マイコー雑記

行き来するもの書き留め場

心も頭も活発に働く「学び空間」を築く&冬休みにこんな工作やゲームはどうでしょう?

2017年12月23日 | 子育て全般

現在の職場も、冬休みに入りました。

「プログレッシブ教育」「アクティブラーニング」について学び、

実践させていただいています。

 

生徒さんたちは、

講師からの一方通行の授業ではなく、

プロジェクトや工作を通し、

相互にやりとりのある授業方式で、

日本文化や日本語を学んでいます。

 

ベテラン先生方を手伝わせていただき、

そして自らもレッスンを担当しながら、

生徒一人一人の「エンゲージレベル」が高まる授業とは?

と模索する日々です。

子どもの「エンゲージ」レベルを観る大切さ、「アクティブな学習」であるほどその子自身のものとなる

 

大学で教えていた時分も、

チャレンジングな生徒さんに囲まれた放課後スクールでも、

一回一回の授業を組み立て、クラスの様子を見、

再び練り、また試し、手ごたえを感じ、さらに工夫しと繰り返すことに、

心の底からやりがいを感じていました。

 

今、生徒さんたちに向き合い、

「充実した学び空間」を築く工夫をしていけることが、

本当に嬉しくて、ありがたいです。

 

 

 

そして、これまで学んできたことを生かし、

「子育て」について、

親御さんたちが学び、探求できる場を作っていけたらなあ、

そう思っています。

 

講師からの一方通行の講義ばかりではなく

集まる親達で、よりよい子育てについて学び、試し、考えていける場。

そんな、子育てを「アクティブラーニング」するような場ができたらいいですね。

 

再び引っ越しもあり、

落ち着くのも来年の夏以降になりますが、

こつこつとカリキュラムを充実させていきますね。

 

 

 

レッスン風景&冬休みにこんな工作やゲームはどうでしょう?

・「干支」についてのレッスン

十二支のカレンダーを用いて、

クラスメートやその家族の干支を探りつつ、

「一回り違う」「二回り違う」といった表現も学びました。

 

中国では、猪→豚、

ベトナムでは、兎→猫、牛→水牛、羊→山羊といった話も

新鮮だったようです。

 

その後は、風船で「犬」づくり。

 

事前に、家で子供たちといくつか作って練習しましたよ。

何度割ったか、何度「これ、何の動物・・・?」となったか。

足をちょっと長めにすると、犬っぽくなります。

ダックスフント。

次男、見事にはまり、いろんなものを作ってました。

クリスマスのリース

弓と矢

 

長い風船、クリスマスプレゼントにもいいんじゃないでしょうか。

←ちょっと遅い?

 

 

・日本のお菓子に親しむゲーム

「私は誰?」ゲームを日本のお菓子を用いてしてみました。

 

額にお菓子の札をつけ、

自分がどんなお菓子なのか分からないまま、

周りに「はいorいいえ」で答えられる質問をします。

例えば、「私のパッケージは赤色ですか?」「私は甘いですか?」など。

そうして、「あ、ひょっとして、私は『都こんぶ』?」と当てていくんです。

 

教室では、小学校高学年から中学生の子たちと試みたんですが、

この「私は誰?ゲーム」、大人も子どもも楽しめますよ。

こちらに、過去のクリスマスパーティーの様子。

クリスマス・パーティー

 

カードを自分たちで作って、

ホリデイパーティーに「私は誰?」ゲーム、どうでしょう。

 

 

 

・チームでモノ作り

レゴリーグでは、私もコーチの1人だったんですが、

チームワークを強めるためのアクティビティーとして、

「1分以内に、〇〇を作って」と課題を出し、

チームで協力して完成するということをしていましたよ。

 

互いに競うより、チームで共に作るんですね。

その後、チームメートの失敗やアイデアを馬鹿にしたり、

相手を遮り自分勝手に進めるようなことをしない、

などの話し合いをして、

いかに互いを尊重し合いながら、一つのものを作り上げるかを学んでいきます。

 

30秒間で出来上がった「馬」に大爆笑。

 

 

・寿司職人さんの導きで本格寿司づくり

生徒さんと一緒に感動。

 

手にコメがつく→手に水をつける→しゃりが水っぽくなる

美味しいお寿司を作ることの微妙さを肌で感じてました。

 

 

机に向かってただ聞くだけだと、

「エンゲージレベル」が一気に下降の子たちも、

「作る」や「ゲーム」となると、

くいつきが全く違ってきます。

こうした取り組みの中で、学んでいけるといいですよね。

 

 

さて、そろそろ寝ます。

明日は仕事がないので、ついつい夜更かしです。

 

それではみなさん、温もり溢れるホリデイを!


『It Mama』寄稿:親バカもほどほどに!褒めすぎると「失敗を恐れる子」になる!?&褒める代わりに何ができる?

2017年12月22日 | 思慮あるしつけ(discipline)

ここ数か月、

心理学者ジェーン・ネルセン氏の「ポジティブなしつけ」講座で学んできました。

 

ネルセン氏はご自身を「アドレリアン(Adlerian」とし、

「ポジティブなしつけ」講座も、

「アドラー心理学」を実用的に子育てに生かせる形にしたものです。

 

 

ネルセン氏は、以下の5つつを「ポジティブなしつけ」の基準としています。

 

・親切(kind)でありつつ、きっぱりとしている(firm)。

 

 ・子どもが、所属感、自身の重要性、繋がりを感じられるよう助ける。

 

 

・長い目で見て効果的。

 

・社会的スキル&ライフスキルを教える。

 

・子どもがいかに自分が能力を持っているかを発見し、

自身の力を建設的に用いることを助ける。

 

 

 

具体例や、親御さんとできるゲームなども満載で、

これまでの私自身のリサーチや体験と照らし合わせつつ、

興味ある方々にお伝えしたい気持ちでいっぱいです。

こつこつと、まとめていきますね。

 

 

 

ここでは、「褒める」についてを取りあげます。

 

「褒める」については、

私自身も、これまでリサーチを基にまとめてきています。

・『オールアバウト』子供の為にならない!5つのNGな褒め方とは?

 

そして、体験を通しても思います、

「褒め方」によっては、確かに、ネガティブに働き得るなと。

 

 

 

ネルセン氏が問題にするのは、

「褒める」ことは、結局、

子どもの主体性を育てることにはならないのじゃないか、

ということです。

 

「褒められたい!」が、

その子の言動の動機になってしまい、

内から湧き上がる好奇心や関心といった「内発的動機」が損なわれてしまう

というんですね。

(←「褒める」は、「報酬」と同じように「外発的動機づけ」として働く、

という研究にも、私自身、上の『オールアバウト』の記事で言及しています)

 

それで結局、「褒められないならしない」と、

せっかく取り組んでいたことが長く続かないこともありますし、

自分が本当に何をしたいのか、

分からなくなってしまう場合もあるだろうというわけです。

 

 

「褒め殺し」という日本に昔からある言葉って、

本当に、「褒める」が「もろ刃の刃」になり得るということを、

よく表してますね。

 

 

 

また、私自身も様々試し、考え続けてきて、

ネルセン氏の著書にもあるんですが、

「褒める」って、やはりどうしても、

上から下へ向けて、上が思うような型にはまるよう促す視線、

といえるのではないでしょうか。

「対等な関係」じゃないんですよね。

 

 

だからといって、「褒めないでおこう」というより、

次のように、子どもを「励まし」てあげたいです。

 

心から感動を伝える  「うわあ、あなたの選んだ色合い鮮やかで素敵!」

認める        「難しい問題なのに、最後まであきらめなかったね!えらいなあ」

励ます        「これだけ練習したし、あとは全力でぶつかっていこうね」

感謝する       「静かにしてくれてありがとうね」

 

普段から、たくさん、

心から感動を伝え、認め、励まし、感謝してあげたいですね。

 

子どもの気持ちも落ち着き、

自己肯定感も高まり、

健やかに生き生きとする、

そう実感しています。

 

 

 

記事では、

こうして、「褒める」時に思い出したいこと、

そして、「褒める」代わりに、

認め、励まし、感謝することについて、

コンパクトにまとめています。

 

興味ある方、是非どうぞ!

親バカもほどほどに!褒めすぎると「失敗を恐れる子」になる!?

(ちなみにタイトルは、毎回、市場エキスパートの編集者さんが知恵を絞ってくださいます)

 

 

 

最後に、

「心からの感動を伝える、認める、励ます、感謝する」といっても、

上に書いた具体例をみても、

中には、日本語では、「褒める」という言葉でくくってしまえる場合もありますよね。

 

巷にあふれる「子どもをたくさん褒めてあげましょう」といったアドバイスは、

私自身、雰囲気的にもポジティブな方向性で好きなんですが、

心から感動を伝え、認め、励まし、感謝する、

といった言葉を念頭におくと、

私自身がそうであったように、整理しやすいのじゃないでしょうか。

 

 

 

さて、明日から冬休み突入です。

賑やかに過ごしますね(←主に家族だけですが)。

 

去年のホリデイシーズンに記した「気づき」:

「あなたって素晴らしい(you are wonderful)」と何の根拠もなく抱きしめる「非日常」なひとときを

 

ホリデイシーズンの街に溢れる「差し出す喜び」、「~すべき」のコアに思い出していきたいですね

 

『オールアバウト』へ「人生を楽しむ鍵!感謝の気持ち持つ子に育てる方法」をまとめました

 

きらびやかなホリデイシーズンの陰で倒れこむ家族がいないよう「分担」していきたいですね

 

兄弟姉妹間、親子間、そして自分に対しても気をつけたい「人格批判」→「恥の意識」→「改善困難」

 

子どもへのホリデイ・プレゼント何にした?という質問&年明けへのカウントダウン!感謝を込めて

 

 

 

先週は、南米チリのひいおじいさんが、

103歳!の誕生日を迎えましたよ。

 

その昔、イタリアから南米へ移民。

今でもかくしゃくとし、

数年前まで、毎日歩いて事務所に向かい仕事をしていたそうです。

74歳で後妻さんとの間に14人目の末っ子誕生。

義祖父101歳の誕生日!大海を眺めるような気持ちを大切にしたい

 

みなさん、人生まだまだこれからですね。

ハッピーホリデー!


困難に立ち上がる子と潰れる子の違いとは?&膨大な宇宙を内に秘め人知れず歩き続ける人々

2017年12月20日 | ハイリーセンシティブチャイルド

一日一日、

アップダウンとジェットコースターに乗っているような日々ですが、

だからこそ、自身の中心にある、穏やかに澄み渡った場を

そして、そこから湧き上がる温もり溢れる躍動を、

全身に感じていきたいですね。

 

 

ネガティブな気持ちも思いっきり表すことで次へいける

先週は、我が家の下の4人に

来年起こるだろう大変化について打ち明けました。

(長男は、来年高校卒業ですし、もう「大人側」として、

事前に、下の子たちにどう話すかという話し合いにも参加してました)

 

下の子は、

「うわあ、楽しみ!」ですむものの、

上の子になるほど、

様々な思いや気持ちが押し寄せます。

 

お友達との別れ、

再び一から新しい環境で始めることの大変さ、

取り巻く文化も異なるという未知の世界。

 

おいおいと泣いて、

うらみつらみも言って、

怒りもぶちまけて。

 

そうして徐々に受け入れ、

今ではジョークも出るようになり、

子供たちなりに、

前を向いて歩き始めています。

 

感情を思いっきり出すことで、

次へいけるのだなあと、

改めて感じた出来事でした。

 

 

 

目の前で子どもが悲しむ姿をみるのは、

親としてつらいものです。

 

でも、同時に、将来、振り返るなら、

今回の一連のことも、必ず、

「なんて貴い時だったんだろう」と思える時がくる、

そう信じています。

 

「与えらえた物事の中で、最善を尽くしていこうね。

どうしてこんなことになったのか

そう文句だけを言い続ける『犠牲者』でいるのか、

自らを助けていくのか。

自らを助けようとしない人を、周りも助けることができない」

そんな話し合いをしました。

 

 

今回のことは、

夫の仕事面からいうならば、

「また夢を一つ叶えた」という「極めてポジティブなこと」なのですが、

子どもは子どもの世界に住んでいますからね。

 

子どもが見ているものを理解しながら、

寄り添い、進んでいくこと、

思い出していきたいですね。

 

 

私自身としては、

今回も、こちらに書いた以前と同じ心持ちです。

夫婦というパラダイム

来年の夏からの話ですが、

新地でも、できることをできる範囲で、続けていきます。

 

 

 


困難な状況から立ち上がる子は何が違うのだろう?

来年の大変化について、

「子ども時代に引っ越しを頻繁にした子は、

将来、人間関係を築くのに困難を抱え、

離婚率なども高くなるっていうリサーチもあるのよ」

と長女。

 

そこで、その数日前に、

「あるメキシコ出身の女の子」について話し合ったことを、

2人で思い出していました。

 

今、米国は、第1回目の大学審査の結果が続々と発表されている時期です。

(審査には2回タームがあり、2回目の出願は12月終わり頃、発表は4月頃です。

長男は、まだ発表されていない第1回目に出願した大学の結果を待ちながら、

第2ターム出願の準備を進めています。

全て出揃ってから、

「ひとまず働く」「パートタイムで大学生になる」なども含め、

さて、どうするかを決める予定です)

 

そんな中、こんな話を聞きました。

 

メキシコ出身の女の子が、米国トップのプリンストン大学に合格。

テストのスコアだけを見るのなら、

とてもトップ大学に入ることのできる点数ではないです。

 

でも、その生い立ちを観る時、

こういう子に、プリンストン大学で頑張って欲しいなあと心から思います。

 

シングルマザーの超貧困家庭に育ち、

ギャングの兄たちからの虐待から身を守るため、

高校では男子生徒に囲まれレスリング部に入ったといいます。

(←レスリング部はこれまで私自身みてきた高校でも、

女の子が1人いるかなといった様子。)

 

生活に最低限必要なものをまかなうためアルバイトもしながら、

家の中にドラッグが日常的にあるような環境で、

自分の身を守るレスリングのように、

教育こそが自分を守ってくれるに違いないと、

日々学校の課題に向き合い、学業成績を学年トップにたもってきたといいます。

 

大学入学審査のインタビューでは、

「教育こそが救い」と話し、

思わず泣いてしまったと。

 

日々、暖かい食と、安全な生活空間が確保され、

学習教材に困ることなく

必要ならば家庭教師や塾にもお世話になることができる生徒たちと横並びで、

「テストスコア」だけを見るのなら、

全く見えない世界がありますね。

 

 

 

そうして、長女とこんな話をしていたんです。

 

想像してみようよ。この女の子の生活を。

貧困、虐待、ギャング、ドラッグに囲まれながら、

自らを守るためにレスリングを身に着け、

日々机に向かい、宿題課題をこなす毎日。

 

こうした環境ならば、ほとんどの子はあきらめ、潰れてしまう。

それでも、立ち上がって、進み続ける子と、

大多数の子を分けるものは何なのだろう?

 

すると、長女が言いました。

 

長女:それが、「自然淘汰」なのだろうね。

そうして、与えられた環境の中で「生きる力」の強い子たちが残り、

次世代を作っていく。

 

でも、人間と動物が違うのは、

人間は、淘汰されそうになる他人に、

助けを差し出せるということだよね。

 

 

私:本当ね。人として、周りにできるのは、

助けを差し出そうとすること。

 

じゃあ、自分がその困難な状況にある場合、

何が力の源になるかというと、

やっぱり「どう物事をとらえるか」といった

「マインドの力」なのじゃないかな。

 

「もう駄目だ」と思えば、そこまでだけれど、

この女の子が、レスリングや教育に希望を見出したように、

希望をしかと抱き、希望に向かって進み続けていくこともできる。

 

リサーチというのは、

(←冒頭で長女が話した「子供が引っ越しを重ねた場合のリサーチ」に話を戻しつつ)

結局、「マジョリティー」について話しているもの。

「貧困家庭の子どもは、学業面で成功しにくい」といったね。

 

でも、常に、引っ越しであろうと、貧困であろうと、

どんな困難の中でも、

立ち上がり、生きがいを見出し、幸せな人生を送る人々もいるね。

 

 

 

希望をしかと抱き、

マインドを整え、

変化の荒波にのりだしていく。

 

数日前に話したメキシコ出身の女の子の歩みに励まされ、

このイメージが、とてもしっくりと、

長女の中にも描かれたようでした。

 

 

 

子どもたちの

気持ちのアップダウンに寄り添い、

自らも親としてマインドが鍛えられる、

そう思います。

子供たちと共に、成長していきたいですね。

 

ひとつ前の記事には、我が家で、

マインドを整えるのに効果的と実感しているエキソサイズを載せました。

我が家で効果を実感している「人生の変化時や不安感の強い子に効果的なエキソサイズ」実践例

 

言葉にすると、

あまりにも、さらっと読めてしまうのですが、

興味のある方、どうぞ一つ一つの動作や言葉に心をこめて、

お試しください!

 

 


膨大な宇宙を内に秘め歩き続ける人々へ~「賢さ」についての固定観念

大学進学の結果が続々と出てくる中で、

アラスカ時代「ギフテッドプログラム」にいた子たちの進路も、

聞こえてきます。

 

一緒にロボティックスチームをしていた女の子がスタンフォード大学に、

あまり目立たなかった子がイェール大学に「フルライド(学費全額免除)」合格、

2世代ハーバード大学出身で3世代目の友人も無事入学、などなどもありますが、

アラスカが大好きだったり、成績がいいと学費無料になるといった理由で、

地元の大学に行く子も多いです。

(アラスカ大学は元コミュニティーカレッジで誰でも入ることができます)。

 

そして、ひとまず大学には進学しない組もいます。

旅に出る子、一旦働いてみる子、

ストリートで音楽やアートを披露する子。

 

皆、

キンダー(年長)から中学卒業まで一緒でしたから、

感慨深いです。

 

長男が今でも「これまで出会った中で一番賢かった」ということのある女の子も、

長女の学年でもトップで一年早く今年卒業の女の子も、

ひとまずか、これからもか、大学にはいかないそうです。

抜群に優秀でクラスのリーダー的存在だったそれは家族思いの男の子も、

大切な家族のために地元の大学へ。

 

彼女彼らを観ていると、

今、こちら東海岸で、

「大学ランキング」とにらめっこで進学を目指す波に囲まれながら、

「賢さ」についての固定観念がひっくり返ります。

 

膨大な宇宙を内に秘め、

人知れず歩き続けるアラスカの彼女彼らたちの歩みを、

応援しています。

 

 

そういえばと、

知り合いから、日本で、

子ども時代に飛び級をし、かつて「物理の天才」と呼ばれ、

今はトラック運転手になった人がいると聞いたのを思い出しました。

 

「家族といるのが最高に幸せな時」と語っているそうです。

 

トラック運転手は、

邪魔されず考える時間がたくさんとれるのでしょうね。

その上、家族を養うお金も手に入ります。

 

「才能を生かせてない」という声もありますが、

彼の頭の中では、様々なアイデアが熟成されているんじゃないでしょうか。

 

「考えることに疲れてしまった」のならば、

トラック運転手を選ばないでしょう。

 

 

 

 

さて、一つ仕事原稿を終えたら、

『It Mama』さんへの新しい記事について書きますね。

 

「子犬」改め「リオ」にとっての初雪。

雪食べ過ぎ・・・。食いしん坊です。

 

みなさん、温もり溢れる日を!


我が家で効果を実感している「人生の変化時や不安感の強い子に効果的なエキソサイズ」実践例

2017年12月19日 | 不安感を導く

次の記事に事情を説明しましたが、

困難に立ち上がる子と潰れる子の違いとは?&膨大な宇宙を内に秘め人知れず歩き続ける人々

我が家で効果を実感しているエキソサイズです。

興味のある方は、お試しくださいね。

 

 

 

不安感の強い子は、

ぎゅっと身体に力が入っていることが多いものです。

ですから、まずは、身体をほぐすことから始めます。

 

 

1.まずは、吐く息と共に、

足の先から頭の先まで、力の入っている個所に気づきます。

 

 

2.ひとつひとつ、吐く息と共に緩めていきます。

爪先、足首、膝、太もも、腰、下腹、みぞおち、胸、肩甲骨、肩、首、顎、舌、頬、眉間、頭頂・・・

 

 

3.身体が緩んだら、

胸に手を当てます。

 

 

4.これまでで、

「幸せ」と感じた瞬間を思い出してみます。

←時によって、「エキサイティング」「ありがたいなあ」

という気持ちにフォーカスしても効果的。

 

 

5.その気持ちを、

柔らかくほぐされた足の先から頭の先まで、

全身に行き渡らせます。

 

口の端を両方少し上げて、

微笑んでみます。

 

 

6.そして、「大丈夫(I am fine)」と言います。

 

 

 

途中、 

不安感が湧いたら、

視覚化します。

 

震える小さな女の子。

膝を抱えてしゃがみ込む男の子

 

その小さな子を抱きしめ、

全身に行き渡らせた「幸せ」な温もりをこめて、

「大丈夫よ(You are fine)」と伝えます。

 

 

 

 

 

言葉にすると、さらっと読めてしまうことですが、

ひとつひとつの動作や言葉に、

心を込めて、ゆっくりとしてみてくださいね。

 

子供たちも、親自身も、

落ち着きますよ。

 

 

朝起きて、そして一日に何度か、

続けてみてください。

その効果を、実感されると思います。

 

習慣にすることで、

子どもたちがこれから生きていく上でも、

一生、役に立つことがあるのじゃないかな、

そう思っています。

 

 

 

さて、今年も2週間を切りましたね!

冬休み、大掃除で物を減らし、

軽くしていきたいなあと思ってます。

 

そして、

「健やかさ」を促進する次の「4つの柱」を意識しつつ、

1・運動

2.睡眠

3.食

4.ストレスマネージメント

生活改造を続けていきます。

 

今学んでいる心理学者ジェーン・ネルセン氏の「ポジティブなしつけ」講座も、

年内に終わる予定です。

認定講師として、伝えられる形にまとめていきますね。

 

今夜はハヌカ8日目、

最後のキャンドルを灯しますよ。

 

みなさん、温もり溢れる日を!

 

 

 


『It Mama』寄稿:子どもに怒りをぶつける前に!思い出したい「3つの質問」&変化を起こせる可能性は日常に溢れている

2017年12月14日 | 思慮あるしつけ(discipline)

暖冬だったこちら米国東海岸も、

ここ1週間ほどは雪が舞い、

氷点下の日々が続いています。

 

みなさん、

内の中心から溢れる温もりを身体中に行き渡らせ、

気持ちぽかぽかと温かく過ごしましょうね。

 

 

さて、本題です。

 

突き上げる感情をそのままぶちまける「反応」より、

相手に対しより適切な向き合い方を選択する「対応」を増やしていくこと。

 

これは、今回の『It Mama』さんの記事にもつづったように、

子育て生活で実践していきたいことですが、    

記事にある怒りをぶつけるのを防ぐため

だけではないですよね。

 

この、

「刺激→反応」ではなく、

「刺激→選択→対応」の、

「選択」部分にこそ、あらゆる「変化の可能性」がある、

そう思いませんか?

 

刺激→反応と、

既に出来上がった回路をなぞるだけならば、

それまでの生い立ちや環境の中で刷り込まれてきたことを、

オートパイロットで「再構築」しているだけです。

 

生い立ちに「痛み」を持つ人、

自分がされた子育てを、

次世代には伝えたくないと思う人、

そうした人ほど、「刺激→反応」の間にワンクッション、

「選択」をはさんでいきたいです。

 

 

でも、

怒りや悲しみを「こんな感情をもったらだめだ」と否定したり、

抑え込むわけではありません。

 

「ああ、私むちゃくちゃ怒ってる」

「ああ、私は悲しくてしょうがないんだな」

そう突き上げる感情に気づくだけでも、

「ワンクッション」が挟まります。

 

感情を持つことと、

それを行動に移すこととは、

全く違います。

 

ワンクッションはさみ、

その場で最も大切なことに、

立ち返っていきたいですね。

 

この「その場で最も大切なこと」を整理するのを助けるのが、

『It Mama』さんの記事で紹介した、

「3つの質問」です。

 

どうぞ、試してみてください!

 

何度も何度も何度も繰り返す内に、言葉だけではなく、

より感覚的に実践できるようになっていきます。

興味ある方、是非どうぞ!

 ・子どもに怒りをぶつける前に!思い出したい「3つの質問」

 

 

ちょっと、話が飛ぶようですが、

この

「刺激→反応ではなく、

刺激→選択→対応」について、

私自身いつも浮かぶのは、お2方の言葉なんです。

 

 

1人目は、第二次世界大戦時の

ユダヤの強制収容所を生き残り、

後に心理学者として「意味」についての研究やカウンセリングを生涯続けた

ヴィクトール・エミール・フランクル氏の言葉:


刺激と対応の間にスペースがある。

そのスペースにこそ、私たちが対応を選ぶことのできるパワーがある。

私たちの対応にこそ、私たちの成長と自由がある。

(Between stimulus and response there is a space.

In that space is our power to choose our response.

In our response lies our growth and our freedom.)」

 

 

 

 

そして、もう一人が、ミディエーター(ネゴシエーター)として活躍し、

世界中いくつもの扮装を回避させた

文化人類学者のウィリアム・ユーリー(William Ury)氏の言葉:


「人は、そろそろ感情的反射的な反応を繰り返すことから卒業し、

反応する前に一呼吸置き、

平和的な解決を意識的に選択する方向へと向かう時ではないだろうか」
 

 

他者との関係の中で、

「反応する前に一呼吸」。

自分と相手を含めたより広がりのある視野の中で、

「意識的に」対応を選択していくこと。

 


世界中のいくつもの難しい紛争場面に取り組みながら、

個人レベルでも国レベルでも、平和的解決に至らない葛藤はないと信じている

というユーリー氏の言葉は、大きな希望を与えてくれます。

 

関連記事:

・『靴下にはそっとオレンジを忍ばせて』「望みのコア」を理解しようとする

 ・『ユア子育てスタジオ』子供達自身で葛藤解決、「ミディエーター」という係りがあるのっていい

(ユーリー氏の働きに、

「アブラハム道」運動というのがあります。

イスラム教、ユダヤ教、キリスト教共通のルーツ、

アブラハムの一生をたどる道を歩くことにより、

互いの理解や絆を築こうという試み。

「ナショナルジオグラフィック・トラベラーズマガジン」で、

2014年の世界のベストトレール1位に。)

 

 

 

 

世界平和と壮大な話になりましたが、

目の前の「刺激と反応」の間に選択をはさみ、

「刺激→選択→対応」としていくこと。

 

子どもとのこの日常の瞬間瞬間にも、

変化を生み出すことを選択できる力を、

私たちは持っている。

 

そう思うと、見慣れた日常が、

何だかちょっと、より鮮やかなものとなって

見えてきませんか?

 

「刺激→反応」と、

これまでに刷り込まれた回路をオートパイロットでなぞる引力を、

えいやと飛び出してみます。

 

それは、何も大それたことではなく、

目の前の、カチン、イラッを行動に移す前に、

ワンクッションはさんでいくということ。

選択の自由を謳歌し、

「対応」していくということです。

 

それが、今、私たちにできる、

ひとつのことではないでしょうか?

 

 

いまこの瞬間にも、

断ち切ることも、つなげることもできる、

私たちには、選択する自由と力が与えられている。

思い出していきたいですね。

 

 

さて、8日間のハヌカが始まりました。

 

・去年の様子:8日間のハヌカ始まる!内から外へ向かう光

ホリデイシーズン到来です。

・ホリデイ 2014、「3つのストーリー」を胸に

 

みなさん、温もり溢れる日を!


ライターとして書き始めてから2年半ほど、「敏感系の人」が「慣れ」ていくということ

2017年12月12日 | ハイリーセンシティブチャイルド

ここ10日ほど、普段の原稿数の倍の締め切りが重なり、

ブログを書く時間がとれません。

原稿依頼のお声をかけていただくのは、

本当にありがたいことです。

 

私自身、米国からは読むことができないものもありますが、

どんな媒体であろうと、

お伝えしたいことを書き続けていきますね。

 

 

 

 

仕事として、原稿料をいただいて「書く」ようになってから、

2年半ほどたちます。

ここでは、その体験を、少し書かせてください。

 

 

他媒体に仕事として原稿を書き始めの頃は、

心身ともに、まさしく、ボロボロでした。

 

それまでは、自分の個人ブログで、

私自身の普段の生活なども読んでいただき、

気心の知れた少数の方々に向けて、

自分の思いをそのまま綴ることに慣れていました。

 

ですから、より多くの人々に向けて、

より一般的に受け入れられる形で書くことに、

とてつもなく難しさを感じていたんです。

 

 

そうしてたどたどしく、

それでも必死の思いでつづった文章は、

華やかなウェブサイト上で、

ほとんど注目を集めることもなく、

「はい、次!」といった波に、またたくまにかき消されていきました。

 

私に、大勢の人々が納得するものなど書けるわけない、

どうせ私の書くものは、

頭や言葉だけが空回りし

多くの人々にとって、

説得力も魅力もない文字を連ねているように見えるだけなんだ。

 

そう何度も落ち込み、スクリーンに座ることさえ嫌にもなりました。

締め切りが迫り、書こうとしても、

指が震え、呼吸がうまくできなくなることもありました。

実際、吐きながら、書いたこともあります。

 

そうして必死で絞り出すものが、

認められないということにがっくりとし、

また、少しでも認められるならば、

大はしゃぎで浮かれ。

 

そうしたアップダウンを繰り返し、

ようやく1年半くらいたってからです、

気持ち的に、少しずつより楽に書けるようになっていったのは。

 

 

 

結局は、自らが「真」と思うものを、

人々に受け入れられる形で表すよう、

最善を尽くし続けていく。

 

その結果、認められたり、認められなかったりするけれど、

まあとにかく、自分は自分の技と力を全力で磨き続けていく、

それしかないよなあと、次第に、腹の据えどころを身に着けていきました。

 

今では、仕事であっても、

自らの「真」を探り、

より分かりやすい形にしていくことが、

苦しいながらも、とても楽しいです。

 

 

 

こうしたライターを続けてきての体験は、

様々な面で私自身の成長を促してくれました。

どうぞ、シェアさせてください。

 

1.子供の「うまくできなさ」にも寛容になれた

まず、子供の「うまくできなさ」も、

「この子は能力がない」と切り捨てるのではなく、

改善していく「過程」にすぎないと、

以前よりも、とらえられるようになりました。

 

たとえ、芽が出なくてもいいんです。

そう信じてくれる人が傍にいるということが、

とてつもない支えになるということが、

今では、心底分かりますから。

 

 

そして、成長すること上達することに、

年齢制限なんてない、本当にそう思います。

 

そう思わないなら、まあ、

「成長にも年齢制限あり」ということなんでしょう。

 

自分が何を信じ、行動しているのか、

気づいていきたいです。

 

 

 

2.多作多捨の力

こんな実験があります。( 『Art & Fear』 by David Bayles and Ted Orlandより)

 

陶芸のクラスで、

グループAには「ひとつだけ最高の質のものを仕上げなさい。どれほど最高のものを作れたかが評価の基準となります」

グループBには「とにかく数を作り続けなさい。使った粘土の量が多いほど、評価は高くなります」

そう伝えたところ、最高傑作は、

Bのグループから生まれた、といいます。

 

一つを完璧に作り上げようとするより、

試して、冒険して、失敗して、また試してと、

とにかく、数を重ね作り続けていくこと。

その過程で、きらりと光るものが、生まれるんですね。

 

 

 

4.一回一回の結果に振り回されない

昔は、他媒体でも「いいね」の数の表示などがあったりして、

ほとんどのライターの方が3ケタのところ、私だけ1ケタだったりと、

冷や汗もかいたものです。

 

でも、評価というのも、本当にアップダウンがあります。

今回低くても、次に高い、今回高くても、次に低いと、

変化し続けるんですね。

市場というのは、経験のある編集者さんでさえ、

はっきりとは読めないもの。

 

そうしてアップダウンを繰り返していくうちに、

見えてきます。

何にフォーカスしたらいいのかが。

 

自分のその時点での最善を差し出していくこと、

これができているのなら、

その時点でどんな結果であっても、より良き方向へと向いていきます。

 

 


5.自分がインスパイヤーされているか、自分の心が動いているか

自分がインスパイヤーされてないのに、

読者がインスパイヤーなどされません。

自分の心が動いてないところ、

読者の心なんて動きません。

 

日々感動する心を、思い出していいきたいですね。

 

 

 

6.「慣れ」の大きさ

こうして今、以前よりは気持ち的に楽に、

苦しいながらも、生み出す楽しみをかみしめていられるのも、

「慣れ」が大きいと心底思います。

 

何度もやめてしまおうと思い、

心身ともに具合が悪くなりながらも、

続けることで、ライターの世界の雰囲気や手順やルールなどに

少しずつ「慣れて」いったこと。

 

「敏感系」の人は、

慣れることで、より力を発揮できるようになっていく、

そう思います。

まさしく、「ゆっくりエジンンがかかっていく」わけです。

 

ですから、はじめ、あらゆる拒絶反応が溢れても、

とにかく壊り切れてしまわない程度に続けてみて、

少しずつ「慣れ」てみること。

 

そして、

「しどろもどろに動く自分を責め、こてんぱに叩きのめそうとする自分」に気づき、

「まあ、もうちょっと見守ってやろうじゃない」と包み込み、

自分で自分に忍耐強くなってみること。

 

すると、いつか、

よりのびのびと力を発揮できるようになっている自分に、

気づく日がきます。

 

 

 

7.行為者になること

ただ批判する傍観者でなく、

自分が行為者になること。

 

その過程でこそ、成長とインスピレーションがあります。

 

ネットでは、書かれたものへ、

それは簡単に批判が集まります。

 

でも、自分が生み出す側に回るならば、

そうは簡単に、やみくもな批判などできないですし、

批判の内容も、より建設的なものとなり得ます。

 

傍観者より、行為者の仲間入りをしていきたいですね。

 

 

 

8.自分を抱きしめることを忘れずに

そして最後に、とても大切なこと。

 

寝る前には、

「今日もよく頑張ったね」と、

自分を抱きしめ、ただただ、その温もりに包まれ、

眠りに落ちていきましょう。

 

他の誰かを待たずとも、

自分で自分を、温もりで包み込んでしまえばいいんです。

 

これはもう、自分が好きとか嫌いとか、そういう問題ではなく、

この世をサバイバルしていくかどうかの問題だと、

私は思っています。

 

そうして満たされることで、

周りへも、温もりを差し出していくことができます。

 

子供に関わる大人こそ、

日々、実践していきたいですね。

 

 

 

 

みなさん、いくつになっても「これから」です。

「とほほ」な結果を突き付けられることがあっても、

それも必ず、次への糧になります。

顔を上げ、自らのできる範囲とペースで、

力と技を磨き続けていきましょうね。

 

読んで下さって感謝です。

 

 

 

さて、次に、最近の子供たちと生徒さん達との様子←日々アクティビティー尽くしです。

そして、『It Mama』さんへの最新記事について書きますね。

もう一つ明日締め切りの原稿を終わらせ、その後に!

 

 

全く関係ないですが、ちょっと変な組み合わせ。

ザクロとメロン ザクロは子供たちの大好物。

ちなみに、ザクロはこちら、ポリポリと種も食します。

ポリポリ、じゅわ、ポロポリ、じゅわ、ポリじゅわ、触感もちょっと不思議。

 

サツマイモとマシュマロ

これは、こちらではよくあるある料理なんです。

甘い!

 

それではみなさん、よい日を!


『It Mama』寄稿:褒めすぎはキケン!? 「不幸せな子」にしてしまうママのNG行動4つ&自分で幸せをつかめる力を培う

2017年12月06日 | 子育て全般

今年もあと1か月を切りましたね。

 

来年も、今のところ我が家にとって大変化の年となりそうですが、

どれほどの変化が渦巻く中心にも、

台風の目のように穏やかに澄み渡った場がある。

そう思い出し、その中心を軸に据え、

うねる荒波へと漕ぎ出していきたいですね。

 

「体力もつけないとなあ」と、夫は走り始めてますが、

私も、犬と速足散歩を重ねますよ。

 

 

さて、『It Mama』さんへの最新記事についてです。

 

「どんな子であってほしい?」と聞かれるなら、

多くの親が、1度は、「幸せな子であって欲しい」

そう答えたことがあるのではないでしょうか。

 

私も、「I want them to be happy.」

とこれまで何回か言ったことあるなあと思い出します。

 

子供の取り組みや習い事などについて、

他のママさんたちと話していても、

「それで、その子たちはハッピー?」というのが、

メインに来ることが多いですね。

 

ところが、

親の「ハッピーキッズを育てたい」というこうした思いについて、

昨今は、「ちょっと気をつけましょうよ」ということも

言われるようになっています。

 

この「気をつけたいこと」を整理すると、

以下の2点に集約されるんじゃないかなと思います。

1. 「いつもハッピーであって欲しい」と働きかけることの弊害

2. 「ハッピーであること」と快楽や満足との混同

 

なるほどなあと思いますよね。

 

もし、子供には、いつもハッピーでニコニコと嬉しそうであって欲しいと願い、

その状態を「邪魔するもの」をことごとく取り除くのならば、

子供は、ネガティブな思いや感情へ

どう向き合ったらいいのかを学ぶことができません。

 

また、きゃーきゃー喜ぶからと、

次から次へと物やらアクティビティーを用意し、

工夫して創り出す楽しみや、

「たいくつ~」な状況から宝物を見出すワクワク感や、

大好きなママやパパと手をつないで近所を散歩したり、

ご飯食べながらその日あったことを話すといった

「何気ない日常に散りばめられた楽しみ」を置き去りにするのなら、

その子は、「深く長く心に刻まれる喜び」を体験することができません。

 

笑顔が見たいから、ハッピーであって欲しいからと、

欲しがるものを与え、嫌がることを遠ざけ、

「楽しませてあげよう」と周りが手を尽くし。

 

そうして育つのは、

やはり、ネガティブな状況に出合えば途方に暮れしゃがみこみ、

華やかな物に囲まれながらも心の満たされない、

「不幸せな子」ではないでしょうか。

 

この『It Mamam』さんの記事は、

「幸せな子に育てようとして不幸せな子を育ててしまう」をテーマに、

書かせていただきました。

 

 

 

でも、だからといって、

荒れ狂う海にドボンと投げ入れ、

「もがきながら学べ!」と突き放すということではなく、

また、全て手作りで現代社会をシャットダウンということでもなく、

結局、バランスですよね。

 

その子が波の中に入っていくのを止めず、

時に一緒に泳いだり

手は足はこうした方がいいよと工夫しながら、

その子自身が泳ぐ力を培えるようサポートしていくこと。

 

 

私もこのバランスの間を揺れながらぶつかりながら、

手探りで進んできて、今も進んでいる状態です。

 

上にあげたような「極端な例」であるほど、

まあ分かりやすくて、気をつけやすいわけですが、

案外、

「目の前で悲しむ顔を見たくないからと、

実はその子にとっての貴い体験を取り除く」ことって、

私自身も時々しているかもと自らを省みて思いますよ。

「気づいていきたい」ですね。

 

 

 

記事には、「幸せを願いながら不幸せにしてしまう働きかけの例を」

より具体的に分かりやすくまとめてあります。

興味ある方是非どうぞ!

褒めすぎはキケン!? 「不幸せな子」にしてしまうママのNG行動4つ

 

タイトルに「褒めすぎ」と入ってますが、

「褒める」ことについては、こちらに、詳しくまとめてあります。

『オールアバウト』:・子供の為にならない!5つのNGな褒め方とは?

多くの方に読んでいただいているようです。


 

 

 

先日、この子はまさしく

「afuluenza (アフルエンザ):富裕層の若者にみられる

やる気のなさや罪悪感や孤立感といった心理的倦怠感」だろうな、

といった青年に出合う機会がありました。

 

その青年としばらく過ごした長男は、

「自分に、将来もし、子供ができたら、

たとえお金があっても、ないことにして育てようと思う。

全く子供のためにならないもの」

とつぶやいてました。

 

周りの誰もがうらやむような環境に暮らしている青年です。

世界中、親について旅し、

最新の機器に囲まれ、欲しいと思う「物質的なもの」ならば、

手に入らないものはないでしょう。

 

では、何が問題なのか?

きっと、

工夫して創る喜び、

自分で切り開く喜び、

欲しいものを汗かいて手に入れる喜び

悲しみや苦しみから立ち上がる筋肉、

そういったものを体験したり、培う機会が、

ことごとく取り除かれてしまったのでしょうね。

 

極端な例ですが、

「アフルエンザ」というのは、

「ハッピーキッズに育てたい!」とするときに陥ることのある問題が、

象徴的に表されているともいえますよね。

 

工夫して創る、自分で切り開く、

その途中には、苦しみやイライラや怒りも通ります。

だからこそ、その先の喜びも大きいですし、

その過程で貴い力も培われます。

 

みなさん、

子供達に自ら幸せをつかむ力を培ってほしいですね。

何ができるか、共に考え、試し、実践していきましょう。

 

 

と、まだいくつか、

このテーマに関連して記したいことがあるので、

こちらに続けますね。

「幸せな子を目指して不幸せな子に育ててしまう」というテーマについて思うあれこれ

 

 

キャンドルの灯りがしみいる季節ですね。

次男作

 

みなさん、よい日を!


「幸せな子を目指して不幸せな子に育ててしまう」というテーマについて思うあれこれ

2017年12月05日 | 子育て全般

次の記事に関連して、

『It Mama』寄稿:褒めすぎはキケン!? 「不幸せな子」にしてしまうママのNG行動4つ&自分で幸せをつかめる力を培う

細切れに記したいことをこちらにまとめますね。

 

 

親は「遊園地」でなく「空気清浄機」

親は、

刺激的な楽しみの溢れる「遊園地」であろうとするのではなく、

その子を囲む健やかな空気を整える「空気清浄機」であれ。

すると、その子は自ずとその子自身の道を歩き始めるもの。

 

これは、以前も書きましたが、多分、

9人の子供を育てたコンサルタントの

スティーブン・コビー氏の著書にあった言葉だと思います。

 

「楽しませよう」とあれこれ尽くす煌びやかな「遊園地」より、

部屋の隅でたんたんこつこつと地味に空気を整え続ける「空気清浄機」のイメージは、

私自身、子育て生活の中で、助けになってます。

 

子供がつまんなさそうだったり、楽しそうじゃないと、

何だか親としての役割を果たせてないような「罪悪感」を感じ、

それでも時間的にも体力的にも「楽しませてあげる」ことは難しく、

できないことにイライラし、あげく、子供に当たる。

そんな体験、私自身も通りましたよ。

 

「自分で、楽しみをみつけてね」と伝え、

たんたんと、空気を整えていく、

「そっか、これでいいんだ」、

そうホッと肩の荷がおりたのを思い出します。

 

健やかな空気の中で、

喜怒哀楽のアップダウンを繰り返し、

その子がその子の人生を生きていくのを、

サポートしてあげたいですね。

 

 

 

 

6人育てた年配の方に言われた言葉

6人のお子さんを育てた年配の方と、

他にも何人かのママさんと話していた時のこと。

 

息子さんの1人が「とても優秀」と話題になり、

1人の方が、「どう育てたらいいんですか?」と尋ねたんです。

 

その年配の方は、私たちの方を向いて、こう言いました。

「あなたね、子供は、

あなたがどうこうできるものじゃないのよ。

家の6人だって、皆本当にいろいろだし、

それをね、あなたがこう育てようああ育てようと

決められるものなんかじゃないのよ」

 

傍で聞いていた私も、

頭をがつんと殴られた気持ちでしたよね。

 

一昔前は、

健やかな空気の中で、1人1人が、

その子自身へと育っていくという雰囲気があったのかもしれませんね。

 

まあ、一昔前も一昔前なりの問題点はあったでしょうが、

この年配の方の言葉は、

「育てよう育てよう」という方向性が強い現代の子育てを取り巻く雰囲気の中で、

バランスを思い出させてくれます。

 

 

 


親の期待と子供の集まる教室

親として、教える側として、思い出していきたいことです。


例えば、

子供の集まる教室で、

子供がつまらなさそうだったり、

駄々をこねてばっかりだったり、

反抗ばかりしていたり、

ということもあるものです。

 

それでも、

生き生きと目を輝かせて夢中になる子供の姿に、

親御さんも「来てよかった!」と思うわけで、

「わざわざここまできたのに、子供はこんな様子・・・」

とがっかりすることもあるもの。

 

それで、例えばその場で教える側なんかも、

親御さんの期待にこたえ、

その場でわっと盛り上がり、

持ち帰ってもちょっと見栄えがするようなものを創り、

結局、先生と親御さんが満足して、

子供が置いてけぼり・・・。

 

 

それでも、

その場では、退屈そうだったり、

ネガティブな思いが噴き出しても、

後から、じわじわと、いろんな考えや気持ちがわき上がり、

「また行きたいなあ」と感じることってあるものなんですよね。

 

 

工夫して創ったり、自分で切り開いたり、成熟した関係を築くには、

その途中で、苦しみやイライラや怒りも通ります。

だからこそ、その先の喜びも大きいですし、

その過程で貴い力も培われるんですよね。

 

 

目の前の仏頂面や笑顔の、その先にあるものを

子供に関わる皆で、

みつめていきたいですね。

 

 

 

余談:

・最近は、走り回る合間に絞り出す「書く時間」のほとんどが、仕事原稿の方へ注がれている状態です。テーマによって、比較的ささっと書けることもあれば、一行表すのでさえ、時間ばかりが過ぎ去ってしまうこともあります。逆に、2000字以下の原稿を書くために、A4で30枚近く書き続けてしまい、どこをどう削ったものか途方に暮れてしまうこともあります。

今回のこの『It Mama』さんへの記事も、細切れ時間をかき集め、自分でも信じられないほどの時間がかかってしまいました。

何で「こんなシンプルなこと」を言うために、これほどの時間をかけないといけなかったのだろうと自分でも呆れてしまうのですが、ここまでシンプルにするために、膨大な時間がかかってしまったんですよね。そして、ボロボロとそぎ落としそぎ落としていくものの中には、残った形と同じくらい大切に思うことも含まれているものです。それらを拾い集め、こうして皆さんに読んでいただける場があることに感謝しています。

いずれにしても、「書く」ことが「思い」をぴったり表してくれるなんてことはありえません。「思い」は常に、進み続けていますから。それで私は、このあまりにも不効率過ぎる「書く」という行為を続けているのだなあと、改めて思います。時間と体力と、できる範囲で続けていきますね。

 

 

その先にあるものをみつめて。

 

みなさん、よい日を!