、

感覚を澄ませる時をもっていきたいですね。

 

 

 

記事にもあげたように、自己主張のより活発な米国では、

子供を「ドアマット」にしないことについて、

日本より敏感に対応されています。

自己主張しないならば、周りの強い自己主張にあっというまに埋もれてしまいますから。

記事には、こうした雰囲気の中、

私自身、教えられてきた子どもを「ドアマット」にしないための、

具体的な取り組みをまとめてあります。

興味ある方、是非どうぞ!

将来いじめの対象に…!?「イヤ」と言えない優しい子への対策4つ

 

「イヤと言えない優しい子」や「敏感っ子」にとっては、

「自分がドアマットにならない」と教えていくことがまずは最優先ですが、

子育て全般にわたっては、

「相手をドアマットにしない」取り組みも、

もっともっと必要ですね。

「強さ」を身に着けた「敏感っ子」が、

かけ橋になっていけるといいですよね。

考え、試し、取り組み続けていきたいです。

 

こちらは、「差し出す」ということについて、以前家族で話し合った記事です:

「人には3種類ある」について話した夜、テイクばかりorやたらめったらギブになっていないか

 

 

 

次の記事では、この『It Mama』さんの記事でも紹介した

「ドアマット」になるのを防ぐ取り組みでもあり、

私自身、「敏感っ子」が育つ支柱と感じている

「夢中になれることを見つける」についてまとめます。

 

さてこちらも、怒涛の週末が始まりますよ。

足場がまわる~、と笑い転げた先週末。

 

さてさて、今週末もいろいろあるでしょうが、

心の内に常にある温もりと共に。

それではみなさん、よい週末を!


『It Mama』寄稿:73%の子は夜が恐い!? 快眠を妨げる「悪夢と夜驚症」の違いって?&敏感っ子は夜の恐さも人一倍?

2017年10月25日 | ハイリーセンシティブチャイルド

みなさん、もしくは、お子さんは、

悪夢を恐がったり、夜中歩き回ったりすることがありましたか or ありますか?

 

我が家では、こちらにも少し書きましたが、

HSP&HSCは鮮明で強烈な夢をみる?「幸せ」を支える地面下の暗闇を忘れない

夢の話は、親子共々ちょこちょこするんですが、

子供たちが小さな頃ほど、悪夢をおびえたり、

これまで合わせて数度ですが、

夜驚症のような症状がでた子も2人ほどいました。

 

悪夢については、子どもたちも何度かギャフンとなったようで、

今でも下4人は、「悪夢をフィルターしてくれる」とされる、

ネイティブアメリカンの「ドリームキャッチャー」を

ベッドの傍にぶら下げてます。←今ではティーンの子にとってはデコレーションの意味合いも大きいですが。

  

 

夜驚症のような症状は、見ている方も、かなり驚きます。

話しかけても、止めても、全く通じませんから。

起き上がり、目をぱちりとあけて、まくしたてるように話していても、

夢の中なんですね。

 

 


「敏感っ子(HSC)」は夜の恐れも強烈に感じやすい?

悪夢や夜驚症や「夜を過度に恐れる」といったことは、

我が家では、小学校中学年ぐらいになる頃には、

ほとんど、みられなくなりました。

 

ですから、私自身の子供時代の方が、

我が家の子供たちに比べて圧倒的に回数も多く、

長い間続きました。

 

私自身は、子供時代、物心ついた頃から、

とにかく夜が恐くて恐くて、

毎晩のようにぱちりと目を覚まし、

暗い廊下を歩いて、父母のいる部屋に行き、

母の布団の中に潜り込んでいました。

 

あの、心の底からほっーとした温もり。

 

 

そして、

次のような2014年に発表されたリサーチ結果を読んだとき、

とても納得しました。

「夜を恐れ不安がる子は、しばしば日中も、不安症や、衝動性や、注意欠陥などの問題を持つことがある」

(Kushnir J1, Gothelf D2, Sadeh A. 2014. Nighttime fears of preschool children: A potential disposition marker for anxiety? Compr Psychiatry. 55(2):336-41.)

 

物心ついたときからの夜の恐さは、

生活全般にわたる不安感の強さとつながっていたんだなあ、と。

 

まあ、でも、そりゃそうですよね。

不安感が全般的に高く、

小さく見えることにも強烈に反応してしまいますから、

そういう子が、一般的にも恐れられる「闇」に向き合うなら、

不安感も恐れも、尋常じゃなくなるわけです。

 

 

「闇」については、

こちらの生物人類学者のグエン・デワー氏の記事に、

興味深いことが書かれてあります。

 

「人類が誕生以来99パーセント近くの間営んできた狩猟採集という生活様式では、

夜の闇の中に、子どもが一人で放置されるということは、

『死』を意味した」とのこと。

 

確かに、夜行性の猛獣に囲まれてますからね。

子供が闇を恐れるのも、身を守るために、

人類が長い間かけ培ってきた本能なのかもしれません、

というわけです。

 

そして、些細に見えることも強烈に感じる敏感系の子は、

こうした「恐れ」も過度に感じてしまう

ということなんですね。

 

 

また、デワー氏は以下のようなことも言っています: 

「本能的に他人より臆病な子というのはいます。こうした子どもは、彼ら自身の不安感に直面するとき、生理学的に不利なんです。

性質的に抑制的な子どもは、安静時の心拍数も高く、ストレスホルモンの値も高いんです。こうした子どもたちは、恐れや不安感を処理する右前頭葉がより活性化しやすいです。

そして、また臆病な子の脳は、いつ私たちが恐れるべきかを教える偏桃体がより敏感だとも分かっています。

こうした子どもでも、恐れないよう学ぶことができます。しかしそのためには、敏感で、穏やかな親の励ましが必要です」

 

この「抑制型の性質(Temperamentally-inhibited)」というのは、

以前も紹介した心理学者ジェーローム・ケーガン氏の研究で、

明らかになってきたことです。

ハイリーセンシティブな気質というのは生まれつきらしい、刺激に「高反応」な赤ちゃん

 

そうして、「臆病な(timid)子」などと形容されてきたわけですが、

エレイン・アーロン氏がHSPやHSCというコンセプトを提示することで、

その、感受性の豊かさなどの「ポジティブな面」が描かれることになったんですね。

 

 


「生理学的に不利」な不安感の強い敏感な子や人を支える原点

「不安感に直面するとき、生理学的に不利」な

敏感すぎる子供や人々にとっては、

自分たちなりに、不安感や強烈な感情とうまく付き合っていく術を身に着けることが、

この社会を生きていく上で欠かせないことだと、

私自身は体験から思っています。

 

子供にとっては、まずは親(でなくてもケアギバー)が、

その子が安心できる体験を重ねてあげること。

親やケアーギバーの温もりに包まれ、ほーとする感覚です。

この感覚が、結局は、年を重ねても、

不安感の強い敏感な人々を支える原点になるのではないでしょうか。

 

私自身、夜な夜なのパニック障害から救われた原点も、

結局は、この、

毎晩、「暗い廊下を歩いて、父母のいる部屋に行き、

母の布団の中に潜り込んでいました。

あの、心の底からほっーとした温もり」と同じ感覚だった、

そう感じています。

 

そうしていずれ、自分でも自分を、

ほーとする温もりで包めるようになり、

そして、自ら親になったのならば、その温もりで、

子供たちを包み込むことができるようになります。

 

子供を温もりで包むパワー。

 

いつもじゃなくていいんです(←というか、そんなの無理ですよね)、

一瞬でも、あればいいんです。

その感覚を、その子は、人生を通して、

生かしていくことになります。

 

もし、そんな体験を親から受け取ることがなかった、

と思われる方がいましたら、

頭と心がいっぱいになっている

「親がしてくれなかったこと」

「嫌だったけれど親にされたこと」を少し横に置き、

感覚を澄ませてみてください。

 

必ず、温もりに包まれた瞬間が、

一瞬でもあるはずです。

どんな親だって、たとえ95%、99%、

その子をネガティブにとらえていたとしても、

必ず、5%でも1%でも、その子を心の底から愛おしいと思った瞬間があったはずです。

 

その瞬間の感覚を、繰り返し繰り返し、

「自分のもの」にしていくんです。

「痛み」と「苦しみ」について、敏感な人が「強くなる」とは?

 

自分の生存のために。そして、子供たちのために。

 

 

 

 

悪夢と夜驚症、また夜の不安感についての対応などコンパクトにまとめてあります。

興味ある方是非どうぞ!

・73%の子は夜が恐い!? 快眠を妨げる「悪夢と夜驚症」の違いって?

 

 

 

農場に、

パンプキン彫り用のパンプキンを収穫に行ってきましたよ。

凸凹さんは、デコレーションに。

去年のパンプキン彫りの様子です:パンプキン彫り、工作などにたっぷりと浸れるこの限られた時を大切に

さて、今年はどうなるでしょうか。

みなさん、よい収穫の秋を!


子供の「エンゲージレベル」を高めるカリキュラム作り、 これまでが今へ、そしてこれからへ

2017年10月24日 | お知らせ

毎日、アップダウンと本当にいろいろなことが起こりますが、

少しでも、心の奥に常にある静かな温もりに

全身を包み込むひと時をとっていきたいですね。

 

さて、ここ最近、

状況がどんどん変化していく中、

ブログにどう向き合っていくのか、

考えています。

 

これまでも嵐のような日々でしたが、

それでも、嬉々として寝不足になりながら、

時間とエネルギーを絞り出して、

ブログを書き続けてきました。

 

それでもここ最近は、

その絞り出してきた「限られた時間とエネルギー」が、

もっぱら、「生徒のエンゲージレベルの上がるカリキュラム作り」で、

いっぱいいっぱいになっています。

 

ちなみに、「エンゲージレベル」というのは、

こちらに説明したのですが、

子どもの「エンゲージ」レベルを観る大切さ、「アクティブな学習」であるほどその子自身のものとなる

「生徒の頭と心が活発に動いて目の前の取り組みが自分のものになる」レベルのことです。

 

教室にいながらつくづく思います。

 

指導者が前に立ち、

まるで生徒が「空っぽの器」のように知識を流し込むといった「伝統的な教授法」では、

エンゲージが難しい生徒っているんですよね。

 

まさしく私自身も、そうでした。

とにかく中学高校と、

「頭も心もここにあらずの白昼夢」で過ぎていきましたから。

 

では、そうした子にとって、

どんな学習環境が理想なのだろう?

 

そう模索を続けてきて、

今、「プログレッシブ教育」や

「日本の伝統的な学校スタイル」の特徴って例えば何でしょう?「そうしたスタイル」に合わない子が伸びていく場とは?「プログレッシブ教育」トレーニング始まりました

「アクティブ・ラーニング」について

勤務先の学校にて、ベテランの先生方を見上げながら、

具体的に実践&学んでいます。

 

そして、このじわじわと湧き上がる思い。

 

これまでの全てが、

ここに立つためだったんだなあ。

 

そして、今ここに立っているのも、

これからに向けての準備なのだなあ。

 

 

 

ブログを書いてみなさんにお伝えする時間を

日々たっぷり取れたらどんなに嬉しいか、

そう思い描きつつも、

身体はひとつ、1日は24時間。

 

私自身の力の限界から、

あれもこれもは、できません。

 

とはいえ、みなさんに

お話しできるこのブログをストップすることは、

とても考えられません。

 

みなさんにシェアし、

読んでいただくことで、

どれほど励まされているか!

 

ということで、

細々ではありますが、

引き続き、どうぞ‘よろしくお願いします。

 

 

 

次のようなオンラインでできることも、

いつか、実現していきたいなあと思っています:

 

・子育てについて、互いの思いや気持ちを話し合い、共に考えていく場づくり。

『虹色教室』の奈緒美さんTamakiさん、Tomoeさん、米国シアトルでの『虹色教室』コラボレーション担当Eさん遊びのアトリエのレオさんと現在週に一度しているチャットを、もう少し拡大した場を築いていきたいねと話し合っています。

 

・子育てについての私自身大切に思うポイントを、テーマ別に、一緒に考え学べる「アクティブラーニング」形式でまとめる。

 

 

「したい!」ことが溢れつつも、

今は、とにかくこの目の前の課題

「生徒のエンゲージレベルの高まるカリキュラム作り」に取り組み、

日々、踏み出していきます。

 

 

 

先週、70代の方と話していたら、

「まだあなたは“若い”から、そんなに焦る必要もないのよ。

まだまだいろんなことができる。

身体を大切に、こつこつとできることを積み重ねていけばいいのよ」

 

「若い」「もう若くない」というのが、

いかに「相対的」かを

思い知った瞬間でした。

(ちなみに私は40代半ば)

 

人には、おかれた状況、性質などから、

できること、できないことがあります。

私にできることを、こつこつと積み重ねていきますね。

 

読んで下さる皆さんに感謝を込めて。

 

 

次男のサッカー練習のたびに合う子犬の友達。

 

 

みなさん、よい日を!


【どんな教育環境が子供にとってよりよい?】ITの活用と先生の役割

2017年10月24日 | 子育て全般

先週のCPRの講習でITを学習に用いる効果を実感

先週は、勤務先の学校で、

CPR(cardiopulmonary resuscitation:心肺蘇生法)の資格を取りました。

心臓マッサージと人工呼吸のセットです。

 

こちら米国では、

子供に関わる職業では、

必須なんです。

 

オンラインの講習と実際の講習と合わせ、

その場の状況や対象者の状態に合った具体的な対処のしかたや、

AED(Automated External Defibrillator:自動体外式除細動器)の使い方などを学びました、

(←電気ショックで心肺蘇生させる機器)

 

オンライン講習では、

グラフィックの動画で様々な状況が描かれ、

それぞれの状況別に、どんな救急処置をしたらいいかを

バーチャルに実践していきます。

 

何度も何度もトライ&エラーを繰り返すことができて、

最終的には身につくという方法。

 

ふり落とすためのテストでなく、

より身に着けるために、設問に答えていきます。

 

テキストを読んで学ぶのみよりも、

断然、頭も心も活発に働き、知識が身に着き、

応用することができるようになったなあと感じています。

 

 

子どもたちの学校でもIT大活用

現在の子どもたちの学校でも、

私の子ども時代から考えられないほど、

日々、ITが活用されています。

 

・中学生以上は、

生徒皆にノートパソコンが貸し出されます。

 

・小学校では、先生からの連絡事項や、日々の活動の様子など、

日々、クラスの「インターネット掲示板」に、

アップデートされます。

 

・宿題何だっけ?

明日何を持っていけばいいんだっけ?

なんてことも、

ネットの掲示板を見れば解決。

課題のプリントを失くしても、

オンラインからプリントアウトできます。

 

・読書記録や作文など、課題によっては、

クラスメート全員が書いたものが閲覧できるようになっています。

小学校3年生にもなると、作文もタイプ提出するようになってきます。

 

・また、次男のクラスでは、

全員が日々の読書時間を書き込むことになっていて、

全員合わせて〇〇時間達成したら、

「ピザパーティーが褒美!」とクラス皆で盛り上がっています。

←「全員合わせて」と「チーム意識」が高まります。

 

・小中学校の算数や数学や英語文法などの練習にも、

コンピュータのカリキュラムが用いられています。

採点もその場でされ、

間違った設問への説明も、理解できるまで

映像や画像を何度もみることができます。

そうしてその子に合った難度の問題が

蓄積されたデータから個別に導き出されます。

 

・また遠足や教材などの費用も全部オンラインで支払い、

学校からの連絡事項も、ほとんど全てオンライン。

 

・イベントがあれば、オンラインで保護者の誰がどの役割を担うのか、

何がまだ足りないのかを確認でき、

空いたスポットを埋めていけます。

 

 

子どもたちの様子を観ながら、

先生も、ITに任せられることはどんどん任せることで、

より余裕も出てきて、

子供の多様な個性のニーズにこたえることも

より可能になってくると実感しています。

 

 

将来的にはもっとITが活用されることで授業の可能性も広がる?

将来的に、先生は、

採点やドリルや個々の生徒の理解度に合った課題提供など、

ITに任せられることはどんどん任せ、

先生の仕事とは、ITを使いこなし、補足管理すること。

そして、生徒がITによって得た知識の上に、

プロジェクトやディスカッションや創作などの

「アクティブラーニング」を実践し、

生徒が知識をより自分のものとし、応用できるようサポートしていく。

そんなようになっていくのじゃないか、そんなことを想像しています。

 

*「アクティブラーニング」とは、指導者の言葉をノートに写すのみといった、一方通行的な受動的学習方法ではなく、体験学習、プロジェクト、グループ活動、ディスカッションなどを用い、生徒が主体的に、心も頭もアクティブに取り組む能動的な学習方法。

子どもの「エンゲージ」レベルを観る大切さ、「アクティブな学習」であるほどその子自身のものとなる

 

英語などの言語、社会科、サイエンスの学習なども、

バーチャルで様々な状況を体験できると、

より知識も身に付きやすいですよね。

こういう状況で、こういう英語の言い回しを使うんだとか、

タイムトリップして歴史の現場に立ってみたり、

分子や原子の仕組みを3Dビジュアルでとらえることができたり。

 

私も今回のCPRのオンライン講習で、

バーチャルに様々な状況や状態の人々の救助をし、

その後に、実際、講師の方の導きで、

参加者の方々とペアで実践してみたり、

マネキンを使って心臓マッサージや人工呼吸をすることで、

より、知識と技術が身についたなあと感じています。

 

バーチャルだけで、画面を30回クリックして心臓マッサージするのと、

実際に手を用いてマネキンの胸部を適度な深さと速さで押すのとでは、

やっぱり違いますから、いくらITが学習に組み入れられても、

「実際の体験」練習は大切ですね。

実際の体験の大切さをしっかりと把握しているのならば、

バーチャルはとても有効な補足になると思います。

 

 

 

先生が前に立ち知識をあたかも

生徒という「空っぽの器」に流しこむような従来の教授法のみでは、

基本的な知識が身につくだけ。

対して、先生と生徒、生徒と生徒との相互のやりとりのある「アクティブラーニング」では、

こちらにも紹介した21世紀に必要とされる力、

世界中で提案される「21世紀型能力」とは? 次世代に求められる資質や能力って具体的に何なんでしょう?

考える力、批判的思考、創造量、コラボレーション力、チームワーク

などを身に着けることができます。

 

それでも、今の先生が担う仕事量では、

とてもすべてを網羅することはできません。

そこで、ITを大活用していく。

 

それは、確かに、

個々のニーズに合った理想の学習環境を築くための、

ひとつの方法に違いない、そう思います。

 

どんな教育環境が子供にとってよりよいか?

みなさん、是非、考え続けていきたいですね。

 

 

週末、次女とお友達。

 

次に2記事続きます。

みなさん、今日もよい日を!


米国の大学進学について気づく4点、大学ってこうあって欲しくないですか?

2017年10月23日 | 中学・高校

最近、状況が目まぐるしく変化する中、

ブログへの向き合い方を、

どうしたものかとあれこれ考えつつ、つづっています。

そのことも含めて、24時間以内に、あと2-3記事更新しますね。

 

 

ひとまずこの記事では、長男の大学進学についてあれこれ調べる中、

日本との違いなど、あくまでも私自身のこれまでの体験に基づく気づきですが、

まとめます。

 

日米それぞれのプロ&コン等、

一緒に考えてていただけたらなあと願いつつ。

結局、大学進学がどのようにすすめられるかというのは、

では小中高で何をどう教えるのかを、

大きく決める要素ですよね。

 

ちなみに長男ですが、起業したNPO法人を切り盛りしていくのと同時に、

(このまま社会にいったん出てから後に大学進学というのもオプションのひとつです)、

入学願書を提出する大学も、より具体的に決まってきてます。

 

 

1.入学する大学を選ぶ理由がホント多様

 ・何が何でもトップの有名大学

←アジア系に多いです

 

 

・資金面での援助が最もあるところ

←トップ大学に合格しても、

ランク的により下の大学がより多くの学費援助をしてくれるというならば

喜んで入学を決める子も多いです。学費全額免除ということもありますから。

 

これが、こちらでは、

大学を選ぶ際、かなり決定的な理由になる、

そう感じています。

 

知り合いでもハーバード大学に入らず、

地元の大学を選んだ子がいるのですが、

この「学費援助の額」が理由でしたね。

 (前に紹介したAちゃんとは別の子です)

 

大学院進学を考えている場合なども、

学部時代は、ランクにこだわらず資金援助が最もあるところに入学し、

大学院の費用をできるだけ節約するという子も多いです。

 

また誰でも入ることのできるコミュニティーカレッジで節約し、

その後専門分野が充実した大学院進学を望む子もいます。

 

長い目で見て、

現実的で地の足の着いた選択してるんですよね。

 

こちらは、大学費用も、日本に比べて何倍も高いですし、

18歳になれば、親はほとんど援助をしないという家庭も多いですから、

子供の「借金」をいかに減らせるか、

親子で対策を練るんですね。

 

我が家も、先日、

「大学入学願書提出が終わったら、それでおしまいとほっととせず、

とにかくあらゆる奨学金に手あたり次第アプライしなさい」と、

大学進学に詳しい知り合いからアドバイスを受けたところです。

しばらくの間、私の仕事のひとつになりそうですよ。

 

 

 

・きわめて個人的な思い入れ

「州の活性化に貢献したい」といった州への「愛」で大学へ決めた

幼馴染のAちゃんもそうでした。

ハーバード大学に受かっても州立大学を選んだAちゃん、世界一といった「ステータス」が無意味になる日

 

こうして、あの州の天候が好き、あの学校の周りの環境が素敵、

あの大学の寮は充実している、あそこに住んでみたかった等々、

まったくもって個人的な思い入れ等から、

「え、ちょっともったいないんじゃない」と、

周りが思うような大学を嬉々として選んでいく子もちょこちょこいますね。

 

「理由?私が好きだから」と、

大学ランキングなどお構いなし。

ああ、このすがすがしさ。

 

 

 

こうして「トップ大学に入られる子」も

ランク的にはより下の大学進学を選ぶことも頻繁にありますから、

米国では、なおさら、

「有名大学卒業?」「そう、だから何?」という雰囲気が

強いんですよね。

 

とにもかくにも、大学を選ぶ背景にある価値観が、多様です。

 

 

 

 

2.ランキングも分野によってコロコロ変わる

例えば、長男の希望分野は、もっぱらエンジニア方面なのですが、

こちらのランクをみても、

全米大学の総合1位とされるプリンストン大学が、

エンジニア分野のランキングでは17 位だったりします。

 

プリンストン大学などのアイビーリーグ校は、

どの分野だろうと入学するのはとにかく超難関なわけですが、

(←周りでも学業的に「完璧な子」がことごとく落ちてます。学業プラス何かが必要なんですね)

エンジニア分野については、このランキングによると

同じぐらい、もしくはより充実した大学が16校はあるよ、

ということなんですね。

 

 

また、エンジニアの中でも、

化学工学、医療工学、宇宙航空工学、コンピューター工学などなど、

細かい分野によって、ランキングもがらりと違ってきます。

 

分野によって、これほど変わってきますから、

とにかく目指したい分野が具体的に決まっていると、

選択肢を絞りやすいですね。


*ちなみにそもそもランキング自体、

その大学の何を重視するかで変わってくると覚えておきたいです。

 

 

 

3.大学進学への可能性はより広く開いている

ランキングについてですが、

例えば、エンジニア分野で全米10 位以内に位置する大学をみても、

入学する分には、それほど難関でもない大学も入ってます。

 

入るのが超難関というほどは難しくなく、

それでも、卒業する頃には、

入るのがより難しかった大学の卒業生に比べても、

その分野で一流になっているんですね。

 

大学って、こうであってほしいなあ、と思いませんか?

 

頑張りさえするなら、

その分野で一流になれるチャンスが、

より広く開かれている。

18歳やそこらで、

将来を決められるのじゃなくて。

 

 

またこちらの記事によると、

「どの大学に入るかは問題でない」という記事に思うこと、ライフスキルにフォーカスしていく

まあ上位200校以内ならば、

充実した教育を受けられますよとのこと。

 

するともう、誰でも入れるような大学も何校も入ってきますから、

高校卒業生にとって、本当にたくさんの可能性が与えられているなあ、

そう感じています。

 

 

 

4.大学進学=「賢さ」ではないという了解が行き渡っている

最後に、大学進学とは、「賢さ」を表しているというより、

いかに家庭環境に恵まれ、その子が学校システムへの適性をもっているかを示しているだけ

そんな了解が行き渡っているように感じています。

 

そもそも、高校4年間を通して、

Aや少しのBぐらいを保てるほど、

(←上位大学に入るには必要)

安定した家庭環境や性質をもつ高校生が、

どれほどいるでしょう?

しかもあの難しい思春期に。

 

どの大学にしようかとあれこれ悩む時点で、

いかにたまたま恵まれていたかを、自覚していきたいです。

 

こちらの人々は、

「賢さ」のみなんかでは、

それなりの大学に入ることなんて難しい、

大学進学とは、その子の「賢さ」以上に、

育った家庭環境がいかに恵まれていたかや、

いかに学校システムの中でやっていける性質をもっていたかを、

示しているだけ、

それを、十分、分かっている人が多いと感じています。

 

どんな大学に行こうとも、たとえ大学へ行かずとも、

「私なりの事情があったからね」と

みなさん、堂々としています。

 

私は、こちらの、こうした雰囲気が好きです。

 

 

 

 

 

ひとまずこれら4点ですが、

また大学進学について気づいたことがありましたら、

書きますね。

 

米国で受験生を抱えるみなさん、あと数か月、

どんな結果だろうと、可能性が狭まるなんてことありはしません。

お互いに、グッドラック!

 

週末、農場で出合った子ヤギが可愛すぎました。

 

それではのちほど!

みなさん、今日もよい日を!


『オールアバウト』寄稿:子供が伸びる秘訣は「失敗」への対応にあった&「失敗」と「革新」

2017年10月17日 | 成長型マインドセット

その子が伸びていくかどうかは、

その子が「成長型マインドセット」を育んでいるかによるところが大きい、

というのは、私自身、様々な子どもたちに接してきて実感していることです。

 

「成長型マインドセット」については、

改めてこの『オールアバウト』さんの記事でも説明してありますが、

これまでもたびたび書いてきています。最近では:

どんな教育環境が子供にとってよりよい?1 「非認知能力」を育む教育現場での試み

 

『オールアバウト』さんの記事では、

この「成長型マインドセット」を唱える

心理学者キャロル・ドウェック氏等が、

去年発表した研究を紹介してあります。

 

この研究によると、

親が「能力って努力して伸びるんだよね」と頭で思っていようが、

子どもには伝わらないというんですね。

 

では、どうしたら子どもの「成長型マインドセット」は育つのか?

 

それは、

子どもが失敗した時の、親の対応によって、決まってくる

というんです。

 

記事には、もう少し詳しい説明と

子どもの失敗への対応についても載せてあります。

 

興味ある方、是非どうぞ!

子供が伸びる秘訣は「失敗」への対応にあった

 

 

「失敗」について、

以前、Facebookの創始者マーク・ザッカーバーグ氏のスピーチで、

確かになあと思ったことを紹介させてください。

・https://youtu.be/nFaCasVBvD8

 

「革新的なアイデア」というものが、

世間一般に大誤解されているとザッカーバーグ氏はいいます。

 

何か「完璧な」アイデアが「ぴ~ん」と降りてきて、

世の中がひっくり返るような革新が生まれるというわけじゃ

全然ないんですよ、と。

 

革新というのは、初めはどうなるかも分からない中、

手探りで必死に進むうちに、

少しずつ少しずつ形になっていくもの。

 

その過程は、とにかく「失敗」の繰り返し。

失敗のない革新なんてありえません、と。

 

 

世の中をひっくり返すほどの革新をすすめてきた方による、

体験を基にしたとても説得力のある言葉ですよね。

 

そんなはじめっから完璧に先行きが見えるなんてことはない、

手探りで進む中で、少しずつ形ができてくるもの、

それが新しいものであればあるほど。

 

これらの言葉は、

共に観ていた上の子たちにとっても、

大きな励ましになったようでした。

そして、まだまだこれから踏み出していきたいなあと思っている、

私自身にとっても。

 

その途中で、あれこれ批判する人もいます。

でも基本、できていない人の「そんなのできないよ!」は、

「あ、そう」と通り過ぎればいいですよね。←中国のことわざ

また、そこに立つまでにどれほどの壁をこえてきたなんて本人にしか分かりませんから、

「君には無理だよ」も、「あ、そう」と通り過ぎていけばいいんです。

 

これら周りからのネガティブな言葉に対する姿勢は、

夫との歩みの中でも痛感しています。

重度ディスレクシア&恵まれない環境に育った夫に学ぶ3つのこと、「落ちこぼれ代表」からの挽回

 

 

 

ということでザッカーバーグ氏は、

「ベーシックインカム」を推進したり、

「運よく」成功した人々が、

その富を他の人々が新しい事業などを試みる際、

「失敗しても何とかなるクッション」に還元していこうと説いています。

 

いくら頑張っても、「運」が大きいということは、

誰もが分かっていること。

この「運」というのは、教育環境や経済環境など、

たまたま恵まれた環境に生まれたといったことを含んでいます。

 

だからこそ、「たまたま運よく」富を享受した人々が、

他の人に、「失敗しても何とかなるクッション」、

つまり、「試すことのできる機会」を提供し

「好機の公平化」をしていきましょうというのですね。

失敗の繰り返しこそが革新を生み出すわけですから。

 

 

 

世界に大きなインパクトを与える「成功」をおさめながら、

自らの生い立ちから含め、

「運よく」ととらえられるザッカーバーグ氏の姿勢に、

敬意を持ちます。

 

氏は、「こんな質素に暮らす億万長者を見たことがない」

と言われるような生活をし、

FBの99パーセントの利益を、配偶者さん率いるチャリティー事業に

あてているといいます。

 

配偶者のプリシラ・チャンさんとともに、

これからの活躍が楽しみです。

←本人は否定しつつも、大統領候補?という声もありますね。

 

 

 

 

ということで、

子どもの「失敗」や「うまくいかなさ」を前に、

「よしきた!一回りも二回りも大きくなるチャンス!」ととらえてみること。

 

そう繰り返しているうちに、

いかに失敗が糧になってきたか、現実的な流れもとらえられるようになり、

ますます心から、

「よし!一回りも二回りも大きくなるチャンス!」と思えるようになっていきます。

 

私自身、こうした姿勢に、どれほど救われたか分かりません。

そうでなきゃ、凸凹のある日々の子育てに、

とっくにつぶれていたでしょう。

 

失敗を恐れ「過ぎず」、失敗から学び、

次へと生かす姿勢を身に着けていくこと、

親子で、磨いていきたいですね。

それが、たくましい根を持つ成長を可能とします。

 

 

犬公園にて。

犬に囲まれ、考え込む子犬。←子犬らしくすればいいのに。

 

それではみなさん、今週もよい日々を!


週末の風景:「ママ、もうできない。ごめんね」と背負うものを子どもの前でおろす時

2017年10月17日 | 子育て全般

土曜日は、仕事→次男サッカー&犬公園→ハイキング→夜帰宅し夕食、

日曜日は、次女と三女のクロスカントリーランニング競技会←「レゴリーグ」の集まり

がありました。

 

この日曜日の明け方、

どうも、前日のハイキングで口の中に入れていた、

あの「どんぐり」のせいじゃないかなと思うんですが、

(次女撮影)

子犬がお腹を壊しまして、

「トイレいこ!トイレいこ!」と、

明け方から待ってられないんです。

 

そこで、早朝4時から散歩。外はまっくら。

その後も、とにかくお腹壊してますから、5時、6時と、散歩。

しょぼしょぼの目に、朝焼けきれー。

 

それで、日曜日の朝、

居間のカーペットの上にのびたまま、

しばし、動けなくなりましたよ。

 

山積みの食器洗い&洗濯、

レゴリーグの集まりに向けての掃除、

その上、「ママ、髪結んで~」「水筒がな~い」と、

競技会を前に興奮する次女と三女の絶え間ないピーチクパーチク。

 

頼みの綱の長女は、

年に一度の学校あげてのダンスパーティー&

その後友人ちゃん宅でのお泊り誕生日会から朝戻り、熟睡。

楽しそうね!

夫も、仕事疲れと前日のハイキングにやられ、寝室で動けなくなっていて、

長男は、大学進学願書作成と高校のロボティックスチームの活動で、

まったく余裕なし。

 

もう開き直って、

「ごめん、ママ、もうできない.。。。」と、

ひたすらナメクジのように、寝そべってました。

  

この「できない」と開き直ったときの、

解放感といったら!

 

私自身随分と軽くなったんですが、

子どもたちも、

結構おのおの、自分たちなりにまったりと、

したいことをしてました。

 

次男も隣でゴロゴロと、

ナメクジ2号。

 

そうして居間の床に寝転がること1時間ぐらい。

しだいに私も持ち直してきて、

皿洗いをのらりのらりと終え、

下3人連れて、競技会へと出かけました。

 

 

 

普段から、我が家の場合、

親のダメダメぶりは

もう子どもたちも随分と分かってるんですが、

親の「できなさ」を吐露していくことって、

子どもにとってプラスになるなあと思うことの方が多いです。

 

「この人には頼ってばかりもいられないから、

自分で何とかしなきゃね」と、

子どもなりに工夫して、

かえって、我が道をしっかり歩き始めたりします。

 

まあ、敏感系の子など、

「背負わせ過ぎない」ように、

観ていく必要はありますが。

 

そしてなんといっても、

完璧主義になりがちな敏感系の子にとって大切なこと、

ピンチの時には、「できない」と手放すことも、

学んでいくのではないでしょうか。

 

 

時に、

「ママ、もうできない。ごめんね。」

と言ってしまうこと。

 

いっぱいいっぱいに背負うものを、

子どもの前で、下ろしてみます。

 

自分の解放にもなりますし、

子どもたちが自分で立つ機会にもなりますね。

 

 

 

お腹を壊した子犬、

道にあるもの、とにかくまずはなんでも口にいれるんです。←乳幼児か

食いしん坊!

 

みなさん、今日もよい日を!

 


「その言葉を分かる」と「その言葉を生きる」とは全くの別物、「大切なこと」に立ち返る時を

2017年10月16日 | 雑感

「そんなこと分かってる!」

我が家でも子供たち、

たびたび言います。

 

週末は、

「でもね、大切なことって、

一度分かっておしまいじゃないよね」

といった話をしていました。

 

「本当に大切なこと」って、

字面を追うだけでもすっと「分かる」、

シンプルなことが多いと思いませんか?

 

 

例えば、

長男へ向けて、

「取り組む物事の優先順位を整理する」

 

ティーンの娘たちにも、

「周りの目に振り回され過ぎない。

インサイドアウト(内から外へ)」

 

走ることに夢中の次女と三女に、

「周りより自分の昨日のタイムと比べる」

 

サッカーに夢中の次男に

「今は勝ち負けより、スキルを磨く」

 

などなど。

 

どれも「分かってるよ!」ですが、

常に思い出し実践するのでなければ、

ついつい、

そうでない方向へと流されていくものです。

 

 

 

 

子育てでも、人生でも、

大切なことって、

すっと「分かる」シンプルなこと、

そう思いませんか?

 

でも、「シンプルである」ことと、

「簡単であること」とは同じではないですよね。

「頭で分かる」と「実践する」とは

全くの別物なんですよね。

 

「分かったから。次!」と通り過ぎ、

「新しいもの」を追い続けるよりも、

シンプルな原点に立ち返り立ち返りと繰り返すことで、

大切なことを、より「自分のもの」としていきたいです。

 

 

 

こうした姿勢の大きなヒントとなったのが、

私にとっては、ユダヤ人の友人たちでした。

 

例えば、彼ら彼女の家の中には、

各部屋のドア口に、「彼らにとって最も大切な言葉」が貼り付けられ、

部屋に入るたびに、そっと触り、思い出すんです。

「大切なこと」を思い出すという習慣、「メスーサ」に触れて

 

また「円形の小さな帽子(キッパ)」を身に着け、

ゆらゆらと揺れる紐を腰からさげ、

常に「最も大切な繋がり」を思い出します。

 

それほど、

人は「忘れてしまうこと」を、

そして「分かった」と思いながら流されていくことを、

知っているからなんですよね。

 

 

 

みなさんの、大切なことってなんですか?

 

私にとっては、

やっぱり、「心の奥に常に晴れ渡ってある温もり」なんですが、

これだって、ほんと、すぐに忘れてしまいます。

特に、苦しい時ほど、すっかり見失ったりします。

苦しい時ほど、必要であるのに。

 

また子育てでいうのならば、

こちらにも書いたように、

米国士官学校教育長によるパワフルなスピーチに思う。私達は子供の「尊厳」を忘れてやしないか?

子供の「尊厳」を思い出していくこと

そう思います。

 

この何ものにも高低をつけられない「尊厳」、

子どもと接する日常に、

思い出していきたいことなんですけど、

これだって、日常に次から次へと起こる物事、

色とりどり形とりどりに立ち込める雲に翻弄され、

すっかり忘れてしまいがちです。

 

「分かっているつもり」

なんですけどね。

 


言葉を「分かる」だけではなく、

言葉を「生きて」いきたいですね。


シンプルな原点に、

日々、立ち返る時を、

持っていきたいです。


 


日の入りを待つ子ども

(次女撮影)

 

次に、2記事続けますね。

それではみなさん、よい日を! 

 

 


「痛み」と「苦しみ」について、敏感な人が「強くなる」とは?

2017年10月16日 | 自分への思いやり(セルフコンパッション)

新しい週、様々なことがあるでしょうが、

心の奥に常にある晴れ渡った場、

その「温もり」を、

思い出していきたいですね。

 

 

「痛み」と「苦しみ」について

 「痛み」と「苦しみ」って違いますよね。

 

「痛み」については、特に、敏感系であるほど、

それはもう、日々、「痛み」と共に暮らしているといっても、

過言ではないと思いませんか?

 

相手の表情、仕草、感情、雰囲気、

関係の中での行き違い、勘違い、誤解、

日常に出合う理不尽さ、不公平さ、

友人や知り合いから聞く話、

ニュースから流れる出来事。

歴史、そして、現状。

 

私も、感覚をすますほど、

過去から今の現状、自分のことから周りのことまで、

日々、痛いです。

 

でも、痛がる自分を「弱すぎ」と責めたり、

「こんなことなんでもない」と叱咤して奮い立たせたり、

「痛くなんてない」と強がり抵抗してみるなら、

結局、「苦しく」なっていくだけなんですよね。

 

それは、とくとくと血を流すところへ、

傷口を広げたり、単に放置したりするようなもの。

やがて、炎症を起こすこともあるでしょう。

 

 

敏感な人が「強くなる」とは?

傷を負ったとき必要なのは、

やはり、「手当て」なんです。

 

そして「痛み」への最もパワフルな「手当て」こそが、

傷口を、自らの中心にある「温もり」に包んでいく、

ひりひりする「痛み」を、抱きしめていく、

これに尽きる、そう思います。

 

他の誰でもない自分こそが、

自分を「手当て」できるのだと

思いだしていくこと。

 

痛みに抵抗し、苦しみ続けるより

痛みの存在を認め、痛がる自分を認め、

「手当て」する。

 

これこそが、

敏感な人が、敏感さを失わず、

「強くなる方法」、そう思います。

 


「強さ」とは、

痛みに蓋をし、感じなくするのではなく、

溢れる「痛み」を、自ら「手当て」することで、

「痛み」と共に、歩いていけるようになること。

 

 

 

そうしてより「強く」なっていく自分を、

では、どう用いていくのか?

それが、また新しいスタートですね。

 

 

「自分への思いやり(セルフコンパッション)」については、

その具体的方法や研究についてこちらにも書いてきています。

興味ある方、是非どうぞ!

http://blog.goo.ne.jp/managaoka/c/a1ea4bd0f4dc0c6aae604253aee0f1e2

 

 

 

週末は下3人と夫と、

日の入りを見に、山へ登りましたよ。

(三女が次女を撮影)

 

お伝えしたいことがたまっています。

今日中(24時間中)に、あと2記事ほど更新したいです。

←体力勝負!

みなさん、今日もよい日を!