マイコー雑記

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「痛み」と「苦しみ」について、敏感な人が「強くなる」とは?

2017年10月16日 | 自分への思いやり(セルフコンパッション)

新しい週、様々なことがあるでしょうが、

心の奥に常にある晴れ渡った場、

その「温もり」を、

思い出していきたいですね。

 

 

「痛み」と「苦しみ」について

 「痛み」と「苦しみ」って違いますよね。

 

「痛み」については、特に、敏感系であるほど、

それはもう、日々、「痛み」と共に暮らしているといっても、

過言ではないと思いませんか?

 

相手の表情、仕草、感情、雰囲気、

関係の中での行き違い、勘違い、誤解、

日常に出合う理不尽さ、不公平さ、

友人や知り合いから聞く話、

ニュースから流れる出来事。

歴史、そして、現状。

 

私も、感覚をすますほど、

過去から今の現状、自分のことから周りのことまで、

日々、痛いです。

 

でも、痛がる自分を「弱すぎ」と責めたり、

「こんなことなんでもない」と叱咤して奮い立たせたり、

「痛くなんてない」と強がり抵抗してみるなら、

結局、「苦しく」なっていくだけなんですよね。

 

それは、とくとくと血を流すところへ、

傷口を広げたり、単に放置したりするようなもの。

やがて、炎症を起こすこともあるでしょう。

 

 

敏感な人が「強くなる」とは?

傷を負ったとき必要なのは、

やはり、「手当て」なんです。

 

そして「痛み」への最もパワフルな「手当て」こそが、

傷口を、自らの中心にある「温もり」に包んでいく、

ひりひりする「痛み」を、抱きしめていく、

これに尽きる、そう思います。

 

他の誰でもない自分こそが、

自分を「手当て」できるのだと

思いだしていくこと。

 

痛みに抵抗し、苦しみ続けるより

痛みの存在を認め、痛がる自分を認め、

「手当て」する。

 

これこそが、

敏感な人が、敏感さを失わず、

「強くなる方法」、そう思います。

 


「強さ」とは、

痛みに蓋をし、感じなくするのではなく、

溢れる「痛み」を、自ら「手当て」することで、

「痛み」と共に、歩いていけるようになること。

 

 

 

そうしてより「強く」なっていく自分を、

では、どう用いていくのか?

それが、また新しいスタートですね。

 

 

「自分への思いやり(セルフコンパッション)」については、

その具体的方法や研究についてこちらにも書いてきています。

興味ある方、是非どうぞ!

http://blog.goo.ne.jp/managaoka/c/a1ea4bd0f4dc0c6aae604253aee0f1e2

 

 

 

週末は下3人と夫と、

日の入りを見に、山へ登りましたよ。

(三女が次女を撮影)

 

お伝えしたいことがたまっています。

今日中(24時間中)に、あと2記事ほど更新したいです。

←体力勝負!

みなさん、今日もよい日を!


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